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2007年8月

2007年8月30日 (木)

News & letters28

       闇融資事件

闇融資事件が断罪された。副知事らが実刑判決が出た。私も橋本知事のもとの高知県政の闇をつく本を出版した。しかし、本当は何にも闇の話ではない。モードアバンセへの巨額融資にしろ私たちが追求した橋本県政の悪の数々は、闇で行われたのではない。白昼堂々と行われた。

他府県の同種事件と違うのは闇で行われるような事件が 真っ昼間に行われたという点にある。当局も説明せず議会も見過ごし報道陣ももてはやすことはあってもこれを何も問題にしてこなかった。当局や関係者らには見えていた、見えすぎるほどだったが、県民にとっては闇であった。そういう意味の闇だ。

モード社への融資は予算に計上されていた。「闇融資」と言うから人が聞けば予算外の金がでていたのかと思うだろう。そうではない。予算として計上され執行された。だからこそ県政上の問題となり、議会百条委にかかったのである。予算書に計上されていた融資であるから県執行部が説明しなくても議会がその予算の説明を求めていたらすでに分かったはずである。

また、モード社支援は県の同対審で正規に審議されていた。有力県会議員数名もその審議会に参加していた。委員はモード社の具体的計画を点検することができたはずですが、委員らは全員このモード社の支援を含む県の同和対策に賛同していました。

新聞もモード社の開業をでかでかと紹介し祝福していました。モード社に関係する団体や人物を見、それらがやってきた事業の姿を見れば、怪しい、ということがすぐに分からなければならず、すくなくとも賛美することはなかったはずです。全国的に同和事業に関して利権にまつわる重大事件が頻発していた当時、すくなくとも警戒心を持つ必要があったであろう。

県庁内でもこのモード社への融資に反対する有力幹部や職員がいたと聞きます。
あとで、オンブズマンらへの内部告発からこの事件が明るみに出ましたが、それでも県も議会も報道陣も、モード社の実名を隠し続けました。

モード社の実名、関係団体、関係人物らをはっきり公表したのは、私達オンブズマンであり、私が発行した「高知県民新聞」でした。
今回の闇の本当の姿は、重大事案を闇に閉ざそうとした当局や関係者の邪悪で卑怯な姿の影でもあります。

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2007年8月28日 (火)

News & letters27

東洋町長への誹謗中傷
名誉毀損のビラ及びインターネットについて
声   明
                東洋町長 澤山保太郎
                    平成19年8月28日

皆様方町民のご協力により核廃棄物の騒動も無事収まりました。
全国の多くの方が東洋町民の奮闘努力に惜しみない声援とそして感謝の思いを寄せてくれています。残暑厳しい中、それぞれの持ち場でがんばって東洋町の復興のため尽力されています町民の皆さんにお礼を申し上げます。

さて、残念なことですが、ごく一部の者によって東洋町長澤山保太郎について根拠のない誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)のビラや匿名(とくめい)のインターネットが出回っています。
「桜井菊蔵会長からの皆さんへのお詫びとご協力のお願い」と題するこのビラの内容は第1に誤解と第2に悪質なでっち上げによって構成されています。

町長が 「詐欺まがいのカンパの取り込み」 をしたのか

            甚だしい名誉毀損

澤山保太郎が「詐欺まがいのカンパの取り込みを行った」などという事実は全くありません。このような事実無根のことを書いてビラにして流布すのは、人権侵害であり、法律的にも名誉毀損(めいよきそん)などで刑事、民事上厳しく、処罰される可能性があります。
私は東洋町長として出張以外はほとんど毎日役場に出勤していますが、このような誹謗中傷ビラを作成したり、ばらまいたりしている人達は誰も私のところに直接この話をしに現れていません。私が、詐欺まがいのことをしないということをよく知っているからです

私の選挙費用につきましては、領収書などで分かっている限りの費用は私自身のお金で支払い、その支払った明細については、できる限り早く選挙管理委員会に届けてあります。
まだ、NTTからの電話料金などの請求が遅れていて、付け加える必要があるものもありますが、基本的には届け出は終了しています。

