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2009年11月

2009年11月28日 (土)

四国銀行へ断罪判決 最高裁

News & Letters/155

株主訴訟
四国銀行の土佐闘犬センターへの不正融資についての最高裁判決について

          コメント
              原告株主澤山保太郎

平成21年11月27日最高裁第二小法廷は、四国銀行の土佐闘犬センターへの不正融資事件についてその1部を認める判決を下し、事件を高松高裁に差し戻した。
高知地裁での1審判決の約2倍の賠償金3億500万円(2審高松高裁は責任なしとした)ほどを支払うことになると考えられる。
裁判は延長戦に入ったが、我々の勝訴は疑いない。

(経過)

この事件は、平成12年3月モード・アバンセ社事件の百条委員会で別件闇融資としてクローズアップされたものである。
これについては、私が編集発行していた『高知県民新聞』に詳しく追求されているし、また私が書いた『橋本大二郎闇の真相』という本の第3章の「二、土佐闘犬センター別件闇融資事件」(187頁~208頁)に詳しい。

私のパソコンの記録を見ると、
私は、平成13年8月24日、この事件について当時の四銀監査役加藤康彦に対して商法第267条に基づき、16億3861万4000円の貸し付け損害額につき、濱田耕一会長らを訴えるよう提訴要求書を出した。
それに対して四銀は、平成13年9月21日付をもって「・・・・調査の結果、当時の取締役の職務執行については法令・定款に違反する行為はなく、提訴する必要はないと各監査役が判断しました。」という回答が来た。

そこで、私は訴状を作成し平成13年10月に地裁へ株主訴訟を提起した。基本的な書証は、百条委員会での議事録であった。四銀は当初取締役会の議事録でさえ「存在しない」といって提出を拒んでいたので、県庁、県議会の資料を集めて書証とするしかなかったのである。
公判で四銀側も「存在しない」といっていた議事録も提出してきた。数回の公判のあと、事案の重大さと相手側弁護団の陣容から判断してとても私の力だけでは対応できないと考えて、大阪のオンブズマン系の井上弁護士と向坂弁護士に弁論をゆだねたのである。

(判決の内容)

最高裁の判決は全く期待はずれであった。
融資は第1期(9億5000万円と第2期(6億8000万円)に分かれる。
判決は
県庁が直接関与していた第1期融資については全面的に取締役の責任を宥免した。
わずかに、第2期融資の半分ほどが有責とされた。
権が絡んだ第1期融資こそは不正融資の本命であった。第2期融資は第1期融資の「正当性」から出た融資であった。むしろその不正性、腐敗性は第1期融資にある。
その融資は、闘犬センターが負っている高利の借金を支払ってやるという融資だ。
金利が50%を越えるという違法な高利貸しの借金は、しかし、一枚の証文もなく、事務員が認めたメモ書きがあるだけのもので、本当に会社が負うべき借金かどうか、その存在さえはっきりしない架空のものと思われる代物であった。

四銀の融資金はその大半が裏金融に渡った反社会的なものであった。①無担保で、②保証人もなく、③邪悪な目的(裏金融の借金返済名目、それも証拠がない)で、④完全に破綻した企業に、⑤しかも、県庁幹部の違法かつ秘密の債務補償がついたもので、⑥全額焦げ付いた・・・。
一体こんな融資を正当である、やむを得ない、という判決文を承伏できるであろうか。

私が伴ってこの裁判でご一緒した男は、これで満足だと思っているようであるが、本件について資料を集め文章を書いてきたのは私と弁護士向原さんであるが、到底納得いかない。
第1期融資こそ不正の固まりであり、原罪なのである。第2期融資は第1期融資の県の保障を当てにし、融資を切れば県からの金がもらえないといって融資し続けたのである。

最高裁判決は、県が直融資をしないと言明した時点から、もう絶対に県を当てに出来ないと分かった時点から、取締役の責任が生まれるという極めて穏やかなものだ。融資金の使途・内容、根拠を全く問題とせず、県庁の念書による債務補償の違法性などは皆目考察しない、全く文字通り審理不尽の判断であった。

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2009年11月25日 (水)

