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2011年11月18日 (金)

大阪戦争

News & Letters/278

大阪戦争が過熱中である。この戦争は、過熱すればするほどほとんど400年前の徳川と豊臣の戦争と同じ類のものに見えて仕方がない。
要するに権力争いだ。大阪や関西圏が今一番緊急に決着をつけねばなないのは、若狭湾周辺に密集する原発に終止符を打つという問題なのだ。

今日にも明日にもそのあたりの原発は福島やチェルノブイリ級の事故が起きるのである。事故が起きたらそれが福井県はもとより大阪や京都、滋賀、関西の終わりのときなのである。懐かしい日本の歴史が積み重ねられたものが、滋賀の都も平安京も、奈良の都も、すべて人が住めず近寄ることもできない死の町に変わるのである。

原発問題をどうするのか、がほとんど真剣に論議されていない。だんだんと脱原発、新しいエネルギーに替えていこうという微温的な方針だけだ。

今日にも放射能の噴煙が立ち上がり、それが関西方面を覆いだすというときに、権力の集中だのルーツ探しだの瑣末なことに熱中している。

若狭湾の原発事故は日本だけに収まらない。中国大陸や朝鮮半島をも直接放射能が犯す。制御できない巨大な機械を稼動させて、事故を起こしてもそれを収束させることもできない。しかも「安全運転」をしてもこれまた始末することができない膨大な核のごみを排出し、人類に重大な生存的危機をもたらし続ける。

福島県の県議選だけではなく、現在の全ての日本の選挙では、この問題について優先的に争点とされ、国民の信が問われなければならない。


橋下徹。彼は確かに現状を打破しようとしている。現状打破を願う多くの国民には救世主のようだ。借金もつれの日本。失業者や生活保護者の増大。経済的格差の拡大・・・
現状打破は確かに必要だ。

しかし、打破した後、橋下は何を建設しようとするのか。大政翼賛議会の下に、強権を持って福祉や教育の破壊を推し進める。

ギリシャやイタリア、ドイツで起こっていることとまるで反対の方向に政治が動いている感じだ。

最近の朝日新聞の記事では、利権まみれのイタリアの首相が公邸からこそこそと逃げ出したときに、包囲していた大衆からいっせいに国民的な歌の大合唱が起こったという。
その歌の名は、ベラ・チャオ。第2次世界大戦の折ファシストと戦ったパルチザンの歌だ。
先に私がこのブロッグでも紹介した歌、イタリアパルチザンの歌である。

ある朝、目覚めて
  さらば さらば 恋人よ
目覚めて 我は見ぬ
  攻め入る敵を
      ・・・・・・・・

この歌の さらば さらば 恋人よ というのがイタリア語の ベラ・チャオ というのだそうだ。民衆の力で圧制者を打倒することが、日本でも必要であり、その圧制者たちの最大の罪は、日本に原発を導入しこれを維持し続けた来たことだ。

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