« 2007年11月 | トップページ | 2008年1月 »

2007年12月

2007年12月31日 (月)

News & letters 51

仕事納めの式の言葉
平成19年12月28日午後5時東洋町役場ロビーにて職員全員による仕事納めの式典を執り行い私は次のような発言をしましたがそれにいくつかの言葉を足しておき、今年の締めくくりにしておきたい。

1、核廃棄物の問題について
  東洋町への高レベル核廃棄物の導入の企てはあえなく失敗した。今でも政府は、それを東洋町民の「誤解」だとか喧伝してい、また、その核廃棄物の問題を「風評被害」程度に薄めようとしている方々がいるようだが、我々は東洋町民の示した判断の重みを受け止め、この選択を全国民の選択にまで押し広げていくべきである。
その危険性は、ただに地震や災害や事故の時に危険に陥るだけではなく、政府原環機構が隠し続けた核埋設施設の排気口からの放射能から日常普段に汚染されるのであり、世界最大の汚染地帯であるロシアのマヤークの核廃棄施設に次ぐ最大規模の汚染施設の導入による危険を意味したものであった。
今後われわれは、あらゆる核の導入を拒否する条例を定め、東洋町民が示した反核の政治的管制高地をまもりぬき、この成果を全国に波及させなければならない。この管制高地は次のように位置づけられる。
平成19年度に原発産業に大きな出来事があった。
第1に、六ヶ所村の核燃料再処理施設の稼働が失敗したこと、
   核燃料のサイクルの一環が破綻した。
第2に、柏崎刈羽原発が地震に直撃され、日本の原発が累卵の
   危機上に成り立っている姿を国民に示したこと、
   しかも、自然災害が無くとも志賀原発で臨界事故を起こ
   していたことが判明したようにその危険性は覆うべくも
   なく日常的に遍在している事実がわかったのである。
第3に、東洋町などで核廃棄物の最終処分場が国民の拒絶に
   会い続けその建設にめどが立たなくなったことである。
2007年は、化石燃料高騰や地球温暖化の論議の沸騰のなかで日本や世界が原子力依存の回帰基調にあったが、その傾向に冷水が浴びせられたのであった。我々は油断せずこの年に勝ち取った管制高地を死守しなければならない。


2、法令は民主政治の根幹である。むろん法令にもいいものも不十分なもの、悪いものですらあるであろう。しかし、日本国憲法とそのもとの現在の法令はおおむね遵守するに値する。今、国と言わず地方と言わずその法令が権力者によって守られているかと言えば全くそういうわけにはいかない。権力者に都合のいいことは守られているが、人民の権利や人民の福祉に関する法令はいい加減にされたり、踏みにじられたりしている。憲法9条のように法そのものが曲げられ、換骨奪胎されているものもある。中央から地方まで公務員のダブルスタンダードが横行しているのである。
ダブルスタンダード。
全国の役場では防衛省のモリヤ君のように国民は法律を守れ、わしらは守らなくてもよいという行状で詰まっている。
東洋町もしかりであった。法令の規程を守らず、更に施行規則も作らず、契約であれ何であれやりたいようにやってきた。
一部新聞にも報道されてきたが、町民の知らないところで行われてきたこれら厚顔無恥な無法行為は「粛正」されなければならない。
粛正。それは何も恐ろしげな事ではない。人を粛正するのではない。法律を遵守するということである。それはきわめて楽なことであり、人間自然的な行為である。
ずいぶん粛正してきたがまだまだ東洋町にもしなければならないことがいっぱいある。一つ二つの例をあげる。
越境入学問題。
そのために一つの中学校が長い伝統を支えられなくなって消滅しかかっている。この違法行為を役場の職員が率先範を垂れ、町内に住んでいながら人件費町丸抱えの団体幹部夫婦が県外に住居だけ移して越境入学・越境就学の模範を示している。
先日の幹部昇級試験では私は「獅子身中の虫」という熟語を問題に出した。公務員やそれに準ずる職員は、少なくとも獅子身中の虫であってはならない。ふるさとを愛すると言うことはどんなに粗末なものであってもふるさとの母校を愛すると言うことなのだ。
越境入学の問題についてこの5月に教育委員会に尋ねたがそんなものはありませんという答えであった。県教委に調査を依頼したが、市町村のことは知りませんという答えであった。東洋町で越境入学が横行していることは机上の話ではなく、親が越境の送り迎えをしている一つの日常風景である。この問題に対して「居住の選択の自由」だと抗弁する教委の幹部に対して私は怒鳴った。
その声は庁舎に響き渡る程の声だった。「仕事がいやならやめろ」と。
越境入学のためや課税を逃れるために住民票を偽ることは住民基本台帳法違反はもとより公正証書原本等不実記載の刑事犯罪なのである。これを放置しておれば、こっちは負担ばかりで、地方交付税交付金などがよそへ入り、当該市町村は空洞化するであろう。

