2009年11月28日 (土)

四国銀行へ断罪判決 最高裁

News & Letters/155

株主訴訟
四国銀行の土佐闘犬センターへの不正融資についての最高裁判決について

          コメント
              原告株主澤山保太郎

平成21年11月27日最高裁第二小法廷は、四国銀行の土佐闘犬センターへの不正融資事件についてその1部を認める判決を下し、事件を高松高裁に差し戻した。
高知地裁での1審判決の約2倍の賠償金3億500万円(2審高松高裁は責任なしとした)ほどを支払うことになると考えられる。
裁判は延長戦に入ったが、我々の勝訴は疑いない。

(経過)

この事件は、平成12年3月モード・アバンセ社事件の百条委員会で別件闇融資としてクローズアップされたものである。
これについては、私が編集発行していた『高知県民新聞』に詳しく追求されているし、また私が書いた『橋本大二郎闇の真相』という本の第3章の「二、土佐闘犬センター別件闇融資事件」(187頁~208頁)に詳しい。

私のパソコンの記録を見ると、
私は、平成13年8月24日、この事件について当時の四銀監査役加藤康彦に対して商法第267条に基づき、16億3861万4000円の貸し付け損害額につき、濱田耕一会長らを訴えるよう提訴要求書を出した。
それに対して四銀は、平成13年9月21日付をもって「・・・・調査の結果、当時の取締役の職務執行については法令・定款に違反する行為はなく、提訴する必要はないと各監査役が判断しました。」という回答が来た。

そこで、私は訴状を作成し平成13年10月に地裁へ株主訴訟を提起した。基本的な書証は、百条委員会での議事録であった。四銀は当初取締役会の議事録でさえ「存在しない」といって提出を拒んでいたので、県庁、県議会の資料を集めて書証とするしかなかったのである。
公判で四銀側も「存在しない」といっていた議事録も提出してきた。数回の公判のあと、事案の重大さと相手側弁護団の陣容から判断してとても私の力だけでは対応できないと考えて、大阪のオンブズマン系の井上弁護士と向坂弁護士に弁論をゆだねたのである。

(判決の内容)

最高裁の判決は全く期待はずれであった。
融資は第1期(9億5000万円と第2期(6億8000万円)に分かれる。
判決は
県庁が直接関与していた第1期融資については全面的に取締役の責任を宥免した。
わずかに、第2期融資の半分ほどが有責とされた。
権が絡んだ第1期融資こそは不正融資の本命であった。第2期融資は第1期融資の「正当性」から出た融資であった。むしろその不正性、腐敗性は第1期融資にある。
その融資は、闘犬センターが負っている高利の借金を支払ってやるという融資だ。
金利が50%を越えるという違法な高利貸しの借金は、しかし、一枚の証文もなく、事務員が認めたメモ書きがあるだけのもので、本当に会社が負うべき借金かどうか、その存在さえはっきりしない架空のものと思われる代物であった。

四銀の融資金はその大半が裏金融に渡った反社会的なものであった。①無担保で、②保証人もなく、③邪悪な目的(裏金融の借金返済名目、それも証拠がない)で、④完全に破綻した企業に、⑤しかも、県庁幹部の違法かつ秘密の債務補償がついたもので、⑥全額焦げ付いた・・・。
一体こんな融資を正当である、やむを得ない、という判決文を承伏できるであろうか。

私が伴ってこの裁判でご一緒した男は、これで満足だと思っているようであるが、本件について資料を集め文章を書いてきたのは私と弁護士向原さんであるが、到底納得いかない。
第1期融資こそ不正の固まりであり、原罪なのである。第2期融資は第1期融資の県の保障を当てにし、融資を切れば県からの金がもらえないといって融資し続けたのである。

最高裁判決は、県が直融資をしないと言明した時点から、もう絶対に県を当てに出来ないと分かった時点から、取締役の責任が生まれるという極めて穏やかなものだ。融資金の使途・内容、根拠を全く問題とせず、県庁の念書による債務補償の違法性などは皆目考察しない、全く文字通り審理不尽の判断であった。

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2009年11月25日 (水)

もう1つの論点

News &Letters/154

田島毅三夫町議のリコールに関する最高裁の事件では、農業委員ら公務員が直接請求の代表者になれるかどうかという争点だけではなく、もう一つ重要な争点があった。その点は一審段階から問題提起がありながら全く取り上げられなかった。

それはこうだ。
「合同行為」の解釈である。

これまでの判例や行政実例(政府の指導基準)では、リコール請求者らの行為(公法行為)は「合同行為」と規定してきた。合同行為だから、1人でも無効な者がその行為遂行者の中に含まれておれば、全体の行為が無効である、というのである。
それだから、請求代表者の中に1人でも農業委員が含まれていると、他の請求代表者が一緒に集めた署名簿も全て無効である、ということになったのである。
ここには「合同行為」について概念上大きな誤りが二つある。

1:直接請求は「合同行為」か

  公法学の泰斗(田中二郎)の説では、直接請求をする請求者の行為は、合同行為ではない、という。
『一当事者の公法行為を組成する意思表示の数により、1人の意思表示より成る時は単純行為、多数者の協同の意思表示より成るときは合成行為とよぶ。選挙・直接請求・合議体の議決が合成行為の例である。合成行為が有効に成立するためには、法の定める一定数の共同が必要であり、合議体については、原則として構成員の多数、例外的に法律の定める特別多数を必要とする。』(田中二郎「行政法総論」245頁)

さらに

2、合同行為であったとしても

直接請求が「合同行為」であれば行為者の誰かが無資格者であってもその行為全体は無効とはならない。
すなわち田中二郎は言う、
『公法上の合同行為とは公法的効果の発生を目的とする複数の当事者の同一方向の意志の合致によって成立する公法行為をいう。公法上の協定ともいう。公共組合・公共組合連合会の設立行為、地方公共団体の組合の設立行為のごときがその例である。合議体の議決や選挙や一定数の選挙権者の直接請求を公法上の合同行為と考える者もあるが、それは、多数人の意志の集積によって法律的には一当事者の意志を形成するための1つの方法であり、性質上は、ここでいう合同行為ではなく、前に述べた単独行為たる合成行為に属するとみるべきである。・・・公法上の合同行為は、複数の当事者の合致によって成立する点において契約に類するが、契約とは区別されるべき特色を持つ。

