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2010年9月

2010年9月18日 (土)

辞職勧告決議

News & Letters/208

東洋町議会は、本日、私に対して辞職勧告決議5対4で可決した。
余りにも唐突であり、あきれた決議だ。

決議の理由は、町の委託事業を受けている社会福祉協議会での不祥事件について、町長の減給処分案が物足りないというだけのことである。この不祥事件は社協内部の嘱託職員がデイサービスの利用料(同額の商品券と交換する代金)を数百万円着服していたという事件であるが、町としてはこの事実を摘発した側にあり、社協に対して損害を補填させて町の公金を回復したのであった。

町としては、この事実の摘発が遅れたという叱責は甘んじて受けねばならないが、この事件そのものの直接的な責任を負うわけではない。摘発してから一件落着させた上、担当職員には厳重注意をし、公金を収受する委託関係団体への監視を強めることを確認してきた。社協に対しても、公金の扱いは正職員自らが担当し現金出納の記録をきちんととるように強く指導し、そのようにして頂くようになった。

町長としては、摘発が遅れたことについてお詫びし、お詫びの印としてまた、総体的な責任を明確にするために、自らに実質的な懲戒処分をすることにした。当初減給5%、今回減給7%(実際には自主的に減給している20%を合わせると27%)の議案を上程した。その減給の幅が不服だということで議案を否決し、その上町長職を辞めろと言うのである。

町長の職はそれほど軽いものであろうか。
摘発が遅れた事の責任を問うことと、辞職を迫る決議の間に何かの脈略があるであろうか。

町が摘発したこと、どうして摘発が遅れたかについては、これまでさしたる質問も追求もない。
不祥事の摘発が遅れたことについて、町長が妨害したとか、知っていて故意に摘発を遷延したとか、事実を隠蔽したとか、何か公職を辞職するだけの行為や悪意が町長にあれば、辞職勧告もやむを得ない。そのようなことは一切無く、出張から戻って事案の概要を確認するや直ちに公表し処理しているのである。

辞職勧告のねらいは、私を辞職させて、夢よもう一度、ということであろう。そうはいかない。

この様な訳の分からない決議は断固として拒絶する。議員の権限を濫用して町政を麻痺させて町民に何の得がある。
このとき、ある古参の議員は、辞職勧告というのは伝家の宝刀であって、軽々に使うべきではない、という趣旨の言葉を残して議場を退席した。議会はもっと厳粛な場であるべきだ。

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2010年9月16日 (木)

狭山事件について

News & Letters/207

各位

狭山事件に関心を持たれていることに敬意を表しますl。
狭山事件に青春をかけた私から一言申し上げます。
作家佐木隆三さんの事件の要約で、でっち上げの対象になった人の特徴として
「貧困な家庭の知能低俗の青年」をあげております。これが熊谷事件との共通点だとのことです。

果たしてそうでしょうか。狭山事件の石川一雄さんは確かに貧困な家庭の生まれですが、「知能低俗の青年」であったといえるでしょうか。警察がそういう風に取り扱ったことは確かでしょう。また、石川さんが、義務教育もろくに受けず低学力であったこともその通りです。しかし、低学力と「知能低俗」とは違う概念です。

そのことは石川さんが長い獄中生活で自ら学習した力を見れば明らかです。はじめに頑強に否認していた石川さんが何故「自白」に至ったのか、これについていろいろ間違った解説がありますが、石川さんや同和地区に対する偏見が払拭されていません。あたかも同和地区の者は権力に迎合しやすいかのごとき差別的解説がなされてきました。もってのほかです。

狭山事件で石川さんにかけられた攻撃の主内容は、物証ではなく石川さんに対する個人攻撃=貧しい家に生まれた悪逆非道な人間という所に集中しています。権力があげた物証の数々の矛盾は全く公判を維持できないほどですが、それをカバーするために権力は、もっぱら悪虐な犯人像を作り上げ、それを同和地区の人間に押着せたのです。

石川一雄さんは全く普通の農村の青年でした。弱い者をいじめたり婦女を犯したりするような人間ではありません。彼が生まれたところが被差別部落であった。それ故に、差別心旺盛な権力にねらわれたのです。