また、沢山保太郎後援会の収支については、年度末(平成19年3月末~)までに1年分を整理して県庁に提出することになっています。後援会の会計責任者が事実に基づいて県に報告するわけです。後援会の収支については後援会会員に報告し県庁に報告することになります。これについても全く不正はありません。現年度(平成19年度)については、現在進行中でありまだ報告の時期ではありません。

カンパの金はそれぞれの団体が適切に管理している

反核運動で全国から、また地元から、かなりのカンパが集まったようですが、そのお金は、受け取ったそれぞれの団体がきちんと取り扱ってきたと思います。
私は、今年の3月反核運動の拠点として、野根の旧営林署に事務所を開設しました。

そこには地元からも全国各地からもいろいろな団体や個人がやってきて、東洋町の核廃棄物反対の運動に参加しました。私は、それらの人々が事務所に自由に出入りし、活動することを大いに歓迎しました。そこに、机やいす、テレビ、冷蔵庫、米や野菜など多くの人がいろいろな資料や物品を持ち込んで活動をしていました。

なにがしかのカンパも持ってきた人もいたと思います。それらについて私は持ち物の検査などいちいちチェックはしていませんし、各団体がどのような金を持ち寄り、それをどのように使ったか全く知りません。各団体や個人のお金の収支については、私には何も責任がありません。

私は、町外の者でありましたが、核の危険性や反核運動については毎日東洋町に入ってきていろいろと意見を言い、宣伝活動をしてきましたが、他人のお金について干渉する権限がありません。

はっきりしていることは、私は、選挙費用としては誰からも1銭ももらっていません。
私個人は昨年以来反核運動ではかなりのお金を使いました。また、昨年室戸の反核団体の事務所には全国から支援もいただきました。しかし、不正なお金はもらっていないし、訳の分からない金の使いようは何一つありません。

選挙には供託金を法務局に納めなければなりませんが、その金も自前で払っています。
私が、カンパの金を取り込んだという誹謗中傷をする者、その趣旨のビラをまいた人は、それ相当の責任があり、償いが求められます。

東洋町に沢山保太郎後援会の正規の会員はいるのか

澤山保太郎の後援者、支持者は室戸市を中心として高知県下にはかなりおります。東洋町でも私を支持し、後援してくれている人が多数いるということは事実です。
しかし、沢山保太郎後援会、後援会の会員というのはまた別のものです。

沢山保太郎後援会は健在です。私は、後援会という団体の存在はあまり好きではありませんが、この後援会は実際に存在しています。しかし、東洋町には沢山保太郎後援会に正規に加入している人は1人もおりません。今年の3月末ごろに10人ぐらいが集まって沢山保太郎後援会を作ろうという事になったことは確かで、そのとき誰が後援会長になるかということが議論され一応会長が桜井菊蔵さんということになりました。

しかし、結局東洋町での後援会作りは進展せず、急激な状況の変化の中であっという間に選挙戦に突入し、後援会作りは立ち消えになってしまいました。最初の準備会のような会合以降、誰からも後援会の話は出てきません。会員申し込みの文書も一枚も提出されていません。会費も一銭も払った者もいません。会則も一枚も配られていません。一度も後援会の総会は東洋町では開かれませんでした。「後援会長」自身がちょうどこのころご本人自身に何か事情があり、表だったことをするのは難しいというお話もありました。
後援会長と名乗る人がいても、後援会は東洋町では何の実体もない状況でした。

それで、室戸市民を中心とする従来からの沢山後援会は、一度は県庁に櫻井菊蔵氏を沢山保太郎後援会「代表」と登録しましたが、それは錯誤であるとして、「代表」を澤山保太郎本人に変更しました。後援会長を名乗ることについては、どうぞご自由に、しかし、政治団体としての後援会の「代表」は変更させてもらいますよ、と桜井菊蔵氏本人に紙に書いて説明し了解をしていただき、その趣旨についてはご高齢ですから忘れてもらっては困るのでB4のザラ紙に清書して本人に渡しました。後援会長と後援会代表は必ずしも同じ人がなるとは限りません。近隣の市町村でも後援会「会長」とその「代表」が違っている政治家も現に存在しているわけです。