住宅問題。
黙って公営住宅に入り込んで3年間という人もいる。家賃を全く払わないという人が半分ほどいる。それでいて改修費は、近隣市町村の10倍も使っている。今年度分の予算まで前年度に改修工事が終わっているという。したがって今の予算は前年度の事業の支払いなのだという。そういうわけであろう年度初めの4月5月に予算は完全にからになっていた。

住宅新築資金の滞納。
10億円の貸付事業をして今3億円の滞納だ。やがて最終的には4億円にふくらむことは確実である。貸した金の40%が回収できない状況だ。法的手段に出るしかない。
貸付をした当時返済する力のない人、支払う意志がそもそもない人、互いに保証人のなりあいをしているものなど貸付業務そのものがずさんであったということはどこも同じだが、東洋町では地区住民以外に貸し付けるなど相当ずさんなことが行われてきていた。
裁判に訴えているが、そのなかで、次のような事件も出てきた。
町役場(町長ら)が当時議員であった借受人の担保として取ってあったその家の担保の、その順位を勝手に変更していて、その家が競売に付されたとき、町は一銭ももらえなかったという事件である。
抵当権は公の財産であり、この処分は議会の議決が必要なはずであった。10数年前の執行部の背任行為は今、町財政を圧迫する。


3、産業復興
行財政を改革するのは、性格上の潔癖性や復讐心ではない。
一銭でも余分のお金をかき集めて住民の雇用の保障、産業の復興や福祉に金を回すためである。住民の働く場を保証する、生活を守るということが基本的人権を保障をする第一の課題である。
従来の行政はこのことにあまりにも無関心で冷淡であった。どんな行政施策や事業も住民の働く場、収入の糧になるように仕向け企画されねばならないし、その過程では、それが一部の利権集団に恩恵が与えられるというものであってはならない。
例えば、広大な駐車場やデラックスなトイレのある白浜ビーチに「海の駅」のような今や当たり前の施設でさえ東洋町は建設に着手しなかった。その施設は一部有力者に実効支配されていた。
私はその施設の管理を正常化し、無法行為を追っ払らった。
そこに物産店の建設を呼びかけ、また、住民が署名運動をしていても、有力者や議員の一部ではこれに応じようとせず、中には議会で「暴挙だ」とわめく人もいるほどであった。海の駅や道の駅の建設がどうして「暴挙」なのか。いつまでも町の生産者が近隣の市場に産物をもって行って売ってももらわねばならない、という状態でいいはずがない。粗末な施設から力をつけながら自力更生の道を歩まねばならない。近く東洋町は会社を立ち上げるが、多くの町民がこれに参加し、雇用の場を確保しながら、農林業、漁業をこの会社で担当し、廃れた田畑をよみがえらせ、国が滅んでも東洋町は生き残るぞという町を建設しなければならない。


