« 検察庁 | トップページ | 地場産業 »

2010年10月 6日 (水)

供述書

News & Letters/210

供述調書 刑訴法320条

今般の検察庁のでっち上げ事件の一番の問題は供述調書である。
でっち上げはこの供述調書によって行われる。

全ての冤罪事件のシナリオはこれによって作られ、裁判官がこの供述調書を証拠として信用し、採用して完成する。

だから警察や検察官は必死になって供述調書での犯罪シナリオに熱中するのである。物証などはそのシナリオに合わせて取捨し、時にねつ造すればよい、ということになる。
ところで、刑事訴訟法第320条の規定を見てみよ。

供述調書一点張りの取り調べから裁判に至る現状は真っ向からこの規定に違反している。

この刑訴法の規定は、伝聞証拠排斥の原則をうたったもので、裁判官の面前での直接審理主義、口頭主義を明らかにしたものである。刑訴法321条から328条の規定では書面その他の伝聞が証拠とされるのは例外であり、その例外も厳しい条件付であることが明確に規定されている。

だが、戦後刑事裁判では、原則が幻のように引っ込み、例外がまかり通って、供述調書など伝聞証拠が大手をふるってきた。

今回の厚労省村木事件でも、狭山事件など戦後の全ての冤罪事件でもそうであった。
狭山事件の東京高裁の寺尾判決などでは、本人石川一雄が第2審法廷で犯行を否認している以上は今さら事実の確認のしようがない、などとまで言っていたのである。警察官の取った供述調書が法廷を支配していて、裁判の体をなしていなかったのである。

現在の刑訴法320条が作られた趣旨を法曹界はもとよりマスコミや学生、国民がもっとしっかり学び、あらゆる冤罪の撲滅、人権擁護の法的根拠として顕然と掲げるべきではないか。供述調書の影を消去して、被疑者本人の生の声を中心に据えた裁判を求めていくべきだ。

こういう点では、私もお世話になったことのある偉大な刑法学者佐伯千尋先生の著作を勉強してみるべきであろう。

|

« 検察庁 | トップページ | 地場産業 »

警察・司法のあり方」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/408473/37098804

この記事へのトラックバック一覧です: 供述書:

« 検察庁 | トップページ | 地場産業 »