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2009年3月

2009年3月31日 (火)

修正案否決

News & Letters/166

 国からの地域活性化交付金の受け入れ事業計画について臨時議会を開いた。その事業計画の中に、町の施設である自然休養村という研修宿泊施設の改装予算を5000万円ほど組んだものがあった。主として内部の温浴施設の拡張工事だ。
現行のものは湯船が畳一畳ぐらいの大きさで2人ぐらいしか入れない。二階には子供で言えば100人、大学生なら50人ぐらいが合宿できる部屋がある。現在の家族風呂程度の湯船では、お客は隣県の温浴施設まで行かねばならない。

 観光地で、10人程度の風呂も存在しないというていたらくだ。これを国の資金で改装するという事業計画に対して田島毅三夫議員からこれを全額削除するという修正議案が出された。その理由は新聞に出されていないのでここに明らかにしておく。
いろいろの理由を述べていたが、田島毅三夫氏が言うのは、大変なことだ、東洋町の風呂が繁昌すれば隣県の宍喰の風呂屋がつぶれる、というのであった。

 この方は、どこの町の町会議員なのであろうか。

このたびの臨時議会には、他にも徳島の利権にとって「大変なこと」がいくつかあった。
 低額老人ホームの建設もその一つである。
ほとんどの東洋町のお年寄りが、旧執行部の政策(福祉事業を「全廃」する)で、隣県の施設でお世話になってきた、そのため数億円の町の金を他県に送金し続けてきた、澤山町政は、この方策を根本的に破棄し、町で福祉事業を全面的に回復し、金を外へ出さないように努力し始めた。その事業の一環で低額老人ホームの建設に踏み切ったのである。
また、「海の駅」の建設と稼働も隣県にとっては「大変なこと」だった。東洋町民でもってきたという隣県のスーパーにとっては巨大な打撃であり、東洋町民が来なくなるばかりか徳島県民までが地元スーパーを素通りして東洋町の「海の駅」に吸引されているからである。

 田島毅三夫氏らがこの1、2年澤山町政のやることについてことごとく「大変なことになる」、大変だと言って騒ぎ議会内外で反対してきたのは、このことであった。
徳島の利権が澤山町政によって破滅的打撃をうける。
今度の臨時議会で、そのことが本人の口からはっきり表現されたのであった。

 これが、東洋町議会内外で現町長を攻撃してきた連中の正体であり、動機である。これからもその対立は議会の基調となり来年1月の町議会選挙、次期町長選挙まで続くであろう。
 臨時議会の出席議員(「所用」で欠席が3人もいた)はその事を見破り、修正議案を一蹴し否決した。

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2009年3月29日 (日)

買収

News&Letters/165

東洋町が、福祉・教育施策で、お年寄りや、子供達への給付金がどっさり出るので、一部の不平分子が、それらは買収ではないか、といううわさを流し出した、ということです。
確かに、麻生内閣の最近の給付金や経済対策には、何かしら選挙を前にしたバラまきと言う感じもする。しかし、私がやっている東洋町の福祉対策、教育対策はそういうものではない。

第1に、そうすることが私の選挙の公約であった。

第2に、それらの事業は昨年作成した町の総合計 
     画でもうたわれている。

第3に、東洋町の場合は、自民党内閣がやってい
    るように無茶苦茶な借金をして金を無思慮に 
    まいているのではない。新たな大きな借金は 
    していないし、むしろ借金は大幅に減少さ 
    せ、余剰金も残している。

第4に、他の事業を犠牲にしてやっているわけでも 
     ない。産業復興・失業対策の事業、 防災
     の事業、学校など公共施設の整備もどんど
     んやっている。どこにも悪影響は与えてい
     ない。何の問題もない。
 
一部の不平分子様に答えます。
来年度は保育料も無料に出来ると考えています。
学校の耐震構造補強工事、町道の拡張工事、農地の暗渠施設工事など、公共事業の分野では、まだまだたくさんせねばならないことがあるが、福祉や教育の事業は少しも退歩させず、更に拡充していく予定であります。
どうして、福祉事業をそこまで出来るのか、買収ではないのか、という人に答えます。

回答:

