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2010年1月

2010年1月21日 (木)

匿名のレター

News & Letters /171

 私の所にはさいさい匿名のお手紙が舞い込んでくる。オンブズマン活動にはこの匿名のレターが随分役に立った。町長職に置いても非常に役に立っている。
モード・アバンセ社の闇融資事件も匿名のレターがオンブズマンに舞い込んできて、それから調査が始まった。

 東洋町の高レベル放射性廃棄物の折にも匿名レターが威力を発揮した。私に来るずっと前に同様の匿名レターが朝日新聞安芸支局に来ていた。新聞社はこれで事態をつかめたはずだ。しかし、このレターは平成18年当時表に出なかった。事件は伏されたままだった。
私には、平成19年1月に、前町長がすでに一度核施設の応募をしていたという驚くべき内容のとく名手紙が舞い込んできた。それで、私は調査を始め、その事実を原環機構などに確認した。・・・・

 町長になってもいくつもの匿名手紙で調査を開始し、不正を摘発している。
最近では、私の「奥さん」と誰かさん(実名)が不倫関係にあるという匿名の手紙がやってきた。
 私は、これも半分真実性があるのではないか、すなわち、私には「奥さん」はいないが、その男が誰かのワイフと不倫関係にあるのではないかということだ。そんなことは調査にも値しないが。

 このように匿名の手紙には真実性が高いと考えている。極めて有益だと考えている。それを発信する人は、必死でその極秘事実を知らせようと言う意図が見える。勿論、その事実を私に調べさせることによって何らかの利益を得ようと考えているとは思われるが、オンブズマン活動にとっても町長にとってもそれは何の障害にもならない。

 まだ、匿名の手紙で事実を突きつけられていることがあるが、調査しないでおいているのもある。それら全てをあからさまにする時間的余裕もないし、今さらそれを追求して町政に何の足しになるだろうかとも思う。
私は、それら匿名の手紙が誰の手によるものなのかについては、ほとんど関心がない。

 全体として、行政に関係しているものの内部告発的なものが多い。私についても、公務で隠し事をしたり、不正をしたりしたら、いつ内部告発をやられるかわからない。本来なら堂々と問題を明らかにすべきであろう。私の場合は何者も恐れないから、歯に衣を着せずにやる。時には実名を挙げて批判申し上げる。

 ただ、このブログで実名を出された人は数人いるが、その人は、私に対して公開で質問をしたり、また、議会など公の場で町民や私に向かって公然と発言したりしてきた人だけである。

 いずれにしても私は、匿名の手紙を大いに歓迎している。内部告発は密告ではない。それは権力の腐敗を暴き、我々の責任をも問うものであって、自己切開を迫る厳しいものだ。

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2010年1月20日 (水)

東洋町選管事務について報道機関に対する公開質問状

News & Letters/170

 各報道機関殿               
 
東洋町長 澤山保太郎                   平成22年1月19日 

本年1月17日に東洋町の町議会議員選挙が行われた。
その時開票事務が遅れた。開票場には、選管関係者や大勢の町民がいた。
複数の職員の話では、住民からは、開票が遅れていることについて選管に対して、厳しい質問が相次いだことは事実であるが、何も「騒然」となったと言うことはなかった、ということである。ヤジのようなものも飛び交ったが全体として住民は節度のある態度を保持しており、選管の説明を聞いて、待機していた、という。次のことについて質問する。

1、貴紙らの本件に関する記事中住民が「騒然」となったという表現は事実に即し適切であったのか。その「騒然」に貴紙らの記者も入っていなかったか。
「騒然」が事実であれば、公選法上厳しい規制や罰条もあるが、承知しているか。
  法に照らして返答されたい。(公選法74条、同法229条)

、貴紙らの記者は選挙人でもないから開票場に出入りすることは許されない(公選法74条、69条)が、いかなる理由で会場に入ったのか。
あまつさえ、公選法による厳粛な開票場で選管関係者に、幾たびにも渡り大声で「説明しろ」など追求的言動をしていたが、それは許されることなのか。

今回、町選管は確かに事務取扱に疑義があり、開票決定につき変更などをしているが、その都度簡単な説明はされていたという。業務を一時停止し事実や原因の究明の中で事案の説明が直ちに出来ないことも起こりうる。その場合、選管が業務遂行の予定を変更することもその正当な権限内であり、翌日開票も法令上許されている。
しかるに、法律により出入りが許されない開票場で、報道陣が会社の都合で選管業務の進展を促したり、その進展の説明を求めたりして良いのであろうか。
それは公選法で厳禁されている開票場の秩序を乱す行為ではないのか。

3、選管事務は、事務遂行中は機密を要する。部外者は何人も関与すべきではない。
 開票会場では、住民といえども、参観を求めることが出来るが、発言することは許されていない。(公選法69条) 選管関係者も粛々と業務を遂行するだけである。
候補者も含む住民は、静かに開票作業を見守り、選管の発表を受け取るだけである。会場で「騒然」となる事自体許されない。開票作業に異常なことが起これば、立会人など正規のチェック員がおり、その者たちが対処することになっている。いかなるトラブルが起こっても選管業務は権限ある者の手にゆだねられている。

首長といえども町の行政全体に統括責任があるとはいえ、別途意見を申し述べる事は出来るが、直接の関与権限はない。 報道の権利・自由の中に、報道機関が開票会場に入り込み、業務中の選管関係者に対し発言する権利があるのか。社の原稿締め切りに間に合わないなどと言うことまで発言があったというが、新聞社などの営業時間に合わせて選管業務をやれと言うことか。  以上の質問について誠意を持って返答されたい。

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2010年1月19日 (火)

町会議員選挙事務についてお詫びと釈明

News & Letters/169

 東洋町の1月17日付の町議会選挙で、開票が遅れた。そのことについて、町長として深くお詫び致します。私の直接の管轄事項ではないが、町の行政全体の統括責任者として責任があります。

