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2009年9月

2009年9月18日 (金)

平成21年8月30日衆議院選挙の結果について

News & Letters/144

1、民主党が圧勝した。予想通りであった。しかし、民主党はなぜ自分たちが圧勝したのか、よく分かっていないであろう。自民党も自分たちがなぜ惨敗したかよくわからない。
民主党と自民党の違いがどれだけのものか、さっぱり分からないのである。
強いて言えば、極右的な自民党政権が消滅し、正統的な自民党保守政権が回復したというところであろう。

確かに政変ではあるが、革命でも何でもない。しかし、何かの兆候ではある。
人々が、この社会の根本的な改変を望んでいることもこの選挙で明らかにされている。
しかし、この政変自体では、何も変革の可能性はないだろう。むしろ、極右的な自民党残党と正統保守的民主党が大同団結して、翼賛政治体制が成立し、憲法改正や自衛隊の海外派兵が自由に出来るという恐ろしい結果をもたらす可能性すらある。

来夏の参院選挙で民主党が圧勝した場合、極めて危険な状況になるだろう。
その点では、社民党など護憲的左翼的勢力がごく少数派になったことが危惧される。
議会制度上では、来夏の参院選で、護憲勢力が一定の議席を占め、翼賛政治を阻止する体制が必要であろう。軍事面が強化され、それを優先する権力が出てくると、日本やアジアの運命どころか、地球規模の破滅が加速度的に進んでいくことは間違いない。

2、これからの政治の課題は二つある。

① 1つは、化石燃料と原子力産業による地球環境の悪化をいかにして阻止し、自然と協調して人類が生きる道を切り開く必要があるということ

② 今1つは、政治権力と民衆との関係を如何に協調するか、すなわち如何に徹底的な民主政治を実現するかという課題である。

①を解決するには、やはり、現在の資本主義体制の根本的な廃絶がまず最初に必要であろう。

これは、18世紀末から世界中の社会主義者の主張するところであるが、資本主義に代替するものが社会主義体制で良いのかどうか、いや、徹底した民主主義のうえに社会主義が建設されなければ全体主義的「社会主義」が現出し、これもまた、人類破滅に向かうであろう。その他に何か他にないのか、考究しなければならない。社会主義体制にしても、地球環境悪化の諸政策や生活慣習は直るわけではない。

 自民党はもとより民主党も、地球環境問題については、原子力産業を推進する立場であり、新しいエネルギーの開発など何にも考えていない、高速道路無料化に見るとおり全く危機意識すらない状態である。

②の民主主義の問題については、極めて難しい。

 それは、制度上の問題だけではない。ドストイェフスキーのカラマーゾフ的な世界の問題があるからである。すなわちその小説に出てくる「大審問官物語」の話だ。
真理と自由の分裂。人民に真理を強制すると自由が失われる。人民に自由を与えておくと真理から逸脱して不幸になる。だから大審問官は、自由を制限して真理を強制するために弾圧をするのである。大審問官はスターリン主義の北朝鮮や中国共産党の考え方であるが、むろん保守陣営の伝統的な考えでもある。

この物語の前提は、民衆の愚かさである。大審問官は賢く、民衆は愚かであるという偏見がもとになっている。だから、民主主義の大前提は、民衆が政治的にも科学的にも立派な見識を持つことであり、それによってこの「大審問官」の壁、真理と自由の歴史的な分裂を打ち破ることが出来るのである。

タレント候補や世襲議員を横行させ、マスコミにたやすく操られる民衆では、いつまでたっても衆愚政治のままの民主主義であり、それは、金権腐敗と自堕落と、そして享楽的な生活の果てに地球環境破滅の奈落を歩む事につながっていくのである。
政治家が官僚をリードする、というだぼらだけで問題が解決出来るわけはない。

政治家も官僚も腐っていたのであり、救国救民の立場に立つ政治的リーダーが不在だったのである。民主党であれなんであれいくら期待してもむなしい結果がやってくるだろう。民衆自身が政治的に自立し、自己教育する能力が無い以上、民主主義は単なる形式であってその実体は金権と虚妄をうまく操るこそ泥的土豪劣紳どもが依然として政治を操る。にわかに大量にわき出てバッジを着けた民主党議員たちに政治家としての良識や良心を求めることはどだい無理な話だ。

