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2011年4月15日 (金)

高知新聞の記事(1)

News & Letters/239

高知新聞は、高レベル核廃棄物の埋設施設は安全であるという原環機構の広告(広告かどうか一般読者には分からないから高知新聞の記事と読むであろう)を一面全部を割いて繰り返し掲載してきたが、このように核推進のお先棒を担ぐというのは、会社の方針であろうが、この方針はいつ決定されたのであろうか。社員は納得しているのであろうか。

原子炉内の核燃料だけではなく、使用済み核燃料の保存庫でも大災害につながるということは今回の福島原発で実証されている。全国各地にあるそれら使用済み核燃料を一箇所に集積した場合、それが地震や津波で、あるいは自分自身の反応で制御できない事態が発生した場合、おそらくその地域のみか、全世界が地獄に陥ったようになるのである。
高知新聞は、その責任が負えるのであろうか。

1、昨日今日の特集で高知新聞が東洋町の財政状況などを取り上げたが、その冒頭に核のことはもう過去の問題で住民が忘れてしまった、ような内容を書いている。核廃棄物施設のことは「過去の話」だという。

 しかし、実際には東洋町民や近隣の住民たちは、福島原発の大事故で4年前の選択の意義をいまさらながらかみ締めている。核に賛成した住民も核を拒絶した東洋町の選択を喜んでいる。町内はまさに核反対の意思で完全に融和した。その話題は新たになり尽きていない。東洋町での核の話とは、核反対の話以外にない。高レベルの廃棄物を歓迎する高知新聞は、東洋町から核(反核)の話題を解消したいのである。そしてそれは、憎むべき現町長の評価につながるからでもある。

2、そして、高新は前町政が核廃棄物施設受け入れに応募したのは、多額の核交付金が目当てであり「それほど町財政は窮迫していた。」と弁護の幕を張る。この考えはまさにどこの原発関連施設を受け入れてきた市町村長や議会の弁解と同じである。

 では、東洋町(だけが)は本当にそこまで落ち込んでいたのであろうか。
たとえば私が仕事をした4年間の地方交付税交付金とその前の4年間の交付金の平均値は前者が13億6千万円、後者が13億円ぐらいで、実質6、7千万円の差でしかない。それ以前(平成14年以前)の4年間は平均15億円を超えていた。

6千万円やそこらの金で町を死神に売らねばならないほどの「窮迫」があったといえるであろうか。

しかも平成18年度の決算でも黒字は3000万円あったのである。
高知新聞は、「窮迫」すれば、核推進派と同じ口吻で核廃棄物でも原発でも受け入れのもやむを得ないというのであろうか。
(続く)

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