    もっともクリーンな選挙が行われた
    今ふるさとの復興へ前進しています

後援会の記事については全くの誤解であり、錯誤ですむことでしょう。しかし、
カンパのお金は、澤山保太郎には無関係ですし、4月の町長選の選挙費用には使われていません。この前の町長選挙では、相手陣営のことは知りえませんが、澤山陣営では、おそらく東洋町で行われた選挙でももっともクリーンな選挙の一つとして歴史に残る選挙をしたと考えます。東洋町長である澤山保太郎に言いがかりをつけ、お金を盗んだなどと言う誹謗中傷をし、それをビラにして町内に配布し、卑劣にも匿名のサイトで全国に流布した行為は、断じて許されるものではありません。

一部の人間がどういうわけでこのような誹謗中傷ビラを配布するのか、はっきり分かりません。私が、町長に就任して4ヶ月が過ぎましたが、その間大きな改革が遂行されています。そのなかでは、コネで契約したり、契約そのものもなしに権益をとっていたりするなど、これまで行政に不当に食い込み利権を得ていた関係が断ち切られていますが、そのことについて不満不平を鳴らしている方々がおります。選挙で応援したぞ、とか、これまでの利権を守れ、これまで通りにしておけなど、いろいろ言ってきましたが、私が少しもそれらに耳を貸さないでどんどん改革を進めるので腹がたっているのでしょうか。
誰も澤山保太郎の選挙を応援したからと言って特別な待遇は与えられません。

応援したら何か見返りがあると思っているのでしょうか。その人々は澤山保太郎という人間を誤解していたようです。澤山保太郎は公明正大で、仰いでは天に恥じず、伏しては地に恥じない、誠実な人生を送っています。
悪に対してはその前に絶壁のように立ちふさがります。

東洋町の皆さん、東洋町の運命を決した、もっとも大事な選挙をけなし、泥にぬろうとするいかなる陰謀にもまけず、私たちが戦った尊い反核運動の成果を子孫に語り継ぐようにがんばりましょう。私の先祖の過去帳は野根の由緒あるお寺にあります。私も東洋町民の血筋の者です。東洋町の改革は前進しています。ふるさとの復興は必ず達成されます。

「seimei_828.pdf」をダウンロード

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2007年8月20日 (月)

News & letters26

人民平均の理

明治3年、まだ明治維新の中央政府が確立していないとき、いわゆる朝藩時代といって、東京に明治の朝廷権力と地方には各藩が盤踞していた時代に、高知藩では、板垣退助(権大参事)ら革命派が実権を握っていた。板垣らは戊申戦役当時から藩庁の実権を握り、勝手に軍兵を出兵させていた。
板垣自身は上級武士で山内容堂の時代には武市半平太ら勤王の志士を弾圧する仕事をしていた。
しかし、軍兵の訓練をフランス人にしてもらっていた関係か、フランスの先進的な政治思想に感染していたと思われる。
それにしても、この急進的な「諭告」には当時の中央政府も驚いたと言われる。
高知県民にはこれが最初の県民マニフェストというものである。県庁の玄関にでも掲げておくべきではないだろうか。「諭告/人民平均の理」をダウンロード
封建の身分制、武士の特権化、人民を卑しめる制度に対する激しい批判に今も胸を打つものがある。
橋本体制の16年間は、県民の力は押し込められ、橋本王朝だけが我が世の春であった。現在の高知県庁にもこのマニフェストが依然として該当すると思われる。

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2007年8月16日 (木)

News & letters25

高知県民マニフェスト

橋本県政16年の悲惨な結果の中で、現在における高知県民のマニフェストは次のようなものでなければならない。

「高知県民マニフェスト」をダウンロード

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2007年8月10日 (金)