 それについて、当然ながら新聞が大騒ぎの記事を載せている。
選管の事務のミスがあったことは事実だ。それは、1票につきチェックミスがあり、実際の投票者数と投票所でのチェックの数が合わなかった、というものである。問題なのは、その程度のことで開票を遅らせたということである。
書類上のチェックミスと投票箱とは全く無関係で、投票行為は正常に行われているのであり、また、選挙を決するのは投票箱の票数なのであるから、開票そのものは、時間通り行うべきであった。

 私は、出張しており、開票予定時刻より1時間ぐらい経って9時過ぎに役場に帰った。その間集会最中に役場から私に選挙関係の事務的な相談が何度もあったが、開票にかかる問題については何の報告も相談もなかった。私が帰ってから1時間経ってもまだ開票が始まらないというので、選管書記を呼んで事情を聞いた。
事案はごく簡単であった。

 私は、すぐに開票し、立会人に投票箱の中身について確認をしてもらう必要がある、ミスの究明は究明で続け、開票を遅らせる理由はない、という意見を述べた。
それで、夜11時過ぎに開票が始まった。
選管委員はともかく、その夜詰めていた職員たちは、内部の書類の確認よりも投票箱の確認(開票)が優先である、という判断が出来なかったのである。私に一報があれば、何の逡巡もなかったし、この混乱は無かったであろう。私以外に他の誰もその判断は出来なかったであろう。
選管は慎重になりすぎたのであった。

 私の関与が遅かった。
実際には期日前投票の書類(宣誓書)の枚数の数え間違いであった。その書類は595枚ちゃんとそろってあったのに、それを594枚と数えて入力したのであった。それで実際の投票者2321人と選管チェックの2320人と誤差が1票出たのである。

 選管人事の交替が原因であるかのような批判をする報道もあるが、事実無根である。
これらの事務に関与していた女性職員は選挙の度に長年同様業務の事務を勤めてきたのであって、ベテランである。弁護するのではないがベテランでもミスをすることもある。
繰り返すが、そのミスの原因が判明するまで時間がかかった。また、その誤差を理由に開票を遅らせた判断はあまりにも慎重でありすぎた。
町行政の統括責任者である私に一報あれば、10秒で解決した問題であったのだ。

選管や教委は、町執行部と独立していて、町長は関与してはいけない、ということになっている。
選管関係者にはその遠慮があった。
私の方も、介入してはいけないという自制があった。
しかし、各行政委員会が立ち往生し、町の死命を制する重要業務が停止状態になっているときには、法令で定められた長の「統括」責任者が登場しなければならない。今回はその統括責任者である私の登壇が遅すぎたのであった。住民や報道陣に謝るのは私の方だ。

   報道陣の姿

 今回の事件で、私が驚いたことがあった。
それは開票があまりに遅いので私が開票場をのぞきに行ったところ、報道陣が開票会場で大声を上げて選管委員や職員をののしっている姿があった。
客観的な報道をする立場の者が、住民がそれほど騒いでもいないのに、騒ぎ立てているのはどういうことであろうか、「説明しろ」、「どういうことだ」など激しい追求の声は、報道関係者というより圧力団体の代表者という感じであった。

 町の選管委員は善良な年老いた町民であり、この事件のような場合にどうしたらいいのか決断に迷うというのは当然なことだ。周章狼狽し、うろたえると言うこともあり得る。町村では、選管委員といわず、各種委員はなり手が少なく、やっと頼んで引き受けてもらっている状態である。労多くして何らの利得もない。

 今回のミスも彼らには何の罪もない。
私が現認したのは、その人たちに浴びせかける怒号を報道陣が発していた事実だ。その姿に驚愕した。そうして翌朝の新聞記事には、会場が「騒然」となったというのである。私が会場に行くまでに住民がどうであったかは知らないが、その夜10時頃私が見た限りでは「騒然」状況をつくっていたのは報道陣であった。
やらせ、ではなく、自分がやってそれをニュースにするのか。 

   女性職員の登用

 選管の人事異動について言っておく。新聞の写真にも見えるように、正規の選管書記は全員女性である。町長が選管委員長の了解の元で選管事務を兼務する職員を全員女性に替えたのである。

 これまで選挙の折には選管の実務をこなしてきた女性たちだ。素人ではない。
選管は、実際に実務をやってきた女性を総責任者にしたのであり、これは、今後の町の人事の大きな動向につながっていくものである。

 すなわち、実力のある女性職員をそれにふさわしい職務に登用すると言うことだ。選管のスタッフを見て新聞記者ならそれくらいの町の傾向を把握しなければならない。
 それを全くの新人が選管事務を担当したので今回の事件になったかのような虚偽の報道をしていいのであろうか。

 開票の判断に過誤があったけれども、それは選管職員の責任ではない。集計ミスはありがちなことではあるが、そんなミスに拘泥して全体の業務を停滞させてしまったのは、統括責任者である町長の責任である。

ここで町民や世間に対し深くお詫びを致します。

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2010年1月18日 (月)

町会議員選挙

News &Letters/168

平成22年1月17日、東洋町の議会議員選挙が行われた。10名の定数に対し、19名の立候補があった。終戦直後には各村々でこの様な激戦が展開されたということもあるが、最近の話ではまれに見る激烈な選挙戦となった。
東洋町は、全体として活性化しているが、町政への関心も大いに上がっており、地方の極小の町としては大変の活性化ぶりである。

それは、新町政になり抜本的な行政の手法が変化し、何でも事細かな行政事務が町民に解放され、その時々の問題が町民の誰にも話題になるように知らされているからであろう。町民が、行政が今何をやっているか、何について論争されているか、情報が町によく流れているから、判断が出来るのである。何も難しいことはない。だから、我も我もと行政に参加しようという者が出てきたのである。

