2024年4月23日 (火)

園児虐待

高知新聞で保育園児が保母さんに虐待を受けたという報道があった。
それも「高知県東部」の保育所とのことだ。高知県東部と言えば、室戸市か東洋町ということになる。
市役所に聞いたが室戸市ではない。そうすると東洋町の野根か甲浦の保育園という事になる。

記事を見てもはっきりしたことが分からない。園児がロッカーに入れられていたとか、いくつかの虐待が
あったということだ。保育所自体はその事実を否定しているようだ。その虐待の事実は保護者の目撃
によるとのことである。新聞社も明確な報道ができないようだ。

虐待の事実があれば、当事者にはきびしいが、新聞報道もやむを得ない。
しかし、もし、何かの勘違いであったら、今の新聞報道は厳しすぎるであろう。
虐待をしたといわれる保母さんは、もしかしたらそうでなかったのかもしれない。
何事も事実の確定が肝心だ。事実が確定してから報道すべきだろう。

伝聞証拠だけで人を非難したり罪につけたりすることはあってはならない。
日本の冤罪事件の多くは、伝聞証拠だけで犯人が作り出され、無実の人が長く牢獄に閉じ込められたり、
刑死に追いやられたりしてきた。例えば、誰それがコンビニで女性の尻を触っていた、私はそれを見た。
という人が現れた場合、その証言だけで警察に訴えられて捕まるということがあっていいのか。

女性が現場でその手を抑えて声をあげるとかすれば現行犯だ。だが、誰かが見たという伝聞証拠だけで
捕まるという事になれば、だれも安心して生活できないだろう。政敵の多い人などはしょっちゅう引っ張られるという事になる。伝聞証拠だけで人を責めたり、裁いたりはすることはできないという原則が日本の司法界でおろそかにされているから、冤罪事件がなくならないのである。

伝聞証拠で人を罪につけるという恐ろしい思想は封建時代の刑事政策だ。殺人事件や放火など重大な事件が起これば 誰かを犯人に仕立てて「解決」しなければならないという刑事政策からは、犯人を「貧乏くじ」で選んでスケープゴートにするという政策も出てきた。(荻生徂徠「太平策」)

徂徠の儒学では、昔、出石と豊岡で人殺しがあったが下手人がわからないので江戸にまで相談があった。徂徠の回答は、「畢竟下手人を出してことすむことなり。其の領主の吟味にて知れずんば、びんぼうくじになりともして、下手人を出さすべきことを、せんぎ仕り候とて、年月を引きずり、はては埒明かずして終ること愚の甚だしきならずや。」

それをまことしやかにするためには伝聞証拠も作ったことであろう。
県東部、野根の保育園で何が起こったのか事実の確定が何よりも先決である。
事実の確定の前に大騒ぎをしたらもしも当事者が無実であれば大きな人権問題となる。

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2024年4月19日 (金)

豊後水道地震は南海トラフ地震の前兆

2024年4月17日、豊後水道で大きな地震があった。
室戸では揺れはなかったがザーという音と十秒以上の振動があった。強い揺れが来るかと思っ手待機したが、それっきり何もなかった。

震度6弱という。宿毛や愛南町方面では相当な被害が起きた。
多くの人が南海地震のことを思っただろう。だが、気象庁や報道ではそれを否定した。
しかし、だれも納得しないだろう。

私は今回の豊後水道の地震は南海地震だと考える。
それは第一に震源が南海トラフ域にかかっていること、第二に、プレート間のずれによるものではなく、
すなわち、プレート境界で起こってはいないが、プレート境界での何らかの力が片方のプレートに影響があってそのプレートに亀裂が入ったとも考えられる。

南海地震は何も巨大なものがワンストロークで勃発し津波を伴って我々を襲ってくるとは限らないと思う。今回のような単発で中規模の地震で終わる場合もあれば、巨大地震がそれに続いて起こる場合もあるだろう。

それぞれが南海地震の姿を想定するのではなく、南海地震の大小種々のパターンを想定し、そのうえで起こった地震を類別すべきである。そう簡単に南海地震とは関係ないとか、南海地震につながらないとか断定するのはやめるべきだ。
この程度の南海地震もあり、それが単発で終わるのか、それとも巨大地震・津波につながり、その前兆なのかもしれない。

