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2007年7月

2007年7月31日 (火)

News & letters20

後援会のこと

沢山保太郎後援会は存在していますが、現在活動休止中です。
室戸市の人が中心です。会の代表は私本人で、会計も私本人です。昨年までは室戸市のAさんが会長でした。今年の春先に東洋町のBさんに会長を交代してもらうことになりましたが、東洋町では突如の選挙合戦であわただしく、準備会のような会合をして会長を決めただけで結局正式の総会も一度も開かれませんでした。また、会員の募集はやってくれましたが、会員名簿は全く私のところには届きませんでした。会長という人もその名簿はもっていないでしょう。選挙は、参謀だとか、実行委員会だとか言う名前で遂行せられていて、だれも後援会の組織について活動するものはおりませんでした。また、会長というBさんも何かご家庭の事情が起こったとか言うことで、具合が悪いというお話がありました。そういうことでしたので、
東洋町では会員に通知をして正規の総会を開くということもなく、新規約も決められず、会員名簿も集まらない、金も一銭も集まらないということで、私は後援会の代表を私の名義に返しました。
あまりにも急転直下の選挙だったので正規の後援会組織を作るいとまがなかったのです。やむを得ないことでした。
会長とは別に後援会の代表を自分自身にして県庁に登録している人は他にもいます。会長と代表を別々にすることもできるわけです。
現在旧来のメンバーで沢山保太郎後援会は存在していますが、活動を休止しています。
そういうわけで、東洋町では沢山保太郎の正規の後援会組織はできませんでした。
後援会を引っ込めた理由はそれだけではありません。
今度の東洋町の核反対闘争は何も沢山保太郎後援会が主体であったわけではありません。東洋町の従来のすべての地区会(町内会)が立ち上がったのです。だから、堂々と東洋町のすべての地区の集会場で反対集会が何度も何度も開催されたのです。
おそらく選挙も全く同じであろう。地区あげての選挙戦でした。決して私個人の政治団体、沢山保太郎後援会などが主力ではなかったのです。
今度の東洋町の戦線では沢山の後援会はその形骸もとどめなかった、というのが真相です。だから私は、未完成の後援会を引っ込め元に戻したわけです。
後援会というのは、そんなものでいいのではないでしょうか。
大衆運動団体は LOOSEなものでいいというのがレーニンの説でした。
いざというとき、一人の人を中心にして、みんなが手弁当で集まり1つの目的で活動する。俺が会長になる、おまえが副会長をやれ、・・・金のあるものは金、労力のあるものは労力、知恵や企画を出す人もいる、店番をする人、炊事をする人、・・・・・そうして活動の目的が終わったら、それとなく解体して静かになる。後には何にも残らない。
今回の東洋町では、その後援会を作りかけて、正規に結成する前に決戦が終わってしまいました。終わってからも誰も後援会の組織作りのことは語っていません。私の足引っ張りのお馬鹿さんだけが、あたかも後援会組織が正規にできていたかのようにあげつらい、でっち上げ話をして世間を欺いているだけです。

選挙が終わった後々まで後援会と称していつまでも政治家の周りで活動するというのはあまり感心しないことです。選挙のとき一生懸命支援した、と声高に叫び許認可を迫る人もおります。選挙で応援とか、後援会だったとかいうのは行政遂行上では、何にも関係ないのです。どんな人でも平等に取り扱わねばなりません。

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News & letters19

大阪で解放運動の大先達らにあってきました。
いろいろ東洋町のことについて支援をしてくれるということでした。
30数十年も前私が、解放運動に参加した頃には、まだ水平社の生き残りの歴史上の人物が相当いました。大阪の環状線桃谷駅のすぐ近くに本部がありました。私はその大先輩たちと寝起きをともにし、その謦咳に接し、ありがたい経験談を直接伺うことができました。
今回私が会った大阪の大先達という人は、水平社運動の指導者の下で活動家になり戦後の解放運動の中核を担った人でした。その人もすっかり老いていました。私はその人のもとで解放運動を学び実践してきました。私は暴れん坊でしたのでいつもその先達が私をかばってくれたのでした。
今の活動家は、その偉大な先達の言うことを敬して近づかずで、ほとんど無視されています。
水平社の大幹部と第2世代の先達とそして第3世代の私たちは一体となって狭山闘争などの運動をしてきたのでした。
その当時から、解放運動を利権化しようという連中がいました。今、解放運動は大きく変わり果て、当初の純粋な姿はわずかにしか残っていないように思います。これからの解放運動の原理は、

受けるものから
施すものに変生しよう

私たちの苦しみを語るのではなく
世の人々の苦しみを聞いてあげよう

富を得るのではなく
富をわかちあおう

身を捨てて悪と戦い
弱い人の盾になろう

すくわれるのではなく
世の中の苦しんでいる人を救うのです

菩薩行の功徳を積んで歩くのが
私たちのこれからの解放運動です。

そういうことで一致しました。

また、大阪の知り合いにいろいろ東洋町支援のことを頼みましたが、
1,東洋町に刑務所を持ってくることはできないか、
2,フェリーの跡施設に海上保安庁の出先機関を持 
  ってこれないか
3,東洋町に浪曲や漫才、落語、講談など演芸をも 
  ってこれないか
4,温泉をほることができないか
   などを打診しました。

なお、社民党大阪府代表は府会議員の隅田さんですが、この人は甲浦出身者です。
また、社民党大阪府の幹事長の奥さんも甲浦出身でした。この方々は東洋町が核で激戦中に小型バス数台で応援にきてくれたのでした。
脱原発をマニュフェストに掲げているのは社民党だけではないかと思います。

平成19年7月28日

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2007年7月30日 (月)

News & letters18

安倍晋三さんが自民党をつぶしてくれるのではないか、そういう期待をしていましたが、それが現実になりつつありますね。しかし、小沢さんでは第2の自民党のような気がします。一難去ってまた一難ということになるのではないか、そういう気持ちです。
日本は、また世界も、原子力による放射能と化石燃料による温暖化とで競争的に汚染され住めなくなるでしょう。

今、われわれは、文字通り国を動かすエネルギー政策の、これの抜本的な転換なしにずるずると破滅を準備しつつあるのです。

強力な政治的リーダーが現れて救国戦線をしいて、旧来の腐敗と無気力勢力とを押しのけて、新しいクリーンなエネルギー政策をこの日本に打ち立てる必要があるでしょう。年金問題なども大変なことであり、こんな基礎的な行政事務で大騒ぎになるのは歴代政府の無能ぶりを示してあまりあります。

しかし、人類の死に至る病について何もしないでいいのでしょうか。年金問題にしろ何にしろそれはそれぞれの個人にとっては重大なことではあります。国の失態もまた重大な責任です。だが、人類の危機的な問題を凌駕するほど重大なことではないでしょう。

柏崎刈羽でその危機の一端があらわになっている最中の国政選挙で、それ(原発の危険性)がまともに取り上げられなかった、という事実をいつか後悔するということがないように祈るのみです。

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2007年7月29日 (日)

News & letters17

誹謗中傷

私への誹謗中傷をほとんど専念して繰り返しているとてもお暇な方がいます。

全部名前がわかっています。この人らは世の中を少しでもよくしていくということには何の興味もなく行政改革を進める私を妨害することに熱中しているようです。何か選挙資金がどうだとか、カンパの金に疑惑があるだとか言うことで盛んに虚偽内容のでたらめを言いふらしています。

繰り返し申し上げます。私は今回の町長選挙での必要経費は私が支払い、そのことは選管に報告をしてあります。この経費についてはだれからも一銭ももらっていません。

昨年9月頃より始まった今回の東洋町の核反対運動は、今年4月5日突然前町長の辞職と言うことになり急遽5日間の選挙戦で決着しました。
その間、地元はもとより全国のいろいろな団体、個人がこの反核運動に参加してくれました。

私は東洋町野根に反核運動の事務所を自費で構えました。自費といっても町内外の多くの人が掃除や机、いすなど荷物の運び込みなどを手伝ってくれました。それらはほとんどボランティアであったと思います。