すなわち合同行為は、普通実質的には法定立行為的な性質をもつものであり、一旦、この行為がなされたときには、個々の当事者の無能力、錯誤、その他意志の欠陥を理由としてその無効又は取消を主張することを得ず、且つ、直接この行為に関与した者のみならず、その後、それに関与するに到った者も等しくこれを拘束し、また、正当の手続によってこれを改正したときは、それは当然に全ての関係者をこれku椁@w)よって拘束するがごときこれである。』
(同書253頁)

要するに、これまでの誤てる判例等がいうように直接請求が「合同行為」であるというのは失当であるし、もしそうであるとしても、合同行為たる直接請求において、請求代表者の1人に無資格者が入っていても、行為全体は無効にならない、ということなのである。
そして、田中二郎が言うとおり、それが「合同行為」ではなく単独行為の集積である「合成行為」であるとしたら、集団で起こした公法行為の中に1人2人欠格者がいたとしても法定数をクリアしておれば問題なく有効な行為となるのである。

かくて、
請求代表者に農業委員が1人入っていたから千数百人の署名簿全てが無効であるという乱暴狼藉はこの論点からもすでに崩れているのである。

学問の世界は我々の常識的な権利意識とはそれほど乖離してはいないのである。

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2009年11月24日 (火)

町長の仕事

News & Letters/153

リ・ボルト社への出資者の中には、「町長は、役場の仕事をしておればよい、事業に関わるべきではない」、等といって、会社の経営権を握ろうという手合いが現れたようだ。会社はもうつぶれかかっているなど悪宣伝に余念がない。
その連中に近い人の話では、総会屋的な意図で、リ・ボルト社で「大もうけをする」といっていたという。

現在の日本の行政の実態を知らないようだ。否、日本の行政府の歴史を知らないのであろう。
一般には意外なことと受け止められることであるが、日本の官僚ら公務員の数は、欧米諸国の中では極めて少ない。半分以下ではないか。雇用者全体に占める割合でも、GDP全体の賃金が占める比率でも最低の数値に位置している。この少ない役人の数で、膨大な行政を遂行しているのは立派なものと言わねばなるまい。そのやり方は、官庁外に無数の外郭団体や補助金団体の樹状を張り巡らし、それら民間、半民間の団体を無数の規則や行政指導で動かしてきたのである。日本の役人は、その行政機構を通じて欧米に追いつけ追い越せの動因で経済行政をどんどんやってきたのである。このような能動的な役人軍団は世界的にいって日本だけであろう。

天下りなどそれについての毀誉褒貶はいろいろあるであろう。しかし、日本という国家は、明治以来そのような官僚や公務員によって成り立ってきたのである。それは、今、動脈硬化を起こして腐朽しつつあるあることは否めず、確かに歴史的な使命を終えようとはしているが、それに替わる政治形態は未だ出ていない。

民主党が如何に政治主導といっても政官業の癒着体制は容易に崩れない。しかし、それを非難するだけで能事終われり、というわけにはいかない。それに代替する政治機構を構築しなければならない。

それとは趣が少し違うが、地方では行政が主導して福祉や産業を推進するというシステムは社会を存続させる上で不可欠なものである。少子高齢化、過疎などで民力が著しく衰えている東洋町などでは、底力のあるのは行政機関だけである。そこが踏ん張らなければ、誰が社会を担当できるだろう。市町村役場が、その首長から職員らが鍬やかまをもって野や山に出かけ、海や川に入って産業を興し、雇用の場を開拓しないで誰がする。

祭も災害出動も公務員はその先頭に立たねばならない。それが何時の時代でも本来の公務員の姿だ。
そういうことで私は朝出勤前に出勤し、会社の用務員のような仕事で一汗かき、そうして役場で仕事をし、夕方はまた、会社の用務をこなしている。

それは薪釜で芋を煮たり、おにぎりを作ったり、洗濯をしたり、便所の消毒をしたり、「海の駅」で皿洗い・・・などの雑用である。産業復興とはこういう仕事のことを言うのであって机の上で計画を作ったり文書を作ったりすることではない。
かくて、「海の駅」はおかげで4ヶ月余りを残して悠々と7千数百万円台を越えている。

新しいホテルもオフシーズンではあるが、購入してから2ヶ月あまり、月々黒字が続いている。
首長が汗を流して住民と一緒に働くことが地域復興の要諦である。

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2009年11月20日 (金)

最高裁判決

News & Letters/152

平成21年最高裁大法廷で画期的な判決が出されました。

公務員の直接請求権についてこれまでの不当な判例をひっくりかえすもので、核廃棄物導入を逆転させてこれを拒絶した、東洋町民の社会に対する貢献の第2弾でした。
管見するところでは、最高裁の多数派裁判官のその結論はいいにしても、理由付けは厳密な勉強がなされていないな、という感じです。

現行の地方自治法の規定では、公務員の直接請求参加規制は住民投票段階に限局されていることは認識したが、施行令でも住民投票段階にだけその規制があるに過ぎないのに、施行令でも請求段階にまで規制があるという誤った認識をしていた。

その誤った認識の元に施行令の規制を百尺竿頭一歩を進めて、憲法違反としたのであった。
しかし、この最高裁の誤認は、何ら住民側や公務員には害を及ぼすものではなく、一層広く権利を認める結果となるのであるから、喜ばしい誤認ではある。

直接請求の制度の法令は無茶苦茶に複雑であり、前後矛盾する規定も散見する。
特別法を作って独立した法令として整備する必要があるであろう。

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2009年11月18日 (水)

高知県東洋町リコール事件 コメント

最高裁大法廷の判決について

                  2009年11月18日
                 東洋町長 澤山保太郎

一)今歴史的な最高裁の判決を厳粛な気持ちをもって受け止めました。
国民とりわけ公務員の参政権の重要な一角をなす直接請求権が正しい法令解釈によって確定されたものと考えます。

50年前の政府の行政実例やそれに基づく最高裁判例が間違っていて、地方自治法及び同施行令では公務員も基本的に請求代表者になる資格があることが認められました。
この点についてわが町の選挙監理委員会は法令の規定を軽んじ、安易に前例に従い、同じ過ちを繰り返して、本件上告人(原告)に対して大きな迷惑をおかけしたことを深く反省する必要があると思います。

