2022年10月14日 (金)

ウクライナの原発攻撃

追い詰められたプーチン。狂気じみた男の残虐な侵略行為はますます激しくなっている。中でも核兵器使用の脅しと原発攻撃が最も恐ろしい。

この凶行を押しとめる方策がない。しかしこれは私たちへの反省の好個の材料となった。原発を持つことは侵略者にとって極めて有効な破壊目標を提供することになるという教訓だ。

学生時代に京都大学の楽友会館で湯川秀樹博士の講演を聞いたとき、講演後の懇談会である学生が原発と原爆の違いは何かと質問したとき、博士は言下に「原発と原爆は全く同じものだ。」と言われた。通常兵器で原発を攻撃すれば原爆投下と同じ破滅的な効果が生ずる。

数人のテロリストが原発に侵入し配管などを破壊するだけで福島級の大災害を引き起こすことができる。非稼働の原発でもいいわけだ。
日本の防衛族が敵基地攻撃の体制を構築しようとしているが、そんなことよりも使用済みも含め核燃料を抱えた原発を速やかに廃絶することだ。

ロシアがウクライナの核施設を攻撃し破壊するのは避けられないのではないか。クリミアを取られ東部でロシア軍と攻防を繰り返していたのだからウクライナも早急に原発を処理するべきだった。

通常兵器でも原発は破壊される。だから原発は安全保障の観点からもきわめて重大な危険因子であり致命的な弱点である。


腹を見せて敵弾を誘導しているようなものだ。原発の維持、再稼働を唱道する自公や維新などの反動派は、統一教会問題だけでなく原発問題において軍事的な感性も危機意識も持っていないことを露呈し、また愛国心のかけらも持っていないことがわかるのである。

| | コメント (0)

2022年10月 1日 (土)

続安倍国葬


多くの国民の反対の声を無視して安倍元総理の国葬が挙行された。これについていくつかの批判的な論評を読んでみたが、すっきりとした読み応えの
あるものはなかった。曰く、民主主義を揺るがす、とか、三権分立の無視だ、とかである。
三件の内の行政権(内閣)の独走態勢は岸田や安倍など今に始まったものではない。
三権分立を学ぶ小中学生でも近代民主主義国家(ブルジョワ体制)の構造自体が三権の中行政権の優越性を担保していることはすぐわかる。
衆参国会で多数を取った者が行政権を握るのであり、最高裁の裁判官の人事は内閣が握っている。議会が内閣を正中するといっても、与党の支配する議会は権力に迎合するだけで、行政権の独走を止めることはない。司法の最高峰の最高裁も時の権力におもねるから行政にブレーキかけず、むしろそれを
擁護する。最高裁だけでなく全国地方裁判所、高等裁判所が行政に係る訴訟で国民の側が勝訴することのない実態は最高裁事務局に裁判官の人事
が握られているからである。これが小学生でもわかる現在の国家の構造だ。国会議員の選挙でも結局は、金力と血脈が優勢である。
日本だけでなく世界各国の現行の法律のもとで行政権の専断的横暴を止める方法がない。いくら法令があっても権力はそれを無視しても大丈夫。
まして法令がないところでは権力のしたい放題だ。行政権独裁が現行憲法の建前である。権力自らが抑制的であることは期待するだけ無駄だ。
地方自治体には住民の監査請求制度があり、ある程度は裁判にまで持ち込めるが国にはそんな制度もない。

、、前途程遠 馳思於雁山之暮雲(前途ほど遠し 思いを雁山のゆうべの雲に馳す)
  後会期遥 霑瓔於鴻臚之暁涙(後会期すこと遥かなり 瓔(えい 糸へん)をうるおす鴻臚の暁の涙に)

平忠度が都落ちの折、歌を託し俊成卿のもとから去っていくとき、馬上高らかに歌ったという和漢朗詠集の一詩が私にも聞こえてくる。

| | コメント (0)

2022年9月21日 (水)

安倍国葬の法的問題

私は、友人とともに高知県監査委員会に、高知県知事濱田氏及び県議会議長らが、今月27日の安倍国葬に出席することについて差し止め請求の住民監査請求を行った。

理由は、内閣が安倍国葬を行うことは⓵憲法に違反するということと、安陪元総理が②様々な反動的行動をした人物であることの二つである。

地方公共団体が、憲法など法律に違反する行為は地方自治法第2条の第16項、で禁じられ、第17項では法令に反する行為は無効と規定されている。
違法かつ無効な行為に公金を使うことは当然違法であり、差し止めや賠償の請求の対象となる

⓵の憲法違反は二つある。

一つは、内閣法第1条第1項で、内閣の職権は、憲法第73条他憲法で定められた職権を行うと明記されていて、国葬を行う職権などを
定めた条項は憲法にはない。戦前の勅令のように内閣がきめたことが法であるというのはファッショ的な考えだ。

