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2008年12月

2008年12月31日 (水)

東洋町の十大ニュース

Neas & Letters/144

東洋町十大ニュース

今年度も東洋町はいろいろなことがありました。

この12月議会で、例の、反対のための反対に夢中になっている議員が演説(質問)するには、「なにやかにやどんどんやってもらっては困る」ほどであった。その男は町民の生活や町政については全く意に留めることはなく、ただ、町長の個人攻撃をばかり考えているのである。しかし、町長は全くの清廉潔白であり、一つの悪意ある中傷には千万言の反論が用意されていて、そのために逆に町政が如何に正しく、如何に町民の福祉の増強に寄与しているか、ますます明らかにされるのであった。

 自画自賛はこれまでにして、東洋町の主な行政上の事件をアト・ランダムに拾い上げてみよう。

ニュース1 「海の駅」始動

 何といっても快進撃を見せたのは「海の駅」であろう。その前提作業として、前執行部と結託した一部の有力者によって実効支配されていた白浜ビーチ、これを解放した。
  サーフィンで有名な生見海岸の2つの町営駐車場を含めて、利権関係の不法契約書を全て破棄し一掃した。町長の果断なこの措置に対して、その利権を取り巻く極一部の連中が、わいわい騒ぎ立てた。町長に対しては面と向かっては一言も言えないので、インターネットを利用して匿名の誹謗中傷を開始した。あたかも東洋町の行政が大混乱しているかのように。

 これに某新聞社が悪のりした。連中は長年手にしていた利権を回復するのに躍起になっていたが、町民はみんなこの実態を知っていて、町長はよくやってくれた!と快哉の声を挙げた。
  白浜ビーチを私物化していたこの連中は昨19年5月、新町長に対して「白浜ビーチに海の駅を作るというが、そんなもん作らさへんで、生見の海岸へもっていってやれ」とすごんでいたが、鎧袖一触、吹っ飛ばされたのであった。誰を相手にして脅しをかけようとしているのか、よく考えるべきだろう。

 海の駅は誰かが始めたのではない。町長が始めたのである。町長が人を集め、出店者をつのり、足らない商品は買い出しに行き、行政実務の傍ら、叱咤激励して引っ張ったのである。静かに暮らしていた町職員には気の毒であったが、これから更に気の毒なことがいっぱい起こってくるだろう。ついてこれない者は職を辞するより他にない。

ニュース2 三役のいない町役場が現出。

つい最近まで市町村役場には首長の他、助役、収入役、教育長の3役が執行部を形成していた。
今、東洋町には3役はいない。3役のいない市町村は全国的に存在しないのではないか。

①収入役は国の法律で廃止され会計管理者というものになってどこも職員が就任している。

②助役(副町長)も国の法律ではあってもなかっても構わない。それで東洋町は条例を改正してそれを廃止した。

③教育長。東洋町では新町政になってから幸か不幸か教育長が選任されていない。教育長は教育委員の互選であるが、現在3人の教育委員はいづれも互選しようとしない。
議会もなぜか欠員の教育委員の補充を否決し続けている。
やむを得ず、法令に基づいて職員を教育長代理に任命していただいて業務をやってもらっている。
何も支障は起こっていない。
収入役が廃止され、副町長もおいても置かなくても構わないとなっている、なぜ教育長のような不要な役職が残されているのか合点が行かない。三役の中でも教育長が最も不要なのである。なぜなら、教育委員会には、行政執行官として教育委員が複数おり、そのもとに、教育次長という課長クラスの職員以下が配置されている。その上になおまた教育長などという屋上屋が必要であろうか。

 東洋町には①はともかく、②③と三役不在であるが、何の支障もない。この経済効果は毎年1500万円以上の経費削減となっている。
その分、町長の責務は大きい。新町長は教育行政には特に意を払い公民館や校舎の整備、耐震診断を本格的に実行し、また保護者が負担していた教育費を町の負担とし、さらに、ここ数十年誰も見て見ぬふりをし、手をつけられなかった陋習、越境入学にも厳しい規制を加えた。
 三役のいない町は、行政改革の徹底さでは最頂点に立っていると言えるだろう。小さい町では、首長が頑張れば3役は要らない。

ニュース3  福祉事業再開

 福祉事業再開とは情けない話だが、本当のことだ。
平成18年核廃棄物導入を始めようとしていた前町長は、議会で福祉事業を「全廃」すると公言して、福祉センターの事業を十把一絡げに全部止め、その巨大な建物をがらんどうにした。町内のお年寄りを徳島の業者に投げ出したのである。
 第2次大戦以降の国家は洋の東西を問わず全て「福祉国家」だ。
 市町村自治体の存立の理由は福祉行政であることは言うをまたない。
その市町村が福祉を「全廃」すると言って放擲実行しだしたのであった。
町の社協もそれに同調していた。事業をなくした社協に対して、新町政は、補助事業費のカットを宣言した。当然のことだ。それに対して連中は猛烈に不平を鳴らした。

 補助金がほしいというならそれに見合った福祉事業を再開せよ、そうでない限り補助金は出せない、とつっぱねた。例の議員が、人件費の削減は人権問題だ、とがなり立て始めた。補助金というものは、補助事業があって初めて交付される。事業もないのに法外に高い人件費だけをどうして支払はらう義務がある?20年度当初予算書編成までは、社協は事業再開の返答をしてこなかった。そこで、3月議会の直前、町長は社協の事務局長を呼び出して、事業を再開するのかどうか、を尋ねた。やらしてください、というので、それでは事業計画書を作成して持ってこい、と指示した。もう当初予算には間に合わないから、町と社協とで補正予算で対応する、という協定を結んでやった。

 にもかかわらず議会は、社協の補助金カットを理由として当初予算を否決した。
補助事業の有無は何にも問題にせず、職員の人件費の減額を理由にしてだけのことでである。
 福祉事業は何も社協がやらないのであれば町が直営でやればいいことである。
ともかく、このようにしてやっと社協も立ち直り、東洋町の福祉事業は再開されることになった。デイサービスはかつての盛況を取り戻し、居宅サービスも回復した。そのほか、配食サービス(半額に減額)、福祉バスサービス(無料化)も進んでいった。
介護の担い手ヘルパーの資格講習もこの12月はじめに25名の第1期卒業生を出した。

 東洋町は、福祉全廃(核廃棄物導入)の町から、数年のうちに日本一の福祉行政の町に変貌するであろう。

ニュース4 入札改革
      
 特定業者に集中していた公共工事等での請負契約は全て競争入札となった。町内業者で間に合うものは町内業者間で、その他のものは一般競争入札などを入れてより適正な価格での落札を目指した。その結果、70%から80%台での落札がほとんどとなり、よほどでない限り90%台というのはあり得ない状況となった。保育園の耐震補強工事などでは激しい競争の結果予算の半分ぐらいの多額の剰余金があり、その余った予算で小さな事業をやったが、なおそれでもあまったので、さらに小さな事業をやることができた、という風に、一つの予算で3段がまえの事業展開だ。

 器具類でも、新品の見積もりをとらして、中古で良いのはないか物色し、中古市場を導入することによって物品購入でも価格破壊が行われている。

ニュース5  (株)リボルト社設立

 町内には有力な投資家もなく、雇用を拡大できる企業も存在しない。そうかといって誘致する企業もなかなか見あたらない。そこで、町が100%出資の新(株)会社を設立した。リボルト社である。