これは非常によいことであり、ものが言いたい人は議会に出て堂々とその意見を開陳すればいいのだ。町長としては、分かりやすく話をし、又、意見を聞くことが出来る。誤解があれば議会で解消される。東洋町を発展させることには誰も異存がないはずであるから、必ず一致点を見出すことが出来よう。

但し、議会が旧来の利権、新たな利権を擁護したり、主張したりするようでは、議会の存在意義を失うし、町長としては徹底的な反撃をしなければならない、ということになる。そのような人は今回の選良には居ないと思うが、議員にそんなことを期待する向きもあるかもしれない。要は、町民の福祉・教育の充実と、産業復興に町の資金を如何に多く、効率よく注ぐかが議会の論点でなくてはならない。

総合計画で示された産業施策を実行する段になると、やれ採算が取れないだの、赤字の責任は誰が取るのかなど、極めて非協力な慎重居士であってはならない。失敗を恐れず、事業をやり出したら全力を挙げて取り組む、支援するという姿勢が望まれる。議員は、もとより議会審議を通じて町の行政のコントロール、監視をしたり、意思を形成したりするのであるが、又同時に町勢振興の実践者、支援者でなければなるまい。

新しい議会は、政治的思惑は別として、町執行部と対になって町勢復興の共同事業に取り組んで頂きたい。

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2010年1月14日 (木)

町政報告

News & Letters/167

(新年の挨拶)

町民の皆さん、新年明けましておめでとうございます。
皆さんのご協力のおかげで、町政も大過なく遂行させて頂きました。
しかし、反省点もいろいろあります。これからの大小様々な課題もあります。
町役場職員一同、本年度も皆さんの暖かいご支援とご鞭撻をお願い申し上げます。
町民の皆さんの各ご家族が健康で平和な一年でありますことを心からお祈り致します。

東洋町の進むべき方向

エコ・ビリッジを目指して

現在私たちが暮らしてきた地球の生態系は大きく危険にされされています。
1つは、二酸化炭素などの過剰な排出による地球環境の温暖化現象であり、いまひとつは原子力産業や核兵器の生産・実験による放射能汚染の拡散であります。
二酸化炭素などの排出については、民主党政権に替わってから日本政府もようやく本腰を入れてその削減に取りかかろうとしていますが、世界全体では加速度的に悪い方向に進んでいます。南極や北極、高山の根雪が大規模に融解し、水面が高くなり海水が膨張したりして、異常気象で人類の生活も脅かされつつあります。

原子力産業については、旧ソ連のチェルノブイリ、アメリカのスリーマイル島の大事故から記憶が薄れていっているのか、再び無謀な原発の建設が世界各国で始まっています。
しかし、東洋町民の英雄的な闘いに見るように、核廃棄物の地下埋設の冒険的事業は頓挫し、原子力産業の発展の行く手は世界的な人民の良識によって押しとどめられています。
温暖化については、東洋町も今やっとその対策に乗り出しつつあります。

温暖化対策としては、石油石炭など化石エネルギーをやめ、風力や太陽光、そして木材を使う木質バイオマスのきれいなエネルギー資源に転換することが急務であります。
東洋町では風況調査では風力発電には適地ではなく、さりとて大規模な太陽光発電はとても資金がありません。木質バイオ(薪炭)であれば、豊富な山林があり、しかもその多くが利用されず、放置されていますから、これからの東洋町のエネルギー源としては極めて有望であります。

木質バイオマスをエネルギー源にしよう

薪(チップ状、又はペレット状)を使ってボイラーを湧かし、その熱を利用して風呂の湯や、温床ハウス、住居の暖房に使っていくことが出来ます。
また、東洋町では、昨年からアブラギリという木を植え始めました。樹木の種から油を取るという計画で、町有林などに何万何十万本というアブラギリを植樹する計画です。
これで取れた油で自動車や船の燃料がまかなえます。

材木や植物油を利用してタービンを回し発電することも可能です。
東洋町は、すでに生ゴミを乾燥して堆肥にするのに石油に頼らず、薪炊きの釜で行っています。今度、白浜につくる温浴施設(自然休養村)も出来る限り木質のエネルギーを使うように工夫しているところです。環境を汚さないと言うことと経費節約の効果を追求しています。これからの東洋町は化石燃料に頼らず、住民が、環境にやさしいきれいなエネルギーで生活するというエコ・ビリッジ(エコの村)を目指してまいります。
  
福祉行政の理想を求めて前進中

現在東洋町の福祉行政は、他の市町村に比べ相当高い水準に達しています。
来年度はこれまでの事業を維持しながら、さらに充実度を高めていきます。

理想は、東洋町の全ての住民が

①3度の飯を食べることに心配がないこと、

②病院にかかってもお金がいらないこと、

③保育園児、小・中・高校生が学校や保育園に通うのに費用の負担は一切かけない、ということが目標です。

健全な財政を維持しながら、この理想に一歩でも近づくため、私たち行政を預かるものは一生懸命に働いています。
政府のように子供たちの福祉を充実すると言っても、膨大な借金をして将来その子供たちに借金の付けを回すようでは話になりません。東洋町政は借金を減らしながら、福祉や教育を充実していきます。

      米の配給をさらにお年寄りにも拡大

1、現在、米の配給を保育園児毎月5㎏、小中高校生は毎月10㎏ずつ配給をしています。
米は東洋町産米で、勿論無料です。
今年4月からは、子供たちだけではなく、東洋町内の75歳以上のお年寄り(約730人)に毎月米5㎏ずつ配給しようと計画をしています。現在日本人の米の年間消費量は平均60㎏(月5㎏)といわれています。年がいって働けなくなったら、東洋町に帰ってきて暮らしてください。

2,東洋町では現在、医療費は、中学校卒業するまで子供たち全員無料です。
また、85歳以上のお年寄りも医療費は無料です。
  東洋町では、肺炎ワクチンも80歳以上は無料です。75歳以上は半額です。
  インフルエンザ・ワクチンは全員無料で受けられます。