4、行政の存在する意義は住民の基本的人権の実現のためである。
第1に、再び三度戦争の惨禍から住民を守らねばならない。
第2に、衣食住の生存権を保証しなければならない。
第3に、差別をなくしあらゆる部面で平等が行き渡るように事
   業を進めなければならない。利権と不法行為は許さな
   い。しかし、責任は平等ではない。
   公権力に預かる者、公権力の権限を持つ者らは、
   住民よりも重い責任を背負わねばならない。
   ノブレス・オブリージ(noblesse oblige)の原則を
   保持しなければならない。それは特権を持つ者は、それ
   だけ大きな責任と犠牲を要求されるということである。
   同和問題や女性問題、在日アジア住民らへの差別問題に
   曖昧な態度は許されない。
   新しい町政はあらゆる人権侵害にははっきり宣戦布告す
   るものである。


5、行政は公開される。あらゆる圧政、あらゆる権力者の不正は、その行政が公開されなかった所に胚胎した。
職員の上司は町長であるが、町長の上司は町民である。従って職員の最終的な上司は町民である。我々はいかなる事も町民に報告申し上げなければならない。我々のつかえる殿様は町民なのである。
この町だけではないが、これまでは町長が殿様であり、町職員達が小領主的小姓であった。彼ら権力者がやっていることは聖域であり不可侵のベールに包まれていた。
その不遜な意識と尊大な姿勢は根底からへし折られなければならない。新町政では、すべてが基本的に公開される。すべての問題が庁議にかけられ公開され住民に報告される。文字通り町長や職員が住民の奴僕にすぎないことが示される。その身分がいやであれば町役場から出て行く以外にない。
ようするに澤山新町政はプロレタリアの自己権力なのである。
町民に奉仕する権力なのだ。
先日、町の議会だよりに誹謗中傷など町民の人権に関わる内容があり、それが休刊されたという報道があった。その記事に議会だよりのゲラ刷りがどうして町民に漏れたのか訝しむ趣旨が書いてあった。報道機関の記事としては全くお粗末なものだ。ゲラ刷りであれ何であれ広報的な出版物はすべて秘密はない。しかも議会の議事録的なものではなおさらだ。資料が誰から出たかなど詮索する価値があるであろうか。住民が情報源を秘匿したことが問題になるというのは暗黒社会の話だ。
澤山町政では、すべてがあからさまに論議される。住民の人権は優先的に守られる。町長や職員、議員のメンツなどは問題外だ。
基本的人権は知識ではなく、実現すべき行政課題であり、毎日、その実現のために業務を遂行している。誹謗中傷、暴力には敢然として戦う。
住民の完全な監視のもとに、公開された行政を遂行することが、私や職員の腐敗を防ぐ唯一の方策である。権力は腐敗する。必ず腐敗する。
職員諸君は、町長が不正を働き、諫止してもやめない場合は、直接町民に訴えてもらいたい。
職員諸君は、町長を盾にして、あらゆる暴力や脅しに屈せず、住民のための行政を推し進めよう。


追伸:
最後に、私を誹謗中傷していたインターネットのヘイトサイトは基本的に収束した模様だ。狂ったようなその攻撃の材料には何の根拠もなく、自分たちで描いたでっち上げに過ぎなかった。一部新聞がそれに依拠して「軋轢」報道をしていたが、それも自然消滅の体だ。
むしろ、行政改革上の「軋轢」の存在は、改革の進展の証左である。就任以来何の軋轢もない所には、何の改革もあり得ない。
匿名のブロッグの卑劣な攻撃は現在インターネットの世界では人権上の大問題になっている。それとつながっていた一部議員がまだ何か画策しようとしているようだが、誰も相手にする者はいないだろう。

私は、レーニンが愛唱していたという歌を今日も歌っている。

  同志よ 固く結べ
  生死を 共にせん
  我らは 若き兵士
  プロレタリアの
  我らは 若き兵士
  プロレタリアの




ある外来者の狂気じみたヘイトサイトやそれと結んだ卑劣な反改革の嫌がらせも消滅したことも最後に報告しておきます。
一部の新聞がそれに悪のりしていましたが、彼らが消滅したのはもともと攻撃の材料がなにもなかったからです。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2007年12月29日 (土)