当面①海の駅の運営と
②駐車場等の管理を主軸にし、
③ゴミの収集、斎場の運営など町の委託業務
を受注し、④また、町へ派遣社員の業務を遂行している。

①海の駅は4000万円の売り上げをし、②は1500万円ほどを売り上げ、③④は2千万円ほどの実績を上げる予定である。
リボルト社は町の失業対策事業の受け皿となり、更に新規事業の推進機関として発展するだろう。

 新規事業としては、農耕隊、材木伐採・製材隊、食品加工隊の3部門を設置し、失業者を吸収しつつ新しい産業を立ち上げていくつもりだ。自然は豊かで人材もある。どんどん、どんどん事業を推進していこう。

ニュース6 町会議員リコール請求

 田島毅三夫議員へのリコールの声が高まり、本年3月から4月にかけてリコール署名運動が展開された。法定の署名数を上回る署名簿が提出された。

 同議員の無茶苦茶な言動、町政の改革にことごとく反対し妨害行動をとることに対して、同議員を議員に担ぎ上げた有権者を中心にして議員リコール運動が起こったのであった。
 リコール請求代表者の中に農業委員が入っていたということを理由にして町選管はこの署名簿全部を無効と決定した。選管のいう理由には何ら法令上の根拠はなく、不当なものであるが、現在無効か有効かで裁判中である。なお、選管のこの無効決定には、その手続きにおいて、信じられないような強引な無法行為(例えば選管委員会を非公開で秘密裏に庁外で行われていた等)が行われていて、その責任をとって総務課長が退職した。

ニュース7  教育行政の改革

 東洋町の教育については大きな問題があった。

越境入学だ。誰もこれをまともに取り上げなかった。ほとんど黙認状態で、ために野根の小中学校が廃校寸前にまで追い込まれていた。普通学級がとれず複式だ。学区制は義務教育が制定されてから全国的に守られてきた。明治以来侍の子も金持ちも貧民の子もみんな同じ学校で学ぶというのが近代日本の大原則だ。この原則が東洋町では平然と踏みにじられてきた。しかも公務員が率先してこれを破っていたのだ。

 新町政では大喝一声これを不法として徹底的に問題にした。県教委に訴えたが知らぬ存ぜぬと言う返事が返ってきた。
学校の校舎など環境の整備もほとんど進んでなく、錆るまま、雨漏るまま放置されていた。
耐震診断の進展も県下最下位クラスであった。
一挙に事業費をつけて解消した。

 学校の図書も貧弱であったので倍増した。町の図書館も何の予算措置もなかったので100万円規模の事業費をつけた。校長先生には、これからは父母や保護者に教育費を請求しないでくれ、教育費は町長に請求書を回すようにといってその分を予算化した。町史も無いので町史編纂委員会を立ち上げて資料収集に取りかかった。また、小中学生に食育費として助成金を出すようにした。

 しかし、CRTとかいう県下小中学校で強制されている業者学力テストについては、これを無用無駄として予算化からはずした。かつて旧文部省は数回に渡って学校で業者テストをしてはいけないという通達を出していた。県教委の業者テストの強制は文部省通達(県教委もかつて同じ通達を市町村教委に出していた)違反であるからだ。

 児童生徒の基礎学力の保証や高学力の保証はこれからだ。それは余裕が出来たら町長自身が直接子供達と一緒に勉強することによって達成されるであろう。東洋町には教育長はいないけれど、教育行政は飛躍的に進展している。
 
ニュース8 活魚施設補助金返還

 中には、残念なニュースもある。
平成のはじめに隣市にならって2億円近い豪華な畜養施設をつくったのはいいが、私の推定では、はじめからこれを稼働させる予定はなかったのであろう。補助金をもらうために空虚な計画をたてただけだ。その補助事業でたらふく儲かる業者達とそれに群がる連中の姿が浮かび上がる。町も漁協もすぐに施設を放擲し、20年近い忘却の彼方に追いやった。施設はさび付いて無価値となった。

 それがどういう訳か会計検査院の耳に達し、突然の現地調査となった。必然的に4200万円の補助金の不当が認定された。この経緯を知っているのはごく一部の人間である。これも私の推定だが、多分この架空の事業を立ち上げた連中が、今度は、その事業の不稼働をお上に通報したのであろう。幾重にも町や国に損害をかけてテンとして恥じない連中である

 県庁。東洋町だけではなく各地にこの事業を仲介した。次々に不稼働になった。この長年何にも指導せず、指摘もせず、施設を腐らせ、市町村の損害を野放しにしてきた。
 国と県との間の、この無駄な肥腹体の中間項。

 私が、会計検査院の指摘の通知を受け、この施設に会検が入り、これが不稼働で補助金が無駄になっておると指摘され、そのため町が巨額の返還金の義務を負うおそれがあると町民や議会に知らせると、そんなことを公表すべきではない等と言ってきた。公表しなかったら返還金をば免除でもしてくれるというのか。

 問題はこの4200万円の返還金をどこから誰が支払うのかだ。①町のわずかな積立金を崩すのか、②職員の給料の10%をカットするのか、③町の財産を売るのか、それとも、④福祉や教育の予算を削減するのか。

ニュース9 町総合計画作成

 東洋町には平成5年に作成した10カ年の総合計画があるのみで、法律で定められていた行政の指針が不在であった。美しい自然を守り、福祉豊かな町をつくるという総合計画を破棄して、福祉全滅、核廃棄物・放射能歓迎の行政を推し進めていた。
核廃棄物と共に行政不在10数年の前町政も一掃された。利権にまみれ、業者の酒食に慣れ親しみ、無為無策の過去の行政は終わった。

 今回の総合計画は何一つ夢物語は載せていない。全て言に実行しつつあるか、まもなく取りかかろうという計画ばかりである。
 福祉と教育を充実し、産業を復興する。そのために徹底的に行財政改革を断行する。というものだ。
 財政は、住民の生活のための資金の確保が優先であり、役場の経費はその残りでやりくりするという民尊官卑に逆転された。
人々は、日本列島の一角に人民革命政権が誕生したと言うことを思い知る必要がある。この資本主義の支配する世の中で革命とはおこがましいが、その心意気だけはくんでもらいたい。

 年寄りや子供や貧しい人たちが行政施策の優先的対象となり、それを支える働く人民の政権なのである。その政権がこの10年間の実行計画ができあがったのである。元大学教授(農学博士)で現大阪府総合計画審議委員がこれを見て絶賛してくれたものだ。

ニュース10 緑風会用地買収同意

 東洋町の行政財産であり、旧室戸高校のグラウンドであった1000坪余の用地に徳島県の業者の建物が建っていて、介護事業などが営まれている。
その土地は無償で貸与されていた。

 行政財産に堅固な民間の建物を建てることは許されていない。行政財産はその行政の使用目的に応じて利用されねばならず、その一部でも民間に貸与する場合でも厳しい制限がある。東洋町の場合グラウンド全部を無償貸与したのである。違法もはなはだしい。しかも契約書には平成23年4月に建物を撤去して原状に復するというものであるが、3億円もの建物を撤去できるはずはなく、そのつもりもないであろう。新町政は、緑風会と会談し、この土地を緑風会が坪6万円で買い取ることを約束させた。東洋町の福祉全廃政策は、この県外業者緑風会への福祉丸投げの政策と一体となっていた。

