« 2010年1月 | トップページ | 2010年3月 »

2010年2月

2010年2月25日 (木)

佐賀反プルサーマル裁判

News & Letters/177

2月21日、佐賀市で玄海プルサーマルに対する反撃の裁判闘争が準備されました。その立ち上げの集会に私も参加しました。私はこの裁判闘争を支援する会の会長になりました。原子力産業に対する闘いの一翼に加入したことに一入喜びを感じているし、引き受けた使命の重さをかみしめているところです。

この裁判闘争の争点は

第1に、プルサーマル燃料の安全基準である。
まるで安全基準が何もない。

豊田の自動車の件で国際的に大揺れに揺らいでいるが、およそ近代文明の器械、とりわけ燃料機関を持つ機器類で安全基準がないということが許されるのか。灯油ストーブでさえそれはある。
そして仮に設定される安全基準が出てきたとしても、実験や実証もなしにそれを受容できるのか。

これの我々の主張としては、まだ実害がはっきり表面化しては居ないとしても近代機械文明の安全秩序・・公序良俗の上で許されるはずはありません。
生命と財産・・人格権の侵害の恐れがあります。

第2に、九電は自らが設定した安全基準の危険区域に今回のモックス燃料の安全区域が入り込むような燃料を入れ込むという。これは明かな自家撞着である。自分が危険だと言うところで営業しようと言うのですから、いくらでてらめな裁判所でもこれは認められないでしよう。

第3に、このプルサーマル原発も、他の各種原発と同様に使用済みモックス燃料の後始末の設計が全くないというのです。超高レベルの放射性廃棄物をどうするのか、何の手だてもないのです。薪炭を燃やしているのではない、後に甚大な被害をもたらす放射性廃棄物が残るのである。他所に持って行くところがないのであるから、玄海原発内で処理するということになるが、それは敷地内のどこにどういう施設で処理・管理するのか、明確な設計図を示さなければなりません。

第4、これら第1~第3の争点を突破口として、裁判を開始するが、その公判中に相手側の隠している新しい資料をどんどん引きずり出し、プルサーマルの危険性を国民に暴露し、国民に警鐘をならすことです。争点は次々と浮かび上がってくるでしょう。
車の事故でも許されないが、原発においては事故が起こってから損害賠償請求の裁判をやっても余り意味がない、被害の規模や深刻さからして取り返しがつかないからです。

考えてみれば私はたくさんの裁判闘争をやってきました。その最たるものは、狭山闘争でした。

狭山闘争は私が青春をかけた大闘争でした。
私はこの事件がまだ闘争化されるまえ、解放同盟中央本部で新聞類を整理しているとき「解放新聞」紙上で「狭山事件」または「善枝ちゃん殺し」という事件で知られた小さな記事を見ました。私はこの事件と石川青年に興味を引かれました。

この事件については、当時は、民青系の部落研の小集団が少し関わっていました。また、国民救援会の難波会長らが係わり、共産党系の弁護士も付いて支援していました。解放同盟の関東・埼玉の野本武一さんもこの事件を取り上げてはいました。

私は、国民救援会に出かけ、公判記録をもらって来て、具体的にこの事件を調べました。
ちょうど参議員選挙の折で、私は松本英一候補の近畿選対の事務局を引き受け、1ヶ月間この事務所に泊まり込んでいた。事務所というのは大阪桃谷の木造旅館を改良した解放会館のことである。

 そこには当時中央本部と大阪府連本部があり、西岡智、浅海節一、松田慶一、上田卓三など大阪の錚々たる指導者がい、また毎月全国の指導者・・その中には全国水平社の生き残りの幹部たちもいた・・が集まってきていた。

 仕事の合間私は狭山事件の公判調書を繰り返し読み込み、そこで石川一雄は無実であるという確信を持ったのです。そしてそれまでの弁護活動や公判闘争が、無実の確信を前提にしていないものと考え新しい裁判闘争を起こす必要があることを決意しました。狭山事件、これが典型的な部落民に対する差別偏見に基づくでっち上げ事件であること、すなわち狭山差別裁判であるとこれを命名し、全国の部落大衆はもとより国民全体の問題としてこの裁判闘争を発展させる必要があること、しかも緊急に行動しなければ井波裁判長の東京高裁死刑判決が迫っているから、劇的な手法で緊急行動を起こす必要があることを決意したのでした。

 これ以降の様々な困難を越えて、最初は私は1人で出発しました。全ては1人から始まります。

 狭山闘争は利権にまみれた予算獲得運動の解放運動の体質を根本から変革し、反権力・自力自闘の一本筋の通った組織として解放同盟を再生するという大きな使命も担うものでした。この闘争を通じて多くの活動家が全国各地に輩出しました。