この事務所には地元の人や全国の支援の人がたくさん出入りをしました。団体もあり個人もありで、事務所は自由に使っていただきました。
私は事務所の出入りをチェックしたことはありません。核に反対するものであれば、誰が来ようが、何を持ち込もうが自由にやってもらいました。

私はそれぞれの団体、個人について、その活動資金がどうか、とか、カンパがどうだとかいっさい関与していません。チェックもしていません。
ほかの団体や個人については知りません、私自身は、事務所では誰からもカンパをもらっていません。

途中で急に選挙戦になりましたが、供託金50万円についても私は人に借り、選挙後支払いました。
澤山町長に金銭疑惑があるとか、反核などの資金カンパについて開示せよなどというブログや文書を盛んに出している人に警告します。

町長である私について事実無根のことを広め名誉を毀損した場合、刑事、民事の両方で提訴します。
すでに相当な資料があがっています。

私は、地元であれ町外であれ、任意の団体の会計について私が関与することはできません。
①選挙資金だとか、②反核運動の資金だとかいう名目で金を集めた人がいるとしたら、

①については、もとの人に返還してください。選挙の会計は今まで判明している分についてはすでに終了しています。

②については、これまでの反核運動の経費に使った上で、なお残りがあるとしたら、それぞれの団体や個人が適切に処理してください。

私に任意の団体や個人が持っている金について問われても何も答えることはできません。
しかし、そのことで私について重要なことは、それらの金について私が関わっており、疑惑があるとか、その収支を開示せよ、とかいっている連中の犯罪的な意図です。

その連中は、東洋町のこの核の運動の期間において地元各団体の金銭の出し入れについて私が何の関わりもないということをよく知っているのに、あたかも関与していたかのように吹聴している訳です。この吹聴の事実について刑事、民事の責任が追求されると言うことを自覚する必要があります。

当局に断固たる処断を求めることになります。

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2007年7月28日 (土)

News & letters16

選挙と原発

今回の参院選では、柏崎刈羽の原発施設の惨状はほとんど争点になっていません。柏崎周辺の地震の惨禍はひどいものでした。一日も早く復旧がすすむよう願わざるを得ません。

しかし、原発の破損、放射能の汚染の現状が毎日のように新聞やテレビで報道されているのに、原発の危険性についてこれを大きな問題にしようとする政治勢力が全く現れてきません。社民党がわずかにそのマニュフェストで脱原発を掲げているが、それも柏崎刈羽のことをとらえて国民に原発や核のことをアッピールしようという気がないようです。

こんな危機的な事態が起こっているのに、政党や運動団体が街頭に出て号外を出してこれで国論をわかそうという意気込みが全く見えないのです。私も、わずかに社民党の集会に藉口して訴えをしただけでした。

このままでは日本列島は、55基の原発を抱えてチェルノブイリの二の舞三の舞を待つだけなのだろうか。地震が来なくても原発はその内部の腐食や人為ミスで大事故が起こるのであり、その稼働する日ごと月ごとに大量の死の灰が積み上げられているのです。日本列島は文字通り累卵の危機の上に毎日を過ごしているのです。今原発をやめなければ、大変なことになるという自覚を持たなければならない。これまでの事故も同じですが、柏崎刈羽の原発事故も我々の危機意識の形成を激しく迫っているのです。

だのに、各政党は、年金や消費税や生活上の諸問題、せいぜい憲法を最大のテーマにして集票に余念がないというていたらくです。それらの問題も大事ではないとは言わないが、それよりも人類の生存を直接脅かす事態が露出していることに全く無頓着であるというのが理解できないのです。

国のエネルギー政策のアキレス腱、原発。その核廃棄物の処理。
政府自民党の積年の失態をついて政局を切り開くという戦略的判断ができない指導者たち。地震は確かに不幸であった。しかし今、不幸な日本の一番の不幸は、国民の喫緊の必要な政治課題をとらえるしっかりした政治的リーダーがいないという悲しさです。

原子力産業は、地域の腐敗した利権屋どもだけではありません。日本の資本主義の根元から出てきたものであり、その推進者の係累は第二次世界大戦を推進した戦犯たちや、日本の主な公害を推進してきた資本家たち、官僚、それに迎合する御用学者によって担われてきたものです。原子力産業を解体することは日本資本主義の腐った根っこを解体することです。

われわれは、苦しくとも、一人一人を説得して日本列島から原発をすべて廃止するという政治課題を最大の課題として戦う同志を募る以外にありません。

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2007年7月24日 (火)

News & letters15

7月27日は大阪で社民党候補を応援に行くことになっています。反核では社民党が一番はっきりしています。高レベル放射性廃棄物の件でも社民党が国会内外で論陣を張ってくれました。辻本清美代議士とも会う予定です。

私は、核に反対するすべての個人、団体や党派と積極的に連帯します。
日本のすべての原発をストップさせること、柏崎刈羽の原発を即時廃止することを訴えたいと思います。

このたびの参院選で初めて核の問題を争点にすることになったと思います。大阪の天地に核反対の雄叫びをあげてきます。

また、東洋町を活性化するために大阪の昔の同志たちが、支援の会を作ってくれると言うことです。この人々は一大勢力です。

就任から3ヶ月たって、核の危険性も払拭し、繰り上げ当選の危険性も乗り越えたので、これからは、行財政改革をさらに推進するとともに、殖産興業に全力を挙げるつもりです。

商売気の全くない私が、町の住民の営利のために働くことになりました。企業を誘致し、地場産物をどんどん産出し、住民に働く場を保証する。そうして人口減少に歯止めをかけることです。

町役場の業務の一つ一つが住民や町役場の収入につながるという発想の転換を進めなければなりません。町役場は支出するのが仕事ではないということがわかる必要があります。節約に節約をし、一銭でも稼ぎ出すということです。

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2007年7月23日 (月)

News & letters14

繰り上げ当選はなくなりました。

2007年4月22日に歴史的な東洋町長選挙が反核・改革勢力が圧勝してから、今日で3ヶ月がすぎました。これで、推進派の前町長の繰り上げ当選ということはなくなりました。私の町長就任は4月22日当選当日となっています。

新町長となった私の第一の任務は、すでに始まっていた高レベル放射性廃棄物の埋設地とする調査を止め、東洋町を核の憂いのないように、調査応募を白紙に戻し、文献調査を拒否し、核導入禁止条例などを作ることでした。
第2は、まず何はともあれ3ヶ月を生き抜いて前町長の繰り上げ当選だけはさせない、ということでした。

私は見事に3ヶ月を生きぬくことに成功しました。
7月22日、それが達成されたわけです。

この3ヶ月間は試行錯誤、いろいろありました。しかし、町民の皆さんや町外の同志の方のお導きでなんとか大過なく町政を推進してきたのではないかと考えます。大体町行政の全般について把握できてきた感じであります。この間、相当改革が進んできたと思いますが、まだまだ整理されていない問題が山積しています。ブレーキをかけても車がすぐにとまらない、制動距離というものがあると同じです。

法令遵守といっても、細かい規則が作られていないので、それらを新作することから始めなければなりません。契約の大原則である一般競争入札でさえ、今まで全然やったことがないので、契約規則やマニュアル作りから始めなければなりません。

他の市町村や県庁なども同じでありますが、法令集や条規集の編集や差し替えなどにも毎年莫大(法外)な金が町外の業者に支払われていましたが、これらも今後一切業者にやらせず、自前で作ることにしました。

駐車場の巨額の収入を町の会計に確保し、県外の業者にたかられていた無駄な支出を廃止し、その金で産業を復興しなければなりません。今の町役場の人材を大切にして鍛え、また、多くの人材を確保して町政を復興しなければなりません。

風林火山の武田軍の軍学書が言うように、人は城人は石垣です。城や施設が金を生むわけではありません。人が富を作り出すのです。

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2007年7月20日 (金)

News & letters13

活断層上および周辺における原発施設の稼働の中止について

     緊急要請

                平成19年7月20日

内閣総理大臣 殿
経済産業大臣 殿
                   

        高知県安芸郡 東洋町長 澤山保太郎

(要請の趣旨)