南海地震への防災の備えを一層増強すべきだ。その前提に各機関が勝手に南海地震像を描き、論じ合うのではなく、南海地震の起伏を的確に把握することが必要である。今回の豊後水道の地震は南海地震の一つであり、伊方原発に南海地震が迫ったのである。

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2024年4月 3日 (水)

部落の歴史を一冊の本に残さなければ死んでも死にきれない。

私も予想したよりもはるかに長生きをしている。何にも社会に役に立つこともせず、
毎日なぜか生きている。貧しく困窮している市民の相談に乗り、その手足となって働いている。
しかし、何事もうまくはいかない。街灯一つをつけるにも難しい。

2週間ぐらい前、コロナにかかり高知の病院に隔離された。さいわい5日ほどで解放された。
しばらく人と話すことも避けて逼塞していた。

私の残りの人生もわずかだが、生涯の研究である部落問題の総仕上げをしようとしているが、
なかなか時間が取れない。部落解放運動関係出版で私のことについて書いた本が数冊あるが、
的を得た評論はない。

今地球温暖化(灼熱化)の中で、人類の生存そのものが危機的な状況で
部落問題に注力するのはどうかと言われるかもしれない。解放運動の理論などもいくつも読んでいるが、
今、部落問題を研究したり論じたりする意義については焦点の合わない主張が多い。

私が大学の卒論で出したのは、近代日本においてどうして部落が問題として残ったかであった。
私は、講座派や労農派の対立を止揚してそれを宇野経済学的に帝国主義段階論で乗り切った。
今、私を取り上げた数冊の解放運動の歴史の本では、その理論的功績は無視されている。
当時その新機軸ともいわれた論文を載せた「立命評論」という雑誌は何度も版を繰り返して需要にこたえたという。

私は当時先生方の勧めを断って理論を精緻化する研究者にはならず、解放運動の実践の世界に入った。
部落問題は、なぜ今に残ったのか、部落大衆の苦しみの解決を優先したのである。
しかし、いま私の部落問題の解明の努力は、部落がどうして残ったかではなく、どうして部落が形成されたのかに移っている。そのこと、部落の歴史を一冊の本に残さなければ死んでも死にきれない。

なぜ今もなお部落問題か。
回答。人類的危機のなかでこそ、部落問題や少数民族問題が大きな社会問題となる。
それはナチスがすでに示した。日本の関東大震災の折にも在日朝鮮人が犠牲になった。
天変地異など社会のパニックには、人々の眼が向くのは被差別民であり、食糧危機など切羽詰まった
状況では、真っ先に被差別民衆が襲撃される。

現在の人類史的危機をもたらしているのは明らかに資本主義であり、その経済成長主義である。
資本の増殖の論理は資本主義の本質であり、地球と人を蚕食しつくさなければやまない。
資本主義は労働者を使い捨て消耗させるだけでなく地球の自然環境そのものも破壊し食い尽くすのである。
だから、プロレタリアートは部落民など少数被差別民と手を組み資本主義を廃し社会主義的な共同社会
を建設し、地球消滅を防止しなければならないのである。危機に臨んでプロレタリアートはその矛先を決して少数被差別民に向けてはならない。そうすれば真の敵を見失い自らの友軍を滅ぼしそうして自分自身も滅びなくてはならなくなるのである。

  残り少ない人生を有意義に生きていこう。最後まであきらめずに。

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2024年3月20日 (水)

ようやくブログ再開しました。

昨年8月9日早朝の放火によって再び全財産を再び失って以来本部ログを再開することができなかった。
ただ新しいパソコンをネットにつなぐ技術がなかったからである。今日有能な友達が現れれて、全面的に機能が回復した。

昨今の情勢は内外ともに希望するところとは逆方向にすべてが進んでおり、その世のすがたは、
すさまじいスピードで人類史終息への不退転の機関車のようだ。

地球灼熱化は南海地震や原発、ウクライナ戦争どころではない。地球という球が爆発するような危機だ。
その原因が資本主義であることもわかっている。だが、やめられないのだ。
はるかとおい未来には地球の生命も尽きる時が来るだろう。しかしそれは灼熱とか爆発とかではなく、
冷え凍って生物が生存できなくなるからだと考えられていた。