News & letters50

2007年への感謝と決別の言葉

私にとって2007年平成19年は大変な年でした。このような年を過ごしたのは、60年代から70年代にかけての学生運動や反戦運動たけなわの時期以来でした。当時60年安保闘争直後に学生になってからは毎日が戦いでありました。
大学は私にとっては革命の学校でした。
特に60年代後半からは激闘に次ぐ激闘であったであろう。・・・・
戦線を離脱してから、20年間。田舎暮らしの中で、市民オンブズマンや地方議員として少しは世の中に貢献することもあったかも知れないが、今回の東洋町での決戦では再び権力と真っ向から戦うことになったのでした。
「死闘の6ヶ月」と言ってもいい。「決戦勝利」の旗幟を高く掲げ、国家権力の野望を打ち砕くことに成功した。
高知県の最果てのわずか2000に足らぬ住民が国家の全重量をかけた攻撃を撃退したのであった。

いま、私は、図らずも小さいとはいえ町の行政権力を握った。
めまぐるしいほど忙しい仕事の合間を盗んで昔読んだモンテスキューの『法の精神』という本をもう一度読み返している。
昔は、権力の圧政から民衆の自由を確保するには、という観点から読んでいたと思う。今は違う。私は反核闘争の選挙では反核一本で選挙を戦ったが、、しかし、選挙戦の中から法令の遵守ということについては絶対的な政治信念として掲げることを忘れなかった。それは当たり前で抽象的なスローガンのように見えたであろう。

『法の精神』で次のような文章が注目される。
「君主政体や専制政体が維持又は持続されるためには、誠実さはあまり必要ではない。前者においては法律の力が、後者においては君公の常に振り上げられた腕が、万事を規制かつ抑制する。しかし、民衆国家においては、一つのバネが必要であり、それは徳である。」
学校の教科書でも三権分立という政治思想家モンテスキューについて学ぶ。すなわち、
彼によれば、国家は、立法、行政、司法の三権が分立していなければ民衆の自由は確保できないという。
しかし、いかに三権が分立していても為政者に徳が無ければその国家は実質的に滅亡しているという。モンテスキューは言う。
「この徳は、法律への愛、祖国への愛と定義することが出来る。この愛は、自分自身の利益より公共の利益を常に優先させることをもとめるから、すべての個別的な徳を生み出す。」

専制国家では、専制者が権力であり法律である。だから法律がないに等しい。人民は恐怖の中で専制者の圧政に苦しむ。
君主制国家では君主が法律の上に立ち、自由に法律を作ってそれによって権力を行使する。だから、法律があるだけ専制国家よりはましだが、たまたまいい君主に当たれば国民の幸福がもたらされるという程度で、そうでなければ、やはり君主の恣意の元に恐れながら暮らさねばならない。
民主制国家では、国民(の代表)が法律の上に立って法律を作り、その法律の下に権力が作られ、その下で権力の行使が行われる。
だが、民主制国家でも、法律の下に作られた権力が法律を守らなかったら、人民は君主国家並みの政治的無権利におとし込められる。
為政者に徳がなければ、祖国とその人民への愛、法律への愛が無ければ、民主国家は実質的に存在しないと同然であり、不正、腐敗と特権と差別が横行する。

私は東洋町役場に入って幾多くの規則を作ったであろうか。
役場は、その権力執行部の恣意と無気力によって運営されてきたと言っても過言ではない。これは一人東洋町役場だけではないだろう。
施設の管理から採用試験に到るまで法令・規則による業務の遂行は為されていなかった。私が東洋町役場でやってきたことは、まだ完了していないが、室戸市に入っても高知県庁に入ってもやはり同じ状況に遭遇し同じ問題より発生する諸「軋轢」と戦うことになったであろう。
不当な利権と無気力勢力との軋轢なしに民主政治は一歩も進まない。

祖国とその人民を愛し、その人民の権利を守りみずからの権力を自己抑制する法律を愛する事なしには、民主国家はなりたたない。
モンテスキューの見解には時代の限界はあるであろうけれど、為政者は今一度『法の精神』を読むことをおすすめしたい。
これが私の偉大な2007年への感謝と決別の言葉であります。

| | コメント (2) | トラックバック (2)

« 2007年11月 | トップページ | 2008年1月 »