 社会福祉法人として緑風会は徳島でそれなりに有名で実績があるが、東洋町としてはこれに福祉事業を全部負担させるわけにはいかない。

   その他の東洋町重要ニュース

*蜂騒動 町長ら蜂退治に100回出動

*町史編纂事業始まる

*ミニオリンピアード開催

*駐車場割引券大量(全体の7割)紛失判明

*保育助成金・月3000円の支給

*補助金・給付金等を商品券にし、町の商圏防衛を開始

*町営住宅修繕費激減(前年の3分の1に)

*水道料金正常化(37%増額)

*エコ石鹸配布、EM菌を培養し散布開始

*エコ浄化爆弾散布(鉄粉と炭粉を廃油で固形化)

*地デジテレビ再送信がダメ町長が関西方面の電波の受信を頼んだが、RK 
Cは断然否定的回答

*町が、前観光協会会長小松煕氏へ駐車場料金など多額の請求書送付

*野根・甲浦支所廃止、事務の宅配サービス開始

*町長専用車廃止等、乗用車の代わりに自動二輪車導入

*南山利権事件に議会が賛同 東洋町長が架空利権請求を拒否

*生ゴミ処理機を導入(生ゴミを堆肥化)

   等々・・・・・
   五社神社の伝統の祭りが復活など 
   民間のニュースは別である。

   高知新聞が最近載せた東洋町の十大ニュー
   スと比較してみるとおもしろいでしょう。

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2008年12月21日 (日)

核禁止宣言決議案について 12月定例議会

Nees & Letters/143

東洋町平成20年12月議会

今議会で、例の議員が「核廃棄物等永久持ち込み禁止宣言の町東洋町」宣言決議案を議会にかけてきた。大方の反対で否決された。
核廃棄物反対で議会は一致しているはずなのに否決されたということに一般の人には奇異に感ぜられた人もいるかもしれない。
しかし、私はそうは思わない。宣言決議案の内容と提起した人物に問題があるからだ。

決議案の内容の問題点

①高レベル放射性廃棄物の騒動では、「住民・議会への説明も協議もなく、町内住民及び周辺地域の大多数の反対を無視して前町長が独断で応募した。」というが、住民や議会に説明もあり、協議もあった。地区での説明会もあり、団体への説明もあった。議会とは一緒になって勉強会まで重ねてきている。町の職員も説明を受けているし、庁議でも議題にあがっている。
今回の宣言決議文の内容に虚偽があるのだ。
前町長が独断で応募したというが、この宣言決議文を提起した議員も含め、多くの有力者の賛同を得て立地調査の応募をしている。前町長応募の1か月前の東洋町12月議会で、この議員は核施設導入の立地調査を受け入れて、それでもらう金で地域振興が出来る、なぜどんどん進めないのだという趣旨の演説をやっていた。
独断で応募した、と前町長を非難出来るのは何も知らなかった住民達や周辺の人々であって、議会や町役場ではない。

②「未だにその後遺症は住民の心に深い傷跡を残している」という。あの騒動のことは忘れようにも忘れられないだろう。しかし、その事を根に持っている人はごく少数だ。ほとんどの者は反対、賛成について今は何も感じていない。核受入賛成勢力と思われた人とも私は気軽に話をしている。

あの騒動以後、問題になっていたのは、そんなことではない。新町長になって町政が思うように出来ると思っていた一部の者が、その当てがはずれて失落したこと、新町政でどんどん改革や新事業を進める中で、今まで町政に権益を張っていたものがその権益を剥奪されたこと、そういう勢力がばたばたと金切り声を上げてうごめいていた、そのことである。
それは何も外だけではなく、庁内においても同様だ。自由勝手にやっていたことは、もう出来なくなった。例えば、30万円以下の物品の購入や工事契約は課長の決裁で自由にやっていた。今は一切そんなことは認めていない。一銭でも支出すること、契約するものは全て町長の決裁が必要だ。見積もりをとらず特定業者に発注することは禁止された。
重大な問題、非違行為、懈怠を起こせば懲戒処分にかけられる。当然のことだ。

そういうことで、不都合を働いてきた連中は非をならしぶうぶういって外部腐敗勢力に頼って町長に迫ってきたりしていた。
もはや、そういうこそくな連中の思惑が生息できるような役場ではない。
役場は今ほとんど静かになり、職員は走り回って多くの仕事に追われている。
その例の男は議会で「町長はどんどん、どんどん事業を進めている」といって非難する(こんなことが非難の理由になるのである)が、これくらいのことで悲鳴を上げていたのでは町の改革も百年河清を待つようなものだ。私をよく知らないのであろう。
善は急げだ。住民達は善政を待ちくたびれているのだ。私は、どんどん事業を進める。

いずれにしても、今回の核禁止宣言決議案は提案したその男のアリバイ工作であり、自己の核推進加担の歴史的事実を抹消しようとする企てだった。
その魂胆がみえすいたいるから、否決されるのは当然であろう。

水道(簡易水道)料金は値上げをした。今の状態では1億円の費用に対して3500万円しか料金収入がとれない。
後の不足分は一般会計から繰り入れで補填している。この水道特別会計の実態も実をいえばごまかされてきた。すなわち前々は、粉飾予算が作られていたのである。100%徴収してもそんなにも収入があり得ないのに収入を数千万円分誇大にふくらませて偽装していた。下水道会計もそうだ。
新町政は、もうそんな粉飾はしてはいけない、住民や議会に本当のことを報告すべきだ、といって、赤裸々に実態を明らかにしたうえで、そうして料金改定の必要性を訴えたのであった。

一定割合の一般会計補填は許されるが、それを超える過剰な繰り入れは地方公営企業法ではみとめられていない。福祉や教育、失業対策、産業復興などで一般会計も金が足らないのだ。近隣の水道料金に比べ半分位の料金はあまりに低すぎる。

例の議員は、水道料金の改定にも反対を唱える。反対するのはいい、だが反対するのにも根拠必要だ。別の財源を構えて対案を示さなければならない。住民が反対しようが、誰が反対しようが、収入不足はどうするのだ。公債費や修繕費、人件費などの支出には何も問題はない。国民が反対だからといって税金を徴収しないわけにはいかないだろう。むしろ議員が住民を説得にまわる必要があるのである。反対するのであれば経費節減や財源を具体的に指し示すなどして、根拠のある主張をしなければ無責任というべきだ。

住民の生活が苦しいから、今上げるべきでないという。そこまで住民のことを考えるのであれば、ではどうして、今の時点で、昔の南山利権事件を持ち出して、町には何の関係も債務もないのに4000万円をある個人に払えと迫るのだ。それは町への無理難題事件でとっくの昔に裁判で決着がついている事件なのである。消えていた架空の利権を復活して町に対して公金の支出を迫るのである。
このような無茶苦茶な論理が議会で論議されるというのは不思議だ。

今議会には、他にまともな質問がいっぱいあり、町長が考えている方針を疎明する機会が与えられたことは大変ありがたかった。

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知事との住民懇談会

News & letters/142

昨日平成20年12月20日、東洋町に尾崎知事がやってきました。知事自らから地域産業復興、県勢浮上のプランが説明されました。
住民(町会議員、町長・町幹部)の外に、地元選出の県会議員、県庁幹部も出席しました。鳴り物入りの感じですが、町民一般の関心は余り高くなく、県道や野根川などの陳情団などが少し出席しただけでした。末端地域では県の影は薄いのであろう。