権力は法定されたことしか執行できない。吉田茂の国葬も当時の自民党内閣は「超法規的」行為であることを自覚していた。
現在の自民党権力はそのような意識すらもないから権力を握ったら何でもできると考えているのである。これはファシズムだ。

もう一つの憲法違反は、憲法20条の第3項違反だ。「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動してはならない」
という規定に違反する。国葬も葬儀である。葬儀は宗教活動だ。無宗教的葬儀は現在の日本には存在しない。

明治5年6月28日太政官布告で自葬祭が禁じられ、葬儀は全て神式か仏式に限定され,神官か僧侶によって挙行されることになった。
勝手に自分で葬式ができなくなったのだ。この太政官布告は今でも生きている。明治4年のいわゆるエタ解放令の太政官布告が生きているように。
明治5年6月以来、日本人の葬式は宗派宗教の独占物となった。

「葬式仏教」は国のお墨付きとなり、寺院のドル箱となった。
国葬も例外ではない宗教行事であるから、憲法では国が宗教行事は執行できない。
マスコミや学会は、安倍国葬について法的根拠がないというだけでなく、憲法違反だという法的根拠を国民に示すべきだ。

そして安倍国葬に出席する連中もこの憲法違反について理論的に反論すべきだ。憲法違反と知って、超憲法的行動をとることの

政治的責任についてどう考えるのか、聞きたいものだ。憲法を破っていいのか。統一教会のような、日本人にとっては売国奴的教義(日本は韓国の属国だから金を貢げ)を持つ団体と一体となって権力を築いた安倍晋三の葬儀に、憲法を破ってまで奉仕しなければならないのか。

反社会的な宗派宗教の広告塔となっていた男の葬儀は二重に宗教的であり憲法違反だ。

| | コメント (0)

2022年9月12日 (月)

続安倍国葬。カエサルのものはカエサルへ

安倍元総理の横死をきっかけに、自民党の底知れない腐敗ー統一教会問題が白日の下にあらわなになって来た。
日本国民がこれで目覚めなければ自民党とともに永遠に腐敗の中に沈んでいくだろう。

安倍晋三の死は、いわば怪獣(ゴジラ)の死のようであり、それは安保法制など民主主義の破壊、森友など金権腐敗政治、ウソを政府運営の手法とする、そして反社会的宗教団体を野放しにし、その力で多数の右翼的腐敗議員を生みだした。・・・・など、

反民主主義の巨獣の死を国葬で弔うというのである。国辱的企てだ。
そもそも葬儀は宗教行事だ。国葬儀と名前を変えても同じで葬儀は古来より宗教行事であることは明白だ。

もし古代の遺跡で墓の近くに祭壇の跡があれば人を弔う宗教儀式が行われていたと学者は言うであろう。
死者を忍んだり追悼するのは宗教行事とは言わないが、祭壇を設けて弔えば、それは宗教的行為だ。

従って、祭政一致の戦前ではないので、内閣府設置法でいう「儀式」は誰かを弔う葬儀は含まれない。
内閣府設置法で言う儀式は、いろいろな政治的、文化的な式典であって、宗教的行事は入らない。
葬儀、墓参、先祖供養などを含む宗教行事を国の機関が挙行することは憲法に抵触する。

憲法第20条第3項では、国は、「いかなる宗教的活動もしてはならない」と規定されている。
これは、カエサル〈皇帝)のものはカエサルへという聖書の考えである。
聖書のこの言葉は、政治権力が宗教に関与(逆の場合も同じ)することを戒めるものと解釈される。

宗教を利用して又は宗教の力で政治権力を手中に収めようとすればその政治は必然的にファシスト的、狂信的なものになり
民主主義どころか、不信者や異教徒など人民への弾圧、大量虐殺、他国への侵略などあらゆる悪魔的なことが引きおこる。

それはひとり統一教会だけの問題ではない。彼岸への往生信仰も現世利益の追求も宗教活動が政治権力を目指せば全体主義的な
統治形態に至らざるを得ない。宗教活動は教団化しそこでは教祖が絶対的な権威と力をふるい訳の分からない迷信も教義とされる。

その狂信化した教義が法となり正義となって民衆を縛り、権力維持の手段となって、その統治下では社会は地獄と化す。
カエサルのものはカエサルへ、神のものは神へ。

| | コメント (0)

2022年9月 6日 (火)

安倍元総理の横死

安倍元総理が奈良の駅頭で銃撃を受け横死した。

第一に、このことによって日本の保守政党が根底から揺れている。
安倍だけでなく自民党そのものの「国葬」、自民党と安倍晋三の合同葬が必要だ。自民党は解散すべきだ。衆参両院も解散して選挙をやり直すべきだ。