柏崎刈羽原発および日本各地の活断層近辺の原子力発電所および核関連施設の稼働を緊急に停止し、調査の上、廃止することを求めます。

(要請の理由)
先日平成19年7月16日午前10時13分、新潟県柏崎市の沖を震源とする直下型の大地震が勃発しました。この地震による被害はすさまじく、多くの人命と財産が失われました。家屋の耐震化、避難所確保など災害対策の不備が顕然となってきています。

また、この地震は世界最大級の柏崎刈羽原発(東京電力)をも直撃し、時間とともに同発電所内で火災、放射能漏れなど重大な事故や破損が明らかになってきました。
このときに当たり、私たちは日本列島の活断層の上、または活断層の周辺部にある原発や核関連施設の稼働を中止し、徹底的な調査をした上、すみやかにこれらを廃炉、廃止するなど適切な措置を講ぜられることを要請致します。

柏崎刈羽原発の外にも、使用済み核燃料の貯蔵、再処理工場など核施設の密集する青森県六ヶ所村、中央構造線の大活断層に近接する愛媛の伊方原発、東海大地震の震源地御前崎の浜岡原発など多くの核施設が自然災害に無防備なままきわめて危険な状況の中で建設され稼働されています。

これらの施設が直下型地震に見舞われ施設が破壊された場合には、日本列島上の人類は大半が放射能の直撃をうけ、私たちの社会が政治経済的に麻痺して破滅的な大混乱が発生する可能性があります。国家が滅亡するやもしれない危険性を冒してまでも原発を維持しなければならない理由はないと考えます。

このたびの柏崎刈羽原発施設の被害の状況を見るにつけても、いまや、原子力に依存する政策をやめ、これにかける国家の予算をエコエネルギーの開発にまわすなど、貴職らの賢明な政治判断が求められている時がきたと考えます。

どうか、原子力産業の事故、破綻による放射能災厄の不安を解消し、可及的速やかに平穏な日本社会に戻していただけますよう伏してお願い申し上げます。

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2007年7月17日 (火)

News & letters12

    国論を二分するほどの政治的課題として
    日本の原子力産業と対決するべき

今次の参院選挙でも原発や核廃棄物等原子力産業についての問題を掲げて立候補した人はほとんどいないようです。私は非常に残念です。

原子力産業の是非の問題は、日本の最大の政治課題だと思います。年金問題や行革やら生活上の様々な問題があります。しかし、核の問題はそれらを遙かに超越した、人類の生存に直接関係する重大事案です。原発がある各所では熱い問題となって紛糾していますが、それが国民的な問題として政治化していないのはどうしてでしょうか。地震多発国である日本では核の問題は、今日も明日も直ちに広範囲な地方で多大の人間の生命に関わる事件に発展します。関東周辺で原発事故が起こったら首都圏が機能麻痺に陥るし、福井県で起こったら中部地方や関西圏にまで災厄が降りかかってきます。佐賀県の玄海原発に問題が起こったら、九州の中心部分が麻痺状態に陥るでしょう。

日本の首都圏など大都会が放射能でやられるとしたら、日本経済は破滅的状態になり世界経済を直撃することになります。今回の中越沖地震で柏崎・刈羽の原発がメルトダウンを起こさなかったのは、その方がむしろ奇跡的な幸運であって、変電所の火災事故、放射能汚染水の放出ぐらいですんだことが不思議なほどです。私は、このままでは必ず55基のうち一つや二つがチェルノブイリ級の大惨事を起こすことは間違いないと思います。

事故が起こらなくてはその危険性がわからない、では話になりません。人類として最低だ、ということになります。既成の政党、左翼を名乗るいろいろな団体がありますが、原子力の問題を現代の最大の課題として取り上げて戦うというのが全然ないのが信じられません。私も、つい1年前までは、原発に反対はしていても、これが自分が取り組むべき最大の政治的課題であるとまでは認識していませんでした。

何物も捨てて、この問題に取り組まなければならないと言うことがわかったのは、東洋町という自分の足下に核廃棄物が導入されるという事態になって猛勉強をしてからでした。

  湯川秀樹博士の言葉

ある年取った音楽家の家で私は偶然湯川秀樹博士の本に出会いました。ずっと昔60年代に私は京都で湯川博士のシンポジュウムに参加したとき、学生の質問に対して博士は「原発も原爆も同じだ」と答えたことを今でもはっきり覚えています。
最近出会った博士の本(創造への飛躍」(講談社1968年)には、こう書いてありました。

「原子力の問題は人類全体の問題である。しかもそれは人類の頭脳に貯えられた科学知識に端を発するものである。この問題の根本的解決もまた、おそらく人間の心からはじまらねばならないであろう。それは人類の進化の途上において、その運命を決定する新しい問題として現れてきたことの認識からはじまらねばならない。原子力の脅威から人類が自己を守るという目的は、他のどの目的よりも上位におかれるべきではなかろうか。人類の繁栄と幸福とは本来何人も異論することのできない共通目的のはずである。しかしそれは現実においては多くの場合、各人の生活からかけ離れた理想にすぎなかった。

現実においては各人はもっと切実な動機によって動かされてきた。人類の繁栄と幸福が究極の目的であるにしても、そこに至る道筋が何であるかについては、多くの異論がありえた。かつてはいかなる宗教を信ずるかが、人間の集団行動の決定的因子であったこともある。そのためには長年月にわたる戦争さえも辞さなかったのである。現代においては国家目的の達成が明確に最上位におかれた。さらに近くにはそれが、どのような社会形態を最上と信ずるかという問題と、より密接に結び・しかし、原子力の問題は人類の全体としての運命にもっと直接に関係する新しい問題として現れてきたのである。

これを転機として、人類の各員が運命の連帯に深く思いをいたし、原子力の脅威から自己を守る万全の方策を案出し、それを実現することに、いままでよりもはるかに大きな努力を払わなければならない段階に入ったのである。そしてそれは人類がその繁栄と幸福とに、もっと直接につながる人類的共同体の実現への一歩を踏み出すことでもあるのではなかろうか。

私は科学者であるがゆえに、原子力対人類という問題をより真剣に考えるべき責任を感ずる。私は日本人であるがゆえに、この問題をより身近に感ぜざるをえない。しかしそれは私が人類の一員としてこの問題を考えるということと、決して矛盾してはいないと信ずるものである。」

湯川博士のこの言葉は、いかなる革命家の政治的演説よりも現実性を帯びていると私は思います。
原子力の脅威から人類を守るという目的は、他のどの目的よりも上位におかれるべきだ、という博士の言葉以上のものを、今我々は何も持つべきではないと思います。博士が指し示してくれた人類の最大の政治的課題を、今こそ大きく掲示して日本の国民が全世界に呼びかける必要があると思います。

今次の参院選にその政治課題が影も形もないというのはいったいどうしたことであろうか。
原子力、放射能の脅威は化石燃料などによる地球温暖化よりも急速に人類に打撃を与えると考えられます。人類を救済する新しい政治勢力が登場し、その圧倒的な勢力の旗が京師の大通りに翩翻(へんぽん)と翻る日のために、同志たちが糾合する必要があります。

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News & letters11

   東洋町斎場について

訂正 東洋町の斎場の契約は8月いっぱいで切れ、9月から町の直営になります。

1、 東洋町の斎場に関する条例は、町が斎場を直営するという条例です。直営とかどうとかは書いていませんが、民間に委託するということが書いてない場合、は町が直営するということです。直営するという条例では、民間に主要業務を委託することはできません。本件の町の条例では、業務の一部を委託できると書いてありますが、小松さんところと町との契約書には主要業務が委託されていますので、条例違反となります。

2、 仮に、主要業務の委託が許されるとしても、委託業者については公募するとか、選考委員会を設け、これにかけるとか、公正な手続きが必要です。
小松さんがどういういきさつで町と委託契約をしたかわかりませんが、
町の重要施設の運営を特定の業者に随意で契約をして委託する問題ではありません。