 この闘争の最前線で闘っていた私は途中災難を受け挫折してしまいましたが、この闘争は今も続いています。再審は必ず開かれるでしょう。

 澤山保太郎と石川一雄が相会う時もくるでしょう。
その劇的な行動とは。

 若かりし頃、私は、「浦和の空は美しかった」という詩的な宣言を、江戸時代の代官所の名残のような浦和地裁の建物の上で、寒い冬の明け空に向かって発しました。

 原子力産業の終末、我々の訴えの利益が霧散する日が早く来るよう 玄界灘に美しい空が帰ってくるように力を尽くそう。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2010年2月17日 (水)

格差社会

News & Letters/176

日本は、まだまだ身分格差のひどいところである。
封建遺制にまつわる差別はもとより、近代社会が生み出している格差は広く深く深行している。

身分格差は、生活水準、所得の格差として現出する。この東洋町でもひどいものだ。私が責任があるのだが、直ちにこの経済的身分上の差別を解消することが出来ない。

私は、今、役場と、リ・ボルト社の給与を考えている。先月などは、公務員で総所得60万円を越えるものが数名いた。リ・ボルト社の「海の駅」は先週の土曜日に売り上げ1億円を達成し、東洋町の産業振興に大いに貢献したが、そこの正社員4人の給与は月15万円を越えるものは誰もいない。

4人の正社員を束にしてこの町の突出した公務員1人に匹敵する。
窓口業務で月60万円、と激しい立ち居の接客業務の月15万円の社員との比較で4倍の給与の格差。これは、余りにも不平等ではないのか。私は悔しくて夜がねられないという日が幾晩も続いている。

私の給与は20%減で50万円ほど。何かにと引かれて手取り30数万円。それから、ホテル代金の借金支払いに20数万円ひかれ、家賃や食事代、生命保険代金等を引かれると、何も残らない。

私費の交際費などは持ち出しとなる。土曜・日曜祝祭日もほとんど年中出勤しているのにだ。
自業自得だから私はいいとして、私が担当しているこの町の農民や漁民、商売人たちは爪に火をともして暮らしている。

月数万円の年金で暮らしている大勢の老人もいるし、生活保護を受ける戸数の割合は全国最高であるというほど経済的に最低の社会だ。貧しさになれてしまって不平も出ない。
その町民に奉仕するという公務員が、毎月50万円以上の給与所得を得ることが許されるのであろうか。少々の残業をしたからといって月60万円(お年寄りの年金1年分)を超す給与を取っていいのであろうか。

私は貧しいプロレタリア・貧農の子であり、被差別部落に生を受けた者である。その立場からの視座で、現代の日本の公権力・公務員制度ー身分格差の根元をその根本から見直さなければならないと思っている。

私は、この日本全国の役場の中に牢固としてある官尊民卑の磐根錯節を断ち切らないでは、安心して眠れない。死んで親や先祖に申し訳が立たない。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2010年2月15日 (月)

玄海原発プルサーマル核実験阻止の裁判闘争を支援するアピール

News & Letters/175

                高知県東洋町長 澤山保太郎
                   2010年2月21日

佐賀は江藤新平の故郷です。

その江藤新平の故郷に玄海原発があり、そこでプルサーマルという恐ろしい核実験が行われています。この核実験は成功しても失敗しても、恐るべき結果を佐賀や九州、西日本にもたらすでしょう。このような佐賀を、日本の国家を国民の人権の立場で建設しようとした江藤新平はどう考えるでしょうか。

政府や電力会社がもくろむ核実験の成功は、放射能の永続的な拡散とその廃棄物の無限の蓄積であり、その失敗は急激かつ悲惨な大災害なのであり、長きにわたっていやすことのできない惨禍を国民にもたらすものです。

いずれにしても人類の破滅に私たちを道連れにしようというものです。
事業半ばで倒れた江藤新平の魂魄は今も佐賀の町や村で心やすまず、さまよっています。人権の中の人権、国民の生きる権利が蹂躙される佐賀の玄海原発・プルサーマルを新平も私たちも絶対許すことはできません。

佐賀や九州の同志たちの粘り強い戦いにもかかわらず、この核実験は強行開始された。裁判闘争は、私たちの力の及ばなかった結果ではなく、これからの日本国民のプルサーマル反対、反原発闘争の新たなる一歩であり、まともな説明もせず非道を重ねる権力に屈しない意思表示であります。