だが、今は、地球がいつ爆発するのか、いつ地球表面の熱さで生命が焼けこげ、煮沸されて死んでいくのかという問題として今の人類に迫っているのである。
十年先、二十年先の人口はどうなるのか、子供の人数はどうかなどと言っているが、それよりも、地球灼熱化の激烈な運命はどうなるのかを問うべきであろう。
地球灼熱化を止めることは不可能だ。しかしそれに少しでも長く耐えられるよう準備をしなくてはならない。

少しでも、である。生き延びる期間はせいぜい10年間程度であろう。熱射は人間の営為を根本から変改を迫る。

米麦、芋、豆など作物も激しい熱射で育たないだろう。作物を熱射から守るための膨大なネット・・・・。
様々な天変地異で今の居住地帯から撤収しなければならない。
山に洞穴を掘って暮らすことになるだろう。・・・・・・死滅に向かっては人類は平穏理に終活を完了することは難しい。

弱肉強食のおぞましい断末魔を見せることになる可能性が高い。地球は地獄と化す。
そうなって初めて人類は資本主義という悪魔の論理(資本のあくなき増殖)を持つ制度に気が付くのかもしれない。

いづれにしても、もう「25時」を過ぎた。

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2023年6月 8日 (木)

虚偽の哲学「梅原日本学」

『日本思想の古層』(2017年8月10日藤原書店 梅原猛 川勝平太)という本を読んでいる。
川勝氏は梅原猛の哲学を賛嘆して次のように言う、
「・・・日本において信仰が芸術に昇華したことは疑いないところである。芸術は文化の花である。

 

「花」自体が信仰と芸術の統合シンボルになる。・・・・芭蕉は「西行の和歌における、宗祇の連歌における、雪舟の絵における、利休が茶における、その貫通するものは一なり。しかも風雅におけるもの、造化にしたがひて四時を友とする。見るもの、花に非ずという事なし。おもふところ、月にあらずといふ事なし。像、花にあらざるときは、夷狄にひとし」(『笈の小文』)と言った。」

 

梅原日本学という哲学の中核的思想は 草木国土悉皆成仏 という概念であり、それは縄文時代以来の日本の基層をなす文化・信仰である、という。それはそうかもしれないが、「夷狄」を差別・排撃する芭蕉の芸術論を称揚するのとどういう整合性があるのだろうか。

 

芭蕉の「笈の小文」は上の引用に続いて「心花にあらざる時は鳥獣に類ス。夷狄を出、鳥獣を離れて、造化にしたがひ造化にかへれとなり。」
造化とは天地自然のことか。しかし夷狄も鳥獣も草木国土悉皆のうちに入るのではないか。夷も狄も人間である。

 

梅原人間学は、西洋の哲学ではなく東洋の思想、特に空海の密教を高く評価する。しかし、空海こそは、その有名な「性霊集」でその夷狄である蝦夷を「非人」と激しく非難し断じた最初の人間であった。梅原ら日本の美学をいう連中は、その思想の根底に日本の神道的な聖と俗、貴と賎の感情的概念を持っている。梅原は蝦夷を縄文の血を引くもので、後から入って来て大和朝廷を樹立した朝鮮系の人間集団によってカースト的差別を受けてきたと正しく位置付けていた。(『海人と天皇』268頁)

 

私は、蝦夷に対する激しい差別と収奪の名残が部落差別の原因だという考えをもって部落史を研究している。だから、梅原の日本学には大いに期待してその著作をよく読ましてもらったが、上に引用した芭蕉の美学論の差別性の無批判的な評価はいただけない。部落問題をまともに考えられない学者は、結局そこで陥穽に落ちてその思想の学問性を崩してしまうのである。

 

 

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2023年6月 1日 (木)

危機感のない世界

G7の会議も室戸のような小さい地方の議会もなべて等しく危機感がない。
G7の会議にウクライナのゼレンスキー大統領が現れたのはいいが、本例ならデンマークのグレタさんが
登場すべきであった。

G7会議では、全員が核が大好きな連中ばかりだからこれらに核廃絶などを期待するのが初めから間違いだ。
アメリカは広島長崎に原爆を落としたことを少しも反省しないし、日本はサディストの様にアメリカの核
の傘を懇望し、イギリスやフランスなどNATOの組も核が大好きでやめられない。

ロシアや中国など核の塊のような連中とG7の核愛好家連盟とがしのぎをけずっている。
彼らには地球の現在の危機的状況は全然見えないし見ようともしない。

この夏も次の夏、次の冬も、毎年毎年地球の灼熱化、極寒冷化、異常降雨と異常干ばつ、人類だけでなくあらゆる生物が地上では生存できなくなる事態が始まっているのに、核での脅し合いと通常兵器の打ち合いに熱中している大人帯を
グレタさんはどう見ているのだろうか。

