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2009年11月25日 (水)

もう1つの論点

News &Letters/154

田島毅三夫町議のリコールに関する最高裁の事件では、農業委員ら公務員が直接請求の代表者になれるかどうかという争点だけではなく、もう一つ重要な争点があった。その点は一審段階から問題提起がありながら全く取り上げられなかった。

それはこうだ。
「合同行為」の解釈である。

これまでの判例や行政実例(政府の指導基準)では、リコール請求者らの行為(公法行為)は「合同行為」と規定してきた。合同行為だから、1人でも無効な者がその行為遂行者の中に含まれておれば、全体の行為が無効である、というのである。
それだから、請求代表者の中に1人でも農業委員が含まれていると、他の請求代表者が一緒に集めた署名簿も全て無効である、ということになったのである。
ここには「合同行為」について概念上大きな誤りが二つある。

1:直接請求は「合同行為」か

  公法学の泰斗(田中二郎)の説では、直接請求をする請求者の行為は、合同行為ではない、という。
『一当事者の公法行為を組成する意思表示の数により、1人の意思表示より成る時は単純行為、多数者の協同の意思表示より成るときは合成行為とよぶ。選挙・直接請求・合議体の議決が合成行為の例である。合成行為が有効に成立するためには、法の定める一定数の共同が必要であり、合議体については、原則として構成員の多数、例外的に法律の定める特別多数を必要とする。』(田中二郎「行政法総論」245頁)

さらに

2、合同行為であったとしても

直接請求が「合同行為」であれば行為者の誰かが無資格者であってもその行為全体は無効とはならない。
すなわち田中二郎は言う、
『公法上の合同行為とは公法的効果の発生を目的とする複数の当事者の同一方向の意志の合致によって成立する公法行為をいう。公法上の協定ともいう。公共組合・公共組合連合会の設立行為、地方公共団体の組合の設立行為のごときがその例である。合議体の議決や選挙や一定数の選挙権者の直接請求を公法上の合同行為と考える者もあるが、それは、多数人の意志の集積によって法律的には一当事者の意志を形成するための1つの方法であり、性質上は、ここでいう合同行為ではなく、前に述べた単独行為たる合成行為に属するとみるべきである。・・・公法上の合同行為は、複数の当事者の合致によって成立する点において契約に類するが、契約とは区別されるべき特色を持つ。

すなわち合同行為は、普通実質的には法定立行為的な性質をもつものであり、一旦、この行為がなされたときには、個々の当事者の無能力、錯誤、その他意志の欠陥を理由としてその無効又は取消を主張することを得ず、且つ、直接この行為に関与した者のみならず、その後、それに関与するに到った者も等しくこれを拘束し、また、正当の手続によってこれを改正したときは、それは当然に全ての関係者をこれku椁@w)よって拘束するがごときこれである。』
(同書253頁)

要するに、これまでの誤てる判例等がいうように直接請求が「合同行為」であるというのは失当であるし、もしそうであるとしても、合同行為たる直接請求において、請求代表者の1人に無資格者が入っていても、行為全体は無効にならない、ということなのである。
そして、田中二郎が言うとおり、それが「合同行為」ではなく単独行為の集積である「合成行為」であるとしたら、集団で起こした公法行為の中に1人2人欠格者がいたとしても法定数をクリアしておれば問題なく有効な行為となるのである。

かくて、
請求代表者に農業委員が1人入っていたから千数百人の署名簿全てが無効であるという乱暴狼藉はこの論点からもすでに崩れているのである。

学問の世界は我々の常識的な権利意識とはそれほど乖離してはいないのである。

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