事件の主体に祭り上げられた人間についての予断や偏見は、事件をでっち上げた権力の意図にはまってしまいます。

一部を除いて佐木隆三のみならず、多くの知識人達(狭山弁護団も含む)が、狭山事件に関わりましたが、部落民像について正しい認識をしている者はごく少数です。民衆の一部を「知能低俗」などという考え方は、驕る権力者の固有の性格です。
そういう感性を払拭することが、狭山闘争に参加する意義です。

狭山事件については、私のブログに論文「権力は踊る」を載せてありますので是非ご一読下さい。

  参考ブログ記事 「権力は踊る」 

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2010年9月12日 (日)

四国銀行の不正融資事件の始末

News & Letters/206

四国銀行の別件闇融資事件が最終的に高松高裁で決着を見た。
3億500万円の損害賠償の支払いが、当時の銀行最高幹部らに命じられた。
四国銀行に対して平成13年の夏から追求の手を緩めず、9年間の辛苦が実ったのである。

最初は、銀行の監査役に闘犬センターに対する融資について、提訴請求を起こしたが、すげなく却下された。どこの会社も同じく、監査役が、会社の監視役ではなくボディガードのような存在であり、何の役にも立っていないのである。却下されたから我々は株主に代わって提訴した。それが平成13年の10月のことである。

最初高知地裁は我々の訴えを一部認める様子で、和解案を出してきた。1億円ぐらいの話であった。しかし、四国銀行はにべもなく拒絶してきた。その結果、第1審判決は四銀役員側に1億6千万円の賠償金を支払えという判決を下した。

たまげた四銀側は控訴した。控訴では四銀側の言い分を認めて、逆転して我々を敗訴にした。

そうして、昨年11月最高裁小法廷で、再逆転があり我々が勝訴した。違法貸付の範囲は3億円を超えた。

そして、昨日平成22年9月10日、高松高裁で、最高裁の認定した最大幅の責任の3億500万円、我々の弁護士費用3500万円の支払いで決着したのであった。全体の損害額(不正融資額)15億円の5分の1であったが、それ以上は我々の力が及ばなかった。裁判官を揺り動かす力が無かった。

和解調書の内容は、第1に不正融資について陳謝すること、第2に、賠償金と弁護士費用を払うこと、そして、第3には、この裁判の基調をなす所であるが、銀行は高知県行政の不正に荷担しないことの誓約が盛り込まれた。

しかし、真実は、そんなものではない。銀行が県の不正に乗せられた、という筋書きではない。

県が闘犬センターのために「念書」を銀行に発行し、そこに県の公金を貸し付けるから、貸し付けるまでの肩代わりに銀行が金を都合してくれと依頼があった、という話ではない。この不正融資は銀行が仕組んだものだ。
その証拠に依頼した「念書」は銀行と県の間でファックスで吟味がなされていた事実が確認されている。

銀行が県の上にあった。指定銀行の四銀の幹部は県庁を押さえていた。
四銀は、有力株主の子分である男の借金(主に高利貸しからの借金と言われる)を銀行の金と県の金で処理しようとしたのである。

その借金もはっきりした証文は一切ない。商売によって生じた借金とは思われない。ただ1枚の事務員のメモがあり、それに10億円近い借金の相手と金額が書いてあるという程度である。普通そんな訳の分からないことに銀行が億単位の金を出すであろうか。

公金にも等しい銀行の金を、闇金融の世界へ横流ししようとした事件なのであり、それに、県庁を保証人代わりに巻き込んでいたのである。県庁はこの金をころがしという手法で密かに貸し出し(実際はプレゼント)、年度末に1日だけ県の会計に戻すという偽装を続けようと画策していた、というよりそうさせられていたのであろう。

結局、県庁がこの金を出すということが、確かな担保だということになって、裁判所は、最初の融資から、相当部分の融資の責任をみとめなかったのである。

銀行の損失を関係役員の責任に転嫁出来なかったのは、ひとえに県の闇融資の意志の存続という事実であった。その意志がある限りにおいてすなわち予算措置がある限り、例え執行しなかったとしても、融資には根拠があったというのが裁判官の判断である。