もう1つの論点

News &Letters/154

田島毅三夫町議のリコールに関する最高裁の事件では、農業委員ら公務員が直接請求の代表者になれるかどうかという争点だけではなく、もう一つ重要な争点があった。その点は一審段階から問題提起がありながら全く取り上げられなかった。

それはこうだ。
「合同行為」の解釈である。

これまでの判例や行政実例(政府の指導基準)では、リコール請求者らの行為(公法行為)は「合同行為」と規定してきた。合同行為だから、1人でも無効な者がその行為遂行者の中に含まれておれば、全体の行為が無効である、というのである。
それだから、請求代表者の中に1人でも農業委員が含まれていると、他の請求代表者が一緒に集めた署名簿も全て無効である、ということになったのである。
ここには「合同行為」について概念上大きな誤りが二つある。

1:直接請求は「合同行為」か

  公法学の泰斗(田中二郎)の説では、直接請求をする請求者の行為は、合同行為ではない、という。
『一当事者の公法行為を組成する意思表示の数により、1人の意思表示より成る時は単純行為、多数者の協同の意思表示より成るときは合成行為とよぶ。選挙・直接請求・合議体の議決が合成行為の例である。合成行為が有効に成立するためには、法の定める一定数の共同が必要であり、合議体については、原則として構成員の多数、例外的に法律の定める特別多数を必要とする。』(田中二郎「行政法総論」245頁)

さらに

2、合同行為であったとしても

直接請求が「合同行為」であれば行為者の誰かが無資格者であってもその行為全体は無効とはならない。
すなわち田中二郎は言う、
『公法上の合同行為とは公法的効果の発生を目的とする複数の当事者の同一方向の意志の合致によって成立する公法行為をいう。公法上の協定ともいう。公共組合・公共組合連合会の設立行為、地方公共団体の組合の設立行為のごときがその例である。合議体の議決や選挙や一定数の選挙権者の直接請求を公法上の合同行為と考える者もあるが、それは、多数人の意志の集積によって法律的には一当事者の意志を形成するための1つの方法であり、性質上は、ここでいう合同行為ではなく、前に述べた単独行為たる合成行為に属するとみるべきである。・・・公法上の合同行為は、複数の当事者の合致によって成立する点において契約に類するが、契約とは区別されるべき特色を持つ。

すなわち合同行為は、普通実質的には法定立行為的な性質をもつものであり、一旦、この行為がなされたときには、個々の当事者の無能力、錯誤、その他意志の欠陥を理由としてその無効又は取消を主張することを得ず、且つ、直接この行為に関与した者のみならず、その後、それに関与するに到った者も等しくこれを拘束し、また、正当の手続によってこれを改正したときは、それは当然に全ての関係者をこれku椁@w)よって拘束するがごときこれである。』
(同書253頁)

要するに、これまでの誤てる判例等がいうように直接請求が「合同行為」であるというのは失当であるし、もしそうであるとしても、合同行為たる直接請求において、請求代表者の1人に無資格者が入っていても、行為全体は無効にならない、ということなのである。
そして、田中二郎が言うとおり、それが「合同行為」ではなく単独行為の集積である「合成行為」であるとしたら、集団で起こした公法行為の中に1人2人欠格者がいたとしても法定数をクリアしておれば問題なく有効な行為となるのである。

かくて、
請求代表者に農業委員が1人入っていたから千数百人の署名簿全てが無効であるという乱暴狼藉はこの論点からもすでに崩れているのである。

学問の世界は我々の常識的な権利意識とはそれほど乖離してはいないのである。

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2009年11月24日 (火)

町長の仕事

News & Letters/153

リ・ボルト社への出資者の中には、「町長は、役場の仕事をしておればよい、事業に関わるべきではない」、等といって、会社の経営権を握ろうという手合いが現れたようだ。会社はもうつぶれかかっているなど悪宣伝に余念がない。
その連中に近い人の話では、総会屋的な意図で、リ・ボルト社で「大もうけをする」といっていたという。

