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2007年6月

2007年6月29日 (金)

News letter20

お詫びの意味

観光協会の問題で私がお詫びをしているのは、何も悪いことをしたとか、失敗をしたという意味ではありません。手抜かりがあったという点でお詫びをしているわけです。観光協会の件で新聞や私の議会内外での説明でもまだ、問題がわからない(本当はわかっていると思われる)、といっている人が一部にいて、その人らにもよくわかるように説明できていなかったという点で反省しているのであります。

ふつうの人には何もお詫びする必要はありません。普通の感覚の持ち主は事実を摘示するだけで十分わかる事柄でありますが、そうでない人にはもっと懇切丁寧に説明しなければならなかったわけです。そうしてその人らも不正や不正常な現状を是正する方向に説得できていない点をおわびしているわけです。

それらの人は、おそらく最後までわからないと言い張ることでしょう。公共の駐車場をある民間任意団体が前町長と契約をしてその駐車場料金を全額とっていた。ふつうだったらその事実を知っただけで、なんやてえ、とか、ええ、とかいって驚くものです。しかし、そのことを前から知っていた人、それに関わっていた人にとってはそんなことを暴露されることが腹立たしい、前町長が認めていた、何が問題やと反論したくなるものです。

しかし、町長であっても公共施設を条例規則も作らず勝手に運営したり、これを収益ごと民間団体に丸投げ委託したりすることはゆるされないのです。こんな事実を放置していると住民監査請求や住民訴訟が提起され、そればかりか、こちらが背任罪に追い込まれる可能性がある、そういう問題点を繰り返し繰り返し分からず屋さんたちに説明するいとまがなかったことを反省しています。そういうおわびなのです。

あるヘーゲル哲学者は、反省とはものごとを清算することではなく、その本質を実現することだ、といっていました。

私の反省も同じです。私が言おうとすることをさらに詳しくさらに広く説明しみんなに納得してもらい、そして何よりも、その趣旨を完璧に実現することであります。過去5年にさかのぼる駐車場料金の収益金についての請求権は町に残っている。私の一存でこれを放棄することは許されません。これについては弁護士などと相談して最適の措置を講じなければならないと思っています。その間、議会でも庁議でもまた、このブログなどで何度も何度もこの問題について説明します。

ある団体の会長が公共の施設に自動販売機を無許可で設置して営業していました。3台すえていました。最近では全部で5台設置していました。新町長はこれを全部撤去してもらいました。その方は私は何も悪いことはしていません、という。これが悪いことでないのであれば、日本は無法状態になるでしょう。学校でも役場でもどこでもその敷地に勝手に自動販売機をおいて営業をしていいのなら、みんながやり出すでしょう。

現在町は飲料会社と契約し白浜ビーチに新しく機械を設置してもらうように手続きをしています。その契約金は一台につき年間25万円をもらうことにしました。3台では75万円です。そのビーチは県の施設で町が委託管理を任されています。その管理料は年間90万円で県からもらっています。トイレの清掃など維持管理費は90万円ではとても足りませんでした。

75万円が入るようになれば大変助かります。手数料だけで75万円ですから、直接自分の機械を入れ自分の品物を入れると数百万円の収益が上がることでしょう。これまで数十年間町はそれだけ損をし、個人の不当な利得が放置されていたわけです。それを問題にしているのは、何も人を追求するためにやっているのではありません。

東洋町は滞納が多くて困っていました。払わない町民だけが悪いのではありません。税金などを払いたくても払えない、収入がないという人がいっぱいいるからです。税務課の職員は大変です。気の毒だけれども法に基づいて督促状を出さねばなりません。今町は少しの収入でもおろそかにできないのです。これまでのような公共工事にいっぱいお金を出せるという時代ではありません。それでも災害対策など整備しなければならない事業が山積みのように残っています。少しの財源も見逃さずに収納し、町民の願いに答えねばなりません。

就任以来2ヶ月あわただしかった。こういうことの説明をする機会が十分になかった。深く「反省」しています。しかし、私の「反省」はかのヘーゲリアンのごとくですから、不正常な事態を維持しようとしている方々には、厳しいものになりますがご了解をお願いいたします。

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2007年6月28日 (木)

News letter19

法令遵守について

観光協会の問題等で私の説明不足で誤解を生じているようですので説明不足分についてはお詫びをしなければなりません。

それは、なぜ現在の状態が法令に違反し処置を必要としているか、という点で十分納得されていない向きがあるようです。これこれは法令違反だといってもわからない人には、私のやっていることが性急で不当だというふうにみえるらしい。

これは町の財産で、それからの収益を民間団体が収納し勝手に使っているのは法令違反だといっても多くの人はすぐわかるけれども、慣習や馴れ合いになれた人にはそれがさっぱりわからないということがあります。今までやってきて問題がなかったのだから・・・・という人がおるわけです。だから、そのような人にまでわかるように何よりも法令に基づいた適切な財産管理(公金を含む)とは何か説明し話さなければなりません。手抜かりがありました。

①東洋町生見の駐車場の年間1千数百万円の収益金を観光協会が徴収しそれを観光協会に入れていました。しかし、この大金については、議会の議決がなければ町長といえども勝手に民間団体にくれてやるという契約をすることができません。町営の駐車場で徴収された料金は公金です。地方財政法第3条2には「地方公共団体は、あらゆる資料に基づいて正確にその財源を補足し、且つ、経済の現実に即応してその収入を算定し、これを予算に計上しなければならない。」また、同法第4条2「地方公共団体の収入は、適実且つ厳正に、これを確保しなければならない。」と規定されています。

管理を委託したものに対して経費を支払ったとしても水揚げと経費の差額である収益金は当然町の収入として予算に計上しなければならないはずです。それを故意に怠り、誰かにプレゼントしたとしたら背任の疑いが出てきます。町がとるべき収益金を誰かに渡すとすれば、いったん会計に納めた後に、補助金交付規則とかの条例・規則にのっとって支出しなければなりません。それらは無論議会の審議を経て議決が必要です。そのように適法な手続きを経ずに得られた観光協会の収益金については不当利得の可能性があり、町として請求権が出てくると考えています。

東洋町には町営の駐車場についてこの前の議会までは管理・運営の条例も規則も何にも作っていなかった。後先になりますが私が町長に就任してからあわてて違法状態を是正中です。現在でも違法状態は完全に正されていません。ブレーキをかけていますが制動距離があるのですからしばらくお待ちください。

それは、地方自治法第244条2の公の施設の設置管理について条例制定の規定に違反します。一時、短期的ならともかく長期にわたって町長といえども公の施設を勝手に運営し、あまつさえこれの運営を丸ごと民間団体に預けるということは違法であります。

