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権力は踊る
狭山事件に見る 刑事裁判上に於ける 部落差別の論理
近年出石ト豊岡ニ人殺シノ公事アリテ、殺シ主知レヌニヨリテ、江戸へ訴ヘタルヲ、其公事三四年引ズリテ、遂ニ殺シ主知ラレザリキ。是公儀ノ奉行、我官位ニ自慢シテ、身貴ケレバ、知恵モ家中ノ士ヨリハヨキト思ヘルナリ。其所ノ守護ノ吟味ニテシレヌコトヲ、百四五十里外ヨリ、何トシテ知ラルベキヤウモナシ。畢竟下手人ヲ出シテ事スムコトナリ。其領主ノ吟味ニテ知レズンバ、ビンボウクジにナリトモシテ、下手人ヲ出スベキコトヲ、センギ仕リ候トテ、年月ヲヒキヅリ、ハテハ埒明ズシテ終ワルコト、愚ノ甚シキナラズヤ。殺シ主ハ其所ニテ皆シレルコトナリ。 而ルヲ徒党シテ隠シタルコト明白ナリ。サレバ其罪ハ殺シタル人同然ナレバ、何者ニテモ其ナカマニテ、殺サンコト、非法ノ刑ニアラザルナリ。(荻生 徂来『太平策』) はじめに 「武蔵野の俤は今纔に入間郡に残れり」とは、国木田独歩の名著『武蔵野』冒頭の言である。しかし、いわゆる高度経済成長の時期より、文明を名とする都市化の波に洗われてわずかに残っていた武蔵野の昔の俤も今は絶え果てた。住古、萱原の果てなき光景を以て、又近くは見渡す限りの林を以てその美しい詩趣を誇っていたという武蔵野は今は無い。時代の推移の中で武蔵野の風景は変わったのである。これについての感懐は、又、人それぞれにあるであろう。けれども我が三百万部落大衆が、武蔵野の入間川または狭山の地に、その大自然美の中に包み込まれてきた封建時代よりの部落差別について、その残存による傷ましい事件について、今なおこうして権力と争い、法廷内外で糾弾に立ち、なおかつ「パンを求めて石を投げつけられる」が如き迫害を受けている事実とその風景は、いささかも変じていないのである。
否、昔からの武蔵野の大地を吹き渡る酷烈な嵐は、それを遮る暖かき林の無い今は、もろに部落大衆の肌身を刺すように吹き抜けていたのである。
狭山差別裁判がこれである。
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コメント
権力の番犬=国家暴力装置たる警察そのものの招いた差別犯罪だと思います。
戦前、関東大震災時、朝鮮人虐殺指令を出したのは、当時の警視総監と内務大臣です。
つまり、戦後の狭山差別事件は、部落民である石川さんに罪をきせて、でっち上げ逮捕と自白強要等をおこなってつくりあげた警察犯罪そのものです。
ようするに、警察機関そのものの、朝鮮人と部落民に対する差別意識そのもの、統治意識そのものが生み出した権力犯罪だということです。
こうした差別意識は、国家権力そのものが持ち合わせているわけですが、むしろ民衆の不満が金融資本や統治者に向かわないように、国内において差別排外主義をことさら煽りたてながら民衆の分断をそそのかしていくなかで帝国主義的な統治を強いていくわけなのです。
それらを実践しになってきたのは、国家暴力装置たる警察権力そのものなのです。
投稿: 日本国憲法擁護連合 | 2008年12月22日 (月) 11時46分