東洋町の教育事情
News & Letters/151
東洋町には4つの小中学校があります。
野根中、野根小、甲浦中、甲浦小です。
野根中は今12名の生徒です。この校舎は昭和30年代の終わりに造られたもので耐震補強もなく、耐震診断もしていません。すぐ近くに野根小学校があり、30数名の生徒ですが、耐震補強も出来ています。小中ともいづれも数百名を収容していた学校ですが、ごくわずかとなりました。
問題は野根中ですが、体育館は大丈夫と思いますが、校舎はもう使い物にならないでしょう。
それで町長は、隣の小学校が空き教室がいくつもあり、また、音楽室など小学生と共同使用も出来る教室もあるので中学校は小学校に移ったらどうかと提案しました。しかし、野根小中の先生方は誰も賛成がありません。
野根中は生徒12名に対して先生9名がおり、事務員が1人おります。生徒は本来はもう少し多いはずですが、甲浦中学校などに越境通学をしています。
12名の生徒に対して9人の先生の人件費はざっと推定しても年間5000万円位になるのではないか。
中学校の老朽化した大きな施設をこのまま耐震診断、補強をすれば大変な費用がかかり、しかも、年数から考えて何年も持たないでしょう。
それでは、国民経済的に考えて野根中学校10名程度の生徒のために新たに中学校をワンセット新築することがゆるされるであろうか。新築には数億円はかかるだろう。極めて困難ではないでしょうか。
野根中と甲浦中の合併をという根強い声もあります。事実町の校区を決めた条例を無視して相当の越境入学があり、これまで野放しにしていました。
施設老朽・崩壊の危険性から見ても、中学生は隣の小学校に避難するべきではないだろうか。
数百名を収容していた野根小学校も今は30人ばかりに激減しています。小中合わせても40数名の少人数です。改装すれば何ら支障はないと思います。私が小中の自分には狭い吉良川小学校に中学生も入れて1000人ぐらいの生徒がひしめいていました。それでも体育も音楽も支障なく授業が出来ていました。
野根の校長先生が言うのには、地震が来たら校庭にすぐに逃げられるから大丈夫だという。
そんな安易な考えで半生記近くになる老朽校舎の危険の中に子供を放置して良いのであろうか。
すなわち、生徒12人に先生9人という自分たちの安穏な身分を守るために、生徒の命を犠牲にして良いのだろうか。
甲浦小学校も問題があります。運動場は野球も出来ないほどせまいが、この敷地全部が民間の所有地であり、1年契約でこれを更新です。5年とか10年とかの契約ではありません。毎年町長が遠くの地主の所にお願いに行っています。地主は大変いい人なので何とか契約更新がされています。
しかし、学校設置者としてはこの異常な状況について不安を押さえられません。これでは法律で定められている「施設の確保」とは言えません。
甲浦中学校も体育館が無く、隣の公民館のホールを使っています。また運動場も狭く、野球とソフトボールをすると双方のボールがひゅーひゅーと飛んでくる状況で危なくて仕方がありません。
東洋町の総合計画(昨6月議会で可決)は甲浦小中については根本的解決の方針(移転新築)を立てていますが、地域はまだまだまともに討論する雰囲気ではありません。
物事を合理的に考えていけば結論は見えています。今までほとんど見当もされず、計画もなかった東洋町の教育環境の整備。
住民の同意があれば新町長はすぐにでも整備・建築の計画を行動に移す用意があります。
南海地震など災害の危険を考えるなら、一刻も早く計画を実行しなければならないのです。教育委員さん、町民の皆さん、どうかこれをやらせて下さい。
物言わぬ子供達を代弁して伏してお願いします。
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コメント
南海地震など災害の危険を考えるなら、一刻も早く白浜地区に老人向けの木造避難櫓を作るべきでしょう!