二)しかしながら、地方自治法ではこの種事件は100日裁判で決着するという定めであるにもかかわらず、誤った第1審判決のおかげでリコール請求より1年半以上も経過し、確定判決が遅延してしまい、被解職請求町議は今ほとんどその任期(来年1月)を終了しようとしています。リコール請求の実質的な効果は大きく減殺されたというべきであり、今回のリコール請求者(上告人ら千数百人)である東洋町民に関する限り、当然の権利が実質上不当に奪われたのであるから、町としてはただ頭を垂れて謝罪をするしかないのであります。

三)今般の最高裁の判断が示すとおり、昭和29年の最高裁判例といい、また本件高知地裁(第1審)といい、法令解釈のごく初歩的な次元で間違いを犯したのであるから、その責任はあげて政府と裁判所にあり、極めて深刻かつ重大であります。
厳格かつ明瞭に規定された法令の解釈においてこれほどの間違いはかつてなかったと言うべきであります。

これらの誤りの因るところは、畢竟、過去の裁判所の国民の参政権への軽視、とりわけ公務員のそれに対する偏見にあるものと考えます。
まして、農業委員や各種審議委員など町や村の大勢の非常勤の公務員にまで政治活動(直接請求権)を禁圧することは、無用でありまた有害であります。

今後、我々は行政実務において法令解釈を厳正にし、憲法で保障された住民の政治的権利を最大限擁護することに意を尽くす所存であります。

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2009年11月16日 (月)

警告第2弾

News & Letters/151

市議会議員選挙や町長選挙で応援をした、ということで何かにと私に特別な要望をしてくるものがいる。いまだに市議をしていた室戸方面からも相談が来るぐらいだ。
東洋町ではそれが激しい。野根、甲浦の「選挙応援者」が私を通じて町政を左右するぞ、という大きな態度で何かにと私に言いつのってきた。

私は、はっきりお断りをしてきた。選挙で応援されたからといってその「応援者」らに特別な配慮をする、不正な利益を与えるようなことはあり得ない。

「応援者」たちは、町政について毎日のように私になんやかんや言いたい連中もいるが、地区懇談会など公の場でものを言うべきである。個別に話があれば町長にアポを取って面会に役場へ来るべきである。選挙で応援したからといって特別な関係を結び特別な配慮がもらえるという考えは捨てるべきだ。選挙応援者らが自ら取り巻き気分になって、町政や人事について「私らの言うことを聞かない」、ということで非難しても、私としては、不当な要望、いいがかりには応じられないのである。

私は特別関係を求める連中について、この2年半、次々と手を切ってきた。その連中に出入り禁止を言い渡してきた。次の選挙で応援しないぞ、ということを言いたいらしいが、私は、次の選挙のために仕事をやっているのではない。私は権力に恋々とする人間ではない。「応援者」らからの特別関係強要に辟易している。行政は正規の機関で決定して遂行する。一部のとりまきによって進めるのではない。

東洋町では、議会でも堂々と町政について「私に相談がない」などといって町長を攻撃するのがいるくらいだ。選挙は町民全体が判断をするものである。
誰が投票において支持したか誰もわからない。
反対の投票をした人にも賛成の投票をした人にも(誰もそんなことは知り得ない)等しく行政は公正に執行される、誰からでも町長は等しく相談に応じる。

町長選挙の際に明らかに反対陣営にいたという人でも、否それどころか、反対陣営の長であった前町長に対しても、何のこだわりもなく話をし、話を聞かせてもらっている。
町の外部からでも内部からでも、町政やリ・ボルト社など公のことで、「応援者」だといって、町長と特別関係を結んで特別な発言権を得よう、特別な利益を得ようということは断じて拒絶する。

私はそういう人間であることをよく理解して頂きたい。個人としての友誼と公の行事とは峻別しなければならない。
何度も言うが、私は次の選挙のために行政をやっているのではない。
私は公には市会議員であり、又オンブズマンであり、今町長である。住民の生活と人権を守るために不当な権力と戦ってきた。私は学生となり物心ついてよりこの方、その立場で社会運動に参加し続けてきた。反戦平和運動と部落解放運動が私の主な戦場であった。後年市会議員やオンブズマンをやってきたが、志は少しも変わっていない。

実質総会屋もどきでありながら、オンブズマンの仮面を被ってこけおどしをやっているものとは根本から相違している。
私は残された期間、私の良心と名誉をかけて与えられた任務を誠意を持って全力で遂行する。

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2009年11月14日 (土)

東洋町の福祉行政

News & Letters/150

東洋町は、これまで随分福祉行政の充実に努めてきた。
来年度に向けさらにそれを増強するべく予算編成を企画している。その前に町の全地区で町政の懇談会を開き、住民の要望を集めている。

東洋町の行政の主目的は、

第1に福祉・教育の充実、

第2に産業の復興、

第3に行財政の改革である。

町は全国最低の経済状況ではあるが、今の段階でも福祉行政という点では、おそらく日本最高水準であろう。1歳の保育園児(毎月1人5㎏)から小中高校(毎月米1人10㎏)まで全員に米の配給がある。それを来年度から75歳以上の高齢者に毎月1人米5㎏づつ配給する予定である。

米を配給している市町村は日本では東洋町だけであろう。
今でも、新型インフルエンザのワクチンもほぼ全住民に無料で接種して頂くし、肺炎ワクチンも無料だ。配食サービスも無料、福祉巡回バスも無料、

教育費の保護者負担も廃止、デイサービス実質無料化、保育園児1人につき1ヶ月に3000円の商品券支給、在宅介護のお年寄りには毎月3万円支給。
消化剤も全戸すでに無料配布、警報機も近々全戸無料配布の予定。・・・・・
来年度は、さらに前進する。

高校生授業料毎月5000円補助、永く凍結していた奨学資金制度復活、お手柄出産祝い金(10万円の商品券)を支給、妊婦に6ヶ月間毎月商品券2500円を支給。・・・・
産業復興にも力を注ぐ。

野根漁協にこの数十年間に初めて施設・機器類の補修整備費数千万円を投入。また、冷凍・冷蔵庫設置事業(3500万円)を開始。
甲浦漁協に新製氷機設置事業を開始。
耕作放棄地の開墾補助事業を開始、
農耕、間伐の特別チームを編成(失業対策事業)