 人類は、自己を救い出すほどに知的に成長することが出来るだろうか。権官汚吏と俗物政治家の合体では人類の破滅への傾向は阻止できない。
それまでに地球環境は持つのであろうか。「25時」という小説があったが、もう最後の時を過ぎているのではないだろうか。
 

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2009年9月 5日 (土)

ホテル購入

News & Letters/143

 平成21年9月4日、町有地に建てられていたホテルを無事に町民の手で買い戻しました。
5500万円に登録免許税など400万円の費用がかかりました。すべて、町長や民間人の出資であります。このホテルが東洋町観光業務全体の管理棟的役割を果たしていくものと考えています。

 たくさんの人々が利用されることを祈ります。

 地元の家庭的料理で、安くて新鮮な魚介類、野菜、果物をたくさん食べて頂きます。美しい浜辺、広い芝生、365日営業の「海の駅」をたっぷり楽しんでください。

 どんな妨害があっても、私は、町の総合計画を実施していきます。すたれたり、人の手に渡っている生産手段を回復し、みんなの力でこれを磨き上げて、町を復興しなければなりません。生産手段も何もなしに、その手だても何もせずに、ただ計画や希望を述べたり、選挙の度に空約束をして、実際には何もしない、それどころか、反対したり妨害したりする、一部の人士を尻目に、私はどんどん前進します。

 私が、町の総合計画や過疎の計画を実行し始めると、大変だ、独断だ、突然だ・・・とかいって騒ぐ議員もいますが、この手合いのものは町の現実や将来のことは何も考えず、自己の任務を何もしないで、酔生夢死の生活を日々送っているものだから、
私が何か始めようとすると、ビックリ仰天するのである。

 説明会を開くと、聞きたくないといって出て行くか、5分ぐらい説明を聞いて「大変だ」と行って飛び出して
いくかである。

 しかし、平成18年の高レベル放射性廃棄物のおりには、突然のことで、これまでのいかなる計画にもはいっていないのに、ほとんど全員が「勉強会」をしようという前向きな姿勢になり、政府や原環機構の幹部を役場の奥深くに招聘したのであった。

 また、つい最近でも、南山のリゾート開発に絡む巨額の利権(実体不明)の継承権をめぐっても、議会は全員一致で、「払うちゃれ」という議決までして私に迫ったのであった。
関係者には悪いけれども、その人に面と向かって東洋町は、その利権には関係がないので私がここの長である限りは一銭も出せない、とはっきりお断りを致しました。元の町長が絡んでいたことは資料から明らかに看取できるのであるが、その利権の取引が事実としても、町長個人の関与だけでは、町としての債務を確定することは出来ないのである。

 利権にまつわることについては、諸手をあげて賛成し、町の財産保全やそれを活用しての町民の経済的発展の機会には、反対し、これらをつぶすことに狂奔する手合い、
こんな連中の存在も50周年を期に根絶されるようにしなければなりません。私の任期中に大掃除を完了させなくてはなりません。

 利権の産物であった白い巨塔が、正義と人道の光で輝き、人々のいやしと繁栄の城としてよみがえることを祈る。

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東洋町50周年記念式典

News & Letters/142

東洋町町制施行50周年に際して

                       基調報告

人生50年ということがあります。地域社会にとっても半世紀というのは大きな歴史であります。昭和34年7月に野根町と甲浦町が合併し新しい東洋町が誕生しました。その間50年5代目の町長として今私は記念式典の壇上に立っているわけであります。

昭和34年といいますと、先のアジア太平洋戦争の戦禍から14年後のことであり、岸信介総理大臣の時代でありました。ちょうど国内は勤評闘争とかまた、あの安保闘争が続いて起こっていた時代であり、また池田内閣がすぐ後で成立し所得倍増といってまさに日本経済が混乱の中から飛躍的に発展しようとしていた時であります。
当時野根、甲浦の人口もピークにさしかかっており、両町とも4000人を超える大所帯でありました。

記録や識者に聞くと、合併当初は、町政は大変でありました。役場の位置も定まらず、町長選の有効無効で大もめになり、また、教育委員会も勤評闘争のあおりを受けて一時機能不全に陥っていた、ということでありました。更に重大なことには、新町政がスタートした翌年東洋町の財政が破綻に瀕し、財政再建準用団体に指定されるということになったのでありました。合併にこぎ着けた苦労もさりながら、合併直後、町民や役場のなめた辛酸は大変なものがあったと考えるものであります。