地方自治体も、地球の現状、異常気象や気温の灼熱化などについては全く無関心で別世界の話のようだ。
今に何の作物もできないぐらいの灼熱がやってきて田畑が干上がり、暑くて家にもおられない、飲み水もないという事態がきたらどうするのか、そんなことが起こるなどとは全く誰も考えない。天下泰平がずっと続くと考えている。

異常気象や洪水、干ばつがどんどん襲ってくれば、自然災害だけでは収まらない、追い詰められた人間の集団が異常行動をとりだすだろう。暴力が暴れだし社会的動乱が全世界で噴出しだす。弱肉強食時代が支配する。生物の中で人類が一番先に絶滅するだろう。化石燃料の使用を直ちにやめなければならない。だが、それ自体がほとんど進まないばかりか、逆行状態だ。

地球灼熱化はどんどん進む。
例えば、50度を超える灼熱を防ぐために田畑には熱射を防ぐ大規模の網が必要、農業用の水を確保するための膨大な貯水槽の建設、熱射を避ける横穴居住域の開発、・・・・・・少しでも子孫が延命できるようないろいろな対策が必要である。

国がやらなければ都道府県や市町村が今すぐに対策を始めねばならない。
G7やG20にグレタ・ツーンベリさんを呼んで会議に出席してもらわねばならない。

現代の革命家は、我々が何をなすべきか、はっきり示さねばならない。ウランを含む化石燃料使用による地球の異常化に有効に対処するには、現在の帝国主義的政府やスターリン主義的国家の存続を許すわけにはいかない。
労働者市民の全世界的な蜂起と自己権力の樹立が必要なのである。

グレタさんを中心に全世界の国の労働者市民の代表が一堂に会し、地球の気候変動的危機に有効に対処する政策を決め、それを実行する権力を持たねばならない。Down with Imperialism ! Down with Stalinism ! のスローガンが今より以上に真実であるときはない。

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2023年5月 6日 (土)

ウクライナ侵略戦争

ウクライナへのロシアの侵略、無差別爆撃、民間人の大量虐殺がやまない。このロシアの侵略行為についてよく、ナチスの蛮行が比較される。

だが、日本人はロシアの蛮行・侵略行為については、日本軍がした中国や朝鮮、アジア諸国での侵略と虐殺の数々と比較するべきであろう。

ロシアやナチスの蛮行を非難するだけで日本は何をしてきたか一つも語らないのはあまりにも不誠実で虚偽の真骨頂だ。

いつまでもいつまでも我々日本人は、日本人がやったアジア侵略とそれによる無辜のアジア人民の死を語り伝えねばならない。

ロシアによるウクライナ人民への残虐行為はかつてほんの少し前日本がアジア人民にしてきたことであることを、ロシアを非難しつつ我々の過去をも非難しなければならない。

その事だけは忘れてはならない。招集されたとはいえ私の父や叔父たちは中国の土地を軍靴で踏み許されない不当な行為をしてきたのである。その責任を我々は引き継がねばならない。

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2023年5月 1日 (月)

安倍晋三「暗殺」事件の評価


安倍晋三元総理は奈良市の駅頭で銃弾を受けて非業の死を遂げた。
この襲撃行為は多くの市民らの面前で行われたから暗殺ではない。
謂わば公然殺、公殺だろう。この公殺を評価するものと否定するものがあるのは当然だろう。

大老井伊直弼が桜田門外で襲撃されたのも公殺だろう。
井伊直弼の公殺を非難する者はいない。当時の討幕派の志士たちは小躍りして喜んだ。政敵にとっては、安倍晋三の死は喜ぶべきことだっただろう。したがって彼を襲撃した行為はすばらしく、英雄的なことだろう。表面はともかく心の内ではうれしいことだったに違いない。

安倍の支持者はもとより、政治の世界で暴力を行使することを嫌忌する方々もこの襲撃を非難してやまない。それではお前はどう評価するのか。その評価をすることは難しい。

私は、安陪の政治的な死について大いに喜ばしいと思う。その極右的思想及び統一教会と自民党の関係には大きな打撃になったことは喜ばしいことだ。だが、この公殺という方法を支持するべきか。

