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人民平均の理
明治3年、まだ明治維新の中央政府が確立していないとき、いわゆる朝藩時代といって、東京に明治の朝廷権力と地方には各藩が盤踞していた時代に、高知藩では、板垣退助(権大参事)ら革命派が実権を握っていた。板垣らは戊申戦役当時から藩庁の実権を握り、勝手に軍兵を出兵させていた。
板垣自身は上級武士で山内容堂の時代には武市半平太ら勤王の志士を弾圧する仕事をしていた。
しかし、軍兵の訓練をフランス人にしてもらっていた関係か、フランスの先進的な政治思想に感染していたと思われる。
それにしても、この急進的な「諭告」には当時の中央政府も驚いたと言われる。
高知県民にはこれが最初の県民マニフェストというものである。県庁の玄関にでも掲げておくべきではないだろうか。「諭告/人民平均の理」をダウンロード
封建の身分制、武士の特権化、人民を卑しめる制度に対する激しい批判に今も胸を打つものがある。
橋本体制の16年間は、県民の力は押し込められ、橋本王朝だけが我が世の春であった。現在の高知県庁にもこのマニフェストが依然として該当すると思われる。
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