3、民間葬儀社では業務に携わる社員に、住民から謝礼として「寸志」とか酒類を提供したりすることはゆるされるかもしれません。しかし、公共の施設では、仮に民間会社が委託されて運営している場合でも、業務に従事する人に住民からの金品の授受は認められることではありません。そのことだけでも、委託契約でも雇用契約でも契約は破棄されます。
今後、東洋町の斎場においては、業務従事者に金品の提供はしないようにしてください。町としても、また従事者にとっても迷惑です。斎場にはすでにその趣旨の張り紙がしてあります。

   たばこの自動販売機

東洋町役場のたばこの自動販売機については、 機械を持ち込んでいる小松さんとことは何の契約もありません。設置許可の事実もないということです。どうして公共の建物に何の契約も許可もなく長年民間人の営業が公然と許されてきたのかわかりません。このたばこの自動販売機には電気のメーターもついていません。毎年の手数料はある団体に入っているとのことで、その手数料の中から推定の電気代金が町に支払われている、ということになっています。どういういきさつがあったとしてもこれは不法行為です。直ちに是正されねばなりません。

   白浜に正規に許可された自動販売機を設置

白浜のビーチにも小松さんのドリンク類の自動販売機が長年来設置されていましたが撤去されました。
新たに町は県に自動販売機の設置申請をしこのほど許可されました。町はここコーラ社と契約を結び機械を入れてもらいました。
駐車場、トイレを含むこの浜の施設は県の施設で県条例がありそれに基づき町が委託管理をしてきました。町の委託管理の地位は他の誰にも譲ってはならないことになっています。小松さんのこの複数の自動販売機の設置については県の許可も町の許可もなく、また何の契約書もありませんでした。どういう訳で特定個人(または企業)が公共施設に複数の固定機械を据え付けて堂々と営業をやれたのか、不可思議です。どのような書類やいきさつがあったとしても、観光協会や小松さんは県の管理条例に照らして白浜の駐車場やビーチハウスを管理したり、露天商らに許認可権を行使したり、勝手に機械を据え付けて個人営業をする資格はありませんでした。

ちなみに、ここの自動販売機の売り上げは近在ではかなうものはなく、すさまじいものがあったということです。
新町政は、この不法な自動販売機について、撤去命令を発し、撤去してもらいました。そうして県に正規の申請をして町が契約した自動販売機を新たに設置しています。この手数料年間75万円ほどは当然町の会計に入ることになっています。
町は、白浜の駐車場や海水浴、ビーチハウスの維持管理に莫大な費用をかけています。

法令遵守はあくまでも峻厳であります。

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2007年7月15日 (日)

News & letters10

   契約の解除

1、東洋町の斎場についての委託契約は解約しました。

これは、前観光協会会長の小松さんの経営する葬儀社と委託契約をしていましたが、東洋町条例に照らし、斎場の主要業務を民間会社に丸ごと委託するのは違法性があるので、今年9月いっぱいで契約を解除し、町の直営にすることになりました。

この施設は民間会社にアウトソーシングすべきではないかなどと言う議会筋からの質問もありましたが、町の条例を守る義務もあり、また、斎場は町民の生死に関わることでありますので、民間会社に任せた場合にもしかして不都合な問題(たとえば、会社によっては利用料の外に住民(利用者)から寸志などを徴収する場合もあるなど)が出てくる場合もありますので、公営にする必要があろうかと思います。
小松さんが長い間適切にこの施設を運営してくださったことに感謝いたしています。

2、町役場内のたばこの自動販売機について

これについては、国連WHOのいうとおり、喫煙は人類にとってよろしくない、ということなので設置を禁じるものであります。たばこの税金が町に入っているではないか、という意見もありますが、喫煙が原因と思われるさまざまな病気について、医療費などの公の負担がさらに大きく、全国的に公共施設内でも禁煙となるなど喫煙に対しては厳しく規制されてきている状況であります。

また、この機械は、上記の小松さんの会社が持ち込まれて長年営業されてきたとのことですが、その点ご苦労をおかけしましたが、町との間には何にも設置する上での契約もないし、設置許可の手続きもないので、7月いっぱいで撤去してもらうことにしました。電気代金はきちんと町にいただいていましたが、手数料については町の会計に入らず、別の団体に入っていたようです。

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2007年7月14日 (土)

News & letters9

7月13日 来高の菅総務大臣、山本金融相への陳情

激戦の選挙期間中に県下の市町村長や議長を集めて両大臣が懇談会を新阪急ホテルで催しました。
その政治的意図は明白であります。
各市町村長らから地方の財政の苦しさ、交付税の配分などを中心とした要請的意見が出されました。核問題で騒動した東洋町長として私の方からは憲法95条 について次のような要請を行いました。

憲法95条はどんな内容の条文かご存じでしょうか?。
ほとんどの人がこの95条については知っていないと思います。

それは、ほとんど適用されたことがないので死文化しているからです。すなわち、95条には、「特定の地域に適用される国の特別法を制定するときには、当該 地域の住民の同意がいる。」とはっきり規定されています。しかし、今回の東洋町に適用されかかった高レベル放射性廃棄物の法律(「特定の放射性廃棄物に関 する法律」)のように、特定の地方に適用される国の特別法でも、政府や国会が住民の同意をとらずにこれらの法律を制定し、実施しようとしてきました。

国会法には手続きが規定されていますが、地方の住民の側にこの法律の適用を要請する手続きを定めた法令がないのです。「地方自治法などに憲法95条の適用 を可能とする手続きに関する規定を設けてほしいのでご検討願いたい。」という趣旨の要請をしましたところ、菅総務大臣の方から「憲法95条については不勉強であった。地方自治法などに盛り込めるかどうか検討したい」という趣旨の答弁がありました。

憲法95条が適切に適用されるならば、原発や核廃棄物関連の国の法律の実施において、住民投票が前提的に実施されるなら、大騒動をしなくても粛々として住民は自分たちの意思を表明し、その問題に決着をつけることができるでしょう。

95条は、終戦後の一時期に佐世保や横須賀などの軍港を整理するための法律とか、熱海や別府の温泉関連の法律の制定の際、適用されたといわれるのみで、 それ以降全く使用されなかったようです。

だからみんなこの条項については憲法を読んでいても記憶に残らなかったのでしよう。95条は、単なる理念的な規定ではなく、住民の同意を必要とするという具体的な国民の権利に関する手続きを定めた条項です。この条項に国民がアクセスする法令がないために、宝の持ち腐れになっているのです。

各地の原発にしても、高レベル核廃棄物だけではなく中間貯蔵施設にしても、特定の地方にそれらの法律を適用するのであるから、憲法95条が適用されるべ きです。住民投票条例があればもちろん有効ではありますが、しかし、条例では首長の法律行為を規制し拘束することができません。いままでのところ、住民 投票条例では、投票結果についてはこれに従うとは規定できず、これを「尊重」するという風にしか書けないわけです。従って住民投票条例をやっと作った場 合でも、悪い首長を押さえることはできないのです。

しかし、憲法95条の適用であれば、文句なしに、住民の投票結果は絶対的に拘束力があり、これに反する行為は憲法違反と言うことになるわけです。
逆に言いますと、住民投票をせず、住民の同意を得るという手続きをしないで、高レベル放射性廃棄物の地下処分のための調査を東洋町で開始した政府は、憲 法違反行為をしたということになるわけです。

ちなみに、憲法「改正」を急ぐ政府自民党の憲法案にはこの95条が影も形もなくなっているということです。

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県下の市町村で初めて一般競争入札を計画

東洋町の生見地区にあるB&G という施設(体育館)の屋根が雨漏りがひどいのでかなり大きな改修工事を予算化しています。約2000万円余です。
これまで、県庁を除いて、県下の市町村では工事の請負契約はすべて指名入札か、随意契約だということです。一般競争入札は全くやっていないということです。

2000万円を超す工事については東洋町の業者が請けられないので、町外の業者数社を指名して入札する予定でしたが、東洋町指名審査会では、このほど、町外の業者は特に指名する者はいないということで一般競争入札にすることにしました。