金融資本の魔性に縛られた小官僚の浅はかな行為が、段々と不正融資の拡大に寄与し、会社に大損害を与えたのであった。

融資した金が何に使われたかもはっきりしない。闇の向こうにけらけらと笑う魔性のものの声が聞こえる。

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2010年9月 7日 (火)

阿久根市長

News & Letters/205

阿久根市長と議会の対決は非常に興味深い。
異常な事態であるが、それだけに地方自治の問題点が浮き彫りになっている。
普通は、まあまあで、首長・議会が相手を尊重しあいながら、悪く言えば妥協しあいながら何とか役所を運営してきた。しかし、阿久根市では譲り合いや妥協と言う点がほとんど無いので先鋭な形で戦後の地方自治の問題が出てきた。今の所解決の方法はないようだ。

最大の問題点は、次の点だ。

地方自治を行う上においては予算はもとより人事にいたるまで多くの重要案件で議会の承認議決が欠かせない。議会での承認が得られない場合、首長はどうすればいいのか。
いったんその案件を引っ込めて時期を待って再提出するか。それとも完全に諦めるかだ。
首長の専決処分が問題になっているが、そうすると、かえって議会の専決が問題になってくる。いかなる議案でも議会はそれを否決することよって現状維持案や議会が好む別案を決議し、首長に強制すると言う事になる。明らかに行政権限を行使することになる。
地方自治法上では、議会はいかなる決定を下しても法律上は無責任と言う事になっている。

市民の生命財産にかかる重大問題でも、議会は責任を負うことも無く、処分権を保有し行使しているのである。違法な公金支出事件でも罰せられるのは首長であって、その事業を議決して推進した議会は何のとがもない。
このような存在・・・強大な権限を行使しても無答責である、というのは民法の法典上では存在していない。幼児など当事者能力を欠如している者を除外して、人はその言動において責任を負うことになっている。

戦前、天皇にはこのような無責任行政権・法律制定権が与えられていた。
戦後地方自治法では議会にこれが与えられているのである。これを掣肘する制度は直接的には無い。

リコール請求など直接請求制度や、選挙などの方法があるが、リコール権を行使するのは大変なことであり、地方の住民では地盤に密着しているので別の議員を過半数に達するほど交代させる力はきわめて少ない。普通は首長の専横は一応議会にそのブレーキが与えられている。翼賛議会でブレーキをかけずそのまま執行してもその専横の責任はずっしりと首長にかかってくる。しかし、議会の専横にはブレーキのかけようはないし、しかもその専横の付けは議会ではなく、首長にかかってくるのである。

かくて、戦後地方自治が整備される中で、全国各地に、無答責の小天皇が制度的に確立された。双方が立場をわきまえて、その権能を尊重し、妥協しあっていくのが法律の前提であるが、阿久根市のように議会やその係累にかかる利害が絡む場合、いい加減にしてきたその地方自治法の空白部・・聖域化された無答責の権力がまともに首をもたげ威力を発揮する。

今私は、阿久根市長の言い分が正しいか、正しくないかのことについていっているのではない。心情的には、市長の気持ちは充分分かる。そのやり方をもっとうまくやればと言う気もする。だが、市長の主張の可否を超えて戦後地方自治の重大な問題が提起されていることは間違いない。法の改正が必要であろう。

それは、議会にも普通人と同じように、それ相応の責任をもたせることであり、間違った公金支出の議決をした場合、または、住民にとって本当に必要な公金の支出を伴う事業を拒否した場合、その議決に賛同した者に賠償責任など適切な責任を負わせるべきであろう。

民法上その行為に何の責任も負わないという存在は責任能力を欠如した者だけである。
議会の議決は普通の人以上に行政機関や一般市民の生活に大きな影響を与えるのだ。

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2010年9月 2日 (木)