今の政治状況で政治的目的を実現するために人を殺傷する以外に方法がなかったかのか、桜田門外での襲撃はあのような大老の強権を逃れるにはおそらくそれしかほかに方法はなかったであろう。

今日言論が自由で政治活動がほとんど無限に許される状況では、公殺という手段の選択が許されるという評価は極めて困難だ。例えば西大寺の駅頭を数百人の大衆で包囲し、言論や示威行為で騒然化するなど安倍の行くところ何処でも怒号などで圧倒する行為を繰り返す・・・そういうやり方もあったのではないか。

どんな悪人であってもその命を奪うことはしてはならない。我々は安倍晋三らの極右連中に運動的に負けていたのであり、運動の足らなさを人殺しで回復しようというのは卑劣のそしりを免れない心情的には、よくやったと言ってやりたいが、困難な道を歩むべきだった。

すなわち大衆運動で勝つ方法を選ぶのが革命の大道なのである。もちろん澎湃と上がる大衆の革命的決起の中で悪徳政治家や圧政者が倒される
のはごく自然なことだ。

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2023年4月14日 (金)

統一地方選

2023年
地方選前半、相変わらず自民党公明党の圧勝、維新の躍進、共産党の低落、立憲の低迷であった。

知事選や道府県議選、市議選などの各候補は何のため議席を争うのであろうか。争点があいまいでありただ利権化した議席の争奪にしか見えない。

戦国時代のような大義名分のない争乱であり、理念を失った
政党派閥の乱戦だ。世界の醸成もロシアプーチンや習近平の悪党を軸として米英日独など帝国主義各国の覇権争い、領土拡大、軍拡競争だ。プーチンらは侵略の野望を実現するためには核戦争も辞さない覚悟だ。

人類が地球環境の悪化によって存続の危機にあることを全く意に介せず、政争に明け暮れる日本は、かつては文化的に高い民族とみられていたが、脱炭素社会への努力では最低水準、逆行先進国となり、知性の後進国化している。

腐敗した既成政党を突き破ってグレタ・ツーンベリのような清新な風が吹いて
日本政治を変革し、世界の気候危機を日本が先導的に救う力となる、そういう革命的な政党が出てこないだろうか。

今の状況では到底不可能であり、それどころか地球気候変動に先んじてロシア・ウクライナ戦争、台湾海峡戦争など核兵器を含む従来の戦争形式での打ち合いの中で人類は自滅するのであろう。

地球気候の灼熱の中で死ぬるより、かつて味わった砲火の戦災の中で死ぬ方がいいのかもしれない。そのような危機感が日本政治の動きの中に全然見えない。人々は何を考えているのであろうか。

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2023年4月 3日 (月)

危機感欠如の高知新聞記事


本年4月2日付高知新聞の地球温暖化についての論評は極めて危機感が欠如したものである。

国連の気候変動に関する政府間パネルの報告書について、という事である。

今世紀末の気温上昇幅を産業革命前の1.5度に食い止めるためには、2030年に二酸化炭素排出量を現在の半分に削減する必要があるなどの報告を紹介するが、危機感が見られない。

二酸化炭素を半減するという目標は不可能であること、日本政府も国民もそのための生活方法、産業構造の変換などは全く考えていないこと、このことの指摘は何もしない、高知新聞の危機感のなさも明らかであろう。

地球温暖化対策には二つの面がある。二酸化炭素を削減するという面と、現に進んでいる温暖化対策の面である。

今年も世界各地で耐えがたい猛暑が襲来してくる。日本でも40度を超える灼熱が襲ってくる。劇的な気候変動への対策を具体的に進めなければ、灼熱による冷房のない家屋での生活不能、飲料水の枯渇、田畑の旱魃、作物の収穫不能、豪雨による山の崩落、大洪水、巨大台風の襲来など止めどもない自然災害・・・・これらへの対策をしなければならない事態になっていることについて論じなければ危機感は生まれない。

例えば田畑に熱射を防ぐ防熱遮蔽ネットを用意する、干ばつに備え池や地下タンクをつくる、総ての家庭に冷房設備を用意する、裏山にトンネル型穴居住居を掘る、・・・・・

また、二酸化炭素を削減するためには、自動車や船、航空機などの利用や生産を大幅に削減するという抜本的な生活や産業構造の転換が必要であるが、高知新聞の記事にはそんなことは示唆することさえできない。