News & letters24

市町村での職員採用試験はどうも不透明ではないかと思っていました。
採用試験要領で、学科試験や面接試験の配点などの試験実施要領が明確でなく公表されていないからです。室戸市でも大きな問題として提起しました。
東洋町でも同様に不明瞭でした。
すなわち、
第1に、学科試験や面接試験の結果が総合評価方式ではないことです。どういうことかというと、学科試験の結果は単に1次試験の「あしきり」用に使われているだけで、2次試験の段階では学科試験の結果は「チャラ」にされてきたようです。40点の人も90点の人も2次試験では同列に並び面接試験を受けると言うことです。そうすると、後は面接試験の結果によって決まると言うことになります。
しかも、この「あしきり」というのも、どの水準で「あしきり」がおこなわれるのかあらかじめはっきりしていない。学科試験で50点以上のものとか、成績上位何人のものとかいうのをあらかじめ決めていないから、お目当ての受験者のとった得点をもって合格点とすることができるようになっているのである。
そればかりか、学科試験の結果、試験用紙も答案用紙も委託業者にそのまま送付され、採点結果の成績表だけが委託業者から町に送りかえされてくるのであるが、それを見ることができるのは首長だけであるということになると、その「あしきり」もあやしくなり、「あしきり」自体も不存在ということになってくるであろう。こうして、実質的には面接試験だけの採用試験になってしまう。もちろん面接試験は、客観的な判断材料は何もないから、お目当ての受験者を合格者に選び出すのはさほどむづかしいことではない。
こうしていけば、コネ採用システムが構築され、市町村役場はコネ就職の利権の巣となるであろう。県庁がどうであったか。これまで多くの疑惑は、教員採用試験に向けられてきた。

このたびの東洋町の採用試験は、これまでの試験とは根本的に相違している。この7月に一般の臨時職員の採用に当たっても学科試験と面接試験を行い、基本的に成績に従って採用された。
これまで観光協会で雇用されていた人も応募があり臨時職員に採用されたが、それは学科試験が成績優秀であったからであり、それ以外の理由は何もない。面接試験では受験者間の差異はあまりない。
このたび、正職員が7人近くやめることになり、急遽採用試験を実施しなければならなくなった。それで、東洋町では初めて試験実施要領が作成された。
試験は学科試験と面接試験とにした。学科試験の配点は80%、面接試験は20%配点し、学科試験50%正解以上のもので、成績上位5人までが第1次試験合格者とし、第2次試験の面接試験を受けるものとした。
試験官は、庁内5人で構成し、このものが採点をし、面接をし、合議の上合否の決定をすることにした。
学科試験50%以上の正解がなければ全員不合格とする。
受験者は事後、自分の成績、自分の答案用紙を確認することもできる。
来る8月19日、いかなるコネ、情実のはいる余地もない公明正大な試験が東洋町で行われる。
改革は進む東洋町の一こまです。
他の市町村の採用試験の実態はどうであろうか。市町村民はそれぞれ、これをチェックしなければ、行政から利権や不正を一掃することはできない。自分ところの自治体の試験制度を点検する必要がある。
コネで入ったものは、もともと、正義感が欠如し、良心が麻痺している可能性があるからである。
もし、コネで入った人がいるとしたら、今更やめろとまでは言わないけれども、その人たちは、その分一生懸命公務に励み、住民サービスに尽くして、正規に入った人以上の貢献をすることを心がけるべきであろう。

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News & letters23

東洋町の改革はどんどん進んでいます。
ごく一部の不満分子がいますが、東洋町行政全体は静かに、しかし、着実に進んでいます。

東洋町では正規の法令に基づいた契約でないものが多数あり、これは一日も早く正常化しなければなりません。法令に基づかない契約で公金を出しているとなると、町長や幹部職員の責任が追及され、不公正な行政が続くと言うことになるからです。