これらの法令や規則については一般の人は詳しくは知らないでしょう。しかし、常識で考えて、公営の施設の料金を全額民間団体が取得するということはおかしいというぐらいはわからなくてはなりません。法律を知らなかったでは通用することではないのです。町側だけではなく観光協会役員にも責任があります。その金をいい目的のために使ったから問題ないという主張も認められません。

それだったら、たとえば極端な話、暴力団が更正資金にするんだといって公共施設に縄張りをはり、てら銭をとってもかまわない、ということになるでしょう。江戸時代には盛り場ではそんなことが普通でした。しかし、現代の市町村では議会の審議など適法な手続きを踏んでもらったお金でなくては、すべて不当な利益ということになるのです。

多くの町民は私のやっていることや新聞記事を見て事態を理解してくれています。きれいさっぱりにしてくれという声がしきりです。駐車場料金の収益金は、東洋町の衰微する産業の復興に使わなくてはなりません。たとえば、甲浦の漁師には正規の網干し場もなく困っています。もともと白浜の浜が網干し場であったけれど駐車場にせられ遠慮がちにその駐車場で干しています。観光客から見れば邪魔かもしれないけれど何百年も続いた漁師の権利が侵害されたままです。

新しい網干し場を整備するのに1000万円かかります。長い間の正当な漁師の願いをできる限り早く実現する必要があります。その漁師たちはこれまで莫大な税金を払って町財政を支えてきました。観光だけではなく、地場産業を復興する資金にもその駐車場の料金を使う必要があります。多くの町民はそのことを理解してくれるとおもいます。

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2007年6月26日 (火)

News letter18

定例議会の感想

久しぶりに議会で発言の機会があり、よい時間をすごしました。私は議会がとても楽しみです。私の考えを披瀝し聞いてもらえるからです。いつもは人の話を聞かされるのが多く、眠くなるのをこらえるのが大変です。こちらの話す機会が与えられずぺらぺらぺらぺら間断なくしゃべる人もおります。その人ははじめから終わりまでしゃべっているのは自分だということが気がつかないのでしょう。

一方議会は時間制限がありますが、私の意見を述べられるので気持ちが楽です。くだらない質問でもくだるような内容に変換(ヴアージョンアップ)して答弁すればいいわけです。建設的な意見を含む質問は無論歓迎です。たとえ揚げ足取りと思われるかすのような質問でも意義を付与していい答弁を心がければ町政にとって利益があるというものです。これは一般論です。

海の駅について市民が勝手に見学に行った、議会を無視している、とか、請願書は無駄だ、とか、町の施設に排水設備がないのでその設備費(19万円)をだした、そんなものに公費を使うのは許さんぞ、というのが議会の質問というのです。住民が自分の車でどこへ物見遊山に行こうが自由ではないでしょうか。そんなことがどうして許されないのか合点が行きません。公共施設が排水設備もなしに汚水を海に垂れ流しにしていいものか。国民が請願書を提出することを無駄だ、やめろということを議会で本気に質問されるということは驚きというものです。しかし、

町長はこれに真剣に答えなければなりません。普通ならこのような会話に付き合わなくてもいいから、黙って退席すればいい。しかし、議場ではそうは行きません。だから、懇切丁寧に答えなければなりません。他の議員も傍聴人も、出席している幹部職員もじいっと我慢して聞いていなければならないのです。だから少しでも実りがあるような内容に高めて答弁することに工夫を凝らさなければならないな、と考えました。

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2007年6月24日 (日)

News letter17

東洋町では、庁議を公開しています。毎週月曜日2時か3時ごろに開いています。議題は町長があげますが、提案は各課長があげることもできるようになっています。また、職員も文書をもって提案することができるということになっています。

2階会議室で開いていますので入れる限り誰でも傍聴ができます。課長(または代理)と私が参加します。現在の重要な案件は全部ここで討論されます。

庁議を公開することは全国的に初めての試みではないかと思います。庁議は役場の実務上の最高の意思決定機関です。町の計画や、予算書など議会で決められ承認された事項を実行する上において起こるさまざまな問題がここで取り上げられます。

傍聴席は席順も何もあリませんが、入れなくなればより広いところへ場所を変えるつもりです。まず、庁議を定期的に開催することに大きな意義があります。これまで庁議は満足に行われていません。どこの自治体も議会前に、議会の答弁の担当を誰がやるかという協議の時には開かれていたようです。よほどのことがないと庁議は開かれていなかった。町民にとって庁議を公開することの意義は言うまでもありません。①行政機関が今取り組んでいることが何なのか知ることができる。②その意思決定の過程がはっきり見える。等々でしょう。核廃棄物の問題について町長、助役だけではなく議員や課長クラスの人も知っていたが、住民は知らなかった。こんなことではいけません。

しかし、公開だけではありません。庁議を定期的に開催することに重大な意義があります。庁議を毎週行うことによって、①今役場が何を問題にしているかの認識を共有する、②一つの問題でも全体の教訓とすることがらを直ちに共有する。③他の課の問題でもみんなの知恵を集めて論議する④そして何よりも長の考えが独断に陥ることをチェックし適正に軌道修正する、等々の効能があると考えます。

レーニンではないが大衆運動組織はアメーバーのように自由でルーズな方がむしろ有効です。敵の弾圧、運動の高揚期、沈滞期など各段階に柔軟に縮小拡大して適応するというのがいいでしょう。誰が指導者で責任者かもわからない、権力者が誰を追及していいかわからない、というほうが大衆運動にはいいと思います。

しかし、会社や行政機関では、ろくに会議もしない組織などは内部の乱脈と組織の破綻の運命しかありません。誰が何をやっているかわからないでは、統制も取れず、事業計画も、日常業務も遂行されません。使途不明金、財産管理のずさん、大事なことが放置されたままということになります。事業の膨大な繰越しをして前年度の事業と今年度の事業を抱え込んで四苦八苦するということにもなりかねません。

前年度の事業で県への報告が遅れっぱなしで、新任の町長が始末書を書かされたという事案もありました。事業を先にやり後から決裁をもらうなどという事例もありました。

庁議をやり職場会議をやりして業務をかっちり点検、遂行し住民に迷惑をかけないようにし、また、自分たちも仕事達成の爽快感も味わう必要があります。会議をし意思統一をし実行するということが必要です。仕事は段取り半分で、その段取りの場が会議です。

全国で始めて公開されている庁議を見に来てください。私が町長就任してからその日に出張か議会などがない限りずっと庁議は開催され続けています。

独断で町政をやっているという批判がありますが、公開された議会があり、公開庁議を実行している東洋町には適切な批判ではないような気がします。庁議をやる、これを公開するというのも独断だということで批判されるとなると、ウヘー参った、私としても返す言葉がありません。ただ、庁議は非公開だ、という定めはありませんのでよろしくご勘弁を願います。