それから、町政は徐々にたち直り、庁舎の確定、行政組織の整備、下水道などの生活環境の整備、ポンカンの特産化など現在の東洋町の基盤ができあがったわけであります。
この間、全国的傾向の中で、東洋町も人口流失や産業の低迷などで町政は急速に衰退の傾向になってきました。
町政がだんだん低迷する中で、この低迷を押しとどめるための試みとして二つの注目する事件が起こっています。

1つは、平成14年に平成の大合併の波が東洋町にも押し寄せてきたということであります。高知県東部の市町村との合併か、又徳島県の町村との合併か、迷ったけれども、結局東洋町はどことも合併せず独自で存続する道を選んだのでありますが、国からの交付金や補助金の削減のなかでわれわれは独自の地方自治の厳しい道を選択したわけであります
今ひとつは、平成18年から19年にかけては、全国を揺るがすような大事件、高レベル放射性廃棄物の埋設施設を東洋町に導入するかどうか、をめぐって町内を二分する騒動が起こったのであります。その騒動も町長選挙という形で無事決着をつけ、その点については現在町内では何の問題も無くなっているのであります。

アメリカの新しい大統領オバマさんは、アメリカにおける原子力産業に関し大きな政策転換をしました。すなわち高レベル放射性廃棄物の埋設処理施設とされていたユッカマウンティンの事業計画を正式に廃止し、原子力発電建設に対する補償金制度も廃止しました。
東洋町の選択は世界の潮流にかない、新しい人類のエネルギーへの転換にさおさすものでありました。

現在、化石燃料の過剰使用による温暖化現象などで地球環境が人類存続の危機的な状況にまで悪化しています。国家の財政も市町村分も合わせると1000兆円にも上るという国債の累積で何時国家的な経済的大破綻が到来するやも知れないという状態であります。
一寸の虫にも五分の魂ということわざがありますが、東洋町は小なりといえでも独立した地方自治体であり、国家・人類の末端を担いたっております。

この、今日の日の50周年を画期として、われわれは、町民の要請のみならず、この時代の人類の要請にも応答する義務があるのであります。自力更生の健全な財政と産業基盤を整えて、新しい時代の一翼をになっていかねばなりません。

地球環境問題や、国際的な経済危機などに見るように、これからは平穏な時代とは違い、何時嵐が吹きすさぶか分からないという不安定な時代が到来する予感がするのであります。つい最近、衆議院選挙で自民党公明党の歴史的な敗北があり一種の政変があったわけでありますが、否応なく大きな変革の時代が再びやって来ようとする予兆とも思えるのであります。

来年には、坂本龍馬のNHK大河ドラマが放映されると言うことであります。
龍馬は幕末の日本に於いて単に策を弄し口舌のたくみで斡旋活動をしていたというような人間ではありません。
龍馬は自ら白刃をかいくぐり血煙の中で時代を切り開いた、戦うプランナーであったのであります。我々は坂本龍馬を観光の看板や客寄せの材料にするのではなく、龍馬を 困難な局面を切り開く先達として正しく仰ぎ見、その見識と勇気を見習うというふうに考える必要があると思います。

かくて我々へのこの困難な時代の要請は、再び三度、龍馬のように時代を切り開く茨の道を、勇気を持って進んでみよというものであります。
我々は、これから先50年、100年の歳月、幾山川を越えても、歴史の呼びかけに正しく応答し、自然豊かな故郷を守り抜き、地域社会と国家の安泰を果たして、次の世代に感謝され喜ばれる故郷(ふるさと)を残していかねばならないのであります。

最後ではありますが、町制施行50周年の今日の日に近隣市町村の代表者や、守口の市長さんや議長さん、それに高知県庁の総務部長さんが遠来ご参列下されたことを厚く御礼申し上げます。
また、今日の晴れの日に表彰される町民の皆さん、誠におめでとうございます。表彰者の皆さんこそは、アジア太平洋戦争の戦禍を越え、ふるさと内外にあって戦後復興を成し遂げてこられた戦士であります。われわれは、異境の地で戦没した「英霊」の御霊に感謝するとともに、生きてふるさとの再建に尽くしてこられた人々を永く顕彰してゆきたいと思うのであります。
誠にありがとうございます。

以上で私のご報告と決意の程を述べさせて頂き基調報告に替えさせて頂きます。

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