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2008年3月30日 (日)

公務員の職務

News & letters 77/公務員の職務

すまじきものは宮仕えといううたい文句があるが、私は東洋町の核騒動で、町役場の幹部職員の責任について問う懲戒審査委員会を開いてもらった。
委員は中堅職員を指名した。
その答えは、責任無し、トップがやることには逆らえない、という。高知新聞もそのようなコメントであった。議会でもこれに関して質問があった。
私が尋ねたのは、核に反対か賛成か、反対しなかったという罪を問うたのではない。
前町長らが核導入について取ったその手法を問題にすべきだというのである。
近隣の市町村長や議会が表面的に問題にしたのも核に反対というよりもそれを推進する国及び町長の手法を問題にしていた。
議会の多数の意志も無視し、住民の圧倒的反対の署名も無視し、各常会での説明会もせずにいきなり応募したその手法は行政運営として許されないのであるから、それを諫めることもせず、その推進に関わった職員も責任の一斑があるというのである。
それは職員としては難しい、という。しかし、他ならぬ東洋町役場では、その難しいことをやった職員がいた。すなわち、前町長が第1回目に原環機構に核受入を応募したとき(平成18年3月20付)、担当課長は単独で町長室に乗り込み、議会や町民に知らせずにこんなやり方で応募することは許されない、と談じ込んで、その応募を撤回させたのである。
その担当課長はすでに退職しているが、そのとき前町長の逆鱗に触れて馘になっていたかも知れない。
彼は何も核に反対とか賛成とかを言うために町長室に乗り込んだのではなかった。
これくらいのことは、責任ある公務員であればしなければならない。東洋町にも立派な見本があったのである。

国に降りかかる困難に対して、国の禄をはむものが、オラしらん、わたしゃ知りませんで避けて通り、つらいことは住民にやらせ、その結果は自分たちがたっぷり恩恵に与る、こういう乞食のような存在は
昔の日本には無かったと思う。
日頃ぶらぶらしている大石内蔵助は、国難来たるときは、命をかけてその任務を遂行した。
幕末の土佐藩士たちは、日頃人民の膏血を吸って暮らしていたが、国難を身に被り、妻子、老親をすてて、明治回天の偉業に身を捧げた。
俺は職員だ、公務員だ、といって、一切の政治活動、一切のボランティア活動から身を避けて国家社会の存亡にも何も関与しない、とたかをくくっている、肥え太った亡国の臣達にやがて見るべき運命がやってくるだろう。
新聞記者に少しでもこのような気概があれば、
町長が問うた懲戒審査委員会の意義に疑問を投げかけたりせずに、その報告書に対し、または東洋町核騒動の震源地、東洋町役場に対し、もっと照射する批判の刃を向けることが出来たはずだ。

いま、町内では、議員リコールの署名が大詰めを迎えている様子である。リコールに立ち上がった住民達にはその結果には何の利得もない。町政の改革を守るということが趣旨になっている。

町政の改革は本来町職員の任務のはずだ。
誰かにやってもらうという性質の事柄ではない。だが、職員は長きにわたる惰性のなかで、まさに職員である、公務員であるということを盾とし理由として何もしてこなかった。悪行政に荷担し続けてきた。

私が毎日思い続けているのは、この東洋町役場を、
国破れて忠臣出づ、という、国家や人民に奉仕する忠臣達が輩出する役場にしていきたい、ということだけである。

すまじきものは宮仕えといううたい文句があるが、私は東洋町の核騒動で、町役場の幹部職員の責任について問う懲戒審査委員会を開いてもらった。
委員は中堅職員を指名した。
その答えは、責任無し、トップがやることには逆らえない、という。高知新聞もそのようなコメントであった。議会でもこれに関して質問があった。
私が尋ねたのは、核に反対か賛成か、反対しなかったという罪を問うたのではない。
前町長らが核導入について取ったその手法を問題にすべきだというのである。
近隣の市町村長や議会が表面的に問題にしたのも核に反対というよりもそれを推進する国及び町長の手法を問題にしていた。
議会の多数の意志も無視し、住民の圧倒的反対の署名も無視し、各常会での説明会もせずにいきなり応募したその手法は行政運営として許されないのであるから、それを諫めることもせず、その推進に関わった職員も責任の一斑があるというのである。
それは職員としては難しい、という。しかし、他ならぬ東洋町役場では、その難しいことをやった職員がいた。すなわち、前町長が第1回目に原環機構に核受入を応募したとき(平成18年3月20付)、担当課長は単独で町長室に乗り込み、議会や町民に知らせずにこんなやり方で応募することは許されない、と談じ込んで、その応募を撤回させたのである。
その担当課長はすでに退職しているが、そのとき前町長の逆鱗に触れて馘になっていたかも知れない。
彼は何も核に反対とか賛成とかを言うために町長室に乗り込んだのではなかった。
これくらいのことは、責任ある公務員であればしなければならない。東洋町にも立派な見本があったのである。

国に降りかかる困難に対して、国の禄をはむものが、オラしらん、わたしゃ知りませんで避けて通り、つらいことは住民にやらせ、その結果は自分たちがたっぷり恩恵に与る、こういう乞食のような存在は
昔の日本には無かったと思う。
日頃ぶらぶらしている大石内蔵助は、国難来たるときは、命をかけてその任務を遂行した。
幕末の土佐藩士たちは、日頃人民の膏血を吸って暮らしていたが、国難を身に被り、妻子、老親をすてて、明治回天の偉業に身を捧げた。
俺は職員だ、公務員だ、といって、一切の政治活動、一切のボランティア活動から身を避けて国家社会の存亡にも何も関与しない、とたかをくくっている、肥え太った亡国の臣達にやがて見るべき運命がやってくるだろう。
新聞記者に少しでもこのような気概があれば、
町長が問うた懲戒審査委員会の意義に疑問を投げかけたりせずに、その報告書に対し、または東洋町核騒動の震源地、東洋町役場に対し、もっと照射する批判の刃を向けることが出来たはずだ。

いま、町内では、議員リコールの署名が大詰めを迎えている様子である。リコールに立ち上がった住民達にはその結果には何の利得もない。町政の改革を守るということが趣旨になっている。

町政の改革は本来町職員の任務のはずだ。
誰かにやってもらうという性質の事柄ではない。だが、職員は長きにわたる惰性のなかで、まさに職員である、公務員であるということを盾とし理由として何もしてこなかった。悪行政に荷担し続けてきた。

私が毎日思い続けているのは、この東洋町役場を、
国破れて忠臣出づ、という、国家や人民に奉仕する忠臣達が輩出する役場にしていきたい、ということだけである。

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