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2008年8月 6日 (水)

学問の前提

News & letters 113/

あらゆる仕事の分野で学問が必要である。
行政も勿論そうだ。科学者の仕事でも、農業や漁業でも医者でもすべて学問だ。
しかし、どんな学問でもその前提としてヒューマニズムの立脚点が必要だ。
そのヒューマニズムはいかにして身中に打ち立てるかだ。生まれながらに、生まれた育った環境から、親や家族の生き様から、自然と身につける者もいるであろう。しかし、普通にはそれはなかなか難しい。人は、又は教育的立場にある人は、ヒューマニズムはこれを意識的に植え付けるのでなければ成り立たない。いかにして。
それは語り聞かすことが第一であり、それ以上にはやはり、読書によるしかない。
我々が小さいときには、親や祖父母から昔物語を聞いた。夜なべをしている脇で、私らは、話をせがんでは、夜更けまで耳を傾けた。
室町時代に起源がある説教節はよく聞いたものだ。俊徳丸の話や、安珍・清姫の話、さらには、平の敦盛と熊谷次郎直実・・・などなど。
私の祖母は字が読めなかったが、語りが上手であった。夜な夜な繰り返し繰り返し聞いたので祖母の語り口も今でも思い出す。
俊徳丸「七間が奥のおとの姫・・・」など。
山椒大夫の安寿姫と厨子王丸が人さらい船で別れ別れになる場面では姉弟が泣きじゃくりながら母の話を聞いたのであった。最後の場面では、
「安寿恋しや ほうやれほ 
厨子王恋しや ほうやれほ、
鳥も生あるものなれば、
とうとう失せよ 追はずとも」
というのをご詠歌のように歌っていた。
また、私は浪曲が大変好きであるが、これも小さいときに母に連れられて近所のラジオを聞きによく行ったからだろう。曲師の三味線の音を聞くと涙腺がゆるんでくるのである。
ずっと後に学習塾をやっていたとき、国語の勉強のため双葉百合子の「岸壁の母」の歌詞を配ってテープを聴かせたらほとんどの中学生が泣き出したことがあった。同じ国語の時間でも情感のある感動するもの、人情味ある、ヒューマニズムいっぱいのものも教材にすべきだろう。

ヒューマニズムをはぐくむ小説として私は二冊の文庫本を紹介したい。
 ①レ・ミゼラブル
 ②家なき子

人は、公務員は特に、常にヒューマニズムを充填するために潤いのあるいい本を読まねばならない、と思います。
ヒューマニズムは枯れやすいのです。

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