現在の日本の行政の実態を知らないようだ。否、日本の行政府の歴史を知らないのであろう。
一般には意外なことと受け止められることであるが、日本の官僚ら公務員の数は、欧米諸国の中では極めて少ない。半分以下ではないか。雇用者全体に占める割合でも、GDP全体の賃金が占める比率でも最低の数値に位置している。この少ない役人の数で、膨大な行政を遂行しているのは立派なものと言わねばなるまい。そのやり方は、官庁外に無数の外郭団体や補助金団体の樹状を張り巡らし、それら民間、半民間の団体を無数の規則や行政指導で動かしてきたのである。日本の役人は、その行政機構を通じて欧米に追いつけ追い越せの動因で経済行政をどんどんやってきたのである。このような能動的な役人軍団は世界的にいって日本だけであろう。

天下りなどそれについての毀誉褒貶はいろいろあるであろう。しかし、日本という国家は、明治以来そのような官僚や公務員によって成り立ってきたのである。それは、今、動脈硬化を起こして腐朽しつつあるあることは否めず、確かに歴史的な使命を終えようとはしているが、それに替わる政治形態は未だ出ていない。

民主党が如何に政治主導といっても政官業の癒着体制は容易に崩れない。しかし、それを非難するだけで能事終われり、というわけにはいかない。それに代替する政治機構を構築しなければならない。

それとは趣が少し違うが、地方では行政が主導して福祉や産業を推進するというシステムは社会を存続させる上で不可欠なものである。少子高齢化、過疎などで民力が著しく衰えている東洋町などでは、底力のあるのは行政機関だけである。そこが踏ん張らなければ、誰が社会を担当できるだろう。市町村役場が、その首長から職員らが鍬やかまをもって野や山に出かけ、海や川に入って産業を興し、雇用の場を開拓しないで誰がする。

祭も災害出動も公務員はその先頭に立たねばならない。それが何時の時代でも本来の公務員の姿だ。
そういうことで私は朝出勤前に出勤し、会社の用務員のような仕事で一汗かき、そうして役場で仕事をし、夕方はまた、会社の用務をこなしている。

それは薪釜で芋を煮たり、おにぎりを作ったり、洗濯をしたり、便所の消毒をしたり、「海の駅」で皿洗い・・・などの雑用である。産業復興とはこういう仕事のことを言うのであって机の上で計画を作ったり文書を作ったりすることではない。
かくて、「海の駅」はおかげで4ヶ月余りを残して悠々と7千数百万円台を越えている。

新しいホテルもオフシーズンではあるが、購入してから2ヶ月あまり、月々黒字が続いている。
首長が汗を流して住民と一緒に働くことが地域復興の要諦である。

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2009年11月20日 (金)

最高裁判決

News & Letters/152

平成21年最高裁大法廷で画期的な判決が出されました。

公務員の直接請求権についてこれまでの不当な判例をひっくりかえすもので、核廃棄物導入を逆転させてこれを拒絶した、東洋町民の社会に対する貢献の第2弾でした。
管見するところでは、最高裁の多数派裁判官のその結論はいいにしても、理由付けは厳密な勉強がなされていないな、という感じです。

現行の地方自治法の規定では、公務員の直接請求参加規制は住民投票段階に限局されていることは認識したが、施行令でも住民投票段階にだけその規制があるに過ぎないのに、施行令でも請求段階にまで規制があるという誤った認識をしていた。

その誤った認識の元に施行令の規制を百尺竿頭一歩を進めて、憲法違反としたのであった。
しかし、この最高裁の誤認は、何ら住民側や公務員には害を及ぼすものではなく、一層広く権利を認める結果となるのであるから、喜ばしい誤認ではある。

直接請求の制度の法令は無茶苦茶に複雑であり、前後矛盾する規定も散見する。
特別法を作って独立した法令として整備する必要があるであろう。

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2009年11月18日 (水)

高知県東洋町リコール事件 コメント

最高裁大法廷の判決について

                  2009年11月18日
                 東洋町長 澤山保太郎

一)今歴史的な最高裁の判決を厳粛な気持ちをもって受け止めました。
国民とりわけ公務員の参政権の重要な一角をなす直接請求権が正しい法令解釈によって確定されたものと考えます。