3、家庭でお年寄りを介護されているところには、月々3万円の給付金を渡しております。

4、週1回ですが100人ほどのお年寄りへの配食サービスは実質無料です。

5、デイサービスは半額に減額しましたが、来年度は全額実質無料にする予定です。

6、野根の奥から町までの福祉バスも無料にしております。

  出産祝い金、子宝給付金を支給

7、来年度からは、出産祝い金(10万円の商品券)と、妊婦さんに子宝給付金(6ヶ月間毎月2500円の商品券)を支給する計画です。

8、学校でいる教育費については、学校は、保護者や生徒に請求するのではなく、基本的に町に請求するようにということになっています。各種の教材費は町役場が負担することになっています。

9、保育園児には、通園助成として毎月1人3000円の商品券を支給しています。
  今後、更にこれを上乗せできないか検討中です。

     高校生に月5000円の支援金給付

          大学生の奨学資金復活

10、来年度からは、政府は高校生の授業料を取らないことになりましたが、東洋町はそれとは別に、通学費として1人毎月5000円の支援金を支給する計画です。

11、また、来年度は、大学生や専門学校生に対して奨学資金制度を復活させます。
   4年生大学で入学時に80万円、短大・専門学校で60万円の無利子の貸付金です。

産業復興の基盤造り

「海の駅」の盛況

澤山新町政は、一部の利権に独占されていた白浜ビーチを解放し、町営駐車場を取り戻しました。白浜ビーチには「海の駅」を建設し、誰でも出品できる販売拠点を確保しました。
地元や近隣市町村から100人ぐらいの出店者が新鮮で格安な魚などを販売しています。
地元だけではなく、徳島や室戸方面からたくさんのお客さんが毎日やってきます。
今まで県外に流失していた逆転現象が起こっています。
小さな店が超満員になることがしばしばです。

4月から12月末まで9ヶ月の売り上げは8500万円に達し、年間売り上げ1億円を超え、集客は10万人を優に超えることが確実となりました。
それまでは、白浜ビーチは、特定個人が自動販売機を据えて個人営業の場とされていました。
また、特定個人に牛耳られ料金が取られていた生見の町営駐車場も回復しました。
その収益でリ・ボルト社を立ち上げ、様々な事業を行い、数十人の雇用を確保しています。
それまでは、毎年1千数百万円が何に使われていたか確たる領収書も無い有様で、十数年間で億単位の金が何の成果もなく消えていったのでした。

更にリ・ボルト社は、元々東洋町の行政財産であった白浜のホテルを買い戻し、東洋町観光のシンボルとしてこれを経営しています。リ・ボルト社は1億円企業として健全な運営で活発に事業を遂行しています。

学校等公共施設の整備事業

甲浦、野根の小中学校は、地震が来た場合の備え(耐震補強工事)が少ししか出来ていませんでした。高知新聞が発表した一覧表では、東洋町が高知県下35の市町村で最低の整備状況であると報道されていました。澤山新町政は、教育委員会と協力して全力で整備計画を立て、耐震診断作業を強行し、ここ1年位で何とか補強工事がほぼ完了するというところにまで到達しました。

来年度の補強工事の予定は、甲浦中学校の3階建ての校舎の耐震補強工事、甲浦小学校の2階建て校舎の耐震補強工事、甲浦小学校の体育館の耐震補強工事などが予定されています。

  野根中学校の手抜き工事

この間の調査で判明したことですが、野根中学校の教室の校舎(南側)は天井の梁を支える柱がほとんど欠如していることが判明し、その校舎は全て使用禁止にし、生徒たちは大急ぎで北側の丈夫な校舎に移転するという事件もありました。
重い梁は各部屋の壁の上に乗っけてあるだけでした。
震度5ぐらいでも支柱のないコンクリートの梁は崩落し、それと共にコンクリートの天井や屋根も落ちてきて、中国の四川省の学校のように生徒や先生を下敷きにする危険性があったわけです。人命軽視、手抜き工事にも程があります。
同じ並びの校舎の端に職員室がありますが、この部屋だけはしっかりした支柱が梁をささえてありました。
   
温浴施設建設

白浜の自然休養村の改装がいよいよ始まりました。温浴施設を拡充し、サウナも設置します。この施設は国の補助金を受けて建てたものですが、老朽化して、ボイラーやトイレなどが使えなくなり機能していませんでした。このままではまた国に補助金の返還を迫られる可能性がありますので、この度国の交付金で改装することにしました。1階は風呂、サウナ、食堂、2階は研修室など会議室です。

休養村と言う名が付いていながら、風呂も湯船が畳1畳ほどで2,3人しか入れないし、2階で宿泊させていましたが、避難階段もついていない欠陥施設であったのです。
風呂を拡充して数十人が入れる様にします。

入浴料も実質100円程度の格安料金にする予定です。ボイラーの燃料は廃食油か薪でまかなう方針です。地元の人はもとより近隣から多くの客が集まり芋を洗うほどの賑わいを現出すると思います。

風呂やサウナにはいるのに宍喰方面までいっていた町民や観光客も東洋町で超低料金ですませることが出来るようになります。

高齢者集合住宅建設

野根に待望の老人を収容する格安料金施設が建設され始めました。
東洋町はお年寄りを収容する施設を持っていません。県外の業者のお世話になっています。
そのため町は毎月数千万円の資金をその施設に支払っています。
施設の入所者が多いと、本人の負担以外に、町も大きな費用の負担があり、また、40歳以上の町民に係る介護保険料もますます高くなってきます。
施設のお年寄り1人に毎年数百万円の出費はさけられないのです。

そこで、東洋町は、町の負担を少々かけても超低額の老人施設を作ってそこでお年寄りをお世話をさせて頂いたら、本人の負担も町の負担も大幅に軽減されます。
町の経費節約だけが目的ではありません。毎月数万円の個人負担の低額老人施設を東洋町のあっちこっちに建設して、誰でもが愛着のあるふるさとで老後をおくってもらおうと願っているのです。