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2007年6月22日 (金)

News letter16

教育委員会制度は戦後アメリカから移入されたものだ。教育行政を権力から切り離し民間のコントロール下に置くということが最大の狙いだった。しかし、その委員会制度は当初の狙いとは大きく外れて、形骸化、行政機関の粉飾に化してしまった。そのことが最近マスコミでも問題にされ、民主党などはこの委員会の廃止まで政策に入れるに至った。

私は以前から県教委のあり方、市教委のあり方を議会活動や、オンブズマン活動の中で問題にし、その形骸化を批判してきた。

私は、しかし、教育委員会の制度は必要だと思っている。民間人が教育行政を監視し、指揮するというのはいいことであるからだ。しかし、制度はあっても実体が伴っていない。

その理由は二つある。

①地方にはこの制度を支える人材が十分ではない。

そのため、校長先生あがりとか、役所のOBなどがよく就任し、民間素人(レイマン)コントロールの実が挙がってこなかった。また、現在子育て中とか法令で定められている保護者の委員就任が極めて困難であるということである。子育て中の親は一生懸命働かねばならず委員としての仕事を引き受ける余裕がないのである。

また、女性委員が全員でなく過半数を超えるようにするべきだろう。女性のほうが子供のことをよく知っているし、教育に関心が高いからである。しかし、実際的には教育委員として教育行政に携われる人材(女性)はなかなか出てきていないのである。

②また、この委員会を運用する法令上に問題がある。

  業務のほとんどを教育委員会が教育長(事務局)に委任するということになっていて、教育委員の実際の実務は月一回の定例会への出席でいいという状況となっている。教育委員は非常勤だというのが法律の定めだがほとんど非勤というのが一般的な姿となった。月1回の会議とか式典などへの出席以外は何もしなくてもよい、ということになりかねない。

要するに教育行政の執行官としての教育委員は名ばかりで、実際にはその執行権限は換骨奪胎されていたのである。

私は今何とか本来の教育委員会の制度を実現したいと考えているし、そのことを教育委員の方に説明した。その話がよく理解されず、自分たちを馘首にする理由にしていると誤解されているようだ。しかし、現実には①②の問題があり各市町村の首長の希望はなかなか達成されがたいだろう。

教育委員の方々もそのことはわかっていると思われるが、どうにも動きが取れないのである。しかし、現状を是とすることはできない。少しでも教育委員の方が教育行政に実質的にかかわることができるようにしなければならない。そのための法令上の整除、報酬などの条件整備を進める必要があると考える。

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News letter15

日本書紀の天智紀にこんな歌がありました。

 み吉野の

   吉野の鮎

    鮎こそは

      島辺(しまべ)もゑき

       ゑ苦しゑ

         なぎのもと 

           芹(せり)のもと

            吾(あれ)は  苦しゑ

ナギの木や芹の生える泥沼ではいながら働いて生きている私は、清らかな水の中で暮らしている鮎がうらやましいという趣旨ですね。

字は定かに覚えていません。ナギという字は水辺に生える木です。この歌はたしか わざ歌 とかかれており、漢字で里謡と書いてあったように思います。

おそらく日本最古の民謡ではないでしょうか。太古の貧しい人民はどのような節をつけて歌っていたのでしょうか。歴史学徒であった私は日本書紀をひもといていた。朝廷の争いの絶えない退屈な記事を見ていて、この歌に出会いました。学生当時からこれに勝手に節をつけて歌ってきました。この歌は今も私の愛唱歌です。

誰かこの日本最古の民謡に名曲をつけてください。荘厳なものもいいし、悲しげなものでもいいし、底に怒りや絶望がこめられている感じでもいいでしょう。歌うことによって今の自分や貧しく抑圧された人々の心が癒される、そして遠く古代の世界の郷愁をよぶ、そんなものがいいと思います。

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2007年6月20日 (水)

News letter14

このblogは私の心の中の取り留めのない話である。断草離々として、跡をつくべくもなし、というものだ。決して私の確定的な政策とか、思想とかいうものでもない。時々間違った想念が入り混じる。それを承知して読んでもらいたい。

私は、行政に絡む不当な利権をにくむものです。利権といっても正規の手続きを踏み、その上で適法な業務をして、正当な利益をあげるというものももちろんある。公共工事は多くの場合正当な利権の設定として遂行されている。

私が問題にする利権とは。東洋町においてもすでに明らかにしてきている。この間私が問題にしてきた中で言えば、たとえば高知県立室戸高校甲浦分校の運動場に設定されている民間福祉団体の地上権である。この運動場は県との契約で10年間は特定の行政目的を持つ行政財産として管理運営することになっている。そうして町は、これを行政財産として今も保有している。

しかし、前町長、町j議会は、これを徳島の有力政治家が運営する民間団体に無償に貸付け、その1000坪ほどの土地上に約3億円近い建造物を建てさせ、地上権を設定させた。地方自治法では行政財産上に地上権を設定することは固く禁じられている。そのような物件の建造による地上権を許容する契約は無効であると規定されている。

この事案で町とその業者との間の無償貸付の契約書があり、それによると建ててから6年後に土地を返し原(現)状に戻すということになっているが、3億円もの建物をたった6年使って旧に復すなどということは現実にはありえない。6年後には買うかもしれないとか、貸し付けてもらうんだと、貸し付け条件も双方協議だ、という前町長との間に秘密協定(覚書)があるが、それは何も議会の議決にもかけられていないし、また内容的にも確定的な契約ではない。将来について単に協議の約束に過ぎない覚書では、現在進行中の行政財産上の地上権を正当化することはできない。

だからこの地上権は適法jなものではないし、特定団体の利益にかなうものである。たとえその団体の事業が福祉目的であり、いい目的でこの土地をつかっているものであるとしても、ほかにもそのような団体はいくらもあるのであり、町民にもいい目的のための利用権はいくらもある。この地区の子供たちは狭い小学校の運動場でさえ民有地を借りてやってきている。少年野球チームも別の地区に出かけなければ練習をすることができない。

自由競争を排除し、その団体だけに法律を犯してまで便宜を図る理由はありえない。このような利権の設定がどうしてなされたか、どうして議会がこれを認めたか、不可解だ。これは法律を犯しているという点では反社会的である。私はこのように思っているのである。

人の言葉尻を捕らえるのではなく、この違法j状態についてどう考えるのか、どう対処するのか、かかわっていたのであれば、その責任をどうつけるのか、明らかにしなければなるまい。これらの事実は公然と行われ、議会でも論議され議決されたものである。