そして何より、ロシアによるウクライナなどでの侵略戦争や日本を含む世界各国の軍拡競争が、そしてまた、原発の世界的な稼働が、地球温暖化にいかに
大きな悪貢献しているかについて言及しなければウソになる。

かつての橋本大二郎知事らが原発を支持する理由として原発が地球温暖化を
抑止するなどと言っていたが、とんでもない。原発は放射能をまき散らすだけでなく、その稼働までに膨大な化石燃料をを使う事実、稼働中には膨大な温排水を出すことも没却してはならないのである。

自動車を使い、電気を使っている自分のことを棚に上げてこのような他者への批判を書くことには躊躇を覚えるが自分の事も含めて現代人の危機感のなさ、無責任さには慙愧に耐えない。

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2023年2月24日 (金)

ロシアによるウクライナ侵略戦争の意味


ロシアがウクライナに侵攻してから1年になるが、プーチンの野望はやまない。
この侵略戦争の中で、ロシアのプーチン、中国の習近平、北朝鮮の金正恩、してアメリカなど無茶苦茶な権力者によって第3次世界大戦への道に人類を引きずり込む、そういう可能性がリアルに存在するということである。

今人類が共同で戦わねばならないのは地球温暖化対策(地球環境戦争)であり、これに全力を尽くさねばならないのであるが、ウクライナ侵略戦争など狂った権力者によって、それどころではない状況が生まれた。

地球環境戦争で敗北する前に旧来の侵略戦争(核戦争含む)によって人類が十分消滅することもあるという現実が示されたのである。
したがって、このようであれば地球環境戦争にはほとんど100%勝てない、という事だ。

一日も早くこの無謀な戦争をやめ、それぞれ九千を市、地球環境戦争に世界人類は総力戦体制で立ち向かうべきだ。
だが、
プーチンはいよいよウクライナ侵略戦争に勝てないとなれば核を使うだろう。北朝鮮も核を使うだろう。
中国も台湾侵攻で米中開戦となれば核兵器を使うだろう。第3次の世界大戦は第2次よりもはるかに多くの民間人を犠牲にして不可避的に
勃発すると思われる。これが私にとってウクライナ戦争の第一の意味だ。

その次の教訓は、地球環境戦争に最終的に敗北するまでもいくらかの間生きていかねばならないが、他国からの侵略にどう対処するかだ。
岸田政権の様に敵基地攻撃など軍拡路線では核兵器を持つ国の攻撃には到底勝てない。通常軍備は簡単に破壊される。自衛隊は逃げ散るだろう。

だから祖国とふるさとは国民自身が戦って守るほかはない。ウクライナの国民の様に侵略者に対しては、戦える者は全て武器を取って戦うしかない。
すべての国民が銃器の扱いを身につけねばならない。政府は、戦う国民に十分な武装と弾薬を与え、訓練を受けさせるべきだろう。

国民に武器を与えない、訓練もさせないというのが豊臣や徳川時代からの日本の権力者の統治方式だが、そんなことでは祖国を守ることは
できない。職業的軍人だけでなくウクライナの国民の様に侵略者との闘いには国民の武装しかない。これが第二の教訓だ。
全世界のプロレタリア人民は、愚かな侵略戦争をやめさせ、力を合わせ地球環境戦争へ総力を挙げて出陣すべきだ。

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2023年2月19日 (日)

共産党党首公選制

日本共産党の元幹部党員が内部からら共産党の内部改革・党首公選制を言い出した。

日本共産党の元中堅幹部党員が、党首公選制など党内改革に立ちあがった。大変な勇気だ。
しかし、余りにも遅きに失したというべきだ。今までにどうしてこんな当たり前のことが起こらなかったのか。

「民主集中制」という制度は、革命党組織では必然的に起こる。武装した軍事組織を持つ党では、党首公選制などは不可能だ。前衛と自称する少数の者が結束して指導部を名乗り、組織活を広め党員大衆を上位解脱方式で指導する。
闘争の一定の思想や戦略戦術を決定するのも、また集まる資金もすべてその一握りの前衛が掌握し批判を許さない。

選挙とか互選とかいう事は全くない。政治局員とか地方委員とか重要な役職は全て上から指名という形で決定する。

下々の者は上からの命令には承詔必謹であり、官僚組織と同じだ。「民主集中制」はそこに流れる思想の内容は違うが、帝国主義軍隊と同じである。武装した革命軍においては、そういう組織の運営もやむを得ない場合もあるだろう。
だが、公然活動、合法活動しかしない党では党首公選制など普通の民主主義は当然だ。