今、プルサーマルはガン細胞のように九州から四国・本州へ転移し、日本列島を席巻しようとしています。さらに、この裁判で佐賀の玄海プルサーマルの反人間性を明らかにするのみならず、放射能の危険性について全国民に警鐘をならして、原子力産業の是非について国論を二分する大事件に発展させねばなりません。

百数十年前の佐賀の乱を孤立無援で敗北させた轍を再び踏まぬよう全国の皆さんが、この裁判闘争の勝利のために連帯の輪を強く構築するよう願うものであります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年2月 6日 (土)

ホテルの経営

News & Letters/174

東洋町のリ・ボルト社が民間会社からホテルを購入して5ヶ月が過ぎました。1日も休業していません。
そして、大方の予想に反し、5ヶ月間一度も赤字にはなっていません。全月黒字です。

本来このホテルは、東洋町が公有財産として取得しなければならないものです。このホテルの敷地は東洋町の行政財産であり、東洋町青少年「旅行村」という施設が建っていたのです。それを白昼公然と破却し、土地も格安値段で民間業者に売り飛ばしていたのです。まだ国の補助事業の継続中の施設であり、現在でも行政財産のままであり、管理条例も特別会計も存在しているのです。

町議会では1票の差でこのホテル買い戻しの議案が否決されてしまいました。実に残念でした。
5階建てで、大広間を除いて27室の立派なホテルを5500万円で購入するというものでしたが、議会の理解を得られなかったのです。反対の理由は理由は赤字になる、という一点でした。

それで仕方がないから、私と私の姉が4300万円を出し、足らない金は町内外の知人に頼んで資金を調達して、この町の財産を確保したのです。
私は手持ちのあり金を1000万円、銀行からの借金1700万円、合わせて2700万円出し、姉とその長男が1600万円出しました。
こんなことをしてと人は笑うかも知れません。

私の借金は私の報酬から天引きされています。
ホテルの食事のメニューは毎日全部私が作成し調理の担当がつくっています。安くて豊富ですので大変好評です。

ホテル購入に反対した皆さん、白浜ホワイトビーチホテルはこのシーズンオフの期間を黒字の採算ペースでしのいできました。これから春から夏、秋の観光シーズンではさらに売り上げを伸ばしていくでしよう。次々と従来の方法を変えて効率的運営を図っていますが、まだまだ経費を節約する余地があります。隣に温浴施設もまもなくできあがります。
東洋町の観光の目玉としてホテルは十分やっていけるのではないか、という感触を持っています。

このホテルをホテルとして存続するかどうか、もっと外の良い目的のために転用すべきかどうか、まだはっきりしていませんが、何にしろ人が捨てたものでも智恵を使い労を厭わず頑張って動かせば何とかなるのではないでしょうか。

隣の「海の駅」はますます盛況です。今月中に1億円の水揚げを達成するでしょう。10万人以上の来客を記録しています。これは大きな経済効果です。

私は私財を投げ出しても少しも惜しくありません。
そこから利益を得ることが出来れば望外の喜びですが、何よりもこれが無駄な長物にならないように、雇用の確保、地域の活性化に貢献するように最後まで責任をもって運営します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年2月 4日 (木)

新聞記者らの「騒然」事件

News & Letters/173

本年1月17日の東洋町町会議員選挙。

入ってはならない神聖な開票場に入り、そこで「騒然」行為を働いた記者らが、自らの新聞で会場が「騒然」となったといって町選管を大見出しで非難する記事を書いた。
もしその「騒然」状態が事実であれば、公選法の厳しい刑事罰が待っている。

記者らがその「騒然」行為の張本人であった。自分がした違法行為を新聞にでかでかと書いたのである。天につばをしたではすまない。

私は、その現場を2度目撃した。その夜、開票が遅れたことは確かだ。期日前投票の誓約書の枚数についてチェックミスがあったが、そのことがなかなか分からなかった。会場内の有権者の参観席から、1度は女性記者が会場正面の選管委員長に向かって厳しく追及の声を挙げて喋っていた。

私の目撃した2度目は複数の男性記者がわめくように選管委員長を追求しなじっていた。委員長と記者との間はかなり距離があったから大声でないと聞こえない。記者らはそこの会場を我が物顔にふるまっていたという感じだ。私が見た限りでは有権者は、座って黙っていたのである。

「騒然」(公選法では騒擾という)というのが、どの程度の範囲、どの程度の音量のことかわからないが、記者らが騒いでいたことは確かだ。黙って参観していた住民の中には、おまんら関係ないから静かにしておれ、と記者に注意をしたという人もいる。

