« 2010年10月 | トップページ | 2010年12月 »

2010年11月

2010年11月25日 (木)

戦雲

News & Letters/216

北朝鮮が韓国の小島を砲撃した。
我々はこの様な戦争行為を軽視してはならない。風雲は歴史をいつ暗転させるか分からない。

関係する国は南北朝鮮、中国、日本、ロシア、アメリカがあり、これらが互いに分かれて交戦しないとも限らない。

まかり間違えば、あれよあれよと言っている内に第3次世界大戦に発展する可能性をもはらんでいる。

北の冒険主義的強硬派が突出し、中国らがそれを援護し、経済など内政不振を託つアメリカの政府指導部がこれを奇貨として対外強硬化して、戦端を開けば、東アジアはたちまち地獄となる。米軍の基地があり地理的に言って日本は戦場となる可能性が大きい。核兵器の使用もあり得る。

スターリン主義体制の生意気な小僧とこれを適度に泳がせている中国スターリン主義者、小僧の挑発を良いえさに軍事勢力を増強させている帝国主義の豚どもが東アジアを舞台に世界大戦をかけた火遊びを始めた。

平和を愛する諸国の人民は米日など帝国主義と中国や北朝鮮などのスターリン主義の支配する世界から一刻も早く抜け出さなければならない。私たちが学生時代に掲げたあのスローガン、反帝国主義・反スターリン主義の旗幟はいまこそこのアジアの空にプロレタリア人民の手で翻らなくてはならない。

Down with Imperialism !

Down with Stalinism !

現代人は、なみあみだぶつ の替わりこの反帝・反スタの呪文を唱えるべきであろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年11月18日 (木)

人権侵害

News & Letters/215

 ある町会議員が、ことあるごとに、議場においても「私は誹謗中傷のビラをまかれた、町長はこれを取り締まれ」と言う主張を繰り返して止まない。先の議会でも、「ある校長が自殺した、これは運動団体による糾弾会などで追及された結果だ、だから私への人権侵害行為を町長として取り締まる義務がある。」という趣旨を主張するのである。

 私は、町が直接事件に介入して、町内での言論を取り締まることは出来ないと返答した。

 これは人権擁護法をめぐる論議とよく似ている。
国民の間で起こる差別事件など人権侵害事件で政府や行政機関が被害者を救済し事件を解決するというものであるが、誰が、何を基準として、人の特定の言動を人権侵害と判断し、処分しようとするのか、言論の統制、批判活動の抑圧など国民の自由な精神活動に大きな影響を与える問題であり、そう簡単に良い悪いを決めるわけにはいかない。

 しかし、実際上はこの数十年間運動団体に推しまくられた行政機関が、運動団体のためにお膳立てをして各地で確認会だの糾弾集会だのというものを催し、その結果それを担当させられた現場の責任者(校長先生も多分その1人)らが、板挟みとなり、解決できない責任を取って死に追いやられるということが時に惹起してきた。

 運動団体が糾弾闘争をやることは勿論自由であり法に触れない限り問題ない。部落解放運動にしろ何にしろ被抑圧者の最後の抵抗線は不公正に対する糾弾闘争であって、それが組織の生命線である。しかし、行政機関がこれと共同して「差別者」を追求するというのは頂けない。権力が介入して、何が差別だ、何が人権侵害だと断定することは許されない。何をもってその記事が誹謗中傷だ、名誉毀損だというのか、それは裁判なり警察なり司法機関の専権事項であり行政府の権限外であろう。

 うちの町会議員さん、権力機関が介入し、介入のお先棒を担がされた現場責任者の死を例に挙げたのは、そうなってもなおかつ行政機関が「人権侵害」事案に容喙せよというのであろうか。何とも無慈悲な話だ。

 行政機関がしなければならないのは、これまでの人権に関する事件を教訓にしたり、人権についての基本的な認識を国民に周知したり、又個別事件には人権相談の機関や機会を十分に与え利用してもらうことである。

 但し、部内の国民に対する人権侵害事案については自らが定める基準に従い、自ら判断し、自ら厳しく処断し、いやしくも公務員が国民にたいし、人権侵害をしないようにしなければならない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年11月16日 (火)

海上保安官の情報リーク事件

News & Letters/214

  尖閣諸島での中国漁船の衝突事件についてのビデオ流出事件では、このリークした職員の「正義」の行動がもてはやされている。

しかし、この男のしたことは本当に正義であろうか。前線の将兵が「正義」と判断したら上官の指示もなしに他国と戦端を開いても良いのか。中国漁船の船長の無謀行為と同じレベルで国家的事案を勝手におっ始めてもいいとなると、これはもう関東軍と同じようなもので、国は大混乱に陥るであろう。

しかもこの男のしたことは、中国敵視の世論に迎合するもので最も危険な排外主義の材料を提供するものであった。管総理ら政府が、中国相手に躊躇している方がずっとましである。対中関係の先鋭化を抑制する姿勢は国家の利益を考慮している。海上保安官らはれっきとした兵士であり、銃器を持った軍隊である。これらが勝手に「正義」を振り回し国民世論を動かし出したら誰も対抗することは出来ない。

ビデオは公開するべきである。しかし、それは、組織としてきちんとした手続きを踏んで行うべきであろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年11月 8日 (月)