50年前の政府の行政実例やそれに基づく最高裁判例が間違っていて、地方自治法及び同施行令では公務員も基本的に請求代表者になる資格があることが認められました。
この点についてわが町の選挙監理委員会は法令の規定を軽んじ、安易に前例に従い、同じ過ちを繰り返して、本件上告人(原告)に対して大きな迷惑をおかけしたことを深く反省する必要があると思います。

二)しかしながら、地方自治法ではこの種事件は100日裁判で決着するという定めであるにもかかわらず、誤った第1審判決のおかげでリコール請求より1年半以上も経過し、確定判決が遅延してしまい、被解職請求町議は今ほとんどその任期(来年1月)を終了しようとしています。リコール請求の実質的な効果は大きく減殺されたというべきであり、今回のリコール請求者(上告人ら千数百人)である東洋町民に関する限り、当然の権利が実質上不当に奪われたのであるから、町としてはただ頭を垂れて謝罪をするしかないのであります。

三)今般の最高裁の判断が示すとおり、昭和29年の最高裁判例といい、また本件高知地裁(第1審)といい、法令解釈のごく初歩的な次元で間違いを犯したのであるから、その責任はあげて政府と裁判所にあり、極めて深刻かつ重大であります。
厳格かつ明瞭に規定された法令の解釈においてこれほどの間違いはかつてなかったと言うべきであります。

これらの誤りの因るところは、畢竟、過去の裁判所の国民の参政権への軽視、とりわけ公務員のそれに対する偏見にあるものと考えます。
まして、農業委員や各種審議委員など町や村の大勢の非常勤の公務員にまで政治活動(直接請求権)を禁圧することは、無用でありまた有害であります。

今後、我々は行政実務において法令解釈を厳正にし、憲法で保障された住民の政治的権利を最大限擁護することに意を尽くす所存であります。

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2009年11月16日 (月)

警告第2弾

News & Letters/151

市議会議員選挙や町長選挙で応援をした、ということで何かにと私に特別な要望をしてくるものがいる。いまだに市議をしていた室戸方面からも相談が来るぐらいだ。
東洋町ではそれが激しい。野根、甲浦の「選挙応援者」が私を通じて町政を左右するぞ、という大きな態度で何かにと私に言いつのってきた。

私は、はっきりお断りをしてきた。選挙で応援されたからといってその「応援者」らに特別な配慮をする、不正な利益を与えるようなことはあり得ない。

「応援者」たちは、町政について毎日のように私になんやかんや言いたい連中もいるが、地区懇談会など公の場でものを言うべきである。個別に話があれば町長にアポを取って面会に役場へ来るべきである。選挙で応援したからといって特別な関係を結び特別な配慮がもらえるという考えは捨てるべきだ。選挙応援者らが自ら取り巻き気分になって、町政や人事について「私らの言うことを聞かない」、ということで非難しても、私としては、不当な要望、いいがかりには応じられないのである。

私は特別関係を求める連中について、この2年半、次々と手を切ってきた。その連中に出入り禁止を言い渡してきた。次の選挙で応援しないぞ、ということを言いたいらしいが、私は、次の選挙のために仕事をやっているのではない。私は権力に恋々とする人間ではない。「応援者」らからの特別関係強要に辟易している。行政は正規の機関で決定して遂行する。一部のとりまきによって進めるのではない。

東洋町では、議会でも堂々と町政について「私に相談がない」などといって町長を攻撃するのがいるくらいだ。選挙は町民全体が判断をするものである。
誰が投票において支持したか誰もわからない。
反対の投票をした人にも賛成の投票をした人にも(誰もそんなことは知り得ない)等しく行政は公正に執行される、誰からでも町長は等しく相談に応じる。

町長選挙の際に明らかに反対陣営にいたという人でも、否それどころか、反対陣営の長であった前町長に対しても、何のこだわりもなく話をし、話を聞かせてもらっている。
町の外部からでも内部からでも、町政やリ・ボルト社など公のことで、「応援者」だといって、町長と特別関係を結んで特別な発言権を得よう、特別な利益を得ようということは断じて拒絶する。