「海の駅」は新築して1億円企業に発展中、ホテルを買収し地元民間企業化して盛況である、
ホームセンターは試運転開始中。

失業対策でヘルパーを雇用。・・・・

産業復興で東洋町はにぎやかになってきた。
今町長は責任をもってこれらの事業を引っ張っているが、極力地元住民・職員や役員・従業員に仕事を転嫁している。「海の駅」はほぼ完全に従業員と出店者でうまく運営している。営業を始めて数ヶ月目に入ったホテルもほぼ従業員が運営できる体制になってきた。その他はまだまだ、町が関与し引っ張らなくてはならない。

私が就任するまで、公共施設、特に小中学校の耐震補強工事がほとんどなされていず、耐震診断ですらされていなかった。高知県下の学校の耐震補強率の一覧表が新聞に発表されたが、東洋町は恥ずかしくも哀れ、最低であった。

野根中学校の生徒の教室などは、天井の梁に支えの柱がほとんどは入っていず、地震に会えば天井や屋根のコンクリートが全部どさっと崩落するという状態であることが判明し、この10月をもって、その校舎は廃止し、別の校舎に全部移転して授業をやることにている。そういう始末だ。
中国の四川省の学校並みの手抜き工事だ。
私が就任してからこの1、2年で補強工事は全部終了(来年度中に終了)させるという見通しとなった。
今まで東洋町の教育行政は何をしていたのやら。

いろいろな施設を作ってもそれを稼働させず、放置施設で閑古鳥を飼っていた。私は1つ1つこれを修復し、住民サービスの拠点に改変してきた。

例えば役場の裏の地域福祉センター。
6億円以上の巨費をかけて作ってデイサービスなどにぎやかにやっていたのに、一部の議員や執行部が東洋町では福祉は「全廃」すると称して、突如事業を廃止し、このセンターも閑古鳥に明け渡していた。わたしは機器類の錆を落とし、各所を修復しこれを復活して町の福祉事業の拠点に回復し数百人のお年寄りが利用している。

この福祉センターもあのまま放置しておれば、宝物が腐りついて三文の値打ちも無くなっていたであろう。
私が就任してから、あれもこれも公共施設の修復など大きなお金が次々と要ってきた。あまりにも腐りついていて修復できず、巨額の補助金(4200万円)の返還を余儀なくされたものもあった。

だがそれでも、財政状況は健全方向に大前進中で、例えば平成19年~20年度の1年間だけを見ても、3億円以上の借金を減額し、私が就任してからのこの3年間で10億円程度借金の減額が可能な見通しである。貯金は減らさないように徐々に少しづつ増やしている。
職員の給料については、カットはほとんど解除している。今般県の人事委員会の勧告に従って全国一斉のカットの歩調を合わせたが、これは職員組合の了解をとってやっている。

私の任期はあと1年半。権力に何ら恋々とするわけではない。永く続けていれば権力はやがて腐敗する。任期終了時に適当な人がおれば交替することが望ましい。
東洋町の福祉と産業復興のこの正道の流れは、誰が首長となっても普通の人なら誰でも踏襲できるであろうし、変えることは出来まい。

先日住民懇談会で、あるお年寄りが、これだけの福祉はありがたいが、こんなことをやっておれば町の財政が心配になる、説明せよ、ということであった。財政担当の総務課長が借金の大幅縮減などデーターを示して、全く心配ないので安心して福祉行政の恩恵を受けてくださいと、答えたのであった。

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警告

News & Letters/149

東洋町に協力する、リ・ボルト社に協力する、・・・とか言いながら、多くの外部の人が私に接触してきたし、今もそれは続いている。
業者はそれぞれの思惑をもっているわけだから、こちらの利益になる限りにおいてつきあっていくことになる。業者でない者では純粋に東洋町のためを思って近づいてくる人はやはり少ない。

リ・ボルト社はこの夏、投資の協力をあちこち探したが、それに応じてくれた連中の中には、投資をしているということでリ・ボルト社の日常の経営にまで口出しし、社をコントロールしようとする連中が現れた。私を呼び出し、あれこれと指図がましいことを言い、やれ今度の選挙では自民党を支持してくれ、だれそれは投資させるな、ホテルの経営はこうせよ、
経営が不安だ、心配だ、などといいつのり、会社の役員にせよ等、・・・私をロボット化しようという魂胆を見せ始めている。
私は、会社経営に干渉するようないかなる話し合いも拒否したし、これからも拒否する。

株主は、株主総会できちんと発言し議決に参加すればよいのである。会社運営は役員と社員が遂行する。
町は会社の運営に協力する。設立の事情から町は相当会社に肩入れしてきたが、今は、「海の駅」、ホテルなどリ・ボルト社の経営は会社役員と社員が自立的にやっているのである。株主総会で町と会社間の連絡調整の機関が設けられているが、あくまでも東洋町または東洋町民がリ・ボルト社を経営するのである。

外部からの関与は一切峻拒する。筆頭株主としての東洋町と町長の立場は、会社の独立不羈をまもることである。
私は私にとっては巨額の私財(現金と借金)をリ・ボルト社に投入したが、そこから一銭の金も取得していない。役場に出勤前に、芋を洗ったり皿を洗ったり、商品を入れたりいろいろ労働奉仕をしているが
全て無償である。

2億円近い金が動いているリ・ボルト社は公認会計士が厳しいチェックをしているし、町の監査も入っている。日々の金の流れは全て町職員が掌握し管理している。
リ・ボルト社をどこかの会社や個人のコントロール下に入れようとする企ては断固として拒否する。

拒否された者が何かと不平を鳴らし、私を誹謗中傷しようとしているが、天につばする行為にすぎない。
そのことをしかるべき人たちに警告を発しておく。

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2009年11月12日 (木)

歌2曲

News & Letters/148

11月22日(日曜日)東洋町の産業祭に自衛隊の楽団が来ることになっている。その実行委員会で楽団の演奏で町長が歌を歌うことになった。その歌の名前は「異国の丘」であった。しばらくして、楽譜も送られてきた。楽団も乗り気であった。
後日、私は、歌の変更を願った。

  曲名は「君死に給ふことなかれ」である。

楽譜を送ってくれと言うので、こちらから楽譜も送った。さすがに、自衛隊からは、お断りの電話があった。非常に残念でした。自衛隊が明治の反戦歌を奏でるというのは、大変なことなのであろう。

この歌は、私が中学校2年生の時に女教師(大寺美弥子)から教わったものである。それ以来、私の愛唱歌となって、今も車に乗って遠出のおりには車中で歌っている。覚えている限りは次の通りである。