一般競争入札による請負契約が地方自治法では原則的な契約方法となっています。ところが、東洋町では(どこの市町村でも)、一般競争入札の手法が全くわからないので担当課があわてて研究すると言うことになりました。
地元の大工,左官などをできる限り雇用してもらうという条件も入れることになりました。

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2007年7月13日 (金)

News &letters8

地方における公共交通のあり方

くろしお鉄道(ごめん・なはり線)の集会に出席しました。安芸市長をはじめ安芸郡下の市町村長、議長がほとんど参加していました。南国市や香南市らも参加していました。鉄道会社や県庁の幹部も参加していました。18年度も赤字で1億円のマイナスだということでした。県庁の6千万円を筆頭に沿線市町村の出し前は毎年1億円から2億円近くに上っています。お客さんを増やし確保する名案は今のところないようです。このままでいいのでしょうか。阿佐東線も風前の灯です。

阿佐東線も、また、くろしお鉄道の会社を経営する場合も、次の数点を考える必要があると思います。

1、乗客の増加を図るために各沿線の市町村が何をするか、です。駅の周辺に客をひきつける何かを講じなければ、待ちぼうけのように待っているだけでは意味がありません。殺風景な荒地の甲浦の駅一帯を花の駅に変えようとする会合に呼びかけても、 鉄道会社から一人も姿を見せない。花の一本も持ってこない。乗客が少ないのは乗客 が悪いのではない。経営努力がないからだと思うべきではないでしょうか。

2、そして何よりもコストを大幅に減らす方策を講じる必要があります。コスト削減の検討をするために専門家に依頼すべきです。阿佐東線は1500万円の水揚げしかなく、7000万円に上る経費がいっている。少なくとも収入に見合った経費にすべきなのだから、今の車両をやめて簡便なトロッコに変えるなど抜本的な対策を講じなければなるまい。

くろしお鉄道も4億円の水揚げに対して5億円の経費が要り、1億円前後の赤字なの だから、1億円のコストダウンの方策を講じなければならないと考えます。県や市町村への納税は文字通り血税であり、その税金からの負担金を受けているのだから、身を切り、骨を削る努力が必要です。テレビで報道された銚子の鉄道会社のような努力
が必要です。

3、そして、県や市町村の方は、バスと競合する列車についてどう調整するかという 交通政策が明確でないといけません。限られた乗客(というよりも減少しつつある乗 客)に対して平行にバスと列車を同時に走らせて競争しても共倒れになることは明らかです。
くろ鉄と県交通・土電バスが一体となった取り組みが必要です。ようするに、バスと 鉄道がひとつの会社に統合するぐらいの県の交通政策の指導力が必要なのです。鉄道とバスとどちらかを主従とするという当然の策が必要です。

4、鉄道事業にともなってサイドビジネスもいとわず、車内でジュ-スでもお菓子でも販売する、駅舎でせんべいを売っている鉄道会社があるというが、なりふりかまわない経営努力が必要だということです。

5、県や市町村の負担金の額の制限または減額、負担する期限を切るなど、危機意識を醸成する必要があります。くろしお鉄道の今のように10億円もの基金を常に保有するように毎年負担金を積み上げておけば、誰もまともに努力しないでしょう。赤字をすべて補填してくれるというのであれば、どんなぼんくら社長なり、どんな間抜け 社員でも、誰でも会社の「経営」はできます。
阿佐東線の場合は基金の積み上げも今は途絶え、あと1、2年で食いつぶす金もなくなる見通しです。

会社は慈善事業ではないのだから自力更生の計画がたたないのであれば事業の大転換をするか、それでもだめなら閉鎖すべきです。県や市町村の財政は苦しい。無計画に、共倒れするように競合する二つの路線に湯水のように県民の血税を注ぎ込むこと については、県民に説明はつかない。 阿佐東線の集会やくろしお鉄道の集会に参加して、お歴々のお話を聞きながら、以上のように考え込んでいました。

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2007年7月12日 (木)

市町村合併について

私の考えでは今のところ国や県が推進している市町村の合併には賛同しかねます。
現在の合併の推進は政府の地方切り捨ての最大の政策の一つであると思います。

1,日本のブルジョワジーは、全国の農山漁村にその産業予備軍の大半を温存してきました。地方の次男、三男らを貧しい村や町においてこれを必要なときに賃労働者として雇用してきました。不況の時には、失業、半失業状態で農漁村に返しそこで何とか滞留させて潜在的失業者として温存してきたのです。日本の農産漁村は、また、野蛮な帝国陸海軍の兵隊の兵站基地であり供給源であって、保守的、さらには反動的なイデオロギーの受け入れ母体としても重要でありました。

2,しかし、今、中国や東南アジアの安い労働者が大量に使えるようになって、日本のブルジョワジーには日本の地方に滞留させる産業予備軍がいらなくなってきたのです。地方はもはやお荷物となり、これに莫大な金をかけて温存する必要がなくなってきました。地方が疎ましくなってきたのです。地方が必要なのは核を含む産業廃棄物の捨て場だけです。

3、欧米の市町村(municipalty)は何万何千とあります。特別の自治区など錯綜した地方自治体の網が張られています。アメリカでは1000人以下の小自治体が数の上では大きい自治体よりも多くあるということです。
どうして欧米の自治体( local self-government )が合併劇によって数的に縮小されないのかを考える必要があります。

4、それは、こうだと思います。民主的で、自治能力のある人間の数が多いほどその国や社会の民度が高く、経済的にも、文化的にもまた、軍事的にも、そうではない国よりも優れている、ということではないでしょうか。自治能力の少ない人間の集団よりもその能力の高い集団は、たとえ個人個人の力は弱いとしても総体としては強い、ということです。

5,現在進行中の市町村合併政策はただ、財政的な効率だけを眼中に入れ、国家百年の計がなく、日本の国家としての哲学が欠如していると私には思えます。一時的な効率を満たすだけでは、ただに地方の人民を捨て去るだけではなく、国民の民力をそぎ落として、国を衰亡させる結果を招くのではないか、私はそう思います。

6,無駄を省き、不正をただして、コストは下げるにしても地方自治の骨格はむしろ強固にしていくことが肝要であると考えます。

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2007年7月11日 (水)

News & letters7

佐賀市での集会で言いたかったこと

「皆さん、私は戻ってきました。120年ぶりに帰ってきました。おなつかしう存じます。私をお忘れですか。私はあのとき、佐賀を追われ土佐の国の国境の寒村、甲浦という町で、縛吏によって捕らわれ、国家改造の志半ばで倒れました。そうです、私は江藤新平と申します。私の肉体は佐賀にかん送されましたが、まだ無念の霊魂は東洋町甲浦に残っていました。

されども、このたび東洋町、特に甲浦で、核の問題とやらで大騒動があり、百年の怨念から私も目覚めました。ある人の家のすぐ近くに私の呪いの記念碑(「江藤新平君遭厄地」)がたっています。そこで私は捕まったのです。核の問題で多くの人が私の石碑の頭ごなしにある家に向かって怨嗟の声をあげました。そうして私は目覚めたのです。郷里を思い、国を思う甲浦の人の心がはっきりわかりました。私の怨念も今こそ氷解しました。

私の思いは東洋町の新町長の体に乗り移り、今夜無事に帰還しました。
佐賀の玄海原発のプル・サーマルと言う恐ろしい企てに際し、郷里と国家を思ってきた私は、私の魂魄をこの佐賀の空におき、同胞の皆さんの御守りをすることにします。」

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2007年7月 8日 (日)

News & letters6

7月7日、佐賀市の玄海原発3号機のプル・サーマルに反対する市民の集会に行ってきたました。その後、唐津市の同様の集会に行きました。佐賀県は今大変な状況です。

佐賀を突破口にして日本で初めてプルサーマルが本格的に始まろうとしています。核(プルトニウム)のリサイクルの最終処分地についてはひとまず、東洋町で阻止しましたが、中間項のプル・サーマルが始まると、六ヶ所村の使用済み核燃料の再処理工場が稼働を始め、原子力産業は活況に転じる可能性があります。