たとえばこんなこともありました。トイレや駐車場の清掃などで、コネ契約(正規の公募などがなく、どうしてこの契約が交わされたか不分明)があり、一組の夫婦に年間620万円(町役場の分月に18万円とあとは観光協会の分)も支払われていました。月に50数万円です。調査したところ実際にはほとんどだんなさんだけが従事していて十分手が届いていない状況でした。
観光協会は町の駐車場料金の収入を全額カットされ町の収入にかえられましたので、このご夫婦には支払えなくなりました。
町としては、契約にある18万円に7万円を加えてこれをせめて夫婦で月25万円にしていただくという話をしました。夫婦にとっては大幅な収入ダウンです。
これでは生活できない、とかで早速地元の有力者と一緒に町に交渉にやってきましたが、町としては、これまでの法外な収入を支える根拠もないし予算もありません。第1、その契約自体の適法性も問われかねないものでした。私を選挙の時に応援したとかいう地元の有力者の期待には添えませんでした。
一応月に25万円の線で来年の契約期間までやっていただくという話になりましたが、1週間ぐらいのちに、これではやっていけない、ということでご夫婦は仕事をやめられ、鍵も全部返してました。すでに、奥さんの方は観光協会から2ヶ月分のお金をもらっていたと言うことでした。
町は急遽職員にトイレの清掃をやってもらいながら、臨時職員を雇用しました。

トイレなどの清掃は大変な作業ですが、それでも年間620万円も支払ってきたというのはあまりにも異常ではないでしょうか。役場の職員も誰もこの事実を知りませんでした。町民も驚くでしょう。どういう理由でこんな契約がかわされたのか、観光協会の大判振る舞いの理由が不可思議です。

正規の手続きによらぬコネ契約では、契約された方も大変だし不安です。行政の公正な運営によって大きなお金が節約され、効率よく仕事が遂行されます。選挙で応援したぞー、応援したのに裏切られたー、とか議会内外で私をせめても、私は、不正なことには与することはできないし、気の毒ですが、利権話には私は冷淡なのです。誰かの特権を認めることは多くの善良な人々を差別することになるのです。特権と差別はメダルの表と裏です。
差別は親の敵であるからこれを認めることはできないのです。

東洋町の改革の一こまです。

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2007年8月 9日 (木)

News & letters22

長崎の反核市民集会と原水禁の分科会に出席しお話をさせてもらいました。大阪では言葉が堅い、哲学者のようだと先輩から言われましたが、長崎では大変おもしろかった、漫才よりもおもしろかった、という批評がありました。私は何もおもろい話をしたのではなく、真剣に、まじめくさって話をしたつもりですが、逆説的な言い回しや落差のある話などが多くあり、それが自然と人の笑いをひきおこしたものでしょう。すべての核兵器、すべての原発、すべての核廃棄物を廃止するためには、多くの人が過去及び現在の事実に向かい合わなければなりません。
原爆の惨禍の過去を私たちは永遠に伝えなければならないが、それをふまえて、現在の大きな事実についてこれを払拭するための努力を惜しんではなりません。日本に、ヨーロッパのグリーンピースのような強大な影響力を持つ政治勢力が反原発を掲げて登場しなければなりません。実際の現場では、ほとんど姿を見せず、アリバイ的に1枚のビラをまいただけで、住民と一緒に先頭に立ってたたかいました、などといって選挙宣伝をして、集票しようというさもしい既成政党の腐敗を国民は決して見逃しません。
原子力政策に反対する全国の市民運動を代表する新しい政治勢力が必要です。