尖閣諸島

News & Letters/213

尖閣諸島をめぐって、中国船員の釈放やビデオテープ隠匿などで日本政府の弱腰が非難されているが、領有権の主張については政府は極めて強行的である。尖閣諸島の領有はすでに外交的対立案件であるから、正規の外交的対談において、主張すべき事を主張すべきであろう。一方的な領有権の主張は、効力は発揮できないし、関係国に無礼とも言える。

日本側が出した争点は①1895年の日新戦争時明治政府の閣議決定②日清戦争後の下関条約③太平洋戦争後のサンフランシスコ平和条約のこの3点である。

①については、問題にならない。片方の政府が内部決定をしたからといって、無主地や他国の領土を「先占」出来るわけはない。日本が侵略戦争の最中にそのような政府決定をした場合、それは略奪行為の一環として認識される。

②下関条約での中国側の割譲地が台湾とぼうこ島だけであり、尖閣諸島は割譲リストから除外されていた、という。除外されていたということがどうして領有の理由になるのか論理的に合点が行かない。除外されていたということは割譲されなかったと言うこと以外に何の証明にもならない。

③サンフランシスコ条約では米軍の支配の事実があるが、米軍の支配や安保条約の米軍の管轄範囲であるなどということが日本の領有の証拠になるわけはない。米軍は日本軍ではない。人が占領した事実をもって自分の占有行為としてこれを主張するわけにはいかないであろう。もっとも日本が米国の属国であるというのであればその主張は通用するかも知れない。日本はポツダム宣言(カイロ宣言も)受諾という重い歴史的現実がある。それでは日本の領土は限定されている。その限定された中に尖閣諸島は含まれてはいまい。

ポ宣言を受諾した歴史的事実は重い。如何に屈辱的だと憤慨しても、無条件降伏を飲んだのだから仕方がない。

そうしなければ、日本はどうなっていたか分からないのだ。そのときに限定された領土から出発せざるを得ない。もとの領土をというのであれば、外国と交渉する以外になく外国の同意を得るように努力するしかない。

米国の虎の威を借りてでも、一方的な主張、一方的な「先占」行為は他国に宣戦布告すると同じ結果を生む。米国も巻き込んだ日中戦争を仕掛けるとなると、侵略戦争の再来であり、今の中国に侵略戦争を仕掛けるなどドンキホーテ的愚行である。相手がどこであれ、原発など核施設を持つ日本は一方的な攻撃を受けて沈んでしまうであろう。

尖閣諸島は地勢的には中国大陸の大陸棚にある。中国が領有権を主張するのは当然であろう。

人が住めるような所ではないから、中国とても歴史的事実でもって明確な領有権は主張しがたい。往古、中国の冊封使は沖縄(琉球)へ来るとき、尖閣諸島を通ってきている。琉球をも自らの支配地と考えていたのだから、当然尖閣諸島も中国の支配地と考えていたであろう。そこまで遡れば日本側は何も言えない。日本としてはそれは勘弁願いたいところだ。
問題は近代の漁業者であるが、中国(台湾も含む)、沖縄県民ら周辺住民が昔からこの島嶼周辺で操業していた。その事実だけからでは領有権はいずれとも決定できないだろう。

これまでと同じように中国や日本など関係国の国民が共同で利用する以外にないのではないか。領土紛争には、これからは、共同統治、共同利用を設定するというやり方で解決するという道を開くべきであろう。紛争案件がかえって共生共栄の絆となるというふうにして活かすべきだ。

現在のマスコミのあり方は尖閣諸島事件で排外主義を煽り、対中敵対、対中戦争へ世論を盛り上げようとしているとしか思えない。これこそが国民にとって尖閣諸島問題の最大の注意点である。我々は多数の良心的なジャーナリストにもかかわらず、今も昔も、巨大商業新聞を戦争勢力として部類分けをし警戒を怠ってはならない。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2010年11月 7日 (日)

EUの核廃棄物の地下処分

News & Letters/212

最近のニュースでは、ヨーロッパでも核廃棄物の始末が出来ずにこまっていて、これをいよいよ地下に貯蔵するという処分方法に乗り出すと言うことである。今朝のBSテレビの放送では、その処分のため核廃棄物が輸送されている列車に対して100万人規模の反対デモがなされているとのことである。

野放図に建設し続けた原発(むろん核兵器工場も)が出す放射性廃棄物、それから発する放射能は、化合物ではないから、理論的にも実際上でも原理的に処分が出来ない。無害化することは不可能である。

地下に貯蔵するというのは、その放射性廃棄物を隠蔽するということなのである。隠蔽して人目につかないようにすること、人が忘れ去るようにし向けること、要するに、その害毒が社会的、政治的な問題にならないようにする、という純粋に政治的陰謀なのである。放射能は目に見えず、感触がなく、臭いもないという諸特質がこの陰謀に極めて適合している。

しかも被害があらわれるのは、数年から数十年かかり、徐々にしか進行しないというのも陰謀には良い性質だ。

日本と欧米で原発をやめなければ、これはたちまちアジアやアフリカ、全世界に普及し取り返しのつかない事態になるであろう。

安全性について科学的根拠も何もない核の地下処分は、人民の目をくらませる一時的な政治的謀略であって、直ぐに破綻する。地下数百メートルなどというのは、放射能にとっては、人が毛布を被っているのと同じ程度であろう。

世界の人民は、バカではない。日本の人民も核の脅威をやがて理解するときが来るであろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年10月 | トップページ | 2010年12月 »