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2008年9月

2008年9月26日 (金)

核と高知県東洋町

News & Lettes 122/

高レベル放射性廃棄物の東洋町への導入について「終始一貫反対してきた」、と言い続けているある人が、最近東洋町長は何でもないのに核の危機意識をあおり立てている、と攻撃している。
これについて答えておく。
核の脅威は依然として残っている。
⑴高知新聞やテレビでは、高レベル放射性廃棄物の埋設施設は安全だ、と言う宣伝を町内外で強めている。この宣伝は極めて危険であり、虚偽に満ちたものであって、東洋町での反核闘争の意義を薄め町民や県民の反核意識の解体をねらっているものだ。
⑵エネ庁はこれまで数回にわたって、全国の市町村(東洋町へも)に高レベル放射性廃棄物の埋設施設導入の応募について勧誘してきている。
東洋町以外のどこの市町村がいつ応募するかもしれない。
⑶今月高知工科大学で核推進派「学者」の拠点である日本原子力学会が開かれたことは意味深長である。その分科会が多数開かれたが、そのうち半数近くが核廃棄物の地下埋設に関する「研究」発表という異例なものであったという。工科大学等県内大学には原子力に関する学部学科は存在しない。原発も一基も存在しない。原子力について高知県は核廃棄物埋設以外に何も関係あるものはなかった。
この学会の開催地は2年前に決められていたという。橋本大二郎が知事であり、高知工科大学の理事長であった時分で、それは、東洋町に高レベル放射性廃棄物を導入しようという策謀が密かに進められていた時期と重なる。
原子力学会やその学会を高知県にいざなった連中は東洋町など高知県を核廃棄物最終処理のターゲットにしていた、今もなおそうではないかと警戒することは、杞憂であろうか。
⑷昨年、高知市介良を本拠とする高レベル放射性廃棄物高知県導入を促進するNPO組織が誕生した。この事実は極めて重大である。
この団体の幹部に現職国会議員の実父の名前が連なっていた。その議員は核騒動の折、東洋町にも来ていたという。
それらが東洋町にも関係があるとすれば、東洋町は依然としてその連中のねらうところでもあるだろう。
⑸前町長田嶋裕起は今年3月、「誰も知らなかった小さな町の原子力戦争」という本を出版した。
その内容は恐るべきで、彼が推進した核廃棄物の策動を全面的に肯定し、原発やその核廃棄物の安全性を宣伝しているのである。
前町長はこの立場で町内で隠然と存在している。
⑹そして、平成19年1月核反対闘争で騒然となっている町内のなかで、密かにエネ庁へ文書を送り核施設導入の調査に賛成を誓っていた議員が1人おり、その議員はその事実をひた隠しにして核問題で「終始一貫反対」してきたと宣伝しながら、核反対で当選した町長にその第1回の議会から終始一貫反対し、新町政を打倒しようとしている。その動きも注意しなければならない。議会内外で旧勢力の利権をほとんど全て擁護しているが、大半の町民はその本性を見抜いて、今は誰も支持するものもいないであろう。前町長が核施設の調査を導入しようとした理由についても公然と議会で擁護した。「予算を組めないほど財政が逼迫していた」という趣旨の虚偽の内容であった。東洋町はここ数年黒字決算であったのに。

以上のとおりわれわれは、東洋町の条例が示すとおり、町内外の核の情勢について常に注意を怠ることなく、核の脅威が町周辺に起こらないように警戒を怠ってはならない。核の脅威がない、核は安全だなどという悪意ある宣伝に載ってはならない。

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2008年9月23日 (火)

平成20年東洋町9月定例議会

News & Lettes 121/

「9月議会行政報告要旨」をダウンロード

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2008年9月22日 (月)

スズメバチ駆除作戦 連戦連勝

News & Lettes 120/

ある徳島の長老的な人が、町長に電話したところ、現在蜂の駆除で出かけている、といわれた。
町長がそんなことをしていていいのか、というおしかりを受けた。
8月、9月と連日のように出動してきた。
本日のスズメバチの巣はとても大きいもので、タライぐらいの大きさだった。
最初の日は、すぐとれるような報告であったが、現場の野根の農家(おばあさんが一人暮らし)に行って見ると、大きなスズメバチがわんさと軒下に群れていて、殺虫剤で相当やっつけたが巣が見えない。
住家の天井裏に巣を作っているらしい。軒下の入り口を外から板を張り付けて封鎖して、家の中の天井にノコギリやドライバーで穴を開けてバルサンをたきこんで引き上げた。今日農家に再来。町長と課長と職員のいつもの3人組だ。おばあさんの寝間の押入の天井板をノコギリでさらに開けて天井裏を見ると、巨大な巣が見つかった。蜂どもはバルサンで全滅していた。天井は狭く上がれないが、棒切れや手が届いた。
スズメバチは赤土を混ぜて強固な巣を作っていてその巣の中には白い幼虫がいっぱい詰まっていた。我々は、ゴミ袋に2杯分の巣を確保して引き上げた。