この土地は元は県教委の行政財産であった。町との間の契約書には10年間は県庁はこの土地の使途について監督責任がある。不正に使われている場合はこの土地を県が収用するという契約も町と交わしている。県の管財課に今この土地の現状について見解を求めている。

この場合ではないが、一般的に不当な利権を批判することは批判する側に危険を伴う。私は、公務を遂行する上でなんら命を惜しむものではない。利権行政、不公正な行政、その裏にある差別と抑圧、棄民政策、これらのことを私は心から憎む。これらは、忍苦の生涯を送った親の敵であると考えている。私はこれと戦う。

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2007年6月17日 (日)

News letter13

この土曜日、、室戸市羽根川の奥山をたずね、花菖蒲をもらってきました。これを阿佐東線の終点甲浦駅の周辺に移植しようとしています。甲浦駅を花の駅にしたいと思います。地元住民の協力で翌日の日曜日、雨のそぼ降る中で休耕田に数百株移植をしました。あたり一面の荒れた田畑を借りて四国一の花の園に変えて生きたいと思います。清流羽根川の10キロ奥に、高知県知事から奨励賞の出ている花菖蒲の里があります。ご家族が世話をして毎年私たちを楽しませてくれています。こんな山里に数千人もの人が押し寄せて来るのです。私たちは、花盗人ではないですがそこから菖蒲の株を分けてもらって東洋町に移し変え、地元住民の鑑賞と観光客のいやしに役立つように仕立てていきたいと思います。ただで花の株を分けてくれた羽根の奥の人のよいご家族に感謝いたします。

阿佐東線は、毎年経費が7000万円ほどかかり、収益は2000万円ほどです。年々5000万円ほどを基金を取り崩してしのいでいるとのことです。後、基金は1、2年分しか残っていません。高知県もあまり負担する気がなく、徳島県もこんな赤字では支援金を出そうにも県民に説明がつかないので苦慮しているようです。待ちぼうけのようにじっと客を待ち、補助金、補助金といって何もしないではいけません。沿線や終着駅に人が来る何か魅力的なものを作らねばなりません。

浜辺には海の駅を開設し、サーファーらの集まる全国サーフィンセンターをつくり、甲浦の奥まったこの駅には大きな花の庭園をつくる、野根の山には天体望遠鏡を、海岸段丘には福祉村を・・・・・安い経費でいろいろな手を打って東洋町を核の脅威の町から国民の癒しの里に変えていきたいな、と願っています。

何も大きな費用のかかる列車を存続できなくとも、小さなトロッコ汽車でもいいではないか、この阿佐東線を何とか続けさせたいと思います。トロッコのほうが子供たちは喜ぶのではないでしょうか。それまでに花菖蒲の大集落が完成されますように。

全国の皆さん、花菖蒲でもすい蓮でもあやめでもなんでもいいですから、核を拒否した貧しい東洋町に花々の一茎、一粒の種子を恵んでください。

   奥山に 花を盗みに 来たりけり

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2007年6月16日 (土)

News letter12

私のblogに絡んできている匿名の人が誰か、東洋町の人ならすぐにわかります。私はあちこちで陳情会のような集会をしていますが、この人たちは私の前には現れません。自分の意見を自分の名前を使っては主張できない人たちでしょう。東洋町の役場には以前と違って利権的目的を持った人はほとんど誰もきていません。町長室にはひっきりなしに町民や職員が出入りし一息つく間もありません。不当な要求は拒否されることがわかっているから、そんな類の人は誰も来ないのです。いろいろ名前を変えていますが、インターネットの匿名の誹謗中傷者が誰であるかはっきりわかっています。この人は、東洋町役場が明るくなり、どんどん改革がなされていることが腹立たしいのです。彼らの仲間の利権が断ち切られるのが悔しいのでしょう。

先の東洋町の選挙では選挙の必要費用は私が全部支払いました。たくさんの人が選挙運動しましたが、私は誰にも日当は払いませんでしたし飲み食いをした費用も払っていません。支払いの約束も雇用の契約も誰ともしなかった。私は選挙費用については誰からも一銭ももらっていませんし、もらう気持ちもありません。また、事務所代やスピーカー代、法定ビラ代など必要な費用以外には何も支払いません。

全国から選挙の応援カンパが集まったそうですが、私のほうには一銭も入っていません。選挙カンパを受けた人はどうか返してやってください。ある団体では選挙期間中の選挙カンパと反核運動カンパを明確に区分して、選挙カンパはいらなかった、として返金しているということです。このような清明な姿勢が東洋町の核反対運動を大勝利に導いた原動力となったのでしょう。

選挙の前に全国から反核カンパが寄せられました。この反核のカンパについては、東洋町の事件が終わっても全国あちこちの問題がありますので、そちらのほうへの連帯的運動にまわしてください。反核運動のためのカンパについては国民の皆さんがそれぞれの団体へ信頼して送ってくださったものですので、それぞれの団体の会員さんが管理し核に反対するという趣旨で有効に使うべきです。会員でないものがとやかく言うべきではありません。

私は、昨年来の東洋町の反核運動と5日間の選挙運動の費用にあわせて100万円ほどを使いました。そのうちの選挙費用については選管に報告してあります。その金は室戸市議をやめた際、私がかけていた共済の金のうち、80パーセントの返納金があり、これなどを充当しました。選挙立候補の供託金50万円は二人の人に借りましたが、選挙後の期間満了をもって法務局より返還してもらいましたので、全額その人らに返済しました。私は室戸市議である間にも、生計費を除いて報酬のほとんどはオンブズマン活動や新聞発行代金に使い、公に返してあります。東洋町長となっていくら報酬があったとしても自分の衣食住など生きていくうえの必要経費以外は、なにやかにやで公に返ることになるでしょう。私は公職を得て、それの報酬を預貯金にするつもりはありません。政治資金規正法に抵触しないように私への報酬の相当分はすべて公のために使われます。どのようなことに使うか思案中です。ある人は前のように新聞を発行したらどうだ、という人もいるし、その一部で人を雇い町職員ではできない公の仕事をさせたらどうだ、とか、東洋町に花園を作る資金にしたらどうだ、とかいろいろの提言があります。皆さんのご提案をお待ちします。

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2007年6月15日 (金)

News letter11

このblogに書いてあるのは、私のメモランダムであり、成案として確定されたものとは限らない。しかし、読者は行政施策がどのようにして案出され、成案となり、実施されるか見ることができるかもしれない。そのことをよく心得て読んでもらいたい。