どうしても佐賀県の玄海原発のプルサーマルを止める必要があります。佐賀県の同士たちは、今全国から孤立しています。玄海町自体には有力な反対勢力がありません。県全体にもまだまだ、勢力は小さいです。プル・サーマルの是非を問う県民の住民投票条例の直接請求(署名者5万2千人)を起こしましたが、県議会で否決されました。

全国から支援をする必要があると思います。県民にはまだ原発の恐ろしさ、放射能の恐ろしさが浸透していません。強権的な行政の前に小さい勢力が跳ね返されています。全国民の力でプルサーマルを阻止しなければなりません。佐賀のなかまの戦いを孤立させないように支援の手をさしのべよう。全国の反核の人々が手をつなぐ必要があります。それを痛感して帰ってきました。

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2007年7月 5日 (木)

News & letters5

高畠氏への回答(続)

高畠氏の質問に対する回答はまだ続きますが、ここでお断りをいたします。

観光協会の新役員さんのお話では、この高畠氏の質問は、観光協会の団体としては出さないことにした、高畠氏個人の質問というように理解してくれ、と言うことでした。読者の皆さんもそのように理解してください。訂正いたします。

行政が契約をする場合は、①法令に則り、②議会の承認、が基本的に必要であります。軽微なものであれば、議会承認はいりませんが、公有財産の管理や、処分は国の法令なり町の条例・規則なりに基づかなければなりません。契約者が町長であるから、とか、町長のはんこが押されているから、ということだけでは適法ではありません。

町議会が反対しようが、町民が反対しようが、何でも町長の権限でやれる、という訳にはいきません。何かのコネで町長が随意に契約しても、随意に契約していいという法令(地方自治法施行令)に該当しなければ適法ではありません。そのことが東洋町の行政に大きな重しとなっています。緊急やむを得ない場合などの随意契約は別として、コネ契約を廃止し、行政事務を正常化しなければいけないのです。高畠さんや町民の皆さんにはそのことをわかってもらいたいのです。

回答は次回に続く。

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2007年7月 4日 (水)

News & letters4

高畠氏よりの「町長に対する質問」へのご回答

大変遅くなりました。観光協会等の問題でいろいろご心配をかけています。あなたよりのご質問にお答えいたします。あなたは長く東洋町観光協会(任意団体)の幹部役員をなさってきましたのでこの質問を観光協会のご質問に準ずるものと考えます。

ご質問の内容は質問と言うよりもあなたのご意見というものですが、一つ一つをご質問と受け止めご回答をいたします。

一、高畠氏の質問の要旨

高知新聞の報道で町有地での駐車場料金について「本来町の収入であり、協会の収益とする法的根拠はない」という表明は外観だけをとらえた発言であり、当初よりの経緯を無視した、傲慢な発言であり、・・・とのご意見ですが、

*町長の回答 1  

どのような経緯があっても町公営の駐車場料金は「本来」町のものであるということは全く正当な判断だと思います。その徴収した料金をどのように処分するか、それを観光協会に渡すのか、ほかの用途に使うのかは全く別のことです。その料金(公金)をどうするかは町長一存では決められません。町長との契約があっても、公の財産についての契約は、法令や規則に則り、また、議会の承認がなければ、無効となります。 それが「本来」町の収入であるという考えは誰も否定できないでしょう。

どんな経緯があっても本来公のものはおおやけのものであって、民間のものは民間という風に区別をつけていただきたいと思います。このような見解を述べることは何も「傲慢」ではありません。むしろ民間団体とこんな契約をしていたとしたら、法令を無視し、議会を無視して町長であるという権力を乱用しているという点で前町長のほうが「傲慢」ではないでしょうか。

町政は、町長が何でも勝手にやれるというものではないのです。 勝手に町の財産や公金について町長に処分権があるというものではないのです。核廃棄物の問題で見せた前町長の独断専行の考え方は観光協会等との契約行為にも同じようにみられるのであります。 観光協会だけではなく前町長が残した法令に基づかないコネ契約がほかにもいくつもあり、これを正常化・処理するのに職員が大変な苦労をしているところです。

貴殿のような公明正大な人が、誰が「傲慢」であるのか見間違うというのは全く合点がいきません。

二、高畠氏の質問の要旨   

観光協会は町との間に当事業の「事業認可」があり、「土地使用契約を締結し以後土地の使用料金を支払い、適法に占有し、使用してきた」。(地方自治法第238条の2第2項、同238条4の第2項)

* 町長の回答 2

観光協会の当事業というのは駐車場管理の事業だと思いますが、「事業認可」などはしていませんし、観光関係の民間団体の事業について認可する権限もありません。駐車場の町長が交わした管理委託契約があるだけです。

①一番大きい生見東駐車場

1、いま、手元にある契約書が2通あります。

(A) 平成11年4月1日締結のもの と

(B) 平成19年3月30日締結のものです。

いずれも「生見駐車場管理委託契約書」となっていますが、第2条の「委託業務」の条項には(A)の契約書にも(B)の契約書にも駐車場料金徴収の業務については記載がありません。契約書の各条項をみる限り東洋町は料金徴収業務は観光協会に委託していないのは明らかです。町は、ほかに誰にもその業務を委託している様子はないから料金徴収業務は町が直接遂行するということになっています。

2、しかしながら、最近、今年3月に締結した(B)の契約書の第5条には、 「駐車場の収益は、当駐車場の管理・運営経費に充てることの外、観光を目的とすること以外に使用してはならない。」という条項が入っています。この条項では、駐車場の収益の使い道を限定していて、駐車場の経費と、観光目的の事業に使うべきことがうたわれています。

しかし、駐車場の収益を観光協会の取り分とするという規定は何も入っていません。 この契約では町が料金を徴収し、町が経費を払い、町が収益を観光行政に使うという解釈しかできません。 委託された施設の使用料などの徴収の問題は軽微な問題ではないので、特に条項をいれてその料金が誰に帰属するのか明確にしておかねばなりません。何も規定がなければそれは委託する前の元々の権利者(町)のものとなります。

たとえば、県の管理条例で町が委託されて運営している白浜の駐車場では駐車場料金を徴収する場合その金は町が取得していいという条項が県の条例(第10条)に明確に入っています。町の収入にしていいということが条例に入っているということは県議会も承認したということです。条例制定は県議会の議決事項であるからです。 現行の平成19年3月から6月までの契約でも観光協会が駐車場料金徴収業務をしていいとか、その集めた金をを取得していいと言うことになりません。 まして、平成18年度までの契約書には、駐車場料金徴収の業務についても、その徴収した料金の貴族についてもはじめから何にも入っていないから、それまでの長い期間、料金を観光協会が徴収し、それを取得し続けた法的根拠は何もないのです。

3、ところで第一に問題なのは、これらの契約の前提となる町の条例・規則でありますが、生見の駐車場については国から有利な過疎債を借りて町が設営した公の施設であるにもかかわらず、地方自治法244条2で定められている管理・運営の条例が制定されていないのです。 空き地などの管理やまた一時的とか短期間にやむを得ず条例なしに管理する場合もありますが、はっきり行政目的がある土地や施設について管理・運営条例なしに長期間にわたって町長が勝手に運営することは許されていませんし、ましてやその施設の管理運営を丸ごと法人でもない民間任意団体に任せるなどというのはもってのほかというべきです。任意団体にもし問題があった場合正規に訴訟を起こすこともできないという可能性があるわけです。

第二に、特に公金については行政機関には厳しい法令があります。地方財政法第3条、第4条には、地方公共団体はあらゆる資料に基づいて正確にその財源を捕そくし、予算に計上しなければならない、厳正に収入を確保しなければならないと定められています。 公営の駐車場があり、そこの料金徴収を他のものに委託してもいないし、その金を他のものにプレゼントするという確たる契約もないのに、それを徴収せずに放棄していた、ということは国の法律に違反することで何らの抗弁も許されるものではありません。