冷凍施設の設

最近、2千万円ほどをかけて野根漁協の施設や機器類の整備をやりました。
さらに、現在施工中ですが、例の活魚施設を改装して、そこに冷凍施設を設置しようとしています。3000万円ほどの経費ですが、全額国の交付金を使っています。
この施設を持って漁師が魚の販売において主導権をとれるようにしようと言うものです。冷凍施設がないので大漁であればあるほど低価格で買いたたかれる、漁がなければないで困る、という弱い立場を強いられてきました。
現在施工中の冷凍施設(約3000万円の全額国費)を第1弾として、様子を見ながら第2弾、第3弾の高性能の施設の導入を考えています。東洋町は漁業と農林業が基幹産業ですので、この産業を支えるために予算を惜しむものではありません。
   

東洋町の米を地産地消しよう

東洋町では無料で米の配給を行っています。

①保育園児には毎月1人5㎏を支給

②小中学生には毎月1人10㎏の米を支給

③高校生にも毎月1人10㎏の米を配給しています。

④4月からの来年度予算では75歳以上のお年寄り700名以上の人に1人月米5㎏が支給されます。

1家庭で毎月20㎏~30㎏も支給されるところもあります。
年間の配給米は約80トンに達する見通しです。
これらの米の配給は農協を通じてやっていますが全て東洋町産米をお願いしています。
なるだけ農民からは高く購入し、若干の手数料が要るとしてもそのまま消費者に渡していきたいと思います。東洋町の産米が安い値段で外に供出され、町内の消費者はどこかのブレンド米を高額な値段で買う、というばかげたシステムを変えなければなりません。

今、世界ではインドなどの不作などで米の国際取引値段が高騰しています。食糧の確保は生活のための最低の条件です。東洋町は良質の米を地産しています。これを地元の消費者に流通させられたら、農家も経営が楽になり、消費者住民も新鮮で安い、確かな地元米を食べることが出来るわけです。そうして備蓄しておくと災害が発生しても大丈夫です。

町道の整備など

甲浦、野根の旧街道筋の整備を始めています。一部の橋の耐震補強もやっています。
今施工中のは、甲浦、野根地区の旧道路の舗装工事と側溝の整備です。
林道にも国や県の補助金・交付金を利用して5000万円ほどの整備事業(河内林道)をやっています。

また、名留川地区が毎年夏に渇水で困っていましたが、新しい施設を建設し、水で心配がないようにしています。
白浜地区は海と川に囲まれ、住宅の過密状態ですので、旧道と国道をつなぐ大きな災害避難道路が必要であると考えています。

今後、農道や林道の整備、灌漑用の施設の整備に相当資金を投入しなければなりません。

避難高台の建設

甲浦、白浜、生見地区は土地が低く、津波に襲われる危険性が高いと考えられています。
周辺に高い建物がない地域では、地震発生から数分間で逃げられる高台の建設が是非とも必要です。急がねばなりません。まず白浜地区からその建設が始まろうとしています。
ここでは、とりあえず100人程度が収容出来ると思います。近い中に南海地震は必ずやってきます。野根沖から室戸岬にかけて最大級の地殻の陥没断層が横たわっています。
巨大な地震には恐ろしい津波がついているのです。子供や年寄り、子供を連れた親たちはすぐには逃げ切れないのです。早く各地に身近な避難高台を据え付けなければなりません。

借金を減らし健全財政を推し進める

平成19年3月末田嶋裕起町長までの借金は、一般会計と水道、下排水などの特別会計を含め48億円ありました。澤山新町政になり、毎年度数億円ずつ借金を減らし、平成21年度末の借金残高の予定は、30億円台に入ることになります。新町政3年間で10億円近い借金が減少したわけです。

例えば平成19年度末から平成20年度末までの借金の減少額は3億3744万円です。
すなわち、平成19年度末の一般会計、特別会計の借金の合計額は、45億7298万8千円でありましたが、20年度末では42億3554万8千円にまで減少させたのです。
一方、少ない基金(貯金)でありますが、これも少しも目減りさせず、毎年数千万円単位で増えています。

借金には利子がついています。この利子は全く何の役にも立たない無駄な金です。10億円の利子が仮に5000万円とすれば、大変な節約となります。5000万円というのは東洋町の税収の半額に相当する大きな金であります。
町財政でも会社や家庭の会計でも同じですが、借金をしないということが最も大事な心構えです。重大な災害でもないのに、税収の50倍、予算の2倍以上もの借金を背負うというのは無責任な放漫財政と言うべきで行政マンとしては失格です。

   東洋町健全財政の仕法

健全財政をやり通すためには、

第1に、事業をする上において国や県の金を引き出し、利用することです。「海の駅」の建設費用はほとんど国の交付金と県の補助金でまかない、町の出費は数百万円です。県の補助金1800万円を当てにしていたところ、国の臨時の交付金(1千数百万円)制度も急に作られ、それももらえると言うことになると、県は、県の補助金は出せないと通告してきた。町長はこの通告を粘り強く交渉して遂に撤回させ、国と県の両方の交付金を頂いたのであった。

第2に、請負契約において公正な競争入札を厳格に行う必要があります。
特定業者と結託し、予算を目一杯使われ、その上に付帯工事などといって追加予算を取られるというやり方ではなく、予算内で主な事業をやり、余った金でいくつもの付帯工事もやる、という手法が常道でなければならないのです。公正な競争入札を徹底することで請負工事の落札率を70%台から80%台にまで大きく削減したわけです。
また、町営住宅の改修費も年間数千万円もの予算を使っていて、近隣市町村の10倍もの出費をしていましたが、今は数百万円ほどの適度な支出に押さえられています。