このような迫撃戦が続いている。
地球温暖化のせいか、蜂族も異常繁殖した。
今年はかれこれ100件近い駆除数に達した。
防護服の中は熱い。熱中症にかかりそうだ。作業が終わったらすぐに服を脱がねばならない。
殺虫剤を被ったら目がかすんでくる。舌の感覚もおかしくなる。この作業の基本的な部分は職員にやらせるわけにはいかない。職員は補助的役割である。害虫から町民の命を守るというのは保健行政の大事な部分だ。

このように小さな町の町長は、何でもしなくてはならない。中小零細企業の社長が現場に立たないで業績を上げると言いうことは考えられない。
どんな事業でも何でもそうだ。町長が率先して実行しなければ事業は進まない。海の駅でも商品の品揃えは町長もしなければならない。芋を仕入れ、芋を洗って出品する。職員や町民にやって見せなくてはならない。成功すれば町民や職員の功績、失敗すれば町長の責任である。

犬歯錯綜する戦線でも突破口を開くのは隊長であり将校である。
馬に乗り自ら血戦を切り開いた信長と、かごに乗り酒を飲んでいた今川義元とどっちの姿が行政の長にふさわしいか、どっちが運命を切り開いて勝利をつかめるのか、あきらかだ。

反核の町東洋町を死守するのは私の任務だ。
核を拒絶しその巨額の交付金を拒否した。その町の砦を守るためには、福祉と教育と産業復興に全力を挙げて、核の交付金なしで町民の幸福をはからねばならない。それは完全に可能なことだ。
この町の行政各部門の基幹部分で昨年4月に変わったのは町長職だけであった。後は旧体制が盤踞していた。そのなかで利権を排拒し行財政を改革していくのは至難なことだ。
福祉や教育などの事業を周到に計画し準備しながら、果断に実行しなければならない。その実行の先頭に長たるものが立たなくてはならない。
実行するにあたっては庁議や職場会議で徹底的に討論し、意思統一をしなければならない。町長は独裁的だなどと根拠もないことを言っている連中がいるが、何処の市町村でも今の東洋町ぐらい町長と職員との討論を重んじているところはないであろう。もちろん最後は町長の判断で決する。

あれから1年有半、事業は着々と進んでいる。
核を阻止するということは、ワンストローク、一発で決まることではない。核推進派の復活を許さない、再び核持ち込みの策謀は封ずる、というだけでは終わらない。それらは緒戦にすぎない。自力更生の町を再建することが最後まで残る。本当の闘いはこれからなのだ。
核を拒否して健全な町をつくってこそ本当の勝利である。

急がねばならない。いくら急いでも住民から見ればまだまだ遅い。勉強の時間が欲しい。エンサイクロピディア的な知識が必要である。オーケストラの指揮者のようにあらゆる分野に適切なタクトを振らなければならない。
学生運動の昔のように息つく暇もないぐらいの活動、行政活動と勉強にいそしんでいる。
公務員は、住民と国民のために犬馬の労をおしんではならない。

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2008年9月13日 (土)

人類の最後

News & Lettes119/

これは本当の話です。
人類の運命は、もう尽き始めていると思います。
これほど地球を過熱化させ、汚染を止めない以上は、死滅する以外にありません。それも100年以内でしょう。温暖化によって地底や海底に眠っていたメタン・ハイドレートが噴出し出し、人類どころか生物そのものが生きられなくなります。

特殊日本的には、東海、南海地震などの震災でここ数十年以内で原発が破壊されることが確実だから、それによって日本の中心部がやられ、日本国は先に滅びるであろう。

この運命を変える唯一の方法は、今直ちに、プロレタリアの世界革命が同時に起こって人類と地球の運命を資本家や軍人、官僚の手からもぎ取って、自然主義=人間主義のヒュウマニズムに立って、化石やウランなどからのエネルギー消費を全面的に止め自動車や飛行機などを全廃し、クーラーや冷蔵機、テレビなど電化製品の使用を一切やめ・・・、自然の摂理に順応して生活する・・・などまさに「暴力」的革命でも勃発することしかありえない。しかし、こんなことは全く不可能であろう。

支配階級の軍事的政治的暴力的な世界支配体制は容易にくずれない。それを覆すプロレタリア人民の側の主体はまるで未成熟で、ないに等しい。
地球を救える者は今はだれもいない。

温暖化の原因が何であれ、この急激な地球環境の変化は人類の仕業であることは間違いない。
人類は他の生物全てを路ずれにしながら死滅の路を急いで走っている。我々が最期の人類となるであろう。今の若い世代が最期の地球の断末魔を見るであろう。

昔、学生時代に『25時』という本を読んだ。
官僚支配の世界では、もうなにもかも手遅れで手の施しようがない、と言う話だ。

人々よ、弔鐘がなっているのかが聞こえないか。
聖書は言う、
「誰がために鐘がなると思うなかれ・・・・」と。

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2008年9月11日 (木)