  「君死に給ふことなかれ」

                        与謝野晶子

ああ、弟よ君を泣く 君死に給ふことなかれ
末に生まれし君なれば 親の情けも 勝りしも
親は刃を握らせて 人を殺せと 教えしや
人を殺して死ねよとて 二四までを育てしや
 
堺の町の商人(あきびと)の 旧家をほこる主 
にて 家の名を継ぐ君なれば 
君死に給ふことなかれ

旅順の城は滅ぶとも 滅びずとても何事ぞ
君は知らじな 商人の家の掟になかりけり

君死に給ふことなかれ すめらみことは 戦いに
御みずからは 出でまさね
かたみに人の 血を流し 獣の道に死ねよとて
死ぬるを人の誉れとは おほみ心の深ければ 
もとよりいかで おぼされん

ああ弟よ 戦いに 君死に給ふことなかれ
過ぎにし秋を父君に 遅れ給へる母君は
嘆きの中に痛ましく
我が子を召され家を守り
安しと聞ける御み世も 母の白髪はまさりぬる

暖簾(のれん)の下で伏して泣く
あえかに若き新妻を君忘るるや思へるや
十月もそはで別れたる 乙女心を思い見よ 
この世1人の君ならで ああまた誰を頼むべき
君死に給ふことなかれ

これを自衛隊の楽団の演奏で歌う計画であったが、夢が叶わなかった。
自衛隊を嫌う人もいるが、しかし、兵士はプロレタリアの友でなければならない。

森重久弥が死んだ。

私はこの人の歌が好きであった。
その中でも私の愛唱歌で石川啄木の「春まだ浅く」というのがある。
これは、啄木の小説『雲は天才である』という一節に出てくる。今も啄木の母校渋谷村小学校の校歌だと言うことである。
これは私が中学3年生の時に音楽の先生(細川高義氏)に教わったもので、愛唱歌の中でも最も愛唱するものである。

      「春まだ浅く」

                        石川啄木

春まだ浅く 月若き 命の森の夜の香に
あくがれ出て 我が魂の 夢むともなく夢むれば
狭霧(さぎり)の彼方そのかみの 望みは遠くたゆたひぬ

自主の剣を右手(めて)に持ち 左手(ゆんで)にかざす愛の旗
自由の駒にまたがりて 
進む理想の道すがら
今宵命の森の影 水のほとりに宿借りぬ

そびゆる山は英傑の 跡を弔ふ墓標(はかじるし)
音なき川は千載に 香る名をこそ流すらむ
ここは何処と我問へば なが故郷と月答ふ

勇める駒のいななくと 思へば夢はふと覚めぬ
白羽の兜 銀の盾 皆消え果てぬ さあれど
ここに消えざる身ぞ1人 理想の道にただづみぬ

雪を頂く岩手山 名さへやさしき姫神の
山の間(はざま)を流れゆく 千古の水の北上に
心を洗い身を清め 理想の道を我行かむ

私はこの二つの歌を歌いながら、歌うが如き人生を送ってきた。
森重久弥が死んだという晩に、白浜の海岸に出て、雲に隠れた月に向かって「春まだ浅く」を歌ってみた。

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2009年10月30日 (金)

あららぎの短歌会

News & Letters 147

東洋町のホテルであららぎの短歌会があり
招待されましたので数首詠みました。


        従姉妹

 吾を負い 学校に通ひし 
   従姉妹を 港町に訪ひし 思い出

 つらき勤めの 悲しき痛き 港町
     39にて 早く死にけり
 
ああ悲し 父は戦死し 弟妹の
   犠牲となりにし 千代子姉のこと

 吾は今 その港町に 立ちおりぬ
   町の街灯 昔を語らず

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2009年10月29日 (木)

最高裁の門を2度くぐった

News & Letters 146

この10月、1ヶ月に2度最高裁の門をくぐった。
1つは四国銀行の不正融資事件
これは、会社への監査請求と地裁への訴状を私が書いたが、それ以降は弁護士に任せた。
概ね、私の考え通りに進めてもらったと思うが、
二期に渡る不正融資のうち、一期目の9億5千万円の追求が弱かった。これは県のころがし直融資を当てにして銀行が闘犬センターに融資したものである。本来は、この県の直融資の闇性を徹底的に追求すべきであった。銀行側は、県の融資の正当性を盾にして、一期のみならず二期目の融資(8億円)も責任なしと主張してきた。
第1審、2審の焦点が、あたかも、その県の融資の現実性の範囲がどの程度確実であるか、というようなところで争いとなったのである。
そうではなく、県が担保したとする第一期の融資こそを、最大の焦点にすべきであったのである。
県がでたらめな闇金融絡みで破綻状態の会社をバックアップしようとしたこと、しかもその手法(ころがし)は、県の規則を無視していたこと、そのような無法不正な県の措置(支出の約束念書)を根拠にして、多額の銀行資金を貸し出したこと、しかもそれが全額焦げついたのである。
弁護士に任せた結果この点の主張が後退してしまったのは残念であった。その結果、第一審では第1期の融資は全額免罪され、第二期のほとんど最後尾の1億円余の融資だけが有責とされただけだ。第2審に到っては一期二期丸ごと免罪されたのである。
最高裁では銀行側は、県の直貸しの現実性(可能性)を盾にし、第一期の責任をのがれ、その可能性を出来る限り第二期融資にまで延々と延ばそうというこれまでの作戦でやってきた。
きたる11月27日の判決が第二期のみならず、第一期の融資の不当性までどこまでせまってくれるか、極めて不安である。
勝には勝っても、辛勝なのか、大勝なのか、県の闇融資とそれと連動した銀行の不正融資に鉄槌を下す判決が出ることを願う。

さらに、問題は、弁護士費用だ。
こんなでたらめな融資をやって訴訟されたものを、被告らは、会社の金を使って多額の弁護料を払って裁判を遂行した。裁判費用はもとより弁護士の数からして億単位の費用が係ったと思われる。
また、敗訴となれば相手側弁護士費用も支払わねばならない。
これらは、新たな株主訴訟の対象となる。

今ひとつの最高裁事件。
田島毅三夫町会議員へのリコール請求事件である。当時の選管が、請求代表者に農業委員が入っているから集めた署名簿は全て無効だという処分をした。選管委員長からこれについてどうするべきか相談があったので私は私の意見を述べた。
地方自治法等法令に照らしても、何も問題がないと答えて、法令をひもといて何度も詳しく説明をしてきた。しかし、当時の選管は、50年前の最高裁判例を盾にして、議員解職の請求代表者に農業委員などを含む場合はその集めた署名簿は全て無効だと決定したのであった。
選管の意見と長としての私の意見は相違した。
個人としては正反対であるが、それでも長としては、選管の責任を取る立場にある。

