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2011年4月13日 (水)

決戦勝利の旗

News & Letters/238

原発が人類にとって最大の課題であることが福島原発事故ではっきりした。

それは昔、湯川秀樹博士が言っていたことだ。だが、ほとんど誰も日常の諸問題の中で原発を忘れていた。

反差別の陣営やその他の反体制運動も自らが抱える事件に追われ、原発に正面から取り組まなかった。

私もそうだった。我々が油断している間に原子力産業推進勢力は、いまやのっぴきならないところまで我々を運んでいた。

福島原発は人間業ではもはや制御できない。核反応というのはそういうものだということはわかりきったことだ。
今まで大きな事故が起こらなかったということのほうが奇跡的なことだったのである。

今起こっていることは序曲に過ぎない。危険度を7に上げたということは、そのことの自白に過ぎない。その事故は日本列島のみか北半球全体を飲み込もうとしている。私は反差別陣営で育った人間だ。

その私が、反原発に立ち上がったのは偶然ではない。もちろん原発は全ての階層を問わず人類の敵である。その危険性は全ての生物の脅威である。それだけで反対する理由は成り立つ。

しかし、私としては、それだけではなく、原発は、その超科学的な面持ちにもかかわらず、その基層には、陋劣な差別を内包している点にこだわる。原発の立地は非居住地域と限定され、人口の非密集地帯、すなわち過疎地域と指定されている。

そして現場で働く労働者は、命を犠牲にしてでも働かねばならない貧乏人の子弟だ。
立地された過疎地では大事故が起こっては故郷から逃れて流浪の民となる運命のものだ。

反差別の陣営の皆さん、反原発は即反差別であることを考えて、それぞれの戦線での個別闘争と関連させて、反原発の戦いを国民的な統一戦線の最高の戦略的課題として取り組む必要がある。

命あっての物だねだが、物だねにこだわっても、まずは命を失わないような戦いが必要だ。
反差別の原点から反原発・反核の戦いは一直線上にある。

東洋町のこれからの闘争は、反核の拠点を守るかどうかである。反核・福祉の町の東洋町を、今、一部の利権屋どもが密集してこれをつぶそうとかかっている。彼らはほとんど何も対抗の施策はない。彼らの隠された意図は、町役場に掲げた核反対の旗幟をおろし、種々の福祉事業を解体し、利権の巣を回復することであろう。多くの町民は、核を拒絶したことを何よりの喜びと感じ、核の交付金に頼らずこの4年間に町が進める日本一の福祉事業を大切に守ろうとしている。

今私は、町民の切実な願いを一身に受けて、決戦にのぞむ。
満月のように引き絞った弓弦から戦いの鏑矢は発射されようとしている。東北の地で死んだ尊い御霊に誓って、決戦勝利の旗を高く、高く掲げて前進する。

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