だから、現在の共産党のように公然合法活動しかしない政党が、「民主集中制」をやっているというのは到底理解できない。激しい弾圧下かつての武装闘争路線の中の「民主集中制」を解消せず、公然活動の時代に昔の武装闘争路線時代の党組織をゾンビのようにのこしてきたのが現在の共産党だ。

「民主集中制」という党運営は軍事組織・地下組織を持つ革命党ではやむを得ない仕法かもしれない。
それはしかし、権力を打倒した段階で自己否定的に消滅すべき組織形態なのである。

敵権力を打倒してもなおかつその非民主的な前衛党的運営方式を残してきたのがロシアや中国の共産党であり、
プロレタリア大衆に対し一党独裁権を打ち立て、悲惨な全体主義国家を作って来たのだ。

日本共産党が「民主集中制」方式を続けているというのは、それでは日本共産党は武装して革命戦争をやろうと構えているのか、と問いたい。
そうでないなら党首公選制など党内民主儀を徹底し、普通の民主的運営に転換すべきだ。

尊敬に値する共産党指導者や活動家が「民主集中制」などという非民主的なドグマに拘泥しこれを擁護しつづけるという姿を見るのは、痛ましくもあり残念でもある。

私は若い時分から幾たびか、共産党に入党の勧誘を受けた。勧めてくれた党員はいづれも高潔な方であった。
ある時には車に乗せられ着いたところが、高知市の北山というところの死没した共産党員の墓地であった。

そこには私の敬愛する吉良川町出身の石建虎兎栄の墓もあるといわれ、君もここに葬られる人物になれるぞと言われた。だが私は結局その方の期待に沿えなかった。その理由は他の戦略戦術上の諸問題ではなく、「民主集中制」
だった。


来るべき社会主義社会が「民主集中制」を基盤とする政治で仕切られるとしたら・・・思うと私にはどうしても入党に踏み切れなかった。
私は残念ながら北山でなくこの西灘部落の通称 はなのかみ という墓地に先祖の片隅に葬れるだろう。
それが私の望みでもある。


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2023年1月21日 (土)

無罪判決

東京高裁は地裁に続いて福島原発事故による数多の殺人事件について刑事責任の被告を全員無罪にした。

その理由は、政府の調査機関(地震調査研究推進本部)が発表した長期評価が当時として対策を講じるほどの確実性はなかったとするものであるが、この判断は民事(昨7月東京地裁株主訴訟、昨6月最高裁判決)事件の判断と根本的に相違するものであった。

まず第一に、原発を稼働させること自体に犯罪性がある。
⓵原発稼働によって施設から大気や海洋に放射能がまき散らされること、
②また、処理することができない超危険な使用済み核燃料を産出することであり、その廃棄物は広範な範囲の周辺住民や不特定多数の国民に危害や損害を与える。
③周辺住民に事故による被害の脅威が日常的に与えられ続ける。
原発稼働の責任者はこれらだけでも十分重罪に処せられる理由がある。
まして、実際にその稼働によって事故を起こし、それを防止できなかった結果多数の人間を殺害したのであるから当然極刑に処せられるべきであった。

津波だけでなく、地震動によって配管などが毀損されていたという事実もあり、無数の配管などがぶら下がって稼働する原発では些細な地震でも重大事故に
つながる損傷がありうること、またそれを防ぐことは不可能であること、その不可能性を認識してそのうえで稼働していたのであるから、これはほとんど故意か少なくとも未必の故意というべきだ。

人通りの多い繁華街を速度制限を無視して猛スピードで車を走行させること、そして実際そうして事故を起こし多数の人間を殺傷した場合、無罪で済むだろうか。いったん事故が起こればその機会も事故も制御できず、何万何十万の人間の死につながるという機械の稼働をh会は許すべきではないし、ましてその機械が正常に稼働しても、放射能をまき散らし、どうすることもできな使用済み燃料という放射能の塊を作り出す、こんな人類滅亡にもなる危険物をもてあそぶことを犯罪として裁けない裁判所は何の価値があるだろうか。