アクションプランで前のブログにも述べたとおり、問題なのはそのプランを誰が実行するのか、である。
ある議員らは人材がいない、人材をよこしてくれ、人材の予算をつけろ、などという。

しかし、他ならぬ人材の件で人をあてにしたり、四方八方探したりしてもどうにもなまい。
東洋町は、極端に青壮年が少ない、人口の半数が年老いてしまった町ではある。東洋町は高知県の縮図だ。県全体も同じである。

だが、人材がいないわけではない。むしろ相当たくさんな人材がいる。県庁や市町村役場・議会には数千・数万人の人材がいる。これらの勢力が高知県の生産力にどれだけ貢献しているのであろうか。

回答:ほとんどゼロだ。

消費面では大きな要素だが、莫大な人件費を費消しながら、生産的には何の価値も生み出していないというべきだ。不労の民とはいわないが、城下町の城侍のように、高禄をはみそれを使うことにはいそしいが、イモ一つ米一粒も生産しない。
むしろそのようなものを生産する活動を嫌忌するが故に県庁や役場職員になったのかも知れない。

外敵が海や山や川に侵入してきているのに、何千という元気な兵隊は城に集まって作戦計画や命令書作りに忙しく、絶え間なくそれらを県民に通信し、しかもほとんどの糧食を倉にしまい込んでいる。
他方、前線には老残兵のような栄養失調の農民兵が武器弾薬もなく空手空拳で敵と対峙している。

高知県は今こういう状況だ。
県民を兵卒に仕立て、ただ命令したり講釈したり、高禄をもらう位階勲章をいっぱい粉飾した司令官のような人ばかりだ。
司令官である県知事が突撃ラッパを鳴らしても県庁の兵隊は寸歩も動かない。知事気取りで同じようにラッパをこだまさせているだけだ。

そして人材がいない、産業を担う人作りだ、と右往左往している。
議員も同じだ。ああすべきだ、こうすべきだと講釈は一人前だ。自分らが、城を出て産業復興の戦線で戦う戦士だということにはついぞ思い至らないのである。
産業復興のために公務員が率先垂範しなければならない。公務員が魚をさばき、イモを掘り、種をまいて何が悪かろう。自分の俸禄の基盤である領土、ふるさとの山河を守るのは、誰なのだ。
年老いていようが若かろうが、男でも女でも、手にものを持ち、城の外に出て外敵と戦わねばならない。

   紅顔可憐の美少年

   死をもて守るこの山河

   滝沢口の決戦に

   降らす白刃の白虎隊

会津の少年達も炎上する若松城を見ながらふるさと防衛戦で、戦って死んだ。
明治維新もそうだ。当時の公務員ともいうべき侍達が回天の偉業を遂行するために血路を開いて戦った。しかも秩禄処分によって先祖伝来の自らの家産的俸禄を断ち切った。

ナチスやファシストと戦ったパルチザンも、日本の侵略と戦った中国や朝鮮の抗日戦線の兵士もみんな同じだ。人民の盾となって闘いの先頭に立ったのはインテリゲンチャだ。

(イタリアパルチザンの歌)

 ある朝 目覚めて 
   さらば さらば 恋人よ  
 目覚めて 吾は見ぬ
   攻め入る敵を
     
 吾をも 連れ行け
   さらば さらば 恋人よ
 連れ行け パルチザンよ
   やがて 死す身を

 いくさに 果てなば 
   さらば さらば 恋人よ
 いくさに 果てなば 
   山に 埋めてや
 
 埋めてや かの山に
   さらば さらば 恋人よ
 埋めてや かの山に
   花咲く 下に

 道行く 人々
   さらば さらば 恋人よ
 道行く 人々
   その花 愛(め)でん

洋の東西を問わず、祖国を守り、ふるさとを守るためには、家族とも恋人とも生別死別を兼ねたのであった。

今、県庁をはじめ県下の公務員達は、疲弊した県民にだけ、戦線に立て、戦って死ねというべきか。

例えば、東洋町の「海の駅」200台もの広大な駐車場、豪華なトイレのある白浜ビーチ。県の施設だ。夏には海水浴客であふれているところだ。
これまで多くの住民は徳島県境を越えて隣町のスーパーに買い物に行っていた。ために、商店街は見る影もなく寂れきっていた。

どうしてその白浜ビーチに物産店を開かなかったのだ。利権がらみでその施設全体が押さえられていたのだ。新町長は、直ちにこの利権を排除し、「海の駅」の設営のために国や県に動き出した。そして町民に呼びかけ説明会を各地で開いた。反対するものや嘲笑するものさえいた。議会では「暴挙だ」といって非難するもいた。その男は繰り返し繰り返し攻撃をかけている。

そういう中、出店者を募り、自ら商品を集めて開店にこぎつけた。誰かに音頭をとらせ、だれかに任せるではいけないのだ。公務員自らが発案し、呼びかけ、人を集め、おれがやる、おれについてこい、といって道を切り開くのでなければならない。人材が払底しているのだ。こういう場合は町長や職員が自らなすべきことをなさねばならない。
軌道に乗ったら引っ込んで次の事業にとりかかるのだ。

新しい知事は、産業復興に一生懸命になっている。
非常にさわやかだ。藩政改革のような予感がする。
しかし、知事はこんな事実を知っているだろうか。

東洋町の「海の駅」の新装建築については県もその意義を認め県のアクションプランにも盛り込んだ。1500万円の補助金も県の計画資料に明記された。
ところで急なことだが、麻生政府の臨時の経済政策で全国の市町村に数千万円単位の交付金が下りてくることになった。東洋町もそのおこぼれに預かり1270万円ほどが交付されることが決まった。すぐにその使途について計画書を政府に送らなければならない。
緊急のことであったので東洋町はその交付金も「海の駅」の新築に使うということにした。うれしいことだ。国と県の金を合わせると、町の出し前はほとんどいらないことになる。大変助かる。

ところが、県庁の担当職員らが東洋町へやってきて、悲しいことになってきた。国からお金をもらっている事業には県は補助金は出せない、補助要綱にそう書いてあると言いすてて、帰ったのである。

泣きべそを掻いてわが産建課長がその事を私に報告に来た。私は直ちに県庁に対し、県の補助金の予算は十分残っておるのに、国の臨時の交付金を理由に、これを断ち切るのか。これは東洋町だけのことではないぞ。県は、企画振興担当課だけではなく、財政課も含め、こんなやり方で良いのか検討しろ、と厳重に申し入れた。数日後、県の補助金は出しますという回答が届いた。

県知事は産業復興の突撃ラッパを県庁内にとどろき渡らせているが、その配下のものどもは、地域の産業復興の進行中の計画さえこれを扼殺する方で働いていたのである。

昨日の県知事との懇談会で、地元選出の議員も来て立派な講釈をしてくださった。東洋町「海の駅」には年末までにはやがて5万人の来客で賑わうことになるが、その議員はその5万人の数の中に入っているという話はついぞ聞いたことはない。地域支援員も、知事がいう地産地消の最大の拠点であるこの施設に何ほどの関心があるのであろうか、何の関与もしていない。