どうして、これまでの首長が、私がやっているようなことをしてこなかったのか、私にはそのことが不可思議な疑問なのです。そうすれば、副産物として自然と人気が上がり支持者も増えるのは間違いないのに、何故、しなかったのか、分かりかねます。
私は何も、人気上昇のために福祉を重視しているのではありません。福祉を徹底的にやるぞ、というのが私の町長就任の目的であり、これまでやってきた私の半生の社会運動の趣旨であったわけです。

歴代の市町村長、否、古代から現代までの多くの権力者達が、なぜ、善政をしかなかったのか。
ひどい利権政治をし、人々の怨嗟の声の中にいて、権力を笠にかけて悪いことばかりをして、何の生き甲斐があったのであろうか、私は不可解であります。

大なり小なり、国を売り、故郷を売って、自らの利欲のために策謀をめぐらし、政治を動かすものどもが何時の時代にも絶えない。ここ東洋町でも懲りない面々がうごめいている。

江藤新平の爪の垢でも煎じて飲むべきであろう。

今日、3月29日、盛大に東洋町白浜の「海の駅」がオープンした。
私は高らかに宣言します。

  OPEN THE SESAME !

隠されていた東洋町の財宝がここから世に出て人々の生きる糧となるであろう。

それと同時にこの財宝を押さえていた盗賊どもがそれを奪い返すために無駄な抵抗をしかけてくるであろう。アリババは賢い女性の協力でやがてこれらを覆滅してしまうのである。

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2009年3月27日 (金)

最近の海の駅の状況

News & Letters/164

  この勢いでは、3月の海の駅の売り上げは、500万円をはるかに超えて600万円に達すると思われる。1年前にはわずか月に200万円ぐらいの売り上げがやっとで、町長を先頭にして半泣きになりながら品物を集めていたのであった。
一部議員のみならず、かなりの町民から不賛同の声が上がっていたのが、夢のようです。
3月の海の駅東洋町の売り上げ予想は以下のPDFファイルを参考ください。

「3gatu-toyo-uminoeki-uriage-yosou.pdf」をダウンロード

海の駅はいよいよ、来たる3月29日午前10時に新装開店であります。これまでのプレハブ小屋ではなく、ちゃんとした木造家屋の新品の店舗です。
この日は2石あまりの餅を投げることになります。

3月29日は、147年前に江藤新平がここ甲浦で遂に捕縛された日であります。
近代日本人民の基本的人権を確立する大事業の途中、無念にも奸計に陥り、倒れたのであります。その偉業をわすれず、その日から新平の大志を引き継ぐとぞ、と言う決意を込め、かつは、新平の心をいやすためにも

この日を記念して海の駅のオープンの日と定めたのであります。

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議会報告

News & Letters/163

平成21年度の当初予算案が無事に議会で承認されました。

今度の議会の焦点は、国が全額交付する雇用対策事業5千数百万円を町議会が承認するかどうか、と言う点であった。
変な話だが、国の交付金で、雇用対策だということであれば、普通なら論ずるまでもないことであるが、ここの議会では、「バクチのようなものだ」と主張して認められない、と言い張る方がおられるのだから、大変である。重要議案は何でも反対するといういつもの方は別として、もうひとかたが、前年に続き今年も当初予算を否決するぞ、という雰囲気を醸し出す発言をしてゆさぶってきたのでした。

しかし、1人を除いて他に賛同者もなかったのかその方も含めて9人の議員の納得を得て当初予算は無事議会を通過しました。
当初の悪い雰囲気は、私の方の説明不足、努力が不十分という他はない。議員協議会での説明、町民全体への町長発行のタブロイド新聞、このブロッグでの公表等ではまだまだ説明が不足なのである。

さらに政府が地域活性化の経済政策として平成20年度分として全国に多額の交付金(東洋町へは1億2700万余円)を配布してきたが、これも国・県へ事業計画書を上げて承認を得ると言うだけではなく、町議会という難関を通過させねばならない仕事がある。この3月30日に臨時議会を設定した。