この事案については、司法界はもとより学会も明確な判断は存在していなかった。
最も近い考えを持つ元立命大教授の安本典夫氏の説も首尾一貫せず混乱があった。
私の説は、一貫している。
地方自治法の直接請求の法令では、農業委員が問題となる公職選挙法の準用規定は、解職の住民投票段階に適用されるのであって、その前段の請求段階ではない、東洋町の場合はその前段で終わっているのであるから公職選挙法の適用は無く、農業委員も請求代表者たり得る、というのである。
法令の規定では、署名簿を集める解職請求段階と、選管による住民投票段階とは画然と区別されているし、また、そうしなければ直接請求制度は成りたたない。最高裁や町の選管の言うとおり、署名簿の請求段階でも公選法が適用されるとなれば、署名を取ったり戸別訪問をしたりすることは現行の公選法では固く禁じられているから、署名活動自体ができなくなるのである。
関係法令には公選法が適用される場面での規定には、すべて、「解職の投票においては・・・・」という前置きがもれなく明記されているのである。
この事案についてのある討論会で、法令がよく分かっていない弁護士の1人が、「その前置きは絶対のものですか、絶対なものではない・・・」という主張に対して私は、厳然と言った。
「絶対的なものである。」と。
法令が分かっていないと言うよりも、国語力が劣っているとしか言いようがない。
私はその弁護士から「あなたは法律が分かっていない」とののしられもしたのであった。

このような明白な法令の規定とその意義がどうして分からないのであろうか。それらの規定を無視し、敢えてリコールの署名簿を全部無効だ、反故だというのには相当な政治的思惑が働いているとしか考えられない。
私は、選管の取った処分は、違法であるばかりか、偏った政治的傾向によっていると考えている。
裁判所や県や町村のこれまでの判断も同様である。

私のこの件に関する法令の解釈については、東洋町のリコール請求の町民以外は、最後まで誰も賛同しなかった。だが、最高裁はこれを認めた。
やがて、
国民(今回は公務員)の参政権の重要な一角である直接請求権について、確乎とした判断が下されると同時に、裁判における偏見と偏った政治的傾向の実例について、国民は見るべきものを見るべきであろう。農業委員とは言わず全ての公務員は、直接請求の代表者となって署名活動を呼びかけることが出来る。これが現行法だ。
ただ、住民投票段階では、公務員は請求代表者を続けることは出来ないという限界が設けられている。
この限界はまた、新たな憲法問題でありうる。

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2009年10月 3日 (土)

せまる株主訴訟最高裁

News & Letters/145

きたる10月16日10時半、最高裁小法廷で四国銀行の違法な融資について裁判が開かれる。
これは、ひとり四国銀行のみならず、全国の銀行に対して、何を基準として融資しなければならないか、示されることになる。
四銀の場合、最初に9億5千万、次ぎに8億5550万円、合計18億5000万円余の融資がなされ、全額焦げ付いた。
最初の9億5千万の使途は不明であるが、裁判では闇の高利の借金に当てられたという。

この9億5千万円は、県庁がひそかに「ころがし」という手法で闘犬センターに融資(実際は贈与)しようとしていたものであり、それを担保として四銀が貸し出しをしたものである。これらの手続はもちろん四銀と県庁幹部の共同謀議によるものであって正規の手続きや議会の承認を得たものではない。

対四銀株主訴訟の焦点(最高裁にむけて)

               上告人 澤山保太郎
                               平成21年10月3日

これまでの裁判での四銀側の主張(今回の最高裁への答弁書を含む)のなかで、当然視されている高知県からの融資(9億5千万円)について、ご留意をお願いします。

、第1期融資の根拠となった高知県からの直貸し融資金については、答弁書でも非常に強調されている。四銀側は県にだまされた、とも主張している。

、そして、第2期融資金(8億円余)についてもこの県からの直貸しが大前提とされている。

3、ところで、この高知県が闘犬センターらに予算化していた融資金は、「転がし」という性格の貸付金である。このことは四銀側も県庁の関係会議に出席していて承知していた。

、「ころがし」とは、脱法行為で違法なものである。その手法は、
①ある会社に対し、年度初めに県が、たとえば9億5千万円貸し付ける。
 会社はその金を当然会社の金として費消する。
②年度末の3月31日になって、1日だけ銀行がその金を会社に貸し付けて、
③ある会社は県にその9億5千万円を返済する。
④そしてまた、新年度に県がその会社に9億5千万円を貸し付ける。・・・・・・
これを永続的に繰り返す、というのが「転がし」の手法である。

5、要するに実質的には、この直貸し手法で県はある会社に9億5千万円をだまし取られる、又はそうさせるということを続けるということであり、これらの手続は極秘でなければならない。

、この手法で県は、9億5千万円を実際上その会社に贈与したと同然であり、背信(背任)的行為をしているのである。

、この事実が公になれば、当然この「転がし」融資は止まるし、関わった職員は懲戒処分の対象となる。そういう違法な融資であって、県の融資制度から大きく逸脱したものである。県議会やオンブズマンに知られたら直ちに不可能となる融資に過ぎない。
このような違法な県の融資金(実際は違法な公金の支出)をあてにして、破綻状況の会社に銀行が融資をすることは許されないし、実際県はその支出を躊躇し、結局出すことが出来なかった。今となって、れっきとした地銀が、その違法な公金の支出を唯一の根拠として破綻企業への融資を正当化して陳弁するというのは正気の沙汰ではない。

、また、四銀は県にだまされたと主張しているが、例の県からの依頼の「念書」は、四銀側と県とがファックスで原稿のやりとりをしていて、四銀がわの要請したものといえるものであり、四銀と県の協同作成文書であるから、だまされた、ということにはならない。むしろ、四銀が県庁幹部を使って県民や県議会をあざむいて、公金をだまし取ろうとしたものと考えられる。これが裁判で銀行側が強調する県との「信頼関係」の真相である。
裁判官は何も知らないので、四銀の言い分を本当だと思うかも知れませんので十分注意をしてください。

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2009年9月18日 (金)

