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2011年10月 9日 (日)

高知県市民オンブズマン連絡会再建の辞

高知県市民オンブズマン連絡会議

再建の辞

       平成23年10月1日

                 澤山 保太郎

2011年3月11日。

東北の大地震と大津波。

そして福島原発の爆発。

これらは天災ではない。

日本列島は今暗雲に覆われている。

福島原発からの放射能の噴煙雲だ。

広島原発20発分の放射能の雲だ。

セシュ―ムやヨウ素、ストロンチューム。

そしてプルトニウム、自然界にない放射性毒素が

東北から関東へ東日本を襲っている。

それは、人々の体内深く入って遺伝子まで破壊し、

その見1代ばかりか子々孫々まで病弊に苦しませる。

これらの被災は決して天災ではない。

確かに地震は防げない。津波も人智が及ばない。

今回も2万人もの人が波にのまれた。

明治29年の三陸の大津波災害がまったく同じ姿で再現された。

だが、それでもこのたびの東北大震災は

天災とはいえない。

地震・津波の発生は防げないが、

それによる被害は防ぐ方法があった。

繰り返される自然現象。

人々は、その脅威を畏れて

遠く離れて備えることをせずに、

逆に、海にせり出し、松並木を伐採し

海浜を乱開発して、

自然の営為を踏みしだいて、反自然の構築物を築いた。

政治は人命ではなく何を尊っとんで来たのか。

だから、このたびの震災も天災とはいえない。

繰り返し起こる自然災害からわれわれは何も学ばなかった。

ほとんどの被災市町村では、津波から逃れる高台は一つも作られていなかった。

人々は、自宅もろとも流された。

日本の政治は何をしていたのであろうか。

議員や知事や市町村長は、何を一番大事な仕事と考えていたのだろう。

津波から人を救う手立てこそ、

この100年の間に何より優先しなければならなかったはずだ。

軍備よりも。

高速道路よりも。

新幹線よりも。

ダムや各種の発電施設よりも、

・・・・

何よりも、人々がすぐに逃げて上がれる避難高台が必要だった。

福島第一原発の4基の爆発事故は、想定されていた。

震災列島上の原発がつぶれることは時間の問題であった。

しかし、政府や資本は、列島上いたるところに原発を建設した。

それは、人類の未来をも途絶させてもかまわないというものだ。

核兵器と原発を生産する原子力産業は、末期的な資本主義の腐敗の結晶であり、

政治はその利権と深く結ばれてきた。

福島の惨事がおさまらず深行し、

破壊された原子炉がまだ赤々と燃えたぎっているというのに、

金権にまみれた政府は、まだ、休止中の原発の再稼動や、他国への輸出まで画策している。

ほとんど狂気じみている。

数10年前、湯川秀樹博士は、原子力の脅威が他の何よりも優先して

これが、人類共通の喫緊の課題だと警鐘を鳴らしていた。

誰も真剣にその警鐘に耳を貸さなかった。

1代の栄耀栄華のために自分たちの子や孫、子々孫々を根絶やしにしても

構わないというのであろうか。

今、この様な時代でオンブズマンの使命は、暗雲の闇にさまよう社会に立って、

この世の腐敗の源泉を暴き、それを指弾することである。

批判の結果を恐れてはならない。

傲慢な権力に抗し、無辜の民衆の声を代弁して、その怠慢と腐敗をついて正義人道の道を照らさなくてはならない。

人類史上未曽有の危機に際し、

自由と真実のために闘った多くの人々に列して

恥ずかしくない軌跡を残していかねばならない。

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