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2011年7月31日 (日)

やらせ

News & Letters/266

7月29日、私たちが、参議員会館でまさに原子力安全・保安院の担当官と交渉中に、保安院自身のやらせが発覚し報道されていた。

  この日、午後2時に、北海道泊原発関係者や九州玄海原発の反原発市民らの保安院との交渉が始まった。私たちはまさか保安院がやらせをやっているとまでは気が付かずに午後4時過ぎに交渉を終えていた。

  交渉は、3・11福島原発後初めてのものであったので、冷却装置の全電源喪失事態の安全設計審査指針の見直しを中心テーマになされた。
  しかし、保安院係官らは、その全電源喪失の事態を想定に入れていなかったという斑目委員長のこれまでの審査指針見直し発言すらも踏まえず、そのような事故が起こらないように全力を挙げるとかいう旧来の原発推進の強弁ばかりを繰り返した。

  われわれは、馬鹿にされたようでがっかりであったが、
  それは、しかし、ある意味では仕方のない答弁ではあった。

  全電源喪失の事態を想定した場合、原発を安全に止める方法は土台ないからである。その場合を想定するのであれば、原発を再稼動させること等不可能なことである。原発は、緊急冷却装置を含め、電源なしには稼働できないし止めることもできない。

  ストレステストについても具体的なテスト内容、合格判断の基準については何にも説明がなかった。
  ストレス(応力)テスト自体が、初めからファージーなものであり、原子炉の圧力容器の応力解析は理論的な推論にしか過ぎず、それで安全かどうかは専門家でも未知・未経験の分野だろう。

原子炉構造物の応力(ストレス)を高め分厚くすれば、熱に対する対応力が鈍化し、応力を低くすれば、圧力に耐えられない。これが原子炉の持つ根本的な矛盾であり、この矛盾を抱えて、両方の反対ベクトルの綱渡り的バランス(安全係数)を、理論的に算定して稼働させている。

理論の正しさが実証され安全が確かめられたというものではなく、実際にはどうなるか分からない、人類の存続をかけた実験装置を動かしているのである。まともにストレステストをやれば、原発を動かしていいかどうかなどは永遠に判断できるはずもない。

  保安院の係官が説明し答弁できないのは当然であった。
  あとは、説明もできない極めて危険な事業、いったん破損したらそれによる被害を食い止めることもできない事業を、認めるかどうかはこの国の国民が決める事なのだ。
  破滅に向かって狂気に突き動かされた電力会社と政府の行動を、われわれが黙って容認するのかどうかだ。
   
  それにしても、経産省直轄の保安院が原発推進意見のやらせの発動源であったとはわれわれもうっかりしていた。それは当然想定すべきことであった。

  原発推進だけではないが、権力側は当然、縦横の連絡網を駆使し、国民世論をでっちあげるために、マスメディアを使い、各種説明会を操作する。

  そのことは我々運動側には当たり前の現象であったが、騙されていた国民には新鮮な驚きであった。われわれは常に国民の立っている視座を忘れてはならない。
   

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