投稿: リョウ | 2009年1月25日 (日) 21時39分
町長はじめまして。
匿名にて送信させてください。
よろしくお願いします。
というのも、野根中学校に1年間臨時教員として勤めさせてもらったので当方を特定することは十分可能だと思いますのでいろいろ失言があれば困ると思いますので。
すいません。
野根中学校は昔機動隊が来て生徒を補導した(ん?逮捕した?)などという話が地域の実力者(ん?なんであの人が実力者なんだろう・・・?年度始めか野根小中学校と委員会、保護者、地域の人と懇談するおきゃくで「気をつけるように」と言われた人)から説明されるようなほんとかウソかわからないことがあった今で言う「困難」校です。
そんなかんがえられない「困難」性があった当時に野根に赴任したことがある現在校長先生をされているぐらいの(話を聞いたときはとある学校の教頭先生だった)先生によると、教室で殺人以外はなんでも起きる。とまで言ってました。レイプもあったように聞かされた記憶があります。ほんとやろうか?
町長が解放同盟の書記をされていた記事もよまさせてもらいましたので失言になるかもしれませんが、野根中学校の「困難」性は地域の産業構造を基盤とした封建遺制から生まれる文化から創られているように思います。越境入学もその解消に向けた動きと思います。
「解放」教育がされているわけではありませんが、毎週特定の曜日だったか公民館(隣保館という呼称ではなかったですね。詳しくは認識していませんが、「地区」との境界があるんですかね?)で各学年の教員が総出で学童保育のようなことをして、放課後学習会を開いています。記事にあるように10人に満たない学年の生徒に4人ほどの教員が付く体制です。
同じように特定の曜日に学年の教員総出で全ての家を家庭訪問もします。
ほかにも特筆すべき具体的なことがたくさんあると思いますが、私の属した学年の保護者が野根の文化の中でより暴力的(恫喝的というほうが正しいでしょうか)でない家庭が多かったので特別書くような具体的なことはありませんでした。
ほかの学年では生徒のたった一言の言動で保護者同士の問題が起きるかもしれないので家庭訪問をする。などという対応が繰り返されていました(いまもそうかもしれません。)。ただ、ほんとうに問題が起きるような気はしましたが・・・。それで、もし問題になれば、最終的にはその実力者さんや株を持っている人たちなどで手打ちのようなことになりかねないという話でした。(ほんとにそんなことがあるんだろうか?)
町長が室戸市議をされていたころの話ですので、少し状況は変わっているかもしれません。室戸市でも昔は羽根、吉良川なんかもそんな感じだったとも聞きましたが・・・。羽根は部落問題のからみで状況も似ているようにも聞いたように思います。私が臨時教員をしているころには羽根はどちらかというといろいろな面で優良な学校でしたが・・・。
でも、そのような野根の状況があり、それが必要だとされるので基本的に東部教育事務所管内の教員たちは野根に行きたいとは思っていません。いや、ある意味恐れています。
極小規模だから安穏としているという感じの認識は違うように思います。
ただ、「野根人事」は野根の文化を知っている管理職または非常に困難だったころを知っているベテランとどちらかと言えば不適格教員に近い人。そして単に若い教員と臨時教員。というカタチで行われているように感じます。そうそう、採用試験の面接で面接官が「昔は大変だったからねぇ。」と言われたことも懐かしい記憶でもあります。私は少し変な知識を持っていますし、珍しく社会的に重要な学習、研究を行っていたので「野根人事」の条件が整っていたかもしれません・・・。
町長がニューモへの協力を撤回されたことは大変うれしく思っていますし、選挙当時のキー局(TBS)での報道が少し野根と東洋町の文化を知ること(知らせていること)がうれしくも感じました。
町長のさまざまな取り組みが野根の文化を矯正(いまのままでいいとは思えませんし、「部落」史的な継承すべき文化とも思えません。)するスタンスで積極的であってほしいと思います。そうでなければなにをやっても食いつぶされるようなカタチになってしまうと思います。解放運動が長浜の教科書闘争のように識字運動であったことは事実だと思います。それは文化を矯正したという事実にもつながるかと思います。
あの美しい野根川とそれを生み出す雨と山、野根の文化を作る源泉でもあろうかと思いますが、ブリが獲れる大敷網ができるきれいな海。これらをなにかに利用して豊かな野根(東洋町というよりは、野根)を住民とともに作り上げられることを期待します。
野根中学校の教員たちと足を踏み入れて話をしてみてください。野根を知るベテラン教員たちの言い訳を聞いてみてください。
長文、駄文失礼しました。
投稿: now!me! | 2009年2月 7日 (土) 12時31分