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2010年10月

2010年10月29日 (金)

地場産業

News & Letters/211

 東洋町の場合、地場産業というのは、農業、漁業、林業、観光業、そして商業があり、若干のサービス業、その他には釣り針製造業などがある。

 しかし、主力である農業、漁業が著しく衰退し、これまでの雇用を支えきれない。

もはや、やせ衰えた住民の力で農漁業を存続する事は難しい。新しい経営形態を模索しなければならない時に至っていると考える。それは、行政と民間が合体し、農業や漁業を第三セクターの経営に移行させるしかないであろう。

 沿岸漁業では、船やそのエンジン部のやり変え、網の修理など漁家が個人的に負担し漁獲で支払うというのは難しい。
採算が全く合わないから後継者がほとんど存在しない。ここ十年かそこらで大半の漁家が消えてゆくであろう。

 これを座視傍観するわけにはいかない。何とかしなければならない。これは、漁業だけでなく農業もそうだし、林業に至ってはなお一層そうである。公的資金がなければ地場産業は維持できない。

 しかし、公的資金にも限度がある。際限なく投資する金はない。採算性を如何に担保するか。ある程度のした支えをする程度で、民力を発揮する組織でなければ、親方日の丸式で行政にもたれかかってくれば地場産業は遅かれ早かれ滅びる。

 いずれにしても新しい生産組織を立ち上げなければ日本の貧しい沿岸部では第1次産業は存続しがたい。

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2010年10月 6日 (水)

供述書

News & Letters/210

供述調書 刑訴法320条

今般の検察庁のでっち上げ事件の一番の問題は供述調書である。
でっち上げはこの供述調書によって行われる。

全ての冤罪事件のシナリオはこれによって作られ、裁判官がこの供述調書を証拠として信用し、採用して完成する。

だから警察や検察官は必死になって供述調書での犯罪シナリオに熱中するのである。物証などはそのシナリオに合わせて取捨し、時にねつ造すればよい、ということになる。
ところで、刑事訴訟法第320条の規定を見てみよ。

供述調書一点張りの取り調べから裁判に至る現状は真っ向からこの規定に違反している。

この刑訴法の規定は、伝聞証拠排斥の原則をうたったもので、裁判官の面前での直接審理主義、口頭主義を明らかにしたものである。刑訴法321条から328条の規定では書面その他の伝聞が証拠とされるのは例外であり、その例外も厳しい条件付であることが明確に規定されている。

だが、戦後刑事裁判では、原則が幻のように引っ込み、例外がまかり通って、供述調書など伝聞証拠が大手をふるってきた。

今回の厚労省村木事件でも、狭山事件など戦後の全ての冤罪事件でもそうであった。
狭山事件の東京高裁の寺尾判決などでは、本人石川一雄が第2審法廷で犯行を否認している以上は今さら事実の確認のしようがない、などとまで言っていたのである。警察官の取った供述調書が法廷を支配していて、裁判の体をなしていなかったのである。

現在の刑訴法320条が作られた趣旨を法曹界はもとよりマスコミや学生、国民がもっとしっかり学び、あらゆる冤罪の撲滅、人権擁護の法的根拠として顕然と掲げるべきではないか。供述調書の影を消去して、被疑者本人の生の声を中心に据えた裁判を求めていくべきだ。

こういう点では、私もお世話になったことのある偉大な刑法学者佐伯千尋先生の著作を勉強してみるべきであろう。

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2010年10月 3日 (日)

検察庁

News & Letters/209

 検察庁の犯罪の一部が明るみに出てきた。
犯罪をでっち上げて成績をあげるという手法、難しい事件も難なく解決する手法。

 江戸時代の荻生徂来を思い出す。

 彼の著作「太平策」だったか「政談」だったか、こんな話があった。
昔、出石の国の役人から江戸に相談があった。

 ある村で殺しがあったが、犯人が分からない、どうしたらいいでしょうか。

荻生徂来氏の解答:

 簡単だ。こんな事でわざわざ江戸にまで相談に来るな。
村人の誰かがやったのだから、貧乏くじを引かせて誰かを犯人にすればよい。
 これが日本の伝統的な刑事政策であった。狭山事件から村木事件まで多くの冤罪はこうして作られた。

 検察庁では、今回のデータ改竄の事実を数人の検察官がこれを内部告発のようなものをした、これを幹部が握りつぶした、というのである。
犯人のいい訳もおもしろい。データの改竄をしておいて、誤って・・・・した。などという。

 私が殺したのではない、出刃包丁がやったのだ、というのと同列の弁解が通用するなら、この世に罪につく人は無くなるだろう。

 法律では、公務員は、犯罪を発見したら警察なり検察庁なりに告発する義務がある。
この場合、内部告発なども己の後々の身の証をする隠蔽工作(アリバイ工作)の一種に過ぎない。

 東洋町が作った核禁止条例では、公務員は、核の危険性が分かる情報については、直ちに行政各機関に報告すると共に町民に知らせる義務を規定している。隠してはならない、とまで規定している。

 下っ端のものでも、いやしくも検察官なら、犯罪を覚知したら、告発して国民に知らせるべきだ。

 告発しないことの懈怠は違法行為なのである。今回の事件では検察庁は、上から下まで違法行為に覆われている。

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