平成21年8月30日衆議院選挙の結果について

News & Letters/144

1、民主党が圧勝した。予想通りであった。しかし、民主党はなぜ自分たちが圧勝したのか、よく分かっていないであろう。自民党も自分たちがなぜ惨敗したかよくわからない。
民主党と自民党の違いがどれだけのものか、さっぱり分からないのである。
強いて言えば、極右的な自民党政権が消滅し、正統的な自民党保守政権が回復したというところであろう。

確かに政変ではあるが、革命でも何でもない。しかし、何かの兆候ではある。
人々が、この社会の根本的な改変を望んでいることもこの選挙で明らかにされている。
しかし、この政変自体では、何も変革の可能性はないだろう。むしろ、極右的な自民党残党と正統保守的民主党が大同団結して、翼賛政治体制が成立し、憲法改正や自衛隊の海外派兵が自由に出来るという恐ろしい結果をもたらす可能性すらある。

来夏の参院選挙で民主党が圧勝した場合、極めて危険な状況になるだろう。
その点では、社民党など護憲的左翼的勢力がごく少数派になったことが危惧される。
議会制度上では、来夏の参院選で、護憲勢力が一定の議席を占め、翼賛政治を阻止する体制が必要であろう。軍事面が強化され、それを優先する権力が出てくると、日本やアジアの運命どころか、地球規模の破滅が加速度的に進んでいくことは間違いない。

2、これからの政治の課題は二つある。

① 1つは、化石燃料と原子力産業による地球環境の悪化をいかにして阻止し、自然と協調して人類が生きる道を切り開く必要があるということ

② 今1つは、政治権力と民衆との関係を如何に協調するか、すなわち如何に徹底的な民主政治を実現するかという課題である。

①を解決するには、やはり、現在の資本主義体制の根本的な廃絶がまず最初に必要であろう。

これは、18世紀末から世界中の社会主義者の主張するところであるが、資本主義に代替するものが社会主義体制で良いのかどうか、いや、徹底した民主主義のうえに社会主義が建設されなければ全体主義的「社会主義」が現出し、これもまた、人類破滅に向かうであろう。その他に何か他にないのか、考究しなければならない。社会主義体制にしても、地球環境悪化の諸政策や生活慣習は直るわけではない。

 自民党はもとより民主党も、地球環境問題については、原子力産業を推進する立場であり、新しいエネルギーの開発など何にも考えていない、高速道路無料化に見るとおり全く危機意識すらない状態である。

②の民主主義の問題については、極めて難しい。

 それは、制度上の問題だけではない。ドストイェフスキーのカラマーゾフ的な世界の問題があるからである。すなわちその小説に出てくる「大審問官物語」の話だ。
真理と自由の分裂。人民に真理を強制すると自由が失われる。人民に自由を与えておくと真理から逸脱して不幸になる。だから大審問官は、自由を制限して真理を強制するために弾圧をするのである。大審問官はスターリン主義の北朝鮮や中国共産党の考え方であるが、むろん保守陣営の伝統的な考えでもある。

この物語の前提は、民衆の愚かさである。大審問官は賢く、民衆は愚かであるという偏見がもとになっている。だから、民主主義の大前提は、民衆が政治的にも科学的にも立派な見識を持つことであり、それによってこの「大審問官」の壁、真理と自由の歴史的な分裂を打ち破ることが出来るのである。

タレント候補や世襲議員を横行させ、マスコミにたやすく操られる民衆では、いつまでたっても衆愚政治のままの民主主義であり、それは、金権腐敗と自堕落と、そして享楽的な生活の果てに地球環境破滅の奈落を歩む事につながっていくのである。
政治家が官僚をリードする、というだぼらだけで問題が解決出来るわけはない。

政治家も官僚も腐っていたのであり、救国救民の立場に立つ政治的リーダーが不在だったのである。民主党であれなんであれいくら期待してもむなしい結果がやってくるだろう。民衆自身が政治的に自立し、自己教育する能力が無い以上、民主主義は単なる形式であってその実体は金権と虚妄をうまく操るこそ泥的土豪劣紳どもが依然として政治を操る。にわかに大量にわき出てバッジを着けた民主党議員たちに政治家としての良識や良心を求めることはどだい無理な話だ。

 人類は、自己を救い出すほどに知的に成長することが出来るだろうか。権官汚吏と俗物政治家の合体では人類の破滅への傾向は阻止できない。
それまでに地球環境は持つのであろうか。「25時」という小説があったが、もう最後の時を過ぎているのではないだろうか。
 

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2009年9月 5日 (土)

ホテル購入

News & Letters/143

 平成21年9月4日、町有地に建てられていたホテルを無事に町民の手で買い戻しました。
5500万円に登録免許税など400万円の費用がかかりました。すべて、町長や民間人の出資であります。このホテルが東洋町観光業務全体の管理棟的役割を果たしていくものと考えています。

 たくさんの人々が利用されることを祈ります。

 地元の家庭的料理で、安くて新鮮な魚介類、野菜、果物をたくさん食べて頂きます。美しい浜辺、広い芝生、365日営業の「海の駅」をたっぷり楽しんでください。

 どんな妨害があっても、私は、町の総合計画を実施していきます。すたれたり、人の手に渡っている生産手段を回復し、みんなの力でこれを磨き上げて、町を復興しなければなりません。生産手段も何もなしに、その手だても何もせずに、ただ計画や希望を述べたり、選挙の度に空約束をして、実際には何もしない、それどころか、反対したり妨害したりする、一部の人士を尻目に、私はどんどん前進します。

 私が、町の総合計画や過疎の計画を実行し始めると、大変だ、独断だ、突然だ・・・とかいって騒ぐ議員もいますが、この手合いのものは町の現実や将来のことは何も考えず、自己の任務を何もしないで、酔生夢死の生活を日々送っているものだから、
私が何か始めようとすると、ビックリ仰天するのである。

 説明会を開くと、聞きたくないといって出て行くか、5分ぐらい説明を聞いて「大変だ」と行って飛び出して
いくかである。

 しかし、平成18年の高レベル放射性廃棄物のおりには、突然のことで、これまでのいかなる計画にもはいっていないのに、ほとんど全員が「勉強会」をしようという前向きな姿勢になり、政府や原環機構の幹部を役場の奥深くに招聘したのであった。

