« 2011年12月 | トップページ | 2012年2月 »

2012年1月

2012年1月22日 (日)

ことしもよろしくお願いします

News & Letters/284

最近は大変忙しいのでこのブログも怠りがちです。

もう昨年となった3月11日がやがてめぐって来ます。

その3月11日から日本の歴史は違った歴史となりました。
すでに原発を建設し始めた時から違った歴史は底流として動いていましたが、今は完全に違った文明社会が始まったのです。それは放射能と共存するという時代です。
福島を中心とする東北地方や関東地方など東日本だけではなく、日本列島一帯の空気、土地、河川、海洋が放射能汚染で満ちており、どこで何をしてもそれを避けられない状態になったのである。ただ、濃度、被害の程度が違うだけなのである。

火負うなく我々はこの現実を受け入れなければならない。以前までは国破れて山河ありといえたが、今は汚染された山河しかない。出来る限り子供や若い人々にはこの汚染を避けさせなければならないが、逃げるところがない。福島県を廃止し人が住めないようにすることはできないだろう。除染などしても気休めほどの効果しかあり得ない。

汚染地帯で生き、そこで作られたコメや野菜、魚介類を食べながら生きるしかない。
土も水も木も瓦礫も何もかも取捨選択できない。選択肢はただ汚染度の高いものは大人が頂き、子供たちや娘さんたちにはなるだけそれの低いものを食べさせる、というしかない。

福島第一の4基の原発から新しい厖大な放射能は今も明日も半永久的に放出され続ける。この現実を受容し耐えなければならない。すなわち放射能と共存することである。

人は常に死という恐怖を抱きながら生きる運命にある。が、それはやがて来るものであり、生きている限り明日の晴れ渡った朝を望むことが出来たが、今以降はやがて来る死への恐れと同時に、今の生そのものでも深い絶望を抱いて生きなければならない。

そういう業苦を背負った人類として私たちは始まったのである。明朝のすがすがしい朝を期待できない、いわば希望を失った文明である。それは倫理的・宗教的な意味ではなく人体や自然界を直撃する物質的な原罪をもった人類文明である。

だからどうしてもこれ以上の原発を許してはならないのである。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年1月 3日 (火)

杜牧の詩

News & Letters/283

平成24年の元旦にあたり
私のため、また原発を被った日本人民のため
次の杜牧の有名な詩をささげる


     勝敗兵家事不期

          (勝敗は、兵家も事期せず)

     包羞忍恥是男児

          (羞を包み恥を忍ぶは、是れ男児なり)

     江東子弟多才俊

          (江東の子弟は、才俊多し)

     捲土重来未可知

          (捲土重来、未だ知るべからざるなり)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年12月 | トップページ | 2012年2月 »