私はそういう人間であることをよく理解して頂きたい。個人としての友誼と公の行事とは峻別しなければならない。
何度も言うが、私は次の選挙のために行政をやっているのではない。
私は公には市会議員であり、又オンブズマンであり、今町長である。住民の生活と人権を守るために不当な権力と戦ってきた。私は学生となり物心ついてよりこの方、その立場で社会運動に参加し続けてきた。反戦平和運動と部落解放運動が私の主な戦場であった。後年市会議員やオンブズマンをやってきたが、志は少しも変わっていない。

実質総会屋もどきでありながら、オンブズマンの仮面を被ってこけおどしをやっているものとは根本から相違している。
私は残された期間、私の良心と名誉をかけて与えられた任務を誠意を持って全力で遂行する。

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2009年11月14日 (土)

東洋町の福祉行政

News & Letters/150

東洋町は、これまで随分福祉行政の充実に努めてきた。
来年度に向けさらにそれを増強するべく予算編成を企画している。その前に町の全地区で町政の懇談会を開き、住民の要望を集めている。

東洋町の行政の主目的は、

第1に福祉・教育の充実、

第2に産業の復興、

第3に行財政の改革である。

町は全国最低の経済状況ではあるが、今の段階でも福祉行政という点では、おそらく日本最高水準であろう。1歳の保育園児(毎月1人5㎏)から小中高校(毎月米1人10㎏)まで全員に米の配給がある。それを来年度から75歳以上の高齢者に毎月1人米5㎏づつ配給する予定である。

米を配給している市町村は日本では東洋町だけであろう。
今でも、新型インフルエンザのワクチンもほぼ全住民に無料で接種して頂くし、肺炎ワクチンも無料だ。配食サービスも無料、福祉巡回バスも無料、

教育費の保護者負担も廃止、デイサービス実質無料化、保育園児1人につき1ヶ月に3000円の商品券支給、在宅介護のお年寄りには毎月3万円支給。
消化剤も全戸すでに無料配布、警報機も近々全戸無料配布の予定。・・・・・
来年度は、さらに前進する。

高校生授業料毎月5000円補助、永く凍結していた奨学資金制度復活、お手柄出産祝い金(10万円の商品券)を支給、妊婦に6ヶ月間毎月商品券2500円を支給。・・・・
産業復興にも力を注ぐ。

野根漁協にこの数十年間に初めて施設・機器類の補修整備費数千万円を投入。また、冷凍・冷蔵庫設置事業(3500万円)を開始。
甲浦漁協に新製氷機設置事業を開始。
耕作放棄地の開墾補助事業を開始、
農耕、間伐の特別チームを編成(失業対策事業)

「海の駅」は新築して1億円企業に発展中、ホテルを買収し地元民間企業化して盛況である、
ホームセンターは試運転開始中。

失業対策でヘルパーを雇用。・・・・

産業復興で東洋町はにぎやかになってきた。
今町長は責任をもってこれらの事業を引っ張っているが、極力地元住民・職員や役員・従業員に仕事を転嫁している。「海の駅」はほぼ完全に従業員と出店者でうまく運営している。営業を始めて数ヶ月目に入ったホテルもほぼ従業員が運営できる体制になってきた。その他はまだまだ、町が関与し引っ張らなくてはならない。

私が就任するまで、公共施設、特に小中学校の耐震補強工事がほとんどなされていず、耐震診断ですらされていなかった。高知県下の学校の耐震補強率の一覧表が新聞に発表されたが、東洋町は恥ずかしくも哀れ、最低であった。

野根中学校の生徒の教室などは、天井の梁に支えの柱がほとんどは入っていず、地震に会えば天井や屋根のコンクリートが全部どさっと崩落するという状態であることが判明し、この10月をもって、その校舎は廃止し、別の校舎に全部移転して授業をやることにている。そういう始末だ。
中国の四川省の学校並みの手抜き工事だ。
私が就任してからこの1、2年で補強工事は全部終了(来年度中に終了)させるという見通しとなった。
今まで東洋町の教育行政は何をしていたのやら。