普通ならみんなが喜んでこの交付金を受け取り、町の総合計画に盛り込まれた事業計画に当て流べく予算化し、・・・・と言うことになるのであるが、この町ではそうはどっこい、そうはさせじと言う勢力がうごめいているから大変である。この事業計画も否決をしようと言う動きがある。
国・県に上げて公金まで決定通知を頂いたこの事業計画について、町は昨日、町内の産業団体を中心にして町民全体に対して公聴会を開いて、意見を聞いた。反対するものは誰もいなかったが、いくつかの産業団体に対して圧力をかけた卑劣な連中もいたという。

要するに、どこでもそのような反主流派的なものがいるし、そうでないといけない面もある。
ただ、嘆かわしいのは、県外の利権勢力の勢力伸長の手先としてうごめき、それに町を食い物にさせる、そのみかえりとして自己の勢力と利得をも保持しようという動きである。
その連中は、私たちが良いことをすればするほど、苦々しいのであり、何とかつぶしてしまいたいのである。それは、東洋町の海の駅や自然休養村の改装(温浴施設の拡充)、低額介護老人施設の建設等の事業をめぐって表面化しようとしている。
外部利権勢力は、東洋町にそのような施設が次々に出来て繁昌するとなると大きな打撃となるからである。
議会がそのような動きに翻弄され、住民の生活のことを忘れることがあってはならない。

何故、海の駅の発展的稼働に反対し、全国の市町村が歓迎している政府の雇用対策事業に反対し、政府の巨額の交付金事業に反対するのか、その背景はすでに見え透いているし、多くの住民は気がついている。

21年度予算についての説明は 下記PDFファイルを参考にしてください。

「21nendo-yosann.pdf」をダウンロード

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2009年3月16日 (月)

東洋町の当初予算案

News & Letters/162

東洋町21年度当初予算(PRIMARY BUDGET)案が可決の運びとなるようです。
総務委員会、産建委員会の両委員会での審査の採決ではそれぞれ全員の賛成を得ました。

新年度当初予算の特徴は、2点あり、

①国の失業対策事業を組み込んだこと

②福祉事業を一層充実したことです。

①については、もともと東洋町としては独自に失業対策事業を相当規模で予定していたところ、折良く国の事業が出てきたので大変助かったものです。
この事業では産業復興のための農業、林業、生ゴミ処理・堆肥化の事業など5000万円以上の国の資金をつぎ込むことができました。そのうち3500万円の事業が3年間国の資金を使う事が出来、その後は、事業者と町の支援によって継続していくというものです。東洋町としては、元々町単独でやろうと考えていたことですから、4年後以降も数千万円をかけても失業者達を自立に向かって支援していくことは勿論であります。

中でも資源ゴミの回収・肥料化事業はとても重要であり、ゴミ処理経費の大幅節減と有機肥料の確保、温暖化対策という点で優先事業であります。

この失業対策事業についてさえも、否定的な議員がおり、破滅型つぶし節の意見を主張して止まないのはどういうことであろうか。急遽出された国の事業ではあるが、全国の市町村が欣喜雀躍して取り組んでいるのに、それに反対するという感覚が、私には全く分からない。

その議員というのは、平成18年から19年に起こった東洋町の核廃棄物を巡る騒動の中で、核の交付金を「ぼた餅」だ、といい、東洋町民はぼた餅を食い損ねたと悔しがっていたのであった。(この方は最近自分の日記だというメモを公表した)
毒の入った核の交付金を「ぼた餅」といって取り込もうとしていながら、このたびの国の失業対策の交付金(3年間で1億数千万円)や地域活性化の交付金(東洋町には1億2千万円交付)のような本当のぼた餅には反対だという。
その反町民性では首尾一貫している。

②の福祉事業の充実については、
前回発表した21年度事業計画で詳しく説明したとおりであり、お年寄りと幼児童生徒達をしっかり支える事業を更に発展させていきます。
町単独の福祉事業の推進は、本人や家族の幸福だけではなく、介護保険や、国保会計の町や住民の負担を大いに軽減すると言うことにも連動する
ので、必死になって取り組む必要があります。

総務、産建の常任委員会が無事終わり、後は本会議を残すだけになりました。
こうして、東洋町はやや体制が整いつつあり、町の復興の兆しは十分に見えてきた、そういう感じがします。