部外者が侵入することも、騒ぐことも法律で禁じられている。騒いでいたその報道機関は高知新聞、読売新聞、毎日新聞、そして朝日新聞である。外にもいたかも知れない。4紙に対して公開質問状を出してある。この質問状の内容については、選管委員も賛同であるとのことだ。

私はこの事件を重視している。何故なら、1月17日のその会場の有様は翌日の新聞に仰々しく掲載されているからだ。

私は普通の人間ではなく、公務員である。刑事違反事件についてはそれを察知した場合は告発する義務を負っている。報道機関は第3の権力だとも言われている。そのなすところによっては、人を破滅に追い込む事も出来る。確かに新聞記者も感情を持っており、時には逸脱した行為もしかねないだろう。

過ちを犯したからといって直ちに首にしろとか言うべきではない。しかし、今回の事件は彼ら自身が実行者であり、それを住民のせいにして大事件に仕立てあげて報道したのである。

誠意を持って応対しないなら、私はたとえわが身が満身創痍になっても、報道機関の不正については容赦しないだろう。私は、なすべき事をしなければならない。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2010年2月 2日 (火)

新議会お祝いのあいさつ

News & Letters/172

       平成21年2月1日    東洋町長澤山保太郎

 皆さんこんにちは

 さる1月17日の激しい町議会選挙を勝ちぬかれた皆さんに敬意を表するものであります。
この数年いろいろな面で東洋町の活性化の徴候が表れてきていますが、多くの候補者が今回の選挙に名乗りを上げて争われたことは、これも地域活性化の一つの表れではないか、と考えるところであります。町民を代表しまして皆さんにお祝いを申し上げます。

 現在、東洋町では、福祉と教育の充実、そして産業復興を目指して行財政活動をしてきていますが、前の議会のご協力や町民の皆さんのご協力によって相当な成果を上げてまいったと思います。

1、これまでになかった新しい福祉事業としては、

①福祉の分野:児童生徒への医療費の無償化の拡大(6歳未満を中3年生まで)
       お年寄りの医療費の無料化(85歳以上)
       インフルエンザワクチンの無料接種
       肺炎ワクチンの無料または半額接種
       在宅介護者への助成金の大幅増額(月5000円を3万円に)    
       有料福祉バスの無料化
       配食サービスの実質無料化
       デイサービスの半額化(1000円→500円)
       保育園児への米支給(月5㎏)
       保育園児への通所助成金月3000円(商品券)

② 児童生徒高校生への米の配給(月10㎏)
    教育教材費の町負担
    給食の完全実施

③ 資格取得への助成
     ヘルパー資格講習(1万5千円の実費だけ徴収)
     チェーンソウ講習(1万円徴収し8千円の商品券と昼食2回分支給)
     草刈り講習(5000円徴収し3000円の商品券と弁当支給)
     自動車運転免許講習費用(10万円助成)

新年度はこれにさらに加増して

①75歳以上のお年寄り全員に毎月米5㎏支給。
②出産祝い金、妊婦助成金 などの支給を計画しています。
③また、大学進学の奨学資金の復活、高校生への通学助成金も計画しています。
④小学校・中学校の新入生への入学助成金
⑤さらに保育園児への通所助成金の上乗せ。
⑥デイサービスの完全無償化
⑦配食サービスの人数拡充
⑧また、小型船舶操縦資格取得にも助成金を用意しています。
⑨男性に多い前立腺がんの早期発見無料検診も実施する予定です。
 新しい計画につきましては当初予算の議会審議でよろしくお願い申し上げます。

2、産業復興事業

 産業復興事業は容易ではありません。野も山も荒れています。米、ポンカンなどの農産物も価格の低迷で収入が上がっていません。漁業も同じく低価格で苦しんでいますが、紺年あたりは漁獲そのものが落ち込んでいます。町内外の土建業も廃業や事業縮小で失業者が多く出ています。職を失って都会から戻ってくる人もいます。これは、高知県だけではなく全国的傾向ですが、東洋町のような小さい町へしわ寄せは一層厳しいものがあります。
したがって町の税収も大きく打撃を受けています。

 こういう中で、昨年「海の駅」を立ち上げています。生産と販売の拠点を白浜ビーチに建設し、昨年1年の試運転では4千万円、今年度本格営業では1月現在すでに9500万円を超え、集客数も10万人を超えています。水産物と農産物の拠点としてもっと大きく発展させる必要があると考えています。

 国の失業対策事業もできる限りとりいれ、間伐・ホームセンター、農耕、ゴミ処理、介護サービスの分野等に展開しています。これらを採算・自立化ペースに乗せるのは大変な努力が必要でありますが、国や町の助成で何とか維持・推進していきたいと考えています。