講釈や命令などはもう結構だ。畑に来て芋掘りでもみかんちぎりでも、生産活動に参加したらどうだ。
公務員諸君は、だらだらと予算執行を延引させ一年を気楽に過ごすことを考えることを止めて、半年で主要な執行を完遂し、後の半年は野や山に出て働こうじゃないか。土曜・日曜だけではなく、たっぷりある年休等の休暇を有効に使い、県勢浮上の諸事業を起こし、これに参加すべきではないか。

健康上良くない貴族的生活を止めて、精神労働と肉体労働の合一した人間的な生活を開始しようではないか。

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2008年12月18日 (木)

高知県知事に対する要望書

News & Letters/141

低レベル放射性廃棄物の高知県導入に反対する申入書

                            平成20年12月17日
高知県知事 殿
                               東洋町長 澤山 保太郎

既にご存じのように東洋町は平成19年4月に高レベル放射性廃棄物の受入を拒否し、続いて5月に全ての核廃棄物を町に導入しないという条例を制定しています。
その立場から、今回大月町で問題になっている低レベル核廃棄物についても、これを高知県に運び込まないよう要請するところであります。

高レベル放射性廃棄物と指定されている一部の核廃棄物以外は全て低レベル核廃棄物とされ、その中には高レベルと見なされるものも多数含まれているということであります。
たとえ低レベルであっても生命体には猛毒であることには変わりはありません。

こうした核廃棄物を安全に数百年数千年に亘って保管することは誰も保証する事は出来ないと思います。通常安定的保管を期することにも不安がある上に、一旦地震や津波など自然災害や人為的事故が発生したときには、漏洩する放射能を防ぐことは困難であり、さらにこれを修復するとなるとほとんど不可能と考えられます。高知県や愛媛県、四国中の人が住む広い範囲で放射能汚染地帯が放置され、人が永続的に避難しなければならないということが想定されます。

原発によるエネルギーは、地球温暖化に寄与しないばかりか、チェルノブイリのように地球を放射能汚染にさらす結果となります。

どうか、高知県に、低レベル、高レベルを問わず、全ての原子力産業関係の核燃料とその関連廃棄物は導入しないよう伏してお願い申し上げます。
核廃棄物を巡って醜い騒動が二度と高知県下に起こらないように未然に防いでもらいたいと思うのであります。

木質バイオや太陽光発電、風力発電などクリーンなエネルギーこそ高知県には相応しく、その政策に向かって私たちは全力を挙げて取り組む必要があると考えます。
どうか、一切の核廃棄物は断固として認めない、という方策を明確にしていただきたいと希望します。

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2008年12月17日 (水)

県への要請 大月町低レベル放射性廃棄物問題

News & Letters/140

県知事に対して、東洋町長は大月町の低レベル放射性廃棄物導入について反対の申入書を送りました。

この際県知事の断固たる拒絶宣言で今後の核廃棄物についての画策の息の根を止める必要があります。

PDFファイルに「低レベル放射性廃棄物の高知県導入に反対する陳情書」があります。

「moushiire.pdf」をダウンロード

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2008年12月13日 (土)

大月町低レベル放射性廃棄物問題

News & Letters/139

12月12日の高知新聞等の報道によると、
大月町議会に、低レベル放射性廃棄物を受け入れようと言う住民の動きがある、議会に陳情書が出され、議会が常任委員会で審議するということになった。

1、東洋町及び東洋町民としては、他町の事とはいえ、高知県土に核廃棄物が導入されることについては肯んじない。

2、高レベルも低レベルも人間にとっても生物にとっても猛毒であることには変わりない。
地下に埋蔵して安全であると言うところは日本国中どこにもない。
まして、風光明媚の観光地で、漁業や農林業で暮らしを立てている宿毛湾周辺の住民にとっては極めて迷惑で危険きわまりなく、核廃棄物以外の産業は壊滅状態となる。

3、この企ては、医療用とか何とかというが、その廃棄物の中核は産業用のもので、日本を滅亡に導く原子力産業の基盤整備事業の一環であり、やがて、高知県を低・高各種レベルの核廃棄物の集積地とする野望を内包している。
津野、といい東洋町といい、また大月といい、県土を世界的な核廃根拠地としようとするその野望の出るところは一つである。

4、こんな重大事を一つの町の役場執行部や議会の一存で決めてもらっては困る。県民全体の慎重なる討議と一致した同意(滅亡への同意)を必要とする。

5、行財政改革の怠慢・失敗の人為的な付けをこのような形で解決しようというのは極めてこそくであり、まともに行政が出来ないなら、他の人に交替するべきだ。少ないとはいえ相当な交付金をもらっていながら、やっていけないはずはない。
2年前には、予算が組めないほど行き詰まっている、等とウソを言って高レベル核廃棄物を導入しようとした東洋町。
今、東洋町は、貧乏だが、日本全国でもやれないような福祉や教育行政をやりつつある。

80歳以上のお年寄りの、また幼児・小中学生全員の医療費無料も来年度予算で計画中だ。
虚言を弄して核廃棄物行政をやってもらっては困る。そのような行政施策を収容する廃棄物の地下埋蔵施設をこそ作るべきだ。

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2008年12月 7日 (日)

東洋町選挙管理委員会の責任

News & Letters/138

一昨日、リコール署名簿無効についての選管の決定に対する取消訴訟の判決(高知地裁)があったことは既に報じられたとおりである。
その判決の行政事務上の意味について、関係者が少しも自覚していない様子であり(山岡七三十四選管委員長の記者談話では「ほっとした」と発表されている)、また、マスコミもその視点での考察がまるでないので一言しておく。

続リコール裁判の末尾に私が簡単にコメント(付言)したように、この判決はほかならぬ町選管の職務上の瑕疵をみとめたものである。
資格のない農業委員に請求代表者としての資格証明書を発行した、その資格証明書に基づいて住民が署名収集を行った、という一連の事実が間違いだったという判定が出たのである。

請求代表者の資格審査をし、資格証明書を発行したのは町選管だった。
選管は、瑕疵があった、間違っていたから無効だ、と胸を張って主張し続けた。自分らがやった失敗については謝罪もせず、反省もせずに。
町長は、請求代表者の資格証明における選管や町側の瑕疵はなかった、と主張してきた。

法令に照らしても農業委員が直接請求の代表者になっても構わない、と主張してきたのである。

行政実例でも、他の直接請求は別として、解職請求における請求代表者の資格証明の選管側の主要な任務(審査)はその者が公務員であるかどうか、である、とされている。行政実例は公務員は請求代表者になれないという立場をとっているから当然資格審査を重視している。

今度の判決には「瑕疵」があったとしか明示されていないが、仮に地裁判決が正しいとして行政事務上において起こったこの「瑕疵」はそれでは誰が犯したものかが問われてくる。
住民側の自己責任といえるだろうか。
仮に住民側に責任があったとしても、法令に資格審査を義務づけられている行政側の責任は免れない。

しかし、地自法・令ではこの資格審査については、有権者であるかどうかを確認せよとしか書かれていない。なぜなら、法令では公務員は直接請求の代表者になれないという前提が存在しないからである。法令では有権者であれば誰でも請求代表者になれる、という規定があり、ただ、解職投票段階になれば選挙と同一の事務が必要なので公務員を排除すると制限規定をおいているだけなのである。