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2009年3月 5日 (木)

漁村部落

News & Letters/161

大坂市立大学の人権問題研究所の先生方が大勢、東洋町に視察に参られました。
いろいろ啓発されることがありました。
高知県東部は被差別部落の密集地であり、東洋町まで繋がっています。
昭和33年に大坂市立大学の山本登先生がその中の一つ吉良川町の精密な調査をしていて、その成果が先生の著作に掲載されていました。

私の小さい頃のことでした。その調査の結果わかったことは、その地域は「まさに文化果つる地」であるということでした。あれから半世紀以上が立ちました。都市の多くの部落とは違ってその原型はそのまま残されていました。山本教授のその著作では、新聞購読とか、電話、ラジオ保有、みそ、醤油、砂糖の消費など生活の多面に亘って詳細な調査がなされ、他の被差別部落と比較されていました。
ここで特徴的なのは、すぐに見て分かる環境面の状況について何も記されていないことです。

一般的に漁村というのは、港や浜辺などの近くに密集していて、その点農村とは相当に相違している。
室戸近辺でも、被差別部落と言わずどこの漁村も狭隘で急峻な土地にへばりつくように密集住宅を形成している。この環境の悪さは容易に解消しないであろう。室戸岬町の旧国道の北側の傾斜地の密集住宅では道も極めて狭隘であり、死人が出ても棺桶も出せないような状況である。ここは被差別部落ではない漁業の町である。
室戸の中心街の商店は、室津川の土手の上に密集して形成されている。大水が出た時には家のすぐそばまで満水状態となっている。土手の上に、と書いたが、実際には土手は築かれていず、家の軒下に即、川が流れているのである。
このように室戸方面高知県東部地方では、漁業の町筋、漁業の村落は、どこも環境の整備が放置されてきた。

だから、かつての山本教授は赤貧洗うが如き吉良川の被差別部落を精密に調査しても、住環境については、一言も言及するところがなかったのである。なぜなら、被差別部落の住環境は、悪いには悪いが周辺集落に比して、さほど差があるほどではないと考えたのであろう。半世紀前、その中にあった私の生家の周辺はほとんど家が無く、春は菜の花に囲まれ、夏はイモ畑や甘藷の林が生い茂り、冬は麦畑の牧歌的な雰囲気であった。
私は毎日トンボを追い、バッタ(ダマという)を追い求め、川や海に入って少年時代の毎日を暮らしていた。貧しかったが、自由の天地であった。
学者の目には文化果つる地と写ったかも知れないが、夜は本や漫画を読み、親や祖母から昔物語を聞いて、極めて文化的な生活を満喫していたのであった。

今は、この地域の家々は、立派な装いを凝らし大きな建物になった。そのことでむしろ、狭隘感がつのり、環境が悪い印象が強くなってしまった。
その傾向は他の漁村と同様であり、漁村の住環境の改善は1人被差別部落だけではなく全村落の問題なのである。

私は高校生の時から、大阪に出て都会(西区方面)の貧民窟に住んでいたが、それらはいつの間にか一掃されていた。大坂の被差別部落も最近ではすっかり様変わりをして昔のイメージで訪れても一見しただけでは、皆目分からなくなっている。
これでも被差別部落か、他地区よりもよくなっているからとまどってしまう。
私は故郷を愛し被差別部落を誇りに思っている。

この環境が都市部落と同じように解体され訳が分からなくなることをむしろ恐れる。
自分らの部落がよくなるには、同時に周辺の村落もよくならねばならない。カールマルクスが共産党宣言で喝破したように、自分たちの発展が他の人々の発展の条件となるような、そのような発展でなければならない。他の者の予算を先取りして、他の者が苦しんでいるのを横目にしながら、自らだけの幸福を追求してはならない。むしろ、他の者のために自らの幸せを犠牲にするぐらいの精神を養わねばならない。部落民への不当な差別を打破し、解放運動を推進するというのは、そういう精神のことである。

半世紀前、社会学のエライ学者には、赤貧洗うが如き環境で、父母もいない澤山保太郎少年の、その幸福な日々を想像することも出来なかったと思われる。

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