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2011年1月21日 (金)

阿久根市長の敗北

News & Letters/212

阿久根市長がリコールの住民投票で破れた。
私は、仕方がないと思う。現在の法律の下では、議会制度を無視し、法令を無視して市長サイドで行政を遂行するというのは、あまりにも無理な行為であり、考えが単純すぎた。

いくらいい考えであっても、独裁的にこれを実行するというのは日本の行政制度では許されない。
前へ進むだけではなく、屈辱を耐え忍んで後ろに引き下がることも必要なことである。直線的に進むだけではなく、ジグザグにらせん的に、また行ったり来たりしながら少しずつ進むということがこの社会の現実なのである。

第1に竹原市長は、曲がりなりにも任期期間の市長の職を守るべきであった。後退したり妥協したりしながら時間を稼ぎ、そのうちに反撃の機会もあったであろうし、自分の考えが理解されることもあったはずである。その位置を失ってしまっては、どうする手立てもない。

竹原市長の考えの場合は、職員の給与などの問題は相手の利益を損なうわけであり、よほどの説得力と相手が納得する代替案がなければ実現しがたい問題である。ワン・ストロークで解決できる問題ではない。相手がなるほどという雰囲気にまで持っていかねばならない、その努力をするべきだった。

第2に、市長の職におれば、大小にかかわらず今の現状を改革すべきことがたくさんある。議会も何もかも反対というわけには行かないのだから、小さいことでもたくさん改革を積んでいけば、大きな前進につながってくるだろう。福祉や教育、雇用・・・ですることはたくさんある。職員の給与や議員の報酬の改革だけに固執する必要はない。難しい課題にはそれなりの準備も要る。

他の分野に目を移せば、することはたくさんある。市長の職を失えば、それもこれも何もできず放置してしまうのである。

第3に、自分が正しいことをする、どんな手段を使ってもやるというのは意気は大変いいが、立場を替えるとヒットラーや先の天皇のように自己を絶対化してしまうことになる。竹原市長の場合はたまたまそれがいい政策であったからいいが、これがとんでもない独りよがりである場合には、大変なことになるであろう。竹原市長がいつもいい考えをしているとは限らないのである。

いいことをしているつもりが、大気を汚染したり、放射能を撒き散らしたり、戦争をおっぱじめたり・・・ということがいっぱいあるのである。労働組合の話もじっくり聞きながら気長く改革を進めるべきだった。打たれても打たれても雑草のように生きて戦うことがまず大事なことであろう。

私は議会では、1つの質問に10ぐらいの返答をし負けずに丁々発止と議論をするが、それが終わったら直ちに反省会をやり、議会の質疑応答を反芻し、失敗した答弁はなかったか、指摘事項ですぐにやるべきこと、今後課題として検討すること等々の仕分けをして議会の審議を大事にしている。

竹原市長はまだ若い。捲土重来を期し、議会制民主主義の意義を深く勉強しながら、再び立ち上がることを期待したい。

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阿久根市長 テレビ生出演 http://dlvr.it/FbGlY

投稿: 山下 由佳 | 2011年2月 3日 (木) 12時54分

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