第三に、実は、そもそもこの駐車場では料金を徴収するということで国の補助金をもらってはいないということです。この駐車場は国の補助事業で補助残の金は国の過疎債を借りてつくってまかなったものです。その補助金申請書には有料駐車場とはなっていません。無料でなければならなかった。だから町も観光協会もこの駐車場から金を取ってきたことは国の補助金適化法に違反していたのであった。今は年数がすぎて、その適化法もクリアしているからいいけれどもつい最近までは料金徴収は違法行為だったわけです。

第四に、違法行為であったとしてもそれを知らずにそれでも町の施設で収益があった。その収益金の帰属はどうすればよかったのか。 回答。少なくともその収益金はそっくりそのまま民間団体や個人に渡してはならないことは言うまでもありません。その土地や施設によって生じた果実(収益)はそうではない特別な契約がない限りその土地の所有権者に帰属します。町の公営駐車場で発生した収益金も経費を除いて町に帰属します。 その金を最終的に町の収入に計上できないとしても、いったんは町の会計に入れて、それから政府に返還して補助金の削減にしてもらうか、それとも政府の許しを得て町の財政に入れさせてもらうか、いずれかの処置をとらねばならないでしょう。この収益金を民間団体への補助金のようにして何の手続きもせず、議会の承認もなしに、全額くれてやるなどということは違法もいいところです。町は徴収してはならないものを特定のコネ団体にとらせ、しかもその金の全額を何の手続きもなしに渡していた。高畠さん、こんな2重3重に違法な行為がどうして「適法」なことでしょうか。

第五に、なお、あなたの意見の根拠としてあなたが摘示している地方自治法238条の2第2項は、教育委員会などの委員会の財産の処理に関する話で本件とは全く関係ありません。本件には教育委員会などの委員は何も関係していません。 また、同法238条の4の第2項というのは、行政財産についての規定であり、本件とは全く関係ありません。生見の駐車場は行政財産ではありませんでした。いまやっと先の6月議会で条例改正ができましたので行政財産に登録する手続き中であります。 仮にこれが行政財産であったとしても、観光協会との契約は管理委託契約であって、この法律の規定する貸し付けや地上権設定の話とは無関係です。あなたが列記された法律の条項は本件と何の関係があるのか不可思議です。何か勘違いをなされているのではないでしょうか。

第六、あなたが言う観光協会と町との「土地使用契約」というのは何のことでしょうか。同じ施設で管理委託契約をした上でさらに「土地使用契約」が締結されているなどというのもどだい不可思議な話です。そんな契約書は観光協会の事務局にも町の過去の契約書綴りにも一つも存在していません。

そうして「土地の使用料金」を支払っているというのは役場前の生見中央駐車場のことでしょうか。そこは民有地ですので町が年間51万円で土地を借りて借地代金をその民間人にはらっています。「土地使用貸借契約書」は実際にありますが、前町長とその民間人との間の契約書です。 町が借りているその民有地で観光協会が駐車場を営んでいます。駐車場料金は全額観光協会が取っています。そのうち地代に相当する51万円が町に支払われています。

町は、その駐車場について観光協会との間に「管理委託契約書」(平成16年度で契約満了)を締結しています。この契約書がまたきわめて奇妙な内容です。

第1条で言うには、「甲(東洋町)は、甲が借り受けた次に掲げる土地を以下の約定で乙(観光協会)に年間510,000円で管理委託し、乙は、これを受諾し、その年の12月末日までに甲に対して支払うものとする。」と規定されています。

この条項の前段は、町が観光協会に年間51万円で管理委託するという話。すなわち51万円の委託料を町が観光協会に出すという話なのです。しかし、後段の話は、観光協会はその委託業務を受けることにし、12月末日にその51万円の金を町に支払うというのです。プラス・マイナス0のこの滅裂な文章では、契約の体をなしていないし、第1もう契約期間が切れてから3年になろうとしていますから、無効です。 この管理委託契約書でも駐車料金を徴収するという規定は何もないし、その徴収した料金を観光協会にプレゼントするという規定もありません。もちろん町の管理・運営条例も何もありません。前町長が勝手に町が借りている民有地を運営し、その収益もろとも民間に丸投げ委託をしているのです。

高畠さん、観光協会が「土地使用料」なるものを支払っているのではありません。契約期間が過ぎていますから「適法に占有」しているわけでもありません。役場の前で無法行為が野放しに展開されているという事実だけが存在しています。

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2007年7月 3日 (火)

News & letters3

高知市教委の自由民権記念館で私の先の選挙のはがきなどが展示されていると言うことでした。私はこれについて全く知らないことでしたのですぐに撤去するよう館および教委に求めました。現職の首長や議員の選挙用の葉がきなどを公共施設で展示すると言うことになると、まともに公職選挙法違反に問われます。

人を罪に陥れるようなことを誰が仕組んだのでしょうか。選挙用のはがきやポスターは選挙期間中に正規の手続きを経て許されるものでそれ以外では許されていません。

私は東洋町に関わって反核運動をする上で室戸と東洋町に事務所を設置しました。東洋町野根の事務所は、人の紹介で私が借り受けました。そこには多くの地元内外の団体やグループ、個人がやってきました。みんな反核の人ばかりであったと信じています。私はこれらの人の出入りについては全く自由にしました。全然チェックもしていません。よく知っている人もいましたが大半が知らない人たちでした。

私は机やいす、コピー機、パソコン、看板、文房具、ペンキなど私が活動する上において必要なものを持ち込みました。その事務所に出入りの多くの人たちもいろいろなものを持ち込んできました。私はそれらの物品についても何もチェックはしませんでした。持ち込んだものは持ち込んだ人たちの責任において管理してもらっているということです。東洋町の反核の戦いは終わりました。終わってからも私はなお1ヶ月ばかり事務所をそのままにしておきました。まだ、出入りする人がいたし、その人々には事務的にもまた精神的にも後かたづけが必要であると思ったからです。私の私物以外は全部撤去し片づけてくれるように頼みました。それぞれの人々がそれぞれのものを持って行ったと思います。

私は、役場にいて忙しいし事務所におるわけではないから、誰が何を持って行ったか何もチェックしていませんし、知りません。私が頼んだのは、明け渡さなくてはならないから、早く事務所をからにしてくれということだけです。にもかかわらず、何々をどこへやったんだ、とか、誰がどうしたんだ、という詰問や脅迫めいた電話が私にかかってきます。私は知らないものは知らない、というしかありません。私は事務所で最後に残された私のもの以外のものは全く関知しません。誰かに何かを処分するように指示したこともありません。私は、残された私の私物を持って帰っただけです。私の東洋町野根の懐かしい事務所には、何にも悪いものは入ってこなかったし、悪い人もいなかったと思います。

権力と戦う反体制の大衆運動というのは、自由でルーズで互いに寛容なものでいいと思います。何もチェックせず、終わったらすべてを忘れて次の戦いに進んでいくことが肝要です。それぞれの団体の責任者がそれぞれの団体の後かたづけをし、その労苦を皆さんが感謝する、ということでいいと思います。

核の騒動が終わった後、反核運動に紛れ込んでいた利権グループが根拠のない誹謗中傷をまき散らし、町長は9月で退陣だ、とか不安をかき立てています。選挙違反事件に陥らせようと言う卑劣な画策をはじめていましたが、高知の仲間たちの協力によって無事に解決しました。インターネット内外でうごめく悪党たち、生活に苦しむ多くの住民や県民はこれらに惑わされず、過去を正しく総括し、明るい未来に向かって前進しよう。

事務所の賃借料や光熱費は私が全部支払いました。

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2007年7月 1日 (日)

News & letters 2

県政についての断草離々

県政について新聞記者さんらと話をしました。橋本県政16年間、低迷、沈滞、不振(不信)、後退、混迷、いろいろなマイナスイメージの言葉が出ています。無為、無策、無駄、無体、無法、無理、ムラなど三むダラリ(無駄、むら、無理)どころではありません。こんな高知にだれがしたのだ、といいたいところです。エストロゲンでメス化現象が起こり高知県には新しい生命が生まれてこなくなったのではないか、などという人もいます。