私は二日間大阪方面で人と会いものを見てきた。東洋町民が生きていくには京阪神との経済的人的交流が欠かせないと考えるからである。第一に友好提携都市の守口市へ町長就任のご挨拶をし、守口市の施設やまた東洋町に関連する商店街の役員の方々に案内を請うてアンテナショップを見てきた。また、大阪の農産物や企画の市場関係者に会い、大きなアンテナショップや地場さんセンターを見学してきた。

昔、東洋町を含め高知県東部の人々は京阪神へ薪炭や薪、木材、水産物などを送り出し、あるいは出稼ぎなどによって大きな利益を稼いで暮らしを支えてきた。しかし、現在それらの産業は極度の衰退し、阪神方面との経済的絆は切れ、町は国からの交付金などでやっと支えられている。われわれが自助努力をし、暮らしを立て直し産業を復興するには、京阪神、外部との経済的交流を復活するしかない。

今回の出張は二日間ではあったが、かなりの手ごたえ、手がかりを感じた。

私は、町長就任以来2ヶ月で、第1に法令遵守ということでこの役場で相当な改革の展望を持った。第二、産業復興ということでも基本的な成案を得つつある。この二つの面で日夜奮闘しているというところである。しかし、問題はそのスピードである。改革を急ぐな、ぼちぼちやってくれ、今までの権益を守ってくれ、前の町長がよかった、など言う人が一部におるようである。しかし、私にはそれほど時間がない。ぼちぼちにやるという悠長なことを言っている場合ではない。東洋町の現状を打開し行政を正常に戻し、人々の暮らし向きを改善するには、相当急速に事を運ばなければならない。激しい人口減少は、今日も昨日もまた明日も進展しているのである。

しかも、私には県政や国政を改革するという県民、国民としての責務もある。また個人的にいろいろとすることがいっぱいある。東洋町の町政を正常化するにはそんなに時間はかからない。もし、一部のものがいうようにあまり改革をしないでくれ、法令遵守もやらないでいい、現状維持で、このままこの町が廃滅するのを傍観していてくれ・・・・であるなら、そういう人が大多数であるなら、私をこの町長職から解放してもらいたいのである。それは私に対する町民の公約違反ということだからだ。核を持ち込んだ利権行政の根を絶つ、徹底的に改革する、法令を守る、行政にくらいついている不正な利権を断ち切るぞというのが私の選挙公約だった。それで当選したのだ。町長のほうにも公約があるが、町民のほうにも私への公約がある。

私は何も弱音を吐いたり、ある新聞が言うように責任を逃れようとしているのではない。法令を曲げ利権行政が横行してきた。だからこそ核を導入するという邪悪な政策も出てきたのである。この間の調査によってその問題の根っこははっきり把握できた。私が町長職にある限り私はこの間違った現状と過去のしがらみを断ち切る。町民の正しい経済的社会的な力を解放するには徹底的な民主主義改革が必要であると考えている。それが阻まれるなら、のうのうとここで惰眠をむさぼるつもりはない。私が言いたいのはそのことである。私のほうから、東洋町民を捨てるということはありえない。

肉体的には疲労はするが、精神は、破邪と正義人道に横溢している。

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2007年6月14日 (木)

News letter10

今から6年前ほどに東洋町が取り組んだフェリー会社について

当時は必要なことであり、苦渋の選択の結果だった。だから、結果が悪かったからといって批判するべきではない、という意見がある。そうだろうか。

政治というものは結果によって判断される。動機や目的意識がいくらよくても結果が悪ければ批判される。逆に動機が不純であっても結果がよければ評価される。政治は結果倫理であって、目的倫理ではない。もちろん動機も純粋で目的も立派で成果を挙げたということが望ましいことは言うまでもない。しかし、一身の巧妙手柄を立てようという動機で、橋を作ったり道路を整備したり・・・してもそれによって国民の困難が解消され交通事故が減少する結果をもたらしたとしたら、それは賞賛される。逆に、人を救おうとして川の流れを変えてそれが返って洪水を招来したとしたら、非難され悪い政治家だといわれる。

他方、教育などは基本的に結果さえよければいいというわけにはいかない。目的倫理の世界であって、結果がよければなおよい。

高校野球でどんな手段ででも勝てばいいというわけにはいかない。負けてもいいからフェアプレーでいかねばならない。松井選手が高校生のとき繰り返し敬遠をされて、勝負されなかった。そんなやり方で勝ったとしても教育の一環としての高校野球の趣旨は実現されないだろう。同和行政もそうだ。公営住宅を建てて住宅に困っている人が入居すればそれでいいというものではない。どうしてその公営住宅を建てるのか、その金はどういう趣旨でどこから出されるものなのか、公営住宅に入る権利と義務は何なのか、建てる役所も地域住民もよく学習しなければならない。このような同和行政の背景にはどのような歴史があったのか。公営住宅建設という結果にいたる目的と過程も大事なことなのである。同和行政は、結果だけではなく結果にいたる民主的な手続き、差別を解消するという民主的、近代的な人間関係、自立的な意識の形成も同和行政なのである。それを忘れ、業者の利権に奉仕する同和事業によって、全国的に大きな弊害がむしろ起こった。その付けが行政に残された。

善をなさんとして悪をなし、悪をなさんとして善をなす。(ファウスト)

このような結果倫理の政治の世界よりも

    次の言葉のほうが私は好きである。

 結果とは躍動せる傾向を背後に残してきた屍である。(ヘーゲル)

  若きヘーゲリアンだったカール・マルクスは、さらにいう、

     真理だけではなく、真理にいたる道程もまた真理である。

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2007年6月12日 (火)

情報公開

町行政について私がこのblogで私のやっていることを公表することは、東洋町が平成17年度に行政改革の基本計画を「集中改革プラン」として策定した時の実施計画に基づいています。この改革プランは平成17年度から21年度の5カ年計画で現在進行中です。

その中で、「公正の確保と透明性の向上」という項目があり、そこで、

「行政内容を町のホームページ、掲示板、広報等で公表します」

また、「町の各種情報を待ちのホームぺージ等に掲載します」

また、「職員給料、定員管理は、ホームページで公表します」

とはっきり書かれています。この東洋町「集中改革プラン」は国の指示に基づき県に提出されています。また、これはインターネット上にも公表されています。

東洋町の「恥」になるようなことは書くな、というご意見もありますが、行政の課題はどこも似たようなもので東洋町の問題だけが恥だというものではありません。核廃棄物の取り組みなど東洋町の人が顰蹙(ひんしゅく)を買うようなやり方が問題になりましたが、その解決の方法によって東洋町は見事に名誉を回復しました。新聞などで全国的にいろいろな不祥事が起こっていますが、東洋町においてもいいことばかりではありません。庁議は公開されています。行政内容を透明にすることは国民から東洋町への信頼を増すことはあっても減ることはありません。東洋町政を運営している資金の大半は国民全体からだされています。その金を使ってきちんと行政をやっている、無駄を省き、間違いをただし、問題点を明らかにし誠実にそれを解決してやっています、ということを見せる必要があります。澤山保太郎の行政手法は仰いでは天に恥じず、伏しては地に恥じず、ふ仰天地に恥じずというやり方でありますので、従来からの利権関係者の方はどうかご容赦をお願いします。民主主義を徹底させるというのは学生時代から何十年もかけて培った私の生得の性質のようなもので、これをいまさら変えることはできません。ただし、プライバシイはかたくまもらねばなりません。また、新聞などで報道されて、選挙違反や名誉毀損、詐欺や横領、入札談合など悪事を働く人が「恥」をかいたとしても自業自得というものです。