漁業では、古い設備の整備のしなおし、冷凍施設の導入などを鋭意推進していますが、
漁家経営の悪化に対する対策、助成の必要性も検討課題に挙がっています。

 農業では、水路、農道などの基盤整備が遅れている。また、米などの地産地消により、農家の収入を支える事業も進める必要があります。後継者がなく農地・果樹園がいながら放置されるという状況が拡大しています。町は、有害鳥獣の駆除や、防柵ネット、開墾費や機械代金などへの資金援助を強化していますが、いまひとつ効果が上がっていません。若者を募って農村に定着できるよう施策を立てるなど抜本的な対策が必要であります。

 林業は現在まったく採算が取れない状況ですが、ホームセンター事業や、木質バイオマス事業を推し進める中で、林業自立の契機を作っていきたいと努力中であります。
また、町有林では、炭やシイタケの原木、しきびなどを植えたり、油をとるアブラギリを植樹していきます。東洋町は薪や炭など木質バイオのエコ産業を活発に推進します。

 商工・観光面では、地の利を生かしたサーフィンと海水浴がありますが、キャンプやホテル・民宿、さらに海の駅の集客と合わせ毎年数十万人の来客があります。大勢の来客に対するサービスを向上させ、地元に落ちる金を増やさねばなりません。
 自然休養村の改装整備・温浴施設の設置、青少年旅行村の再開、ホテル経営などをてこに観光業の一層の発展を図る所存であります。
商工会と提携して地域商品券も役場の給付金や補助金をもってこの2年間で数千万円普及しました。

 また、市町村ではほとんど存在しない生活支援・企業運転資金の貸付制度も設けています
これら産業復興のひとつの強力な起爆剤として、リボルト社を拡充し、事業を増やし、雇用を拡大していかねばなりません。リボルト社は民力を主力にしますが、町の一定の統制下に置いておく必要があります。

3、公共施設の整備

 学校施設など老朽化している公共施設の整備、町道や農道・林道など道路の整備、また、各地に津波避難高台の構築、橋の補強を急がねばなりません。
 教育委員会では、この1年で県下最低であった学校の耐震補強を完了します。ただ、野根中学校の校舎がこれ以上使用に耐えないというところから、中学校の統合は避けられないという結論が出ています。また園児の激減による保育所の統廃合も検討課題になりつつあります。現状のまま放置することはできません。

4、行財政の一層の効率化、役場の戦闘力の強化

 福祉・教育の一層の充実と公共施設の整備、そして、困難な産業の復興のためには大きな資金が必要であります。そのためには、行財政の経費を節約し、同じお金でも町民のための多くの施策が遂行できるようにしなければなりません。
 雇用場所の少ない東洋町では、役場の人員を削減するわけにはいきません。そのかわり、大いに働いてもらって東洋町の福祉と産業復興のための大きな戦闘力として効果を発揮していただかねばなりません。長年続けてきた町職員の給料のカットも一切やめました。
臨時職員や派遣職員の賃金も増額しました。包括センターの派遣職員は全員町職員になって頂きました。

財政:

 借金はこれ以上増やさない→減少させる、基金はなるだけ取り崩さない→少しでも増やす、というのが私の町政の大きな方針であります。
 今年度末で新町政になってから3年間で約10億円ほど減少させてきましたことは、前の議会のご協力、役場職員の努力の結果であります。

 平成22年度これから1年間は学校の整備事業などが集中したり、政府の財政特別債が大きく増大した関係で、あまり借金の削減はできませんが、事業を効率よく推進できれば相当な余剰が出てくると考えています。たとえ1000万円でも借金を減らし、基金に上乗せができればという考えで行政を厳しく推進してまいる所存でありますので、新しい議員皆さんのご協力とご鞭撻を伏してお願い申し上げます。

 課題は山のようにあり、資金や力は小さい。押し寄せる不況と産業の衰退、人口の高齢化に抗して、我々は奮闘しなければなりません。ふるさと東洋町を守るため議会と執行部が一致団結してこの困難にたちむかわねばなりません。
私もあと1年ばかりの任期を死力を尽くして働きたいと思いますので、どうかよろしくお願いいたします。

今後の課題

1、税、新築資金貸付金等の滞納整理

2、健康行政推進、国保会計・介護会計の支出抑制

3、産業基盤の整備、新規起業による雇用の拡大

4、中学校の統合、保育所の統廃合の検討

5、エコ・エネルギーの開発・導入

 これらの諸課題は、一朝一夕には達成できませんが、町民が協力し合って一歩一歩成果を追求して行かねばなりません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年1月 | トップページ | 2010年3月 »