そして第3に、機器類や日常雑品の購入においては、まず、自分たちで製作したり調達できないか、その次ぎにリサイクル店で良いものがないかどうか、どこかからただでもらえないかなどを問い合わせをし、どうしてもないと言うときに初めて新品を買うというやり方に変えてきました。今、生ゴミの乾燥に使っている釜はまともに買うと600万円もかかるとか言うものですが、これは土佐市のくず鉄屋からただでもらったものです。
リサイクル店を役場の取引相手に入れているところは、東洋町だけでしょう。
もちろん新品も見積もりを取って少しでも安い所から買うわけです。
自動車を買う替わりに単車を買って乗るようにしています。

新町政は、この様な節約方針で3年間やってきました。東洋町役場では、現実に価格破壊が起こっているのです。

東洋町青少年旅行村を復活

東洋町の青少年旅行村中央管理棟は、今、復活しました。
リボルト社が民間の資金を集めてホテルを購入し、その2階部分を青少年旅行村として設定しました。町は一銭も支出していません。本来ならこのホテルは町の行政財産として公金で買い戻して町の施設として稼働させなければなりません。
 
以前、白浜の青少年旅行村の中央管理棟は大きな木造建てで宿泊施設を持った立派な観光拠点でありました。この施設は今でも全国各地にあります。新聞記事によると、東洋町も国や県の補助を得て平成48年から平成5年まで存在していました。町は管理運営の条例を作り、特別会計をもうけてちゃんと運営がなされていました。今でも条例でも会計上でも青少年旅行村は存在していることになっています。

青少年旅行村の当時の写真もちゃんと残っています。建設してから20年もたっていない国の補助事業ですから、勝手にやめるわけにはいきません。これまでの町執行部は、青少年旅行村をぶっ壊して売り払っておりながら、それの正式な廃止手続きもせずに、隣の自然休養村の施設を「旅行村」と呼んでごまかしてきたのです。勝手に廃止したでは国や県に説明が付かないからです。
しかし、実際は、平成5年にその施設は除却されていて、跡地はホテル業者に超格安値段で売却されていたのです。当時の土地の評価では、9000万円ほどの行政財産がわずか1500万円で売られていたのです。

    施設破壊完全犯罪が白昼堂々とまかり通った

議会の記録でも役場の記録を探しても、どうして青少年旅行村の施設が破却されたのか何の資料も残っていません。これは重大な犯罪です。公共施設の建造物損壊の罪です。
当時の建設課長だった人も、その部下で土地を測量した職員もいますが、誰も真相を明らかにせず、知らぬ存ぜぬを決め込んでいます。

東洋町には、南山利権事業などいろいろな奇怪な事件がいくらもありますが、これほどの完全犯罪の事件はほかに見あたりません。小野、田島両議員はなぜこれほどの闇の乱脈行政を究明しようとしないのか、町長に反対するのであれば、それでは行政財産の回復措置について他にどのような方法があるのか対案を出さねばなるまい。これでは両議員は過去の利権行政を弁護し、不法な財産放棄を擁護しているに過ぎないことになる。

    財産売りとばしを書類上のミスだという

小野、田島議員の主張

昨年東洋町議会にこの青少年旅行村復活のためのホテル購入予算が計上されました。
資金は全額国の交付金であり、県も国も承認していました。
小野議員と田島議員がこれに猛然と反対をしました。
彼らの主張では、青少年旅行村が平成5年当時に破壊され売り飛ばされたことについては、それは「過去の手続きに瑕疵」(小野議員)、があった、「売却時の書類の不手際」だと言う程度であり、調査したければ町長がすればよい、ホテル購入する必要はないというのでした。施設破壊を犯罪だと決めつけるのは、町長の「でっち上げ」(田島議員)だという。

公共施設が破壊されたことがどうして書類上のミスでしょうか。現在も生きている条例で管理運営が義務づけられている施設を破壊した、その理由も手続きも何も存在しないことに何にも感じないのであろうか。大通りに面し観光地の中心にあった大きな行政財産が民間の利権施設に変貌したと言う一事は誰も否定することの出来ない事実なのに、「でっちあげ」だというのはどういう訳でしょうか。銭をもらって売り飛ばしたのだから、銭を払って買い戻すことは当然のことではないでしょうか。

条例が存在し特別会計が存在していることは書類上のミスでしょうか。
青少年「旅行村」を正式の手続で廃止することが出来なかったのです。存続し運営する義務があるからです。

また、小野議員はしきりに行政財産を民間ホテル業者に渡して固定資産税が入ったからその方がいいのだ、と主張します。しかし、十数年間ホテルがこれまで払った固定資産税はせいぜい数千万円であるが、破壊され売られた行政財産は今の価格では億単位である。
町の観光施設としての機能は金で換算することは出来ないが、その償いはまだまだ出来ていない。小野議員の論理でいけば、行政財産は次々と民間に売り飛ばして税金を取ればいいのか。

それでは旧室戸高校のグラウンドを緑風会にただで明け渡した行為はどう説明するのか。
緑風会からは一銭の固定資産税も入らないし、土地代金も新町長が交渉しなければ払おうとしなかったのではないか。法律では行政財産は貸すことも売ることも出来ない。公費をかけて多くの国民の利便のために活用されなければならない。そんなことぐらいは分かって欲しいものだ。

ホワイトビーチホテルの白い巨塔は、東洋町の利権の象徴とし化していたが、現在、東洋町長らの私財でリ・ボルト社に確保されホテルとして試運転されている。
その2階に東洋町青少年旅行村は再開された。この施設をホテルとして運営し続けるのか、あるいは他の有益な施設に転換するのか、今しばらく試運転と観察が必要であるが、東洋町青少年旅行村は出来る限り残して置かねばならない。2階部分には事務所があり、青少年が団体で宿泊できる大部屋があり、また大浴場もある。

町議選挙の争点

 澤山町政の改革路線を支持するかどうか

本年1月17日(期日前投票は1月13日から)に町会議員選挙が行われます。
新聞報道によれば甲浦から13人、野根から6人の候補者が出ると言うことです。
今回の選挙の焦点は特別な問題は何もなく、何と言っても澤山新町長の町政を支持するか、それとも反対するのか、という一点に絞られると考えられます。