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2007年6月11日 (月)

土佐南学

土佐南学の中興の祖といわれる谷時中の生まれたという寺が甲浦にあった。真乗寺という。

その寺が荒れ果ててつぶれそうになっている。もう手直しは効かない。

谷時中は関が原の合戦があったころ甲浦のその寺で生まれた。浄土真宗の寺だ。

幼いうちに父に従って高知市のお寺に移転した。そこの寺は同じ真乗寺といった。後に還俗して朱子学(南村梅軒のはじめた南学)をまなんだ。時中の門下に山崎闇斎、野中兼山がいた。山崎闇斎は京師に赴き、後に同じ姓だが土佐岡豊の別系統の谷重遠を教え、谷重遠は南学を土佐に定着させ、幕末まで土佐の勤皇思想に大きな影響を与えた。時中は偉い学者として高知で死んだ。

その谷時中の生まれた寺が無住のまま腐りはて、崩壊しかかっている。寺は山の下のほうにあり近くの住民の津波避難路の障害となっている。寺の上には谷家の墓地がある。

この古寺を壊しこの跡地に土佐南学の記念館を建てようではないか、という話が持ち上がっている。多くの人の浄財で記念館が建てられたらいいことだ。

土佐の勤皇思想には二つの流れがあり、南学系統と国学系統である。国学系統の国粋主義には激しい穢れ思想が貫かれており、後に油とり一揆など反動的な騒動を起こした。

土佐南学の巨人、谷重遠(秦山)は、被差別民への差別意識がなく、当時としてはきわめて歴史学的な解釈を施し、普通の人民だという説を主張していた。

谷時中のような学者を生んだ甲浦を誇りにし、記念して、古寺を整理したいと思う。

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いい話

澤山保太郎町長は核反対だけで選ばれたのだから、核の問題が終わった今は早くやめるべきだという意見がある。

もちろんこの意見は行政にへばりついて利権にありついていた方々からでているはなしではあるが、一つの見解というべきだ。いや、むしろいい話かもしれない。正鵠を射た話で検討に値する。確かに自分が選挙で訴えたのは、主として核廃棄物のことであり、町政のことについては付随的に原則的なことを述べただけだ。法定ビラで示した公約は3つあって、第1に核の問題、第2に民主的な町の建設、第3に、法令遵守と節約、失業対策や福祉の充実であった。これは町長選の公約として十分ではあるが、第1を除いて第2、第3は具体的な施策を掲げたわけではない。この前の選挙はいわば核に対する住民投票のようなものであって、町政をどうするか十分論議されたものではない。これは確かだ。

オンブズマンである私のことをよくわかって投票した人も多かったとは思う。しかし、ある女性グループらのように、誤解して投票した人もいたであろう。

どんどん改革をし利権を断ち切るという行政を推し進めるというのは問題がある、旧来のやり方を守ってほしいという、そういうグループにはかなりあてがはずれ、抵抗があろう。法律をきっちり守られたらたまらん、ということのようだ。

したがって、再選挙をする必要があるかもしれない。これは検討を要するであろう。

そもそも私は東洋町には核を阻止するために入り込み、真相を暴露して活動してきた。何も町長になるために来たのではない。しかし、成り行き上町長にならざるを得なかった。そうである以上、町のゆがんだ行政を私の考えで立て直すという決意で選挙に臨んだ。核廃棄物を推進してきた根源的な利権構造を断ち切るために選挙戦で勝つんだということを訴えてきた。しかし、その仕事もそんなに多くはない。数ヶ月か半年で片付くことだ。町政をどうするかということでも一度選挙をやる必要があるかもしれない。前町長を含め新しい人で核抜きの選挙戦をやり直すことは意義のあることのように思われる。

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2007年6月 8日 (金)

NEWS LETTER9

公共の土地を借りて億円単位の福祉施設を建設し、そうして人を収容して業務を行い6年後に土地を返還し、その借地を原状に戻す、という契約がある。これが議会で可決されている。

いったいこのような契約が有効であろうか。契約は法律行為であるが、実現不可能な約束が記載されているばあい、このような法律行為は社会的相当性を欠き、公序良俗に違反するから無効ということになるだろう。しかし、この契約書については議会の議決を経ているので簡単に無効ということにはならないだろう。今のところ、裏の話や協議するなどという覚書が前町長との間に交わされているが、正規には相手側から協議の何の申し入れもなく、承知でサインをしているようであるから、文字通りにこれを守るしかない。

事情はともあれ、6年後というのは平成23年4月20日のことである。このときまでに土地を返し、原状に復するという契約は厳として存在している。この建物のために道路が新設され、橋まで作られている。施設は現在、定員に達せず赤字経営であるという。このほど経営者にどうするのか問いを投げかけてはある。

しかもこの土地は、町の行政財産である。行政財産上に建造物を建てるなどということはゆるされない。

およそ、公務員は、公有財産を扱う場合、第1にこの土地が行政財産か普通財産かの種別をはっきりしておかなければならない。どちらでもないという公有財産などはありえない。

学校や庁舎など行政財産は、その行政目的以外には使用できない。

目的を損なわない限りにおいて売店など建物の一部を貸すことはできるが、その財産上にコンクリートなどで建造物を建てることはできない。私権を設定することは地方自治法で硬く禁じられている。

しかし、東洋町ではいくつか行政財産が不当に扱われている。

そのひとつが室高甲浦分校の上掲の福祉施設であり、また国道沿いの町の物産センターである。これもつい最近まで行政財産であった。6月から普通財産に落とした。これにも上掲の福祉施設(徳島県の有力政治家関係施設)の巨大な広告塔が建てられていた。行政財産上に目的外の看板がかかっていた。しかもこの鉄塔はこの物産センターの二つの出入り口のうち一つを完全にふさぐように建てられているのである。行政目的外であり、しかも、行政目的を阻害する形で建設が許可されていたのである。許可した役場も役場であるが、傍若無人というか、福祉施設の経営者としてあまりにあつかましいというべきではないだろうか。

