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2008年11月18日 (火)

続空幕長

News & Letters/131

空幕長等の所行は、戦後日本の建国の思想(憲法9条)を践みにじろうととする、クーデターでした。

私は、幼児には、戦没遺族の家で世話になって暮らしていました。そこは私の叔父の家で、叔父は東部ニューギニア・タラワという島で戦死したということでした。
叔母と、女の子4人、男の子1人で私が加わり、文字通り赤貧洗うが如き生活でした。私のおぼろな記憶ではいつも私は泣いてました。

そこの女の子供は学校に行ったけれど誰も修学旅行には行けませんでした。ごく少数でしたが修学旅行に行けない生徒は学校に残って勉強をしていました。
私は子供心にも従姉妹らがかわいそうだと思いました。そこの長男はほとんど学校には行っていませんでした。

叔父は、タラワ島で米軍に撃たれ、「腹部貫通銃創」の致命傷で苦しみながら死んだと言うことでした。故郷に妻や子、年老いた親をおいて、異国の地まで連れてこられて死ななければならなかった兵士達。後に私は戦没学生の遺稿集である「聞けわだつみの声」を何度も読みました。この遺稿集は私の反戦運動の原点となる本でした。その中で戦没学生のことを「護国の鬼」と自称していました。

鬼というのは鬼畜の鬼ではなく、鬼籍に入った亡者のことです。無謀な戦争で祖国が滅んでいくことを悼み、鬼となってそれを守ろうというのでした。

日本国中の戦没者の遺族は多かれ少なかれみんなひどい生活の中で暮らしていたと思います。当時は遺族年金はほとんどなかったのです。

侵略者の側の兵士の家族も惨めでした。しかし、侵略を受けた側の人々の方はもっともっとひどいものです。男だけではなく女も子供も年寄りも何千万人もの人が理由もなく日本軍に殺されたのです。

殺されて残された家族の生活は・・・・。想像を絶するものがあります。
戦争の惨禍を私たちは語り継がねばなりません。
私たちのどんな社会運動にも、どんな政治行動にも、どんな行政行為にも、二度と戦争をしない、反戦の思想が貫かれていなければなりません。

アメリカのあのキング牧師の人権・公民権運動にも反戦運動が貫かれていました。反核の運動にも、反公害の運動にも全ての運動の根底に反戦思想がなければなりません。
空幕長らの侵略戦争美化の歴史観を絶対に許してはなりません。それを許すことは、この世に人殺しの思想を蔓延させることであり、強盗を正当化することです。それは、祖国を再び瓦礫と灰燼に沈め、世界を破滅に追いやることなのです。

このような戦争を繰り返すことでしか生き延びることができない資本主義の世の中を一刻も早く克服する必要があります。

日本全国の追悼式の式辞は幾百万の戦没者に対して、二度と戦争はしないということの誓いでなければならず、アジア諸国人民への謝罪の言葉でなければならないのです。
その日は耳を澄まして「腹部貫通銃創」の弾丸の痛みを感じ、みずく屍、草むすかばねとなった「英霊」達の苦しみの声に耳を傾けてください。

最後に、知事さんへの私のお願い。
戦没者追悼の式典には白いネクタイではなく、せめて黒のネクタイを締めて出席してください

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