いろいろな施設を作ってもそれを稼働させず、放置施設で閑古鳥を飼っていた。私は1つ1つこれを修復し、住民サービスの拠点に改変してきた。

例えば役場の裏の地域福祉センター。
6億円以上の巨費をかけて作ってデイサービスなどにぎやかにやっていたのに、一部の議員や執行部が東洋町では福祉は「全廃」すると称して、突如事業を廃止し、このセンターも閑古鳥に明け渡していた。わたしは機器類の錆を落とし、各所を修復しこれを復活して町の福祉事業の拠点に回復し数百人のお年寄りが利用している。

この福祉センターもあのまま放置しておれば、宝物が腐りついて三文の値打ちも無くなっていたであろう。
私が就任してから、あれもこれも公共施設の修復など大きなお金が次々と要ってきた。あまりにも腐りついていて修復できず、巨額の補助金(4200万円)の返還を余儀なくされたものもあった。

だがそれでも、財政状況は健全方向に大前進中で、例えば平成19年~20年度の1年間だけを見ても、3億円以上の借金を減額し、私が就任してからのこの3年間で10億円程度借金の減額が可能な見通しである。貯金は減らさないように徐々に少しづつ増やしている。
職員の給料については、カットはほとんど解除している。今般県の人事委員会の勧告に従って全国一斉のカットの歩調を合わせたが、これは職員組合の了解をとってやっている。

私の任期はあと1年半。権力に何ら恋々とするわけではない。永く続けていれば権力はやがて腐敗する。任期終了時に適当な人がおれば交替することが望ましい。
東洋町の福祉と産業復興のこの正道の流れは、誰が首長となっても普通の人なら誰でも踏襲できるであろうし、変えることは出来まい。

先日住民懇談会で、あるお年寄りが、これだけの福祉はありがたいが、こんなことをやっておれば町の財政が心配になる、説明せよ、ということであった。財政担当の総務課長が借金の大幅縮減などデーターを示して、全く心配ないので安心して福祉行政の恩恵を受けてくださいと、答えたのであった。

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警告

News & Letters/149

東洋町に協力する、リ・ボルト社に協力する、・・・とか言いながら、多くの外部の人が私に接触してきたし、今もそれは続いている。
業者はそれぞれの思惑をもっているわけだから、こちらの利益になる限りにおいてつきあっていくことになる。業者でない者では純粋に東洋町のためを思って近づいてくる人はやはり少ない。

リ・ボルト社はこの夏、投資の協力をあちこち探したが、それに応じてくれた連中の中には、投資をしているということでリ・ボルト社の日常の経営にまで口出しし、社をコントロールしようとする連中が現れた。私を呼び出し、あれこれと指図がましいことを言い、やれ今度の選挙では自民党を支持してくれ、だれそれは投資させるな、ホテルの経営はこうせよ、
経営が不安だ、心配だ、などといいつのり、会社の役員にせよ等、・・・私をロボット化しようという魂胆を見せ始めている。
私は、会社経営に干渉するようないかなる話し合いも拒否したし、これからも拒否する。

株主は、株主総会できちんと発言し議決に参加すればよいのである。会社運営は役員と社員が遂行する。
町は会社の運営に協力する。設立の事情から町は相当会社に肩入れしてきたが、今は、「海の駅」、ホテルなどリ・ボルト社の経営は会社役員と社員が自立的にやっているのである。株主総会で町と会社間の連絡調整の機関が設けられているが、あくまでも東洋町または東洋町民がリ・ボルト社を経営するのである。

外部からの関与は一切峻拒する。筆頭株主としての東洋町と町長の立場は、会社の独立不羈をまもることである。
私は私にとっては巨額の私財(現金と借金)をリ・ボルト社に投入したが、そこから一銭の金も取得していない。役場に出勤前に、芋を洗ったり皿を洗ったり、商品を入れたりいろいろ労働奉仕をしているが
全て無償である。

2億円近い金が動いているリ・ボルト社は公認会計士が厳しいチェックをしているし、町の監査も入っている。日々の金の流れは全て町職員が掌握し管理している。
リ・ボルト社をどこかの会社や個人のコントロール下に入れようとする企ては断固として拒否する。