このように私は、町政を進める上において、どんどんその問題を明らかにしていくだろう。町民に知らせるばかりか、全国民に問題を明らかにしていく。この町政はほとんどの金を国民の税金によってまかなっているからである。

町の恥をさらすのか、という人もいるだろう。恥を隠蔽してきてなんになる。

東洋町への核の持ち込みも私は直ちに暴露した。それは東洋町の恥であったであろうし、そのような重大なことをひそかに進めていた町長や議員を作り出した町民の恥であったであろう。

町に累積してきた問題や恥の多くを赤裸々にし、これを払拭することが改革というものだ。恥を隠蔽しようとする人間がいるということも恥の一つだ。民主主義は不当な行政権力の行使を徹底的に明らかにしこれを正すために存在している。民主主義は理想や制度であるだけではない、貧しい市民、額に汗して働く、正しい市民たちが生きていくための武器であり、ブルドーザーだ。邪悪なもの、不正なもの、利権にくらいついている反社会的グループ、腐敗分子にとっては大いなる脅威となるであろう。

WE SHALL OVERCOME SOMEDAY.

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選挙違反

室戸市の現職議員で元議長が選挙違反(買収容疑)で逮捕され1ヶ月近くになってもまだ釈放されていない、とのことである。この人のことは昨年度は同僚議員でもあったのでよく知っている。この人の言動については私が発行してきた「室戸市民新聞」で繰り返しずいぶん批判をさせていただいた。その私の批判記事を名誉毀損だとかたくさんなことを言って、逆に私を攻撃していた。私の記事はまったく事実に基づくもので、その事実についてのコメントでは辛らつであったかもしれないが、事実に基づくコメントや論評は名誉違反の事案にはなりえない。

数十年間も市会議員を続け、議長、副議長など数々の役職についてき、議会では権勢並ぶなきという状況だった。しかし、今は、警察のブタ箱に入って呻吟しているようだ。選挙で買収しなければ票がとれなかったということか、以前の敵対関係を超えて哀れというよりほかはない。

この際、すべての事実を吐き出し、先の市長選も含め室戸市のこれまでの選挙の真実の姿をさらけ出す必要があろう。金で票を買った連中が行政や議会を牛耳り、利権行政を肥え太らせてきた。そのもとで、町や村は疲弊し、多くの人が故郷を後にして去っていかねばならなかった。金権選挙=利権政治は天災よりもはるかに激しい。苛政は虎よりも烈しいという。室戸市や周辺市町村ではまだまだつかまるべきもの、本命がいるのではないか。

去年11月の市長選では、市役所職員に呼びかけ市役所の玄関で30分以上にわたって候補者や県会議員、市会議員が選挙カーを乗り入れ演説をやった。市役所の幹部職員らはこれを目を細めて聞いていたという。期日前投票の人が出入りする場所で市役所の敷地、玄関で選挙カーのスピーカーでかわるがわる演説をし、候補者も運動員も役所一階のロビーを行き来していた。市役所ぐるみの違反選挙が堂々とまかり通ってきた。

この事件は大勢の職員、市民が目撃していて、私から告発されてもいるが、警察は捜査しているかどうかもわからない。選挙違反は徹底的に取り締まってもらわねばならない。

そして、市民も買収選挙がどんな罪になるのか、どのような結果を自分の町にもたらすのか知らなければならない。東洋町の選挙でも明白な選挙違反(誹謗中傷ビラなど)があったし、また買収などについても相当なうわさが流れていた。しかし、大多数の町民はきっぱりと金権腐敗選挙を拒否した。

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2007年6月 7日 (木)

News letter8

フェリー事件続き

フェリーの売船処理をして支払いを済ませたが、借金が残った。5700万円だ。

フェリー会社の借金の保証は2件あった。東洋町と取締役個人のものとであった。東洋町が保証する借金が残された。そして東洋町はその金を全額払った。

果たしてこの仕法は公正であっただろうか。仮に地方公共団体が債務保証をしてはならないという法律問題を抜きにして考えても、不合理だろう。

①まず普通は、他のものを先に支払って取締役(複数)らが保証する借金を残し、取締役らがその借金の後始末をすべきであるだろう。取締役が弁済することができないという実証があってはじめて他の保証人に転嫁されるべきであろう。

②少なくとも、残った借金の保証については、保証人の間で適切に按分するのが普通ではないだろうか。東洋町が一方的に債務全部を保証(債務を弁済)するというのは不合理であろう。

③東洋町(民)の立場に立って平等な債務保証を主張するものがいなかった。

なぜならもう一方の取締役の個人保証人が町長ら自身であって、その個人は自分の利益を一方的に守って、町長としての義務(町の利益を主張)を放棄したからであろう。

その放棄についていかなる責任があるのか。検討する必要がある。

議会も結局この債務保証を認めて議決した。町民の利益を代表するものはいなかったのか。

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2007年6月 6日 (水)

News letter7 財政問題

フェリー問題の続き

突然どういうわけかパソコンで日本語で打てなくなりました。

経常の巨額の赤字の上に座礁事故まで起こしてしまった。それやこれやで、町が3年少しの期間にこのフェリー会社につぎ込んだ資金は6億7044万3657円であった。その内訳は、

補助金が2億7300万円

出資金が3億4000万円

損失補償が5743万3657円  であった。

かの会社は町がその出資の大部分を負担し、町長や助役らが社長や取締役となっていた。

町が出した資金のうち、「損失補償」は実質は債務保証であり、それは「法人に対する政府の財政援助の制限に関する法律」(第3条)という国の法律で硬く禁じられているものであった。

もともと、四国銀行らへの債務を保証する町(議会)の会社への損失保障は5億9500万円に上っており、それらは売船によってほとんど解消し、実際に残った債務保証は5743万円余ではあったが、完全な違法行為であった。

平成13年12月に会社は閉鎖した。町には一銭も返ってこない。会社の役員には町執行部だけではなく、町議会、商工会や観光協会の幹部の顔ぶれも見える。彼らには、その借財や、公金を町へ返そうという気もさらさらない。違法な損失補償(その実質は債務保証)を決議した議会も何の責任もないかのようにしている。

出資金で出した資金のうちには過疎債(3億1千万円)でまかなったものもあり、その返済はまだ東洋町民の負担となって続いている。

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News letter6

今、東洋町の財政逼迫の原因・借金の状況を調べている。

なんといっても財政逼迫の原因は、町が直接関与したフェリー会社の問題が最大であろう。

1、こんな小さな町が、県の援護もなく、寄港地の土佐清水市からも拒絶されるなかで、年間10億円以上の経費のかかる水商売的事業をやるということ自体が無謀であった。

2、しかも、田嶋町長をはじめ町執行部らは船会社どころか会社そのものを経営した経験がまるでなかった。船会社の経営は相当な経験と専門的な知識の要る事業であり、天候や外洋航海などについて船自体を含め人命のかかる危険な事業である。

悪天候の中で船を出港させるかどうかの判断、故障や事故の対応策、客の確保など行政の責任者が片手間にやれるものではありえない。本州との橋がかかって客足が遠のいている環境の中では、相当な収益や援護体制がなければ難しい状況であった。

それでもあえて東洋町は株式会社を立ち上げた。その結果は見るも無残であり、

経常収支が大赤字であるばかりか、無理な運行による大風雨のなか座礁事故

had been caused to happen.