最高裁判例や高知地裁の判決文のとおり、農業委員など非常勤の公務員や公務員そのものを請求代表者から排除するということであれば、資格審査は厳格でなければならない。単にその地に住居を有する有権者であるか、という確認で済むわけにはいかない。公務員を請求代表者として認めないという立場に立つ行政実例(例えば昭和32年11月9日自治省)が言うとおり、「主として公務員であるかどうか」などその者の職業に至るまで調査する義務が設定される。「調査の方法としては、直接、代表者本人について調査するほか、その者の登録されている選挙人名簿の属する市町村その他の関係市町村若しくはその機関又はその者の勤務先に対する照合等、必要に応じて適宜の方法をとるべきである。」と回答されているとおりだ。

公務員を排除するというのだから、市町村役場や、農業委員会や教育委員会などの機関にも照合することが義務づけられると言うのは合理的な義務だ。
選管がその任務を怠たり、農業委員に解職請求代表者資格証明を発行したという重大な「瑕疵」はここで当然問題となる。

選管側は、そこまで審査をする義務は法令で定められていない、法令では有権者かどうかの確認で良いことになっている、と主張しても、その法令は、もともと公務員排除を予定していないものなのである。
一方では、法令を拡大解釈してまで、公務員を排除し、他方では、自己の責任を免れるために公務員排除をしていない元の法令に拠ろうという。
審査の責務も、解釈拡大した「法令」の範囲で拡大しなければ、つじつまが合わないというものだ。

逆に言えば、公務員かどうかについては選管に審査の義務がないという法令の規定があるのであれば、もともと請求代表者に公務員は排除されてはいなかったという法令の趣旨に立ち返るべきであろう。
いずれにしてもこの裁判は最高裁にかからずんぱあらず、ということになる。
しかし、高知地裁の判決の結果は選管の行政実務に関わったものに重大な責任を突きつけていることを知らなければならない。

取消の今回の裁判の外に、東洋町選管は、リコール請求者から国家賠償法に基づく巨額の損害賠償の裁判をされている。
選管のミス(瑕疵)である農業委員を含む間違った資格証明書を受けて無駄な署名運動をした、その損害を支払えと言うものである。
今回の判決でその間違い・「瑕疵」が認定された。

「ほっとした」という選管委員長の錯乱した心情はどっからでてきたのか。選管の責任を感じた心情ではなく、リコールされる議員と同じ心情を吐露したというべきであろう。まさに ご乱心 であり、
 方寸錯乱如何ぞや  である。

そのほかにも今回のリコールを巡る東洋町選管の手続き上の異常・違法さは驚くべきものがあり、国賠法の現在係争中の裁判で暴露されつつある。
裁判所は知らず、今後、行政上のその責任は別途に厳正に追求されるべきだろう。

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2008年12月 5日 (金)

判決文

リコール裁判の判決が出ました。

News & Letters/137

地裁レベルでは最高裁の判例を覆すことは到底不可能であった。
ただ、この判決文は、これ類似の事件の判決文では最低レベルのもので、大人の作文とは思われない。
肝心の所を紹介する。

「地方議会議員の解職請求手続きは、解職請求と解職投票の2つの手続きから成るものであるが、有効な署名が収集されて解職請求が行われれば、当然に解職投票が行われるもので、解職請求手続きの瑕疵は解職投票にも影響することになるから、手続き適正の要請は、解職投票手続きのみならず解職請求手続きにも及ぶというべきであって、地方自治法が解職請求手続きについてのみ公職選挙法の関係規定の準用を規定したと解釈することはできない。」という。

コメント:
1、この男は裁判の趣旨が全く分かっていない。
2、地自法など法令を満足に理解する能力がない。
3、国語力がほとんどない。
4、常識が欠如している。

例えば、「手続き適正の要請は、解職投票のみならず、解職請求手続きにも及ぶというべきであって、・・・」というが、誰も解職請求の手続きは適正でなくてもいい、等と主張しているわけではない。

どの段階でも手続きは適正でなければならないことはいうまでもないことだ。
問題は解職請求の請求と投票の「2つの手続」(直接請求の法令の規定では2つの手続に分かれている、という認識はかろうじて持つに到ったと見える)について法令は別々の規定をおいている、公選法の準用規定は明文でもって、投票(住民投票)段階に限局されているという事実を裁判所が直視するかどうか、ということだ。

解職・解散請求段階の規定については地方自治法や施行令においていくつもの条項で準用する法令(それは地方自治法の条例制定請求の各規定を準用するということが明記されている)が定められている。2つの段階に適用準用される法令は判然と区別されているのである。これは直接請求に関する各種の解説書で指摘されているのである。
「解職請求手続の瑕疵」というが、この瑕疵が何なのかはっきりすべきだ。
地自令115条の読替規定をあげているが、この規定は投票段階の規定だと明記されているのである。
判決文はこの投票段階の規定を請求段階にまで拡張解釈する合理的な根拠を示すべきであった。

その根拠として出したのは、上の判決文に見るとおり、

①適正手続きは請求にも投票にも及ぶ、とか、

②請求手続きの瑕疵が投票にも影響する、
からというのであるが、
①は何の話かさっぱり分からないし、手続きが適正でないといけない、というのは何でもそういえることだ。誰も手続きの一部でも適正でなくても構わない、等と主張しているわけではない。
②も当たり前の話だが、「瑕疵」とは何のことか分 
 からない。法令の明文規定に違反したというので 
 はなく、法令の規定を他の分野にまで拡大解釈し 
 なかったという「瑕疵」のことか。

普通の人に、この裁判官のような拡大解釈の芸当が出来るわけはない。普通の国民は、文字に書かれた文章に基づいて法令を解釈する。

直接請求における署名収集などの請求段階の行為を規制する法令と、その請求に基づく住民投票の段階の準用法令とは確然と区別されているが、また、そうでなければならない。なぜなら、公選法を署名運動などの請求段階に適用すれば、戸別訪問や署名集め自体が不可能になり、直接請求が出来なくなるからである。

いうまでもなく、公選法は戸別訪問や署名集めを厳しく禁止している。この禁止規定を署名集めに適用するとなるとどういう事になるか、想像できないのであろう。
この裁判官はこういう世間の実情を知らないのではないか。公職選挙法を署名集めの段階にまで適用するなどという途方もないことを平然というほど愚かなことはあるまい。
一方、直接請求の住民投票の行為を規制するのには、公選法を準用するのはもっともなことだ。

それはもはやリコール請求者の手を離れて選管が住民の判断を求めるという行為であり、直接請求の主体と行為の内容が請求段階と全く相違するからであり、選挙と同じ扱いとする理由がある。だから、法令は例外なく公選法の準用を「投票」段階と明記して規定しているのである。

その法令の規定が読めないとすれば、字が読めないのか、それとも、予断か何か別の思惑があって重要な字句を故意に読まないようにしているか、いづれかだ。
舞台は最高裁で決着となる模様だ。

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本日のリコール裁判へのアッピール

本日のリコール裁判へのアッピール

News &Letters/136

本日の東洋町議員解職請求の意義について

昨日来、東洋町住民による町会議員解職請求の重要性を指摘してきたが、もう一度その重大性について取り上げる。

この裁判の争点は、

第1には、現行法令で何ら制限されていない公務員の直接請求権を正しくみとめるかどうか。
公務員関係法令や公選法で公務員の政治活動は相当制禁されているが、リコールを含む直接請求権については、明文では禁止されていない。
リコールの最終段階で住民投票となる場合にだけ公選法の準用があるとしか規定されていないから、請求行為そのものは、合法である。
有権者全てに直接請求権があるとの法律の規定が文字通り認められなければならない。