(株)東洋リ・ボルト社

News & Letters/204

(株)東洋リ・ボルト社は東洋町の唯一の第三セクターである。
従業員はすでに50人に達し、清掃など施設管理、「海の駅」の運営、ホテル経営、役場への社員派遣、間伐など国の失業対策事業受託など多様な事業を営んでいる。動いている金は数億円である。

資本金2000万円の内、町が立ち上げ時に出した500万円と、後は民間人のものである。私自身も600万円出資した。

この出資金は、会社が事業を止め清算するときでないと返ってこないであろう。
ところで、当然の事ながら私はこの会社のために、随分協力している。朝たっぷり2時間~3時間、夜3時間、合計5時間~7時間、土曜日曜日は朝から夜にかけて釜たきや洗濯など雑用である。

その協力行為には何にも報酬はない。
例の連中に言わせると、その協力も自己の利益のためだ、などといっているそうである。

何の報酬もない行為は利益行為とは言えない。私自身、リボルト社に出資(600万円)したり、大枚の金(2300万円)を貸し付けたりしているが、それらが返ってくる見込みはほとんど無い。貸し付けた2300万円の内1700万円は銀行から私の報酬をかたにして、すなわち毎月の報酬からさっ引かれて出したものであるが)辛うじて利子2%を払ってもらっている。しかし、1700万円の利子は銀行から借りた利子3%には足らないのである。

リ・ボルト社は第3セクターであり、びた一文も私の自由にはならない。将来相当なもうけが出てきても、他の人の貸付金の返済や、設備の改修費、さらに、労働者の退職金や手当などの基金にしなければならず、出資者への利益還元は近い将来到底見込めない。私は全財産をこの会社に傾注したが、ここ十年やそこらでは見返りは何にもあり得ない。せめて貸付金が返ってくればと願っているばかりである。

本来、リ・ボルト社所有のホテルは町が公費で買い戻す必要があったものである。この敷地にはれっきとした宿泊施設を持った観光施設があったものを、それをぶっ壊して民間会社に超安値で売り飛ばしたのであった。それは完全な犯罪行為である。
町議会が買い戻しを否決したので私など民間の力で買い戻して、町の観光事業の中心に据えて運営している。

これは公益事業であって、私利私欲の事業ではない。私の協力によってホテルの洗濯代だけでも毎月数十万円節約されている。釜炊きでも月に5万円前後の節約である。
だからといって私は会社に一銭の利益も求めていないし、もらうことはない。私が町長を辞めて会社で働くようになれば別であるが、今は、私の協力は全て町の第三セクターのためである。

第三セクターは、地域の雇用を確保し、産業基盤を発展させるために、町長はもとより、議員も町職員も、町民もみんなが協力して守っていかねばならない。

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2010年9月 1日 (水)

韓国時代劇「イ・サン」

News & Letters/203

私は、忙しいです。でも欠かさず見ているテレビ番組があります。
龍馬伝ではありません。それはついでに見ているだけです。

 私が何よりも楽しみにしているのは日曜の夜9時BSの韓国時代劇「イ・サン」です。

宮廷内のノロン派と闘い、民政を大切にしている主人公イ・サンに共鳴しています。
 イ・サンはいわばどん欲な利権と権益に漬かってきた権力機構に、民衆の代表者が入り込んで悪戦苦闘しているという姿であろう。今、貴族階級の依拠する奴ひの解放問題に大胆に切り込んで行こうとしているが、さどかし大反対にあって宮廷内の闘争は極度に高まるであろう。

 東洋町。
庁外にうごめくノロン派的悪党たちが失地回復を願ってうごめいていることは周知の通りであって、それに呼応する者もいる様子だ。その連中は私を役場から早く追放したいと熱望しているようである。聞くところによると、中には、いざとなれば核施設の導入も考えているという人もいるそうである。

町内の弱者を助け、町を復興しようという新しい町政、この町勢の伸張をつぶすことが彼らの願いなのである。

他に何の方針も施策もない。私の失政を追求するというのでもない。ただ、ノロン派の支配する町役場にすることが、彼らの願いである。私は王侯貴族の出身ではないが、悪党達と闘うことにかけては「イ・サン」に引けを取らない。

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