 また、つい最近でも、南山のリゾート開発に絡む巨額の利権(実体不明)の継承権をめぐっても、議会は全員一致で、「払うちゃれ」という議決までして私に迫ったのであった。
関係者には悪いけれども、その人に面と向かって東洋町は、その利権には関係がないので私がここの長である限りは一銭も出せない、とはっきりお断りを致しました。元の町長が絡んでいたことは資料から明らかに看取できるのであるが、その利権の取引が事実としても、町長個人の関与だけでは、町としての債務を確定することは出来ないのである。

 利権にまつわることについては、諸手をあげて賛成し、町の財産保全やそれを活用しての町民の経済的発展の機会には、反対し、これらをつぶすことに狂奔する手合い、
こんな連中の存在も50周年を期に根絶されるようにしなければなりません。私の任期中に大掃除を完了させなくてはなりません。

 利権の産物であった白い巨塔が、正義と人道の光で輝き、人々のいやしと繁栄の城としてよみがえることを祈る。

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東洋町50周年記念式典

News & Letters/142

東洋町町制施行50周年に際して

                       基調報告

人生50年ということがあります。地域社会にとっても半世紀というのは大きな歴史であります。昭和34年7月に野根町と甲浦町が合併し新しい東洋町が誕生しました。その間50年5代目の町長として今私は記念式典の壇上に立っているわけであります。

昭和34年といいますと、先のアジア太平洋戦争の戦禍から14年後のことであり、岸信介総理大臣の時代でありました。ちょうど国内は勤評闘争とかまた、あの安保闘争が続いて起こっていた時代であり、また池田内閣がすぐ後で成立し所得倍増といってまさに日本経済が混乱の中から飛躍的に発展しようとしていた時であります。
当時野根、甲浦の人口もピークにさしかかっており、両町とも4000人を超える大所帯でありました。

記録や識者に聞くと、合併当初は、町政は大変でありました。役場の位置も定まらず、町長選の有効無効で大もめになり、また、教育委員会も勤評闘争のあおりを受けて一時機能不全に陥っていた、ということでありました。更に重大なことには、新町政がスタートした翌年東洋町の財政が破綻に瀕し、財政再建準用団体に指定されるということになったのでありました。合併にこぎ着けた苦労もさりながら、合併直後、町民や役場のなめた辛酸は大変なものがあったと考えるものであります。

それから、町政は徐々にたち直り、庁舎の確定、行政組織の整備、下水道などの生活環境の整備、ポンカンの特産化など現在の東洋町の基盤ができあがったわけであります。
この間、全国的傾向の中で、東洋町も人口流失や産業の低迷などで町政は急速に衰退の傾向になってきました。
町政がだんだん低迷する中で、この低迷を押しとどめるための試みとして二つの注目する事件が起こっています。

1つは、平成14年に平成の大合併の波が東洋町にも押し寄せてきたということであります。高知県東部の市町村との合併か、又徳島県の町村との合併か、迷ったけれども、結局東洋町はどことも合併せず独自で存続する道を選んだのでありますが、国からの交付金や補助金の削減のなかでわれわれは独自の地方自治の厳しい道を選択したわけであります
今ひとつは、平成18年から19年にかけては、全国を揺るがすような大事件、高レベル放射性廃棄物の埋設施設を東洋町に導入するかどうか、をめぐって町内を二分する騒動が起こったのであります。その騒動も町長選挙という形で無事決着をつけ、その点については現在町内では何の問題も無くなっているのであります。

アメリカの新しい大統領オバマさんは、アメリカにおける原子力産業に関し大きな政策転換をしました。すなわち高レベル放射性廃棄物の埋設処理施設とされていたユッカマウンティンの事業計画を正式に廃止し、原子力発電建設に対する補償金制度も廃止しました。
東洋町の選択は世界の潮流にかない、新しい人類のエネルギーへの転換にさおさすものでありました。

現在、化石燃料の過剰使用による温暖化現象などで地球環境が人類存続の危機的な状況にまで悪化しています。国家の財政も市町村分も合わせると1000兆円にも上るという国債の累積で何時国家的な経済的大破綻が到来するやも知れないという状態であります。
一寸の虫にも五分の魂ということわざがありますが、東洋町は小なりといえでも独立した地方自治体であり、国家・人類の末端を担いたっております。

この、今日の日の50周年を画期として、われわれは、町民の要請のみならず、この時代の人類の要請にも応答する義務があるのであります。自力更生の健全な財政と産業基盤を整えて、新しい時代の一翼をになっていかねばなりません。

地球環境問題や、国際的な経済危機などに見るように、これからは平穏な時代とは違い、何時嵐が吹きすさぶか分からないという不安定な時代が到来する予感がするのであります。つい最近、衆議院選挙で自民党公明党の歴史的な敗北があり一種の政変があったわけでありますが、否応なく大きな変革の時代が再びやって来ようとする予兆とも思えるのであります。

来年には、坂本龍馬のNHK大河ドラマが放映されると言うことであります。
龍馬は幕末の日本に於いて単に策を弄し口舌のたくみで斡旋活動をしていたというような人間ではありません。
龍馬は自ら白刃をかいくぐり血煙の中で時代を切り開いた、戦うプランナーであったのであります。我々は坂本龍馬を観光の看板や客寄せの材料にするのではなく、龍馬を 困難な局面を切り開く先達として正しく仰ぎ見、その見識と勇気を見習うというふうに考える必要があると思います。

かくて我々へのこの困難な時代の要請は、再び三度、龍馬のように時代を切り開く茨の道を、勇気を持って進んでみよというものであります。
我々は、これから先50年、100年の歳月、幾山川を越えても、歴史の呼びかけに正しく応答し、自然豊かな故郷を守り抜き、地域社会と国家の安泰を果たして、次の世代に感謝され喜ばれる故郷(ふるさと)を残していかねばならないのであります。

最後ではありますが、町制施行50周年の今日の日に近隣市町村の代表者や、守口の市長さんや議長さん、それに高知県庁の総務部長さんが遠来ご参列下されたことを厚く御礼申し上げます。
また、今日の晴れの日に表彰される町民の皆さん、誠におめでとうございます。表彰者の皆さんこそは、アジア太平洋戦争の戦禍を越え、ふるさと内外にあって戦後復興を成し遂げてこられた戦士であります。われわれは、異境の地で戦没した「英霊」の御霊に感謝するとともに、生きてふるさとの再建に尽くしてこられた人々を永く顕彰してゆきたいと思うのであります。
誠にありがとうございます。

以上で私のご報告と決意の程を述べさせて頂き基調報告に替えさせて頂きます。

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