今回の判決は、資本家とその権力機関の走狗化した裁判所の哀れな姿がさらけ出された。

政府の巨大地震についての長期評価の認識の程度がどうであれ、テロや敵勢力による攻撃は固より、原発を稼働させておれば大地震はいうまでもなく中小の地震でも、あるいは経年劣化によっても、配管や原子炉などが毀損し重大事故につながるという認識は、誰でも持っていたことであり、その事故が実際におこったのである。

政府の巨大地震の長期評価を知っていた以上は故意であり、対策を講じなければ大変なことになるかもしれないという認識ぐらいはあったはずだから、少なくとも未必の故意という犯罪の範疇で処罰されるべきだ。

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2023年1月 7日 (土)

反動の時代

新年を祝いたいが、心から祝えない。
岸田内閣の極度の反動政治が止まないが、それよりも恐ろしいのは、地球温暖化(地球遮熱化)である。

 

最近の新聞やテレビを見ても、地球遮熱化についての記事も、それへの対策についての論議もほとんどのらない。

 

今冬の厳しい寒さを見ても、今夏の厳しい酷暑の到来が予想される。
嵐のような気候変動の波は、毎年毎年厳しくなっているが、化石燃料の消費は加速しさらに増大している。

 

極地や高山の氷はどんどん融解している。
地球は終わらないがその上の生物の終わりが近づいている。

 

暑さのために水が枯れ、暑さのために作物が実らず、暑さのために家で住めない、暑さのために海面が上昇し、暑さのために生態系が破壊され、・・・・ここ数年から10数年の間に地獄のような世界で人類はのたうち回る、
そのような予感がしてならない。資本主義が廃絶されないかぎりこれは止まらない。

 

だけど政治家も、宗教家も、マスコミも、学生や学者先生たちも何も語らない。
目の前の快楽に酔いしれてわずかな先の未来のことも見えないのか。
その点ではロシアのプーチンや北朝鮮のお坊ちゃんと同じではないか。

 

少しでも生きながらえるために、化石燃料の使用を全面的にやめ、車などの生産、利用をやめ、全市町村に地下に巨大な貯水槽を構築し、田畑に防熱ネットを準備し、山の中腹に横穴掘って住居とする・・・・

 

地球遮熱化の対策を急がねばならない。地球遮熱化の過程では異常な自然現象の激発だけでなく人類社会での軋轢の激化、すなわち各地で戦争・内乱の激発も起こるだろう。ウクライナでの戦争もその予兆かもしれない。

 

ヒットラーとかプーチンやトランプのような異常な人間が政治家として成功し、民主主義をめちゃくちゃにし、核兵器などを躊躇もなく使いだす。人類が倫理性を完全に失陥する時代が到来し、差別・迫害が日常化する

 

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2022年10月14日 (金)

ウクライナの原発攻撃

追い詰められたプーチン。狂気じみた男の残虐な侵略行為はますます激しくなっている。中でも核兵器使用の脅しと原発攻撃が最も恐ろしい。

この凶行を押しとめる方策がない。しかしこれは私たちへの反省の好個の材料となった。原発を持つことは侵略者にとって極めて有効な破壊目標を提供することになるという教訓だ。

学生時代に京都大学の楽友会館で湯川秀樹博士の講演を聞いたとき、講演後の懇談会である学生が原発と原爆の違いは何かと質問したとき、博士は言下に「原発と原爆は全く同じものだ。」と言われた。通常兵器で原発を攻撃すれば原爆投下と同じ破滅的な効果が生ずる。

数人のテロリストが原発に侵入し配管などを破壊するだけで福島級の大災害を引き起こすことができる。非稼働の原発でもいいわけだ。
日本の防衛族が敵基地攻撃の体制を構築しようとしているが、そんなことよりも使用済みも含め核燃料を抱えた原発を速やかに廃絶することだ。

ロシアがウクライナの核施設を攻撃し破壊するのは避けられないのではないか。クリミアを取られ東部でロシア軍と攻防を繰り返していたのだからウクライナも早急に原発を処理するべきだった。

通常兵器でも原発は破壊される。だから原発は安全保障の観点からもきわめて重大な危険因子であり致命的な弱点である。


腹を見せて敵弾を誘導しているようなものだ。原発の維持、再稼働を唱道する自公や維新などの反動派は、統一教会問題だけでなく原発問題において軍事的な感性も危機意識も持っていないことを露呈し、また愛国心のかけらも持っていないことがわかるのである。

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