これまでの議会内外で現れている澤山町政に対する批判の主なものは、

①旧来の利権をめぐるもの、

②行政執行の手法をめぐるもの、

のこの2点に絞られる。

①については、任意団体である東洋町観光協会及び社協をめぐる利権や裏金、また旧室戸高校グラウンドの緑風会の土地の占有、ホワイトビーチホテルの不法売却、町議リコール事件、南山利権問題等々、である。

これらの利権事案について澤山町政は、断固として利権は認めないという方針を押し通した。これらの利権に関わる者たちが悲鳴を上げ、澤山保太郎に牙をむいて非難をしてくるのは当然であった。貧しい多くの町民が正直に生きているのに、何の合法的な手続きもなしに町役場から特権を与えられて私利をむさぼることは許されない。
町営駐車場の巨額の公金を何らの適法な手続きもなしに任意団体を名乗る連中が取得して良いのであろうか。

澤山町政に反対するも者らは、それで良いというのです。
町からの補助金の大きな残りを、町に返さずに、自分たちで貯めて保有して良いのだろうか。その公金を自由に使って良いのであろうか。
澤山町政反対派はそれで良いというのです。

町の行政財産であるグラウンドに、民間業者の建造物を建てさせて良いのであろうか。
しかも無償で。彼らは、それで良いというのです。
これも町の行政財産で、国や県の補助事業である青少年「旅行村」の施設を、適法な手続もせずにぶちこわし、これを民間業者に格安で売り飛ばしても良いのであろうか。
彼ら反対派は、それでいいというのであり、取り戻す必要もないというのです。

超低額の老人施設や「海の駅」や温浴施設、ホームセンターなどの開設について、澤山町政に反対する者たちは、徳島の業者に悪影響があるから反対だというのです。

東洋町だけには、温浴施設がありません。そんな観光地はどこにもありません。温浴施設を白浜につくろうとすると、地震が来たとき女の人が裸で逃げ出したらどうするのだ、といって役場に電話をしてきて執拗に反対を唱えていた人もいました。
一体この人たちの反対にまともな理由があるのでしょうか。

  事業をどんどんやることが「独裁的」か

澤山町長の行政のやり方が独裁的だ、何でも相談せずに勝手にやっている、だから澤山町政に反対だ、という人もいます。

町長と言わずおよそ長たるものには、専決権があります。

何かにと協議したり討論したりしても結局最後に決めるのは首長です。
首長が最終的に決めなければ物事は前へ進みません。最高の責任者が最終的な判断を下すのです。法令規則でそれが義務づけられています。最終的な裁断をしない町長は、人形かロボットです。これは会社でも家庭でも、どんな団体組織でも同じ事です。

澤山町政での町役場は、庁議や職場会議や、担当者同志での協議やら徹底的に会を持って業務を遂行しています。おそらく全国どこの自治体でもこんなに協議をやっているところはないでしょう。

予算や事業について町民への説明会や意見交換はしょっちゅう行っています。町の総合計画でも原案を町執行部がつくり、それを産業団体の代表による審議にかけるだけではなく、各地区での説明会、町全体の討論会を開き、その都度修正を加えながら、そして最後に議会審議の後に決定してきました。

その総合計画は可及的速やかに実現しなければなりません。これまでの総合計画はその冊子を作成したらそれで終わりで、後は野となれ山となれというかたちで放置されてきました。澤山町政はそうはいきません。
総合計画はすぐ実行するために作成したものです。

澤山町政では新規な事業を新規な手法でどんどんやってきましたから、ゆっくり日を暮らしている手合いには驚きのあまり眼が回るほどの思いをしたであろう、とお察ししますが、町の多くの住民は、それでも遅い、もっと早くやれ、いままで何をしよったらや、という声でいっぱいなのです。

能天気な人たちから見れば、事業をどんどん進める、しかも何でも先頭に立ってすることが「独裁的だ」と写るわけです。町長は毎日酒を飲んで機嫌良くしておればいいんだ、と言いたいのでありましょう。そんな町長が恋しくなるのは仕方がないが、それでは町はやがて人が住まないゴーストタウンになるでしょう。

現町長は、皿洗いでも、にぎりめしでも、釜たきでも、便所掃除でも何でも先頭に立ってやります。中小企業の社長はどんな雑用でもしなければなりません。そんな町長が大嫌いな人は仕方がありません。
今度の町会議員選挙は、町が生き残るか死滅するかの選択です。死滅の道を選ばないようにしっかり人物を見極めて投票してください。

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2010年1月 4日 (月)

1月3日東洋町成人式の挨拶の趣旨

News & Letters /166

皆さん新年明けましておめでとうございます。
そして、本日、成人式を迎えられた皆さん、重ねておめでとうございます。
20年間、新成人の皆さんをはぐくんで頂いたお父さん、お母さん、地域の皆さんや、学校の先生方に深く感謝致します。誠にありがとうございます。
さて、新成人の皆さんに私の方から挨拶をということですので、お祝いの言葉を二三述べさせてもらいます。

1つは、新成人の皆さんには、私たちの世代の犯した失敗を繰り返さないようにして頂きたいと言うことであります。
第一には、地球温暖化の問題であります。

これは私たちの世代が、現在も進行中の大きな負の遺産として、皆さんの肩に背負わせてしまうものであり、慚愧に堪えない事実であります。私たちの安楽な生活のために地球の生態系を破壊し、南極や北極の氷も溶かしてしまい、人類存続も危うく、これを抑制することも困難な状況に立ち至っている事実であります。これは我々世代が犯した過ちであり皆さんに繰り返してもらいたくないことであります。
私たちの誤りの第二は、日本国の膨大な借金の山のことであり、現在も膨張でありますが、この借金を全部皆さんに背負わせなければならないということであり、我々が大いに反省する過ちであります。