第2に、国法である地方自治法で認められている直接請求という参政権を政府の命令書にすぎない政令(施行令)で制限を加えることが出来るのか、それは憲法違反ではないか。

国民にとってはこの第2点が特に重要であろう。
国会の審議に基づいて適法に成立した国法を時の政府の政令で自由に改変することが出来るとすれば、国民の法的権利、政治活動や経済活動、生活全般が直ちに危殆に瀕する。
政令は当然、法律の範囲で、または、その趣旨で法律の委託に基づいて定められねばならない。
例えば普通選挙権は一定の年齢以上の全ての国民に認められるという国法を作って、実際の投票にはそれは男子に限る、というような政令での権利制限をすることが出来るであろうか。そんなことは到底許されないだろう。

昔を遡ればそのようなことはしょっちゅう行われた。明治憲法の下でも、正規の法律を超えて政府の命令(勅令など)でどんどん国民の権利は制限され侵害された。
例えば昭和17年の戦時刑事特別法。警察段階での被疑者の供述は明治憲法下の旧刑事訴訟法でも証拠としてはみとめられていなかったものを、この特別法の導入で裁判で証拠としてみとめることとした。それ以来今でも、日本の被疑者達は自白強要の責め苦にあい、無実の者も獄舎で呻吟せねばならなくなった。

古代の律令もそうだ。
官庁の各部局そのものがそこの収入ごと、特定氏族によって横領・世襲され(これを官司請負制という)、正規の律令は存在しても、令集解のとおり見る影もなく換骨奪胎され、そうして古代律令制は崩壊した。

古代律令制が崩壊することは歴史の進展であろうが、勅令や令集解のように政令でもって現代の民主的な法秩序、民主主義体制の崩壊は許されない。

東洋町の住民の訴えは、

今回のリコール請求は、
地方自治法やその施行令をどのように見ても違反するところはなく、正当な権利行使として認められねばならないのに、政令の歪曲的拡大解釈でそれを認めないというのはおかしいではないか、
その政令を笠にかけ、国法によって認められている権利を制限し直接請求の門戸を閉じるのは、憲法違反であり、さらには、戦前勅令を乱発して国法を踏みにじったファシスト体制に日本の民主国体を逆転させるのではないか、というものである。

この裁判を、町内でひんしゅくを買っている1議員の身分上の問題に矮小化してはならない、ということである。

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2008年12月 4日 (木)

リコール裁判の第一審判決

News & Letters/135

  リコール裁判の第1審判決
     最高裁判例が覆るか

明日、平成20年12月5日午後1時10分高知地裁において東洋町町会議員の解職請求(リコール)に関する裁判の判決が下される。
この判決は極めて重要で、昭和29年の最高裁判例がそのまま踏襲されるか、それとも、正しく法令が解釈されて最高裁判例が覆り、住民のリコール請求が成立するか、予断を許さない。

ひとり、東洋町だけではなく、公務員の参政権が直接問題になるという点で、全国的な問題である。
地方自治法によるいわゆる百日裁判なので、最高裁判例一点を盾にする町選管側はともかく、住民側には十分主張を出す暇がなかったという憾みがあるが、しかし基本的な争点ははっきりしている。

この裁判の争点は次の通りだ。

第一は、現行法令解釈の問題
     住民側は現行法令でも署名集めなどの直 
     接請求の段階では公選法の準用はなく、
     今回のリコール請求は適法である。
     とする。

本年3月東洋町住民が法定署名数以上の署名簿を持って議員解職請求を行った。請求書提出の段階で町の選管はこれを全部無効とした。
非常勤の公務員である農業委員が議員解職の直接請求の「請求代表者」に名を連ねていたことがその理由であった。選管や最高裁判例は、非常勤でも常勤でも公務員は議員解職請求の直接請求代表者になる資格はなく、その者が請求代表として名を連ねて掲示している署名の収集は「成規の手続き」に則っていないから、集めた署名簿は全て無効という。
その法令上の根拠は、明文上は何もないが、地方自治法施行令の第115条の読替規定で公選法が直接請求代表者に準用されると解釈する。

しかし、地方自治法では公選法の適用は直接請求の住民投票以降であると明記されており、その令115条の規定も解職請求の住民投票の段階で公選法を準用し「直接請求代表者」を「公職の候補者」と読み替えると明瞭に書かれている。法令は、明らかに署名収集や署名簿提出までの請求段階に適用される法令と、その後選管の署名簿の審査を経て行われる住民投票段階に適用される法令を判然と区別している。重要なのでこの115条の条文を紹介する。

「地方自治法第八十五条第一項の規定により、普通地方公共団体の議会の議員の解職の投票に公職選挙法中普通地方公共団体の選挙に関する規定を準用する場合においては、次の表に掲げる同法の規定中同表の中欄に揚げる字句は、それぞれ同表の下欄に掲げる字句に読み替えるものとする。

最高裁や町選管は、「議員の解職の投票」に公選法を準用するという規定は、解職請求の最初の事務的な手続きや資格証明以降住民投票に至る一連のものとして公選法を準用する趣旨だ、というのである。この解釈については現在多くの学者が法令の規定を無視するものであり、認めがたいと批判している。学者は直接請求に関しては、
それを定めている地方自治法・同施行令において、二段階または二重構造になっており、署名集めの請求段階と、それに基づく住民投票段階の法令の準用については明確に区別しているし、しなければならないとしている。

争点の第二、憲法違反の問題

仮に、最高裁の解釈が正しいと仮定しても、施行令で元の法で許された人民の権限を制限しても良いのか、という問題である。また、公選法では農業委員は地方自治体の公職の候補者になることが許されているが、国の法律で可とされているのに、政府の命令にすぎない施行令でそれを許さない等ということが通るのであろうか。

これもこの最高裁判例を巡る批判で多くの学者が指摘するところであるが、地方自治法第76条などで認められている、有権者であれば国民誰でもが有する直接請求の権限を、政府の政令にすぎない施行令で制限しても良いのか、

また、公職選挙法の規定では、農業委員はその身分のまま地方自治体の公職の候補者となることが出来るのに、施行令という政府の政令でそれを不可とする事が出来るのか、公選法に準ずると良いながら、公選法を超えた権利の制限をして良いのか。
また、地方自治法第85条などで、公職選挙法の直接請求への準用はあくまでも住民投票の段階であると明記されているのに、同法の施行令で直接請求の全過程に適用するという法を超えた規制を加えることが出来るのか、

地方自治法は憲法41条に基づく国会の審議を経て定められた国法であるが、その施行令は時の政府の意志(恣意)によって変改がある下等な立場の規定にすぎない。国民の権利を制限するには、国会の審議を経るのは当然であり、内閣の恣意によることは憲法41条違反である。

以上、今回の裁判の争点は
一個の反動的な人士を議会から追放するかどうかという小さな問題ではない。
この裁判は、法が許している公務員(特に農業委員など膨大な数の非常勤の公務員まで)の直接請求権をみとめるのかどうか、という国民的な裁判であり、東洋町住民が、古色蒼然とした半世紀まえの最高裁判例をひっくり返し、国民の公民権への圧迫をはねのける重大な闘争を切り開いたものである。
だから、多くの国民のみなさんの関心と正しい評価をお願いする次第である。

