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2010年3月18日 (木)

ブログの原稿

News & Letters/181

現在私は、新年度の予算を議会にかけて、これを無事通過させるためにあくせくしています。

ブログに載せる原稿は多々ありますが、書く時間がないのです。
今、私は、福祉や教育をより一層充実した予算を通そうとして悪戦苦闘しています。
それはバラまきだ、福祉のやりすぎだ、選挙目的だ、という批判にたいしていかにして議会を説得するか苦慮しているところです。福祉予算を削減しなければ、議会通過は困難な情勢であります。

最近広島の知人に会い私が話したこと。

核兵器反対の広島の市民が、どうして広島に原発が建設されるということに無関心な人が多いのか。
私には理解できない。

原発というのは、核爆弾のことなのであり、絶えず小爆発をして、死の灰を生産し続けている。
施設を溶融し大爆発をすることもある。

原発というのは、広島長崎級とは比較にならないほど巨大な核爆弾であるという認識が欠如しているのである。
逆に言えば核爆弾は核燃料の一種であって、小型の原発と同じなのである。直接の使用目的の名分が違うだけである。

そのことは、私が学生の時あるシンポジュムで湯川秀樹博士が、学生の質問に対し「原発も原爆も同じものだ。」と答えられたとおりなのである。

核兵器に反対する原水協や原水禁の皆さんは、原発やプルサーマル計画に当然に反対しなければ理屈に合わない。日本は核を保有しない、していない、等という空論で自足している手合いは、日本列島にある原発という核爆弾を何だと認識しているのであろうか。核爆弾を平和利用できるというのであろうか。

核兵器は敵国に対する軍事的抑止力として平和目的のために保有している、といえばゆるされるということか。原発も電気を生産しているから許されるというのか。しかし、いずれも大量の人を殺傷し自然を破壊するという性能と効果は変わらない。
原発の方がその破滅性は大きく深刻ではないか。

だから、全ての核反対運動者は、原発反対運動者でなければなるまい。

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コメント

>湯川秀樹博士が、学生の質問に対し「原発も原爆も同じものだ。」と答えられたとおりなのである。

湯川博士の言葉、存じませんでした。

>原発というのは、核爆弾のことなのであり、絶えず小爆発をして、死の灰を生産し続けている。

鳩山首相に、この認識をもってもらいたいものです。

投稿: 緑虫 | 2010年3月22日 (月) 02時10分

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