国家の財政は破綻状態であり、市町村分も含めると1000兆円を越える巨額の借金を背負い、なお加速度的、雪だるま式にふくらみつつあります。この放漫財政を続けるなら遠からず国家社会が破局を迎えることは避けられません。
東洋町の財政は、どんどん借金を減らしていっていますが、日本全体では残念ながら、私たちの世代があなた方の世代に残す負の遺産は余りにも大きく、誠に申し訳ない次第であります。

しかしながら、この様な暗いま中にも、私は敢えて皆さんに、坂本龍馬のような人間になって欲しいと希望します。自分の利害の計算だけで生きていくのではなく、理想に向かってまっしぐらに進んでいくという人生を送って頂きたい。
明日からNHKで龍馬伝の放映が始まります。
坂本龍馬は、一介の浪人であります。

何の後ろ盾もなく、たいした身分でもない、脱藩した草莽(そうもう)の志士に過ぎません。
そんな坂本龍馬が時代を動かしたのは、彼の高い理想と、それを実現しようとした行動力だけであります。日本を植民地にしてはならない、列強に伍した近代国家を作ろうという龍馬の理想が、幕末雄藩の豪傑たちの心を動かしたのであります。、
諸君も、本日の成人式を期して、心を洗い身を清めて、理想の道をまっしぐらに歩んでください。
家族はもとより、私たちふるさと東洋町は、皆さんの行く手を見守っております。

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2010年1月 1日 (金)

旧土電の跡地

News & Letters/165

 高知市の中心はりまや橋の南東かどのデパート旧土電・西武が消えて数年経った。その跡地をみぐってけんけんがくがく、果ては署名運動まで起こっている。
新聞やテレビでの話では、署名の趣旨は、パチンコ屋ができるそうだ、それはいけない、行政がこの土地を確保して何かに使え、ということらしい。署名運動の主体は高知の経済界のお偉方ということのようである。県は買う気がないらしい。

私の見解1:

 県や市が購入して、公益にかなう何かに使うのも一案であろう。しかし、何でも行政に買わせ、行政にやらせろ、でいいのであろうか。
今NHKで人為的に人気絶頂になっているあの坂本龍馬はどう思うであろうか。
龍馬であれば、藩ではなく、俺たちがやる、ついて来い、というであろう。
龍馬であれば、民間から金を募って、そのうちいくらかは県から金を引き出したとしても、草もうの志士の主導、事業の計画から実行まで決して行政にものごとを預けないであろう。
龍馬の時代の人は、権力に・・・してくれ運動とは無縁であった。
智恵と度胸で自分たちが主導し、そうした上で藩や財閥を乗せるのである。

見解2

 高知市の中心にパチンコ屋はいけない、というパチンコ屋への偏見。
私個人はパチンコは好きではないし、そんなものに使う金は一銭もない。時間もないし、パチンコ台の前に立つと急に憂鬱になる。
しかし、人が嬉々としてやっているのを見ると、パチンコは何も不潔な商売ではないし、犯罪性もない。何兆円もの巨大な遊興の市場であり、多くの国民の支持がある。その金がどこへ流れているかについては大いに疑問があるが。

 競馬や競輪に公費をかけているのとくらべ、パチンコ業はどこからも一銭の補助金も受けていない健全な事業だといえる。
もう少し、安く、家計に響かないように遊ぶパチンコの仕法を工夫する必要はある。
それで競輪、競馬、競艇と同じように公設のパチンコを開くことも考えるべきであろう。

 競輪などはれっきとしたバクチであり、その上がりが福祉資金になる限りにおいて、刑法の処罰から免れているに過ぎない。それで県も高知市も公認のバクチ競馬を平然と開催している。
赤字になってでも競馬を続行すると言うことになると、バクチを禁止する刑法が前面に出てくる。

 しかし、パチンコは賭博ではない。自分がするゲームの勝ち負けだ。
パチンコ屋が旧土電デパートの跡地に出来ることは、何の差し障りもない。売春宿が出来るのとは訳が違う。昔は、高知市はもとより、県東部の港町などでも町の真ん中に売春宿がおおっぴらに店を開いていたのである。
パチンコのゲームをもっと手軽に、格安値段で楽しめるように改善する余地は大いにある。

 土電西武デパートの跡地にパチンコ屋や映画館、本屋、喫茶店、土産物屋、コンビニ、地場産品販売店・・・など種々雑多な業種が集まって娯楽と手軽なショッピングの集合体、新しいデパートが出来れば、・・・と私は思う。
それは、私らが購入したホテルのように民間の資金で立ち上げ、複数の行政にも一口、二口・・・乗ってもらうという手法が大事であり、これが龍馬の発想であると私は思う。
 土電の社長さんら高知市の経済界のお偉方の発想は、最近とみに衰えてきているのではないか。

 昔、私は解放運動の現状を批判したことがあった。
ひどい戦前の差別と弾圧をくぐり抜け、戦後運動が随分大きくなり進んで、何でも行政が言うことを聞くようになった。それで、・・を行政にやらせろ、・・・を行政にやってもらう、という、やらせ族と、もらい族がはやりだした。私は強くこの傾向に警鐘を鳴らし、自分でやれ、自分で闘い取れ、という自主解放、反権力闘争としての解放運動を全国に呼びかけたものだ。
手や足がなえ、頭が回転しなくなり、もらい族とやらせ族は滅亡するしかないのである。

 民百姓の年貢米に寄生していた武士たちが武器を取って澎湃として立ち上がって、維新回天の事業を推進した。幕末の武士たちは、長い間のもらい族の身分を捨てて自分の実力で時代を切り開いたのであった。その中に坂本龍馬も確かに居たのである。
私が何度も言うように、龍馬を観光の道具にするのではなく、生きる指針として仰ぎ見る必要があろう。
署名だけではなく、一銭でも1万円でも資金を集めて自分らで土地を確保して、新しい事業を構想するべきであろう。

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