ずさんな行政のつけ

News&Letters118/

東洋町野根の漁港に設置されて、十年間以上稼働させていなかった活魚の畜養施設が会計検査員の検査にかかり、4200万円に上る補助金の返還が必至となってきた。この種施設は隣の室戸市など同様の理由で補助金返還の始末となっていた。

同和対策事業のやりっ放し、無駄事業のつけである。ずさんな行政の付けが何の罪科もない後代の者に回されてくる。政治的な圧力で無駄な施設を次々と作った。責任ある連中は退職金をたっぷりもらって悠々と暮らしている。

1945年8月15日第二次世界大戦の終結、ポツダム宣言の無条件受諾を天皇政府は発表した。
戦艦ミズーリでの実際の降伏文書の調印は9月2日であった。政府は8月15日に降伏を連合国に通告し発表したが、しかし、前線で休戦協定を結ばなかった。8月15日から9月2日までの2週間あまり、この間隙を縫って巨大な悲劇が展開された。
特に中国東北部では150万の同胞が大混乱に陥り、兵士50万人がとらわれの身となった。非命に倒れた犠牲者は数十万人に上る。

8月15日の降伏が遅かったことは別として、そのとき同時に全戦線で相手側と休戦協定を結んで戦争を実質的に停止する措置を必要とした。降伏の意志を発表すれば戦争は終わると思っていたのであろうか。戦争状態を終わらせる行政実務が必要だということが分からなかったのであろうか。帝国主義の世界戦争では、敵は容赦はしてくれない。

無責任な行政実務のつけは、不必要で無謀な鉄血の蹂躙の元に多くの国民を死地に追いやったのであった。
責任を全うするどころか我先に逃げ帰った官僚達。

行政に関わる者は、今自分らがやっていることで、負の荷物を後代の子孫に残さないようにしなければならない。責任の所在を明らかにし、いつでも弁済する覚悟で事に当たる必要がある。
金銭の負債は金銭であがない、血債はみずからの血でもってあがなわれなければならない。

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2008年9月10日 (水)

同窓会

News&Letters117/

高校時代の同窓会に初めて出席しました。
9月7日のことです。
46年ぶりの再会でした。
高校時代のことが思い出されました。

私の高校時代は、精神的には暗い、陰鬱な時代でした。室戸の田舎から大坂のごみごみしたところに出てきた。第1に、この世がこんなに悲惨で汚辱に満ちているということに圧倒されました。
田舎でもつらいことがいろいろありましたが、小中学校の時代では世の中のことは知りませんでした。

何かしら希望がありました。高校になって初めて世の中が見え、その中に置かれた自分が認識されてきました。大坂のごみごみした環境、享楽的な町並みになじめませんでした。私は自動車や電車など機械文明に拒絶反応がありました。
私は、次第に厭世的な気分なりました。

私は高山樗牛の「滝口入道」という小説の世界に耽溺し、また、国木田独歩の「武蔵野」という本を繰り返し繰り返し読んでいました。私は知らず知らず文章を暗唱までしていました。徒然草や方丈記、平家物語などは私にとっては受験勉強ではなく、人生の座右の書でありました。
私は友達と一緒にか単独にか、神社や史跡を訪ね懐古趣味的な心境でくらしていました。・・・・・

そういう毎日を過ごしているうちに60年安保闘争が勃発しました。私は、労働者が街頭でデモをする姿を見て感激しました。血湧き肉躍る思いでした。
国会の庭で全学連の樺美智子さんが殺された事件の衝撃は最大のものでした。
私は高校生の終わり頃には、社会の変革のために生きようと考えていました。

全学連は暗い人生を送っていた私をふるいたたせてくれました。「人知れずほほえまん」という樺美智子さんの言葉を胸に秘め、大学で徹底的に社会運動の勉強と実践をやろうと決意することになりました。

同窓会では、目をつぶると、走馬燈のように半世紀前の時分を思い出していました。
今も、全学連の闘士の心境を維持したいとがんばっているが、私の中には「滝口入道」の主人公である齋藤時頼の厭世的な心境がときどき飛来することもある。一度皆さんも樗牛の「滝口入道」をお読みになって下さい。

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2008年9月 8日 (月)

リコール裁判についての考察

News&Letters 116/

東洋町の町会議員のリコール請求の裁判が進んでいます。次回公判は9月26日になっています。

三ヶ月ぐらいで判決を出すことになっているから、この際私がこれまで発表した見解をまとめ、原告、被告ら関係者やこの裁判に関心のある方々の参考に供します。公務員の参政権の一つである直接請求権に関わる重大な裁判であります。この種の事案についての考察ではこれが最も詳しいものです。

 リコール裁判の考察は以下のPDFファイル参考

「microsoft_word_saiban.pdf」をダウンロード

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