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2007年6月 2日 (土)

News letter5

いつしか、人の庭にアジサイが咲くころになっていました。

白浜ビーチの特定団体か個人が設置していた5個の自動販売機を撤去させ町が契約する機械に取り替えることにしました。

1、県の施設で東洋町が指定管理者になっているこの海岸緑地公園で、長年にわたって    何の正規の許可もなく年間数千万円の売り上げをする機械を設置してきた。すでに県庁からも無届だ、という指摘も受けていた。公共施設を特定団体(任意団体)の実効支配に任せて収益事業をやらせてきたこれまでの町政をかえることは、何もオンブズマン町長だから、とか、革命的だとか、いうような高度な問題ではありません。当たり前のことです。

2、また、こんな話もあります。

①実際は親子夫婦同居しているが子供を越境入学させているので別の住所にした。

②また、実際は夫婦同居しているが生活保護を受けるために別居していることにしている。

①②の場合、実際には同居しているから、別居していることにしている家族の住民票は委任状なしに発行してもいいのではないか。

という文書での伺いが私にありました。

①②の不法行為を前提(理由)として正規の行政事務に便宜を図ってやるべきだ、というのである。やむをえない事情があれば住民票の発行は本人でなくても柔軟にしてもいいが、不法行為を理由にしては穏やかではない。私の答えはもちろん不可です。

これが東洋町役場の実態であります。

住民も住民であるが、役場も役場だ、という感じです。これでは法秩序もなにもあったものではない。①②が不法行為だという認識がまるでないのです。新築資金貸付金の滞納額が3億円以上やがて4億円(貸付金額の40%)に達するというのも、むべなるかなであろう。

言うまでもなく、住民票の虚偽の申告は住基法違反であり、刑法の公正証書原本不実記載の犯罪の疑いもあります。

①東洋町の生活保護率は高知県では最悪であり、全国的にも最悪でしょう。作為的な夫婦別居で不正受給があるとすれば正すべきです。住民票どころではありません。

②東洋町では、野根と甲浦に学区制が分かれています。同じ町内とはいえさまざまな理由で越境入学が行われているようです。野根の小中学校のほうが寂れていっています。それどころか、徳島県への越境入学も相当な数だということです。親が毎朝車で徳島方面へ送迎しているようです。町が生活の面倒を見ているが越境児童への国の交付金は徳島へ行ってしまうのか。情けないです。

幹部職員から窓口業務の職員まで法令順守を徹底させなければ、町の財政は崩壊し、町の教育は根底から動揺することになります。

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2007年6月 1日 (金)

News letter4

よく、町長の施政方針は、とか改革のプランはということを聞かれます。

議会でも聞かれた。しかし、私の場合はご存知のように核を阻止するということを主要なスローガンにして住民投票的な意味の選挙をし、それに勝って町長になったのです。

したがって、節約するとか、法令順守とか一応の公約はありますが町政をどうするかというのは、当選直後のいまは具体的にはほとんど白紙状態というほかはありません。しかし、次のことは言っておかねばなりません。

1、本年3月に前町長と議会とが決めた平成19年度の施政方針(予算案)は、存在しているのでこれを実行しなければなりません。この予算をできる限り効率よく無駄なく使い、少しでも資金を節約できるように努力することです。

議員の中には私に施政方針を明らかにせよ、とかいわれる人もいますが、自分たちが決めた町の施政方針を忘れないようにしてください。私もこれを第一番に実行する義務があります。

2、東洋町には法に定められた町政の基本計画が存在していません。しかし、これまで町や議会が議決した計画案が存在しており、これを実施することが私の義務となって言います。この内容にはフェリーなどすでに古くなっていて役に立たないものもありますが、大事なものも多くあります。

現在町には「東洋町過疎地域自立促進計画」(後編 平成17年度~21年度)というものが策定されていて、議会で承認されています。これは国にも提出されています。この内容の線に沿ってこれを実現することは、町長、議員、町民の皆さんの大事な任務です。

改革のプランを示せ、とか威勢よく質問される議員もありましたが、改革のプランは現存し進行形です。前町長はそれの実現には熱心ではなく、国が提出しろというから作ったんだ、という程度の認識であったらしい。その計画には入っていない、別個の途方もない計画に夢中になり全国の皆さんを大騒動に巻き込んだことは周知のとおりでした。

私は東洋町の職員たちが作った前掲の過疎地域自立の計画を大変大事なものだと考えています。その中には「海の駅」設置の必要性も書かれています。

外との「交流拠点」の建設、共同店舗の建設、NPOなどの住民参加型の産業起こし、など具体的な施策が計画されています。

このような立派な計画案があるのに、また、それを議会で審議して議決しているのに、

改革プランを示せ、核の交付金なしにどうやってやっていくんや、とかいって町長に迫ってくる。自分たちがつい最近作ったプランをわすれたのであろうか。そして、その改革プランに盛り込まれた「海の駅」について町長がやろうと提案した。それに呼応して、

いざ、住民が地場産品の販売拠点として「海の駅」を作りたいという運動を起こしていると、なにやかにやいって、しり込みをし賛同の手を差し伸べないひともいるということです。自分たちが作ったプランの実現を、よそから来た新任の町長がやろうとし、町民も立ち上がっているのに、どうしたことでしょうか。しかし、海の駅構想は東洋町の戦略的課題であり、新任の町長は着任して数日のうちに国交省や県と交渉し始めました。

十万人を超すサーファーたちが東洋町に訪れても多くの人が弁当など他の市町村で買った物を持ち込まないといけない、という不便さを解消し、同時に地場産物を販売する拠点を建設することは東洋町の喫緊の仕事ではないでしょうか。一日一日の商機を逸してはなりません。海水浴場を前面にした白浜ビーチの広大な駐車場と豪壮なトイレのある場所を利活用しない手はないでしょう。

核問題を解決した新生東洋町は産業復興の槌音高く前進、また前進しなくてはなりません。

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