拒否された者が何かと不平を鳴らし、私を誹謗中傷しようとしているが、天につばする行為にすぎない。
そのことをしかるべき人たちに警告を発しておく。

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2009年11月12日 (木)

歌2曲

News & Letters/148

11月22日(日曜日)東洋町の産業祭に自衛隊の楽団が来ることになっている。その実行委員会で楽団の演奏で町長が歌を歌うことになった。その歌の名前は「異国の丘」であった。しばらくして、楽譜も送られてきた。楽団も乗り気であった。
後日、私は、歌の変更を願った。

  曲名は「君死に給ふことなかれ」である。

楽譜を送ってくれと言うので、こちらから楽譜も送った。さすがに、自衛隊からは、お断りの電話があった。非常に残念でした。自衛隊が明治の反戦歌を奏でるというのは、大変なことなのであろう。

この歌は、私が中学校2年生の時に女教師(大寺美弥子)から教わったものである。それ以来、私の愛唱歌となって、今も車に乗って遠出のおりには車中で歌っている。覚えている限りは次の通りである。

  「君死に給ふことなかれ」

                        与謝野晶子

ああ、弟よ君を泣く 君死に給ふことなかれ
末に生まれし君なれば 親の情けも 勝りしも
親は刃を握らせて 人を殺せと 教えしや
人を殺して死ねよとて 二四までを育てしや
 
堺の町の商人(あきびと)の 旧家をほこる主 
にて 家の名を継ぐ君なれば 
君死に給ふことなかれ

旅順の城は滅ぶとも 滅びずとても何事ぞ
君は知らじな 商人の家の掟になかりけり

君死に給ふことなかれ すめらみことは 戦いに
御みずからは 出でまさね
かたみに人の 血を流し 獣の道に死ねよとて
死ぬるを人の誉れとは おほみ心の深ければ 
もとよりいかで おぼされん

ああ弟よ 戦いに 君死に給ふことなかれ
過ぎにし秋を父君に 遅れ給へる母君は
嘆きの中に痛ましく
我が子を召され家を守り
安しと聞ける御み世も 母の白髪はまさりぬる

暖簾(のれん)の下で伏して泣く
あえかに若き新妻を君忘るるや思へるや
十月もそはで別れたる 乙女心を思い見よ 
この世1人の君ならで ああまた誰を頼むべき
君死に給ふことなかれ

これを自衛隊の楽団の演奏で歌う計画であったが、夢が叶わなかった。
自衛隊を嫌う人もいるが、しかし、兵士はプロレタリアの友でなければならない。

森重久弥が死んだ。

私はこの人の歌が好きであった。
その中でも私の愛唱歌で石川啄木の「春まだ浅く」というのがある。
これは、啄木の小説『雲は天才である』という一節に出てくる。今も啄木の母校渋谷村小学校の校歌だと言うことである。
これは私が中学3年生の時に音楽の先生(細川高義氏)に教わったもので、愛唱歌の中でも最も愛唱するものである。

      「春まだ浅く」

                        石川啄木

春まだ浅く 月若き 命の森の夜の香に
あくがれ出て 我が魂の 夢むともなく夢むれば
狭霧(さぎり)の彼方そのかみの 望みは遠くたゆたひぬ

自主の剣を右手(めて)に持ち 左手(ゆんで)にかざす愛の旗
自由の駒にまたがりて 
進む理想の道すがら
今宵命の森の影 水のほとりに宿借りぬ

そびゆる山は英傑の 跡を弔ふ墓標(はかじるし)
音なき川は千載に 香る名をこそ流すらむ
ここは何処と我問へば なが故郷と月答ふ

勇める駒のいななくと 思へば夢はふと覚めぬ
白羽の兜 銀の盾 皆消え果てぬ さあれど
ここに消えざる身ぞ1人 理想の道にただづみぬ

雪を頂く岩手山 名さへやさしき姫神の
山の間(はざま)を流れゆく 千古の水の北上に
心を洗い身を清め 理想の道を我行かむ

私はこの二つの歌を歌いながら、歌うが如き人生を送ってきた。
森重久弥が死んだという晩に、白浜の海岸に出て、雲に隠れた月に向かって「春まだ浅く」を歌ってみた。

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