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2008年10月 7日 (火)

麻生政権の誕生

News & Lettes 123/

麻生太郎氏によって自民党が完璧につぶされると思う。この品格のなさ、この無教養、その差別主義と戦争賛美・・・、これほど完璧な反ヒュウマニズムの人物は外にいないだろう。
小泉、安部、麻生と続く人脈は、米国追従の売国と戦争・外国侵略体制を推進する点でイーポクメイキングな反動権力として記念されるべきだ。
このような好戦的で反人民的文官政府の登場は、日本にとってもアジアにとっても極めて危険である。

第二次大戦は軍部によって推進された。というのは全く正しい。だが、政府や天皇がそれに嫌々引きずられた、というのは全くの虚偽である。
その事は次の史実で明白である。

日本軍が中国東北を「満州国」として占領し、さらにろ溝橋事件などをきっかけに南京攻略など中国侵略を全面化・本格化したとき、
そのなかで、陸軍参謀本部と政府が対立した。

陸軍は、緒戦の「連戦連勝」を続けたにもかかわらず、中国人民の澎湃と揚がる抗日闘争の底深い抵抗にあって中国全土の制圧など到底不可能と考えた。そこで蒋介石中国政権と早期に「和平」しようという論陣を張った。ところが、時の政府近衛内閣は、軍部のこの弱腰にいらだち、軍部と対立し、蒋政権を相手にせずといって、強行な戦争拡大政策の遂行を主張して譲らなかった。そうして、遂に軍部をその線で屈服させた。その政府の強行策の背後には天皇がいた。天皇裕仁はこの対立において明確に政府を支持し、中国全土での侵略戦争を選択し、こうして泥沼の太平洋戦争に自ら突入する方針を裁可した。

関東軍や、朝鮮軍、それを後押しする参謀本部らは勝手に戦争をぶっぱじめたが、中国人民の激しい抵抗に遭い、現場で悪戦苦闘し、「敵」の手強さを知り、たじたじとなり「和平」の路をさぐった。

だが、何も知らない好戦的な文官政府等が太平洋戦争の無限拡大を主導し、今度は尻込みする軍部を引っ張って遂に亡国の路を歩んだ。
これが史実である。

小泉、安部、麻生ら戦争がなんたるか何も知らない文官反動連中も近衛文麿や天皇裕仁と同じように戦争へ戦争へ国家を導くことは出来る。
だが、まだまだ日本列島には太平洋戦争の惨苦をなめた国民が大勢生きている。麻生らは国民大衆の平和憲法を守ろうという牢固とした決意の前で、やがてあえなくその高姿勢が崩壊する日を迎えるだろう。
われわれは、過去の戦争の原因の真相をしっかり把握する必要がある。

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コメント

僕の知識では「近衛文麿と陛下は戦争を拡大したく無かったが、軍部が強硬的に日中戦争を進めた。」と思っています。


なので町長さんの考えを聞いてびっくりしました。


良ければその根拠となる文献を拝見したいので文献の名前を教えて頂けませんか。

投稿: 通りすがりの大学生 | 2009年5月13日 (水) 02時37分

井上清:「天皇の戦争責任」岩波現代文庫
をお勧めします。
週刊金曜日749号(5月1・8日合併号)の特集「天皇制」も参考になります。

投稿: げき | 2009年5月20日 (水) 00時08分

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