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2011年12月12日 (月)

ハシズムについて

News & Letters/280

橋下徹新大阪市長をハシズムという。
しかし、ハシズムはファシズムとは違う。
若干似ている感じもあるが、ファシズムとは、根本的に相違する。

ファシズムは、

①抑圧された大衆、その現状不満状況、既成政党・議会への絶望などをとらまえて、
②大衆を馴致して動員して、民主的な政治体制を破壊し、特定指導者の独裁体制をつくりあげ、軍国主義・愛国主義、さらには優性人種主義を掲げて権力奪取をもくろむ。
③その政治的手法は基本的に無制限な暴力の発動であって、
④その存在意義は危機にひんした資本主義体制の崩壊を食い止めることである。

橋下徹にはファシズムを構築するそれだけの能力はないし、度胸もない。
共通しているのはファシズムには確たる哲学がないが、橋下にも何もない。

橋下政治をファシズムというのであれば、戦後長い間政権を専断していた自民党もそう呼ばれるだろう。橋下は思想的には右翼的であり、行政の手法は権力的であるが、橋下も維新の会も決してファシスト運動はできない。

古来、民主主義は独裁者を生み出す。現在の法体系でも、総理大臣であれ、知事や市町村長でも一定の枠はあるが一個の独裁権力を握る。法律上、首長専決処分の業務は広範囲であり、専権をふるう機会はたくさんある。

民主主義政治というのは、法律や議会によって一定の枠をはめられた小専制君主を選ぶ制度であり、それを民衆が自由に選んだり、チェックしたり、くびにしたりすることができる制度のことである。

橋下は、現行の民主主義体制が生んだ小独裁者であって、小泉純一郎や吉田茂などと同類であろう。現在の民主主義体制を橋下は決して破壊できないし、まして暴力を組織化する力はない。

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