マスコミの記者も、法令や学説の研究もせず、いい加減な記事を書くべきではない。

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2008年12月 2日 (火)

高知県産業振興アクションプランについて

Nes &Letters/134

高知県庁の産業振興アクションプランなる会議に出席した。
この会議を開催する、という思いつきには敬意を表しなければならない。各市町村長や産業関係者を集めて意見を聞き県の産業政策を進めるという。
今までに余りなかった話ではある。

しかし、衰退しきった高知県の産業を復興する戦略が分からない。出されたたくさんな資料は県下市町村の事業の寄せ集めで、結局地場産物を売れ、ということのようだ。
しかし、県自身の戦略がはっきり分からない。町にやらせてそれを支援するという程度で、予算も21億円という。むろん無いよりましだ。

高知県自身が日本の辺境であり、経済的には最底辺をいっている。その高知県でさらに辺境の最低をいっている市町村である我々に対して、高知県は冷たい追い打ちをかけてきた。農業普及員も、漁業指導員も全部引き上げた。保健所も土木事務所も引き上げるか半減した。それらの事業予算が激減したことは勿論だ。ふるさとは、限界村落どころか、限界突破村落の惨状が広がる。まるで戦乱の後の光景のようだ。

   なれや知る 都は野辺の夕ひばり

         あがるを見ても

              落つる涙は

応仁の乱後の都人の感慨だ。

誰が、こうした?
県政自身ではないのか。

、モード・アバンセの事件ではオンブズマンは公金の不正支出を問題にした。しかし、他の事件もそうだが、それは公金の支出に限定して監査請求や住民訴訟が許されてきたという事情によるのである。
政策論争は問題にされなかった。
モード社の事件は、刑事事件や民事事件が本来のものではない。本来は、県の産業政策とその破綻なのである。
縫製工場。市町村の担当職員が、いかにして手数の多い、雇用の多い職場をまもるか、汲々として努力をしてきたか。それを近代化、高度化と称して協業組合に吸収して、コンピューターで動かす大きな工場に替えた。その結果数百人の従業員は数十人に減らされ、最後には外国人研修生十数人にまで減少し、つぶれた。

県は巨額の公金をだましとられた、とか、知らなんだとかいって責任のがれの陳弁を続け、学識者を集めて総括だ、反省だといって、体裁を繕っているが、間違った産業政策について何にも問題にもしない。

又橋本知事は、高知の農業政策として、外国を出向いていってそこの安い経費で農産物を作り、それを高知へ輸入し、その輸入品に高知ブランドの名前を貼って売り出せ、大きな差額がもうけとなる、という説を繰り返し主張した。私が幾たびもその偽ブランド戦略に抗議したが、無視された。
今でも前知事著作の2冊の本でその主張が続いている。その一つは新書版の『知事』という本である。

県は、アクションプランでそれぞれの市町村でブランド商品を、というが、全国の書店に出回っている高知県知事の偽ブランド戦略はどうするのだ。

東洋町は30~40年前からポンカンの産地で有名だが、今それも生産地が広がり、独占的な地位はもう存在しない。新しい柑橘の品種開発が必要だ。
しかし、県の果樹試験場の貧相ぶりを見てみよ。

朝倉の狭隘な山道を登ったところに施設がひろがっている。スタッフは十数人だとのことだ。あわれをとどめる。愛媛県の試験場の陣容に比べるべくもない。

県庁の金と人材を地方農山漁村に放下すべきだ。やることはいっぱいあり、自然産物の宝庫が放置され眠っている。森林は豊かであるが、誰も見向きもしない。鹿やイノシシの野獣も豊富だ。耕すべき放棄農地はいくらでもある。長大な磯はあるが、人災的乱獲で枯渇し、清流はあれど魚影は見えぬ。

田園まさに荒れなんとし、父祖伝来の巨大な財産が失われようとしている。
このふるさとの荒廃を高知県は一顧だにもしてこなかった。県庁でパソコンを使って手を動かしたり、コーディネーターかなにかのようにおしゃべりをしていれば何か県勢の浮揚につながるとでも思っているのであろうか。地方の現場に来て、人を集め、率先垂範で泥田や藪の中に入って働いたらどうだ。

地元では誰も買い手のない魚でも、これをさばいて京阪神に送ったらどうだ。鹿の肉はまるごといくらでも送ってくれという阪神方面の食肉業者がいる。鹿は山中にいくらでもいる。処分に困っているのだ。
ポンカンやゆずもその果実を収穫する人がいなくて木になったまま腐ろうとしている。

県は、背広を脱いでネクタイを捨てて、山村にはいるべきだ。県は市町村に吸収合併されるべきだ。
県の職員がポンカンをちぎったり、魚をさばいたり炭を焼いても何もおかしくない。

東洋町の「海の駅」は本来は県が進める事業だ。
現在「海の駅」をやっている白浜ビーチは県の施設で東洋町が委託管理をしているにすぎない。そこには広大な駐車場があり立派なトイレやシャワー室がある。海水浴には毎年大勢の人が集まってくる観光地だ。無いのは、売店だけだった。

県が地場産品用の売店を増設するから運営は町民がやってくれ、というのが筋だ。小さなプレハブ小屋でも年間4000万円近くは売り上げ5万人のお客がある。無手勝流でもこれだから、ちゃんとした施設を建てたら成功することは疑いない。
銭を出さなくても町に売店建設を勧めるぐらいはしても良かったのではないか。これでは、県庁は世間のことには無関心なのではないのかと疑われる。
権力を持った者が無関心であれば、下々は無慈悲と写る。

室戸の深層水の取水・給水施設も本来は県の費用を投入するべきだ。数年前のことしか知らないが、特別会計で一応は黒字のようであるが、今も、そこに出向している正職員数名の人件費は市の本庁会計から出ているはずだ。その分赤字となるはずである。
県は、給水審査委員の大半を占めて主導権を握り、県下の企業全般に給水している戦略的事業に、人も派遣せず、金も出さない。確か、静岡県焼津の深層水施設は県の事業だ。

私がいいたいのは、

第1に、県勢浮揚の戦略事業 アクションプランで 
 あるというなら、21億円では桁が一つ足らないと 
 いうことだ。

第2に、おしゃべりやメールではなく、県のその肉体 
 と力を市町村に注いでもらいたい、ということだ。

第3に、どんな村や町をつくろうとしているのか、ど
 んな高知県にしようとしているのか、はっきりしろ
 ということだ。
 エコに徹底した産業、原子力や化石燃料から脱
 却するクリーンなふるさとをつくり、
 貧しくても伝統的な産物を作り地産地消しながら、 
 福祉と教育と文化の豊かな高知を作のか、
 それとも
 都会のゴミの後塵を仰ぎ、塵の吹きだまりの劣等 
 県をつくって、何時までも人がいがみ合う社会を 
 続けるのか。
 はっきりするべきだ。

私は本来オンブズマンであるはずだった。
その私が、県境の末端地域に来て、毎日、農産物を売ったり、花を植えたり、息つく暇もなく地域復興のため働いている。
私よりもなお、県庁や市町村の公務員は本来そういうことが本務のはずだ。指揮官か批評家でんとして高給の上にあぐらをかくのを止めて、犬歯錯綜せる野山の第一線に出て来て、人民のために犬馬の労をとるべきである。それが一番大事な産業政策だ。

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