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2010年5月11日 (火)

佐賀のプルサーマル原発反対の裁判闘争

News & Letters/190

佐賀の玄海原発のプルサーマルが強行されている。これに対する反対運動も、裁判での公判闘争に転化しようとし、私もその支援グループの一員に名を連ねている。佐賀の闘いは全九州に広がり、プルサーマル計画の強行発展に連れて、更に全国的な問題になろうとしている。

訴訟はまだ準備中であるが、争点は2つに絞られつつあるようだ。

①1つは、MOX燃料である。

②今ひとつはその使用済み残渣(高レベルの核のゴミ)の処分の問題である。

①については、国の安全基準が不存在であり、不良品(良品などあり得ないが)に対する規制がないのである。この問題を法的にどう批判し、国を圧倒するか、専門家の知嚢をかりて慎重に論陣を組み立てねばならない。

②については断然我々が有利である。

 MOX燃料といわず、およそ核廃棄物の処分の方法は世界的に確立されていない。
地層処分などは核廃棄物を、ただ人間の目に触れないようにするという効果だけで、恐ろしいプルトニウムなどの放射能の汚染を何ら解消するというものではない。

原子炉建設に関する国の法律に建設時にすでにその核廃棄物の処分について明確になっていなければならない、と規定がある。

全ての日本の原発建設において、この規定を守ったところはない。
しかし、国は、この法律の規定を、省庁レベルの「内規」で取り崩し、実質的に処分方法について申請段階で明記されなくても構わないようにしてしまっている。玄海原発のプルサーマル核実験においても同じである。

果たして、時の政府が政策的に勝手に作る「内規」が国民の代表である国会の審議を経て作られた法律の趣旨をないがしろにすることが出来るであろうか。国の法律は、核廃棄物の処分を事前にはっきりさせることを原子力事業者に課している。

その義務を、省庁の執行機関で解除することが許されるのか。
回答:政令でも省令でも、まして「内規」などで国の法律の趣旨をないがしろにすることは憲法違反である。憲法第41条に抵触する。

議会の審議を経た法律を時の権力者が骨抜きにすることが出来るというなら、権力の座に座った者の勝ちであり、議会も法律も国民もないと同様となる。省庁の令や通達・内規類でいくらでも法律の趣旨を変えることが出来るというのであれば、権力と結んだ電力会社はいかなる無法行為をやっても無罪放免と言うことになるであろう。

昨年11月、このことを東洋町ははっきりさせた。
最高裁大法廷で、これまでの最高裁判例を覆し、法律(地自法及び公選法)で制限されていないのに、政令(地自法施行令)で国民の権利(この場合リコール請求権)を規制することは憲法違反であるという判決が下された。その詳細はこのブロッグに詳しく報告したとおりである。

佐賀の反プルサーマルの裁判闘争の大きな根拠が昨年11月の最高裁においてすでに構築されていた。江藤新平の霊魂の残る東洋町。そこの住民が築いたこの管制高地に立って、この高地を反原発の今後の闘いを進める1つのよすがとする必要があろう。

原発行政は、一般法律の規制をほとんどとっぱらい、まるで治外法権扱いか、または超法規的措置をもって優遇し続けている。

比較的小規模なボイラーには厳しい規制をかけておきながら、最も危険な大規模ボイラーについては何の安全基準もなく、何らの規制もかけない野放し状態である。この様ないわば無法地帯・暗雲の闇の世界を取っ払って青天を回復せねばなるまい。

この裁判は、人類の危機をかけた闘いであり、原発について佐賀県・九州全体さらに全国民の一大争論の渦を作り出すきっかけにせねばならない。

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