道路特定財源を巡る思想
News & letters 67/道路特定財源を巡る思想
道路が出来れば便利がよくなります。
たしかに、地域に環流する道路の整備は必要です。また、町外、県外に抜ける道路にボトルネックがあれば解消しなければなりません。人や車の通行で危険な道路は拡張・改修工事が必要です。
しかし、
道路がなければ地域が発展しない、とか、高速道路からはずれているから過疎になったとかいうのはまるで見当違いです。
東洋町でも道路事情の遙かに悪かった数十年前の時代でも今の人口の2倍(8000人)が生活していました。
東洋町(野根郷)に関する県の古い記録でも、幕末には今の2倍程(3000人)の人間が住んでいました。東洋町野根川限東は土佐藩でも隔絶されていたところで、海岸には道はなく、険しい野根山越えしかありませんでした。配所、配流の土地でもあったのですが、それでも今より遙かに人口が多く、漁業や農林業、商いで平和的に賑わっていたのです。
明治十年代に生まれた私の祖母の話では、吉良川から野根へ干し大根を荷車いっぱいに積んで引っ張っていってそれを売り切って3日目に吉良川に戻ってきたと言っていました。そのころには海岸沿いに道路があったということです。
大正8年生まれの私の母の話では野根の町には旧身分のものへの差別が無く、墓所も井戸も寺もおなじで何ら気遣いがなかったとのことです。
過疎の問題は、第1に地域経済の問題であって道路がどうのこうのではないと思います。
その地域にあふれ出るものがない、生産活動が衰弱している所には新しい大きいな道路も何の用にもならないばかりか、都会に人と物が吸引されてますます一層過疎が進行するのです。
また、量販店のネット店舗進出によって地方の商店街は壊滅していきました。
鉱物や材木がないのに、大きな航路(港)も道路も必要としません。
100年前にレーニンの「帝国主義論」の冒頭には、鉄道の発展網が貧しい民衆や労働者に何をもたらすか明確に指摘されています。
それは大資本が自国民衆や従属諸国民を徹底的に搾取する動脈系統の発展であって、大都会の独占資本による周辺地方の富を吸引する導管の整備なのです。
満足に道路がなかっても町や村は繁栄することが出来た。自分たち自身でふるさとを守り、地産地消策を打ち立てて、さらに都会の者を引きつける独自の経済や文化を築くことが肝要です。
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