しかし、不平ばかりでは仕方がありません。私らも橋本知事に期待して最初の一票を入れたのだから責任があります。また、橋本知事の個人の責任を問題にするよりも、もっと根元的なところから県政を考える必要があるのではないか、そう思います。

橋本知事もいわゆる改革派知事の一人でした。橋本さんだけではない。都知事選の浅野さんらもその改革には大きな限界があった、旧来のものより少しましではあったが鳴り物入りの看板ほどにはたいした効果はなかった、その失望が都知事選でもはっきり出たと言うことであろうか。高知県は全国的にも今最悪、最低の状態です。県勢だけではなく県庁の財政的にも沈没寸前でいっているわけです。基金は使い果たし8000億円もの負債を抱えました。根本的な起死回生の方策が必要です。根本的な高知県は根本からの改革が必要です。というよりもその身がすっかり変身するほどの革命的な対策を講じなければなりません。これまでの生き方を断絶・解体して、新たな生き物に転換するぐらいの飛躍が必要です。

わたしの大学時代の師匠(といっても私はろくに授業にもでず、先生が私の学生運動の身元引受人、保釈金の肩代わり人)であった奈良本辰也先生が「吉田松陰」という本に書いてありました。「断絶と飛躍のみがよく新生の喜びをもたらすであろう」と。私は高校時代にこの「吉田松陰」という新書版を読み、何度も何度も声を出して朗読しました。それで先生にあこがれて立命の日本史学に入りました。この前なくなった門脇先生を始め西日本の有名な歴史学者が講座を持って立命日本史学に集まっていました。今でも奈良本先生のその本の数節は暗唱しています。「断絶と飛躍のみがよく新生の喜びを・・・・」も私の好きな文章の一つでした。そういう革命的な転身が高知県庁には必要だと思います。

では、何を断絶し、何に向かって飛躍し転成するのか。私の一つの思案を提示します。

それは、国と市町村との中間項である県庁という無駄な機構を解体することである。その県庁が使っている年間5000億円の資金と人とを市町村に渡せ、ということであります。県庁として必要なのは国からの資金の分配機能とその金についての監督・監察機能だけだと思います。その二つの機能を残してすべてを市町村に渡してもらいたい。県庁は自己否定が必要だということです。

江戸時代山内家の家臣団が高知城に盤踞してより明治維新を経て土佐の国を統治していた権力機構を今こそ解体し、県下の民百姓にすべてを明け渡すべき時がきたと思います。今や県庁という機構は高知県全体で言えばメタボリック・シンドロームの肥満した胴体であり、市町村という足腰部分を萎え衰えさせている病原だと思うのです。

誤解しないでくだされ、私は県庁の職員の皆さんには何の恨みもありません。組合の山崎委員長を始め職員組合の皆さんを立派な人であると日頃から尊敬しています。私は今冷静に高知県の行政のあり方について提言をしているのです。県庁職員や県会議員さんの生活権を侵害しようとしているのではありません。

たとえば、ある中学校には実際には障害児童のための特別学級は設置されていず、障害児童が放置されていました。しかし、県庁にはちゃんとその学校には障害児のための学級が開設されているという図面入りの書類があげられていました。そして国からの交付金は県を通じてその学校におろされていて、教員もそれに対応するように増員されていました。だけど実際にはその学校には障害児のための教室は存在せず、先生は別の授業に使われていました。その学校の障害児は体育の授業の折りには一般の生徒が球技などをしているのをいつも運動場の片隅で見学をさせられていたのです。

県は国のお金が実際の市町村の現場でどのように使われているか点検もしないし、関心もありませんでした。書類さえ整っていればそれでいい、国へ市町村からあがってきた書類の中間受け渡し、お金の中間受け渡しの役をすれば、能事終われり、なのです。こんなことをするだけの中間機構がどうして必要でしょうか。

要するに幕末回天の最大の事業である封建武士団の解体の作業が今の高知県にも必要だということです。秩禄処分が必要です。維新の偉業を成し遂げた人々は下級武士が多いとはいえれっきとした侍たちでした。板垣退助や後藤象二郎、高杉晋作らは高級武士でした。その武士が自分の出身母体を解体したのだから大変なものです。そのことによって、日本の人民は武士集団という不労の権益の大集団の桎梏から解放されて、その生産力をフルに発展し、急速に日本を列強と伍するほどにまで成長させました。

秩禄処分という身を切る作業が後の日本の運命を決めたのです。断絶と飛躍、そして新生というのはこのことをいうのではないでしょうか。県庁を解体し、そのもてる富と人材を市町村に渡せ、これを断行すれば日本最低の高知県が日本の最も高い管制高地にたち、我が身を救うだけではなく全国の見本となるでしょう。あれやこれやの既成組織の枠内での改革ではなく、根本的につぶれかかった高知県はこれまでの枠をたたき割って根本的な改革が必要であると考えます。その過程、その手法はいろいろな段階があろうと思います。ワン・ストローク一挙にではなかなか進まないと思います。人を見て法を説かねばなりません。しかし、相手の人がどんなに変わっても説き方は変えても法そのものは曲げられません。その改革の思想は誰にでも直裁でわかりやすく、あくまでも大胆でなければなりません。死の原因であるメタボリックの症候を解消するには、本人自身が決断し、これまでの生活習慣を勇気を持って否定しなければなりません。

私の考えを100パーセント実現できずともたとえ10パーセントであってもそれだけでも疲弊しきっている市町村は生き返ります。高知工科大学でうまくいったので、またしても女子大の建て替えで、というもくろみ。巨額の無駄な予算を組もうとする橋本知事の姿勢では、とうてい私の考えは無縁であろう。

このブログをみられている皆さん、私の考えにご意見を聞かせてください。

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News & letters1

タイトルの名前が間違っていました。 News letter ではなく、News & letters でした。このタイトル名はアメリカの革命的哲学者ラーヤ・ドゥナエフスカヤ女史の機関誌のタイトルをまねしていたつもりですが、うろ覚えで間違っていました。昨日ある方の家でラーヤ女史の本をみていて誤りがわかりました。私はこのラーヤ女史を尊敬し、自分が学生時代に京都に招聘して講演会を開き演壇で女史と肩を組んでインターナショナルを歌いました。彼女は亡命中のトロツキーの秘書をしていた人です。インターの歌を歌いながら私は、ラーヤを介してトロツキーとつながり、ロシア革命につながったという感懐を抱いたものです。Marxism and Freedom という本が主著で「疎外と革命」という名前で邦訳があります。

初期のマルクスのヒューマンな著作に感動していた私は、同じ傾向のラーヤ女史に会い、その該博な知識と現代社会変革の熱烈なパトスに圧倒されたわけです。その後私はラーヤ主義者と呼ばれるようになりました。そのことを私は誇りに思っています。ラーヤは何よりもプロレタリア大衆の自由なる自己運動による人間の解放を唱え、自由とヒュウマニズムを根幹とするウル・マルクス主義の再構築を主張していました。

彼女は50年代の早くからソ連や中国の「社会主義」が嘘っぱちであり社会主義社会どころか最悪の国家資本主義社会でロシアや東欧、そして中国や北朝鮮などの労働者にたいし、「共産主義」の美名のもとに、圧政を強いていることを解明し警鐘を鳴らし続けました。その点も私の考えと完全に一致しました。ソ連の崩壊という形でラーヤ女史の慧眼は見事に実証されたわけです。ソ連や東欧の「社会主義」が消えたからと言って共産主義や社会主義を消えたわけではありません。

それらはスターリンや毛沢東がでっち上げた「社会主義」とはもともと縁もゆかりもない圧政と奴隷の哲学であったもので、それが通用しなくなっただけのことです。「各人の自由なる発展が、他の人の自由なる発展の条件となるような社会」(共産党宣言)を理想とする社会主義の思想は今もなお人類の指針として生きている、と私は信じています。

私はしばらくの間アメリカのデトロイトなどで活動していたラーヤ女史と交流しました。ラーヤ女史が私に送ってきた機関誌のタイトルが News & letters でした。

最近私にもこのラーヤ女史の哲学を一緒に勉強したいという友達ができてうれしく思っています。

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