長崎は、かつて私が大学生の時分に、三菱長崎造船の組合運動を勉強しに入って1ヶ月ぐらい滞在したところです。第1組合の西村さん、荒川さんらのもとで戦闘的な労働運動を教えてもらいました。
そのときには繁華街のそば屋「一休庵」とか言う店の2階で寝起きをさせていただきました。長崎も今はすっかり様変わりです。しかし、昔も今も長崎の反核の息吹は8月の暑熱よりもなお熱く、私たちの心を打ち続けます。
久間とかいう政治家の、原爆はショウがなかったんだ、という発言が問題になりました。とんでもない人です。しかし、かつてアメリカや連合国側の政治家だけではなく、共産圏の指導者も原爆の効果を賛美し、原爆を批判するバチカンなどを攻撃さえしていたのです。被爆国日本の国民が、とりわけ広島長崎、第5福竜丸らの被爆者たちがこの爆弾の非人道性を批判し、日本に反原水爆の大衆運動が広がって初めて、革新政党やそして保守系政治家までもが原水爆反対に立ち上がったのです。
今でも、原爆の効果、終戦を早まらせたという虚偽の宣伝を信じている人がいたわけです。
その過ちの最大の原因はあの第二次世界大戦をアメリカ、イギリス、フランス、中国らの連合国側の平和愛好国と日独伊の同盟国、ファショ側の戦争だという太平洋戦争観に入れられているところにあります。あの戦争は紛れもなく、日本、アメリカ、ドイツ、イギリスなど世界の帝国主義国がソ連「社会主義国」などを巻き込んで世界の植民地分割戦争をやったのであって、どっちが正義だとか、平和勢力だというものではなかったのです。アメリカ軍を「解放軍」だとかいって、喜んで受け入れ、悪いのは日本やドイツだという考え方からすると、原爆もいい効果があったという結論になるのです。
アメリカも日本もドイツも高度に発展した資本主義という意味の帝国主義国として世界分割戦争をやったのであって、民主主義のためだとか自由のためだとか言う戦争ではなかったのです。
日本帝国主義も、アメリカ帝国主義もどちらがやった戦争も不正義であり、否定さるべきです。そして、いかなる戦争も否定されるべきであり、いかなる殺傷兵器も否定されるべきですが、原水爆という、戦争責任に何の関係もない人まで大量に殺してしまう兵器は絶対に禁止されなければなりません。
この核兵器を廃絶するためには、原子力というものから、人類がいっさい手を引くということが必要です。原子力の「平和利用」も即戦力となります。
人類はこの自然の中で己の分を知り、己の満足の範囲をこれ以上拡張せず、静かに、静かに、暮らすことを覚えなければなりません。

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2007年8月 6日 (月)

News & letters21

知事の引退
橋本知事が引退を表明しました。ついにという感じではありますが、それにしても、あまりにも遅すぎます。
第1に、後数ヶ月に迫った知事選で現職の去就の表明はもっと早くすべきであった。次の知事候補者(その中には橋本支持者もいるかもしれない)としては、準備期間、県民への周知期間が相当必要です。
第2に、国政選挙の結果を見て判断するというのが全く分からない。それは、橋本氏個人にとっては大事な判断材料であろうけれど、県政(県知事)にとっては無関係ではないが、特段の関係があるとは思えない。次の県知事、次の県政のあり方を県民が考えるのには相当な時間が必要です。どこかから天下ってくる候補者の誰かを選べというやり方はもうごめんこうむりたい。
橋本氏は地方政治に限界を感じたということのようですが、なんのことか分かりません。
地方政治は国政の下にあり常に限界があります。
思うように政治が行えるなら、苦労はいりません。
高知県という広大な土地と巨大な人材と金をもって何もできなかった、ということでは、少し説明不足でしょう。16年間の虚妄の時間を何と説明する。
確かに、保守反動の知事よりはましだ、とは言えても、改革派知事として何を改革したのか、肝心の行財政改革は何をやったのか、また、産業復興のため何をしたのか。土佐の教育改革と言うが何の教育をどのように改革したのか。私にはさっぱり分かりません。闇融資事件や、巨額選挙資金の謎、坂本ダムなどの談合入札の疑いなど暗い話だけが印象に残っています。高知城下に行くたびに行政の闇の深さにため息をついていました。
しかし、何はともあれ橋本知事は今年の11月で終わりです。16年間、政治的には相当な手腕があることは明らかに示されました。いろいろなダメージを受けながらそれを乗り切っていく手法はたいしたものです。安倍総理にもご教示されるといいと思います。
しかし、行政的には能力の実証される機会はなかったようです。
個人的限界を地方政治の限界にしていく話法などたいしたものです。その政治的巧みさを行財政改革や産業復興に使うべきでした。
不幸な高知県(民)は、これからどうなっていくのでしょうか。人ごとではありません。私たち自身でどうするか県民のマニュフェストを作成し、世論を作って行かなくてはなりません。

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