統一教会や創価学会など宗教団体の支援・連携がなければ議員当選はなく、国会で多数党ではありえなかった。

反社会的な団体の資金とスタッフ応援・集票活動がなければ存立できなかった腐敗した政党を国民は支持してはならない。

第二に、宗教団体の本質的な姿が統一教会であり、政治にかかわる他の宗教団体だけでなく、宗教団体そのものの金権体質が問われている。葬式や法要などが資金収集のネタであり、先祖供養や極楽往生などというほらを吹いて民衆をたらしこむのであるから、悪質だ。罪業深き民衆を救うという大乗仏教そのものの罪業が問われる。

第三に、警察の警備体制であるが、全く機能していない状況が露呈した。
これは警察だけでなく自衛隊など防衛関係組織の堕落した姿ではないか。
「警護改善」とかで都道府県警にまかせず、警察庁が関与するという方式に変えるそうだが、しかし、奈良の駅頭で起こったことは、上位下達を徹底すれば解決するような問題ではない。

野球でもサッカーでも卓球でもおよそスポーツ競技を少しでもやった人は、自己の守備範囲で大きな死角を作ることがどういう結果を生むか小学生でもわからない者はいないだろう。指揮系統の整備ではなく警察官たちにスポーツを推奨した方がいい。

これが軍隊であれば国が亡ぶかもしれない。それは警備(試合)をしている、敵と戦っているという意識そのものが喪失しているのだ。
このことは、政党や国の官僚組織、市町村の役場の組織でもおこっているのではないか。責任ある役人たちが、警戒すべき相手になれあい、金権に鼻までつかり正邪の分別もつかず、自己の任務を亡失している姿、それが奈良市西大寺駅頭の状況であった。もっともそれによって安倍晋三・自民党の反社会的団体との関係が暴かれたのだから何とも言えない。  

| | コメント (0)

2022年8月19日 (金)

議員による役場職員の叱責ハラスメント

最近高知新聞で大きく報道されていたある役場の職員を議員が失跡したことが議員によるハラスメントだという事で一騒動起こっている報道があった。

内容は何かたわいもない五回かなにかで議員が役場職員をひどく叱ったか罵倒したとかの内容であった。

しかしこのような叱責位でパワー・ハラスメントだ人権侵害だなどというのはどうであろうか。権力を持つ連中が無権力の者から叱責されたという場合パワハラという位置関係では理解できない。議員には職員に対して何らの権力関係にない。

議員がパワーを持つのはその議員が首長などと癒着しその言動が行政を動かす力を持つ場合であって、普通の議員には何らの権力(パワー)はない。

首長でも職員でも市民や議員から叱責されたり時には罵倒されるのは甘んじて受けるべきことで受忍の範囲のことだ。
わたしも役場に勤めていた時には、叱責・罵倒どころか酒を飲んで怒鳴り込んでこられるという事が何回かあった。

苦情や叱責、要望や意見は行政を担当する者にとっては勉強の材料・肥やしであって、これをうるさがったり迷惑だとして避けるべきことではない。

パワーを持っている者がパワーを持たない者から叱られたからと言っていじめは発生しない。
民主社会では、権力は、民衆を恐れるべきであって、民衆に恐れられてはならない。

私が小中学校の時吉良川町役場には「公僕」という大きな扁額が内部にかけてあった。公僕たる者が主人に叱られたからと言って公僕の組合に訴えたり、新聞でキャンペーンを張るというのは主客転倒ではなかろうか。

何処の市町村でも、住民サービスが十分行き届いていると自負できるところはないだろう。不十分で気が付かないことがざらにあるのが常態で住民に言われて初めて気が付くという状態だ。

市民(その代表格の議員)がいつでも行政に足らざることを指摘し、ひどい場合には叱責し罵倒しても、行政側は、それに誠実に対応する度量が必要で、その度量も業務の範囲だ。市民の中には敬語や丁寧語をうまく使えない者もいる。

切羽詰まって役場に駆け込んでくる人もいる。大概は何かに困窮してやってくるのだ。役場職員は明るく、優しく、丁寧にどういう人でも誠実に応対してやらねばならない。

それは客商売と同じだ。役場は客商売とは違うという態度、その威厳が損なわれたり侮辱されたら人権侵害だとして訴えるぞという事では市民のための役場にはならない。

芭蕉の句の「物言えば唇寒し秋の風」ということでは、民主政治は消えてしまう。


| | コメント (0)

2022年8月11日 (木)

地球温暖(熱暑)化対策

1,水の確保
        
 大雨や洪水が出来するのとは別に、長期的な渇水や干ばつが発生する可能性があり、それに備えること渇水は世界各地で既に発生している。
   
水確保対策:

⓵地下貯留施設の設営(飲料水、水田など耕作物のため水の地下貯留池、
②多数の井戸の掘削、
          
③海水などのろ過施設の建設(逆浸透膜等)、
          
2,原発や火力に頼る電力会社ではなく、自家発電設備を地域や各戸に設置する。

電源は、①太陽光、②バイオ ③小水力、水素、メタンガスなど 
    
3,菜種や芋などを原料とする油やアルコール、糞尿や残飯によるメタンガス利用で発電やエネルギー源とする。
  
4,住居、公共施設・民家などの避熱化 商店街などの通路は全面的にアーケード化しなけれなるまい。

⓵自家発電による電力で全施設、全家庭に空調設備を完備させる。すべての民家の屋根には太陽光パネルを張る。         
②地下(地底)住居、横穴式住居・施設を建設する。近代的な穴居生活。

5,農作物への熱暑防護のためカヴア―の制作。直熱射を避けなければ作物が育たないか、変な結果となる。
 材料は竹、篠、草、布、網など  全ての水田や畑を避熱のため何かで覆わなければならなくなる。 
大量のネットが必要だから外国などから製網機を購入する。

6,運搬・移動

 電動車だけでなく、木炭車(バス)の開発、菜種車、アルコール車などを開発。海上運送には機帆船、陸上は馬車、トロッコ運行、荷車・リアカー、自転車なども使用

 地球熱暑化は劇的に進展している。国に頼るだけでなく、地方自治体は、熱暑から住民の命と生活を守るために直ちに対策を講じなければならない。                                  
日本を含む世界の国々が温暖化対策に成功するかもしれないが、ブレーキは踏んでもすぐには止まらないからそれまではこの地球の熱暑に耐える方策を考えそれを実行しなければならない。まして、日本に見る通り、このままでは、地球温暖(熱暑)化は収まらないだろう。

 この熱暑に耐え子供や孫たちだけでも人間らしく生きられるようにしてあげなくてはならない。

 水は干上がる。渇水で作物は収穫できない。各地で山火事も起こる。灼熱地獄の苦しさの中で人が倒れる・・・未曽有の困難が目の前に迫っている。

国が変わらなくても地方だけでも生き残る方策を建てそれを実行することである。来るべき市町村、都道府県の首長選挙や議会議員選挙では以上のことが真剣に争点化しなければならない。

 今室戸市では、植田市長が、市民の反対を押し切って50億円の大金をかけて室戸市庁舎移転新築計画を進めているが、それどころではない。

 無駄な箱物に大金を注ぐ余裕などありえない。植田らの脳髄には地球熱暑化対策などひとかけらも存在しない。それは植田だけではない。

 日本全国の上から下まで政治家という政治家の頭の中に地球温暖(熱暑)化対策の想念は影も見えない。

地球温暖化対策は二酸化炭素を減らすことだ、石炭火力発電をやめろ・・・国や企業がすることだ、・・という程度の認識だから
井戸の一つも掘る計画もないのである。    

| | コメント (0)

2022年8月 9日 (火)

台湾海峡の危機

中国の台湾を包囲する軍事訓練が展開された。事実上侵攻作戦だ。

何としても中国の侵攻をやめさせるべきだ。
しかし、中国は必ず近く台湾侵攻・占領を実行するだろう。
これに対し、アメリカ、日本が台湾の住民と連帯してこの戦争に参加してはならない。

台湾住民へのいろいろな支援はすべきであるが、対中国軍事行動はするべきではないし、米軍に対しても日本の基地からの出動をやめるように要請すべきだ。台湾問題は中国の内政問題であり、中国としても戦前の国共内戦の決着はつけなくてはならない問題である。

しかし、台湾の住民特に若い人は、共産党独裁の中国への隷属は望まない。少なくとも現状維持で平和を保つようにしたいだろう。

だが、中国はどうしても決着をつけるだろう。中国の侵攻が始まっても人道支援や難民受け入れを大いにして、軍事的介入はしてはならない。

アメリカと共同して中国と戦争すれば、日本は大変なことになる。他国の内政に介入すべきではない。そんなことは憲法が許さない。

日本の学生や青年たちは米軍のベトナム戦争反対運動以上に、台湾海峡戦争に反対すべきである。

| | コメント (0)

2022年8月 8日 (月)

橋下元大阪府知事らの見解

私は東洋町役場にいるとき、核武装を掲げるある政治団体が町内の公共施設を会場として貸してくれと言ってきたとき、
問答無用でその申し入れを拒絶した。

申請書そのものも渡さなかった。日本の核武装を求める思想も思想には違いなく、思想の表現は自由であるが、憲法9条に真っ向から違反する危険思想は公共施設外ならともかく、公の施設で喧伝することは許されない。

ではお前は中核派の政治集会はどうだったのだといわれるかもしれない。関西中核派は大阪の中の島公会堂を借り切って幾度も政治集会をやっていた、革共同中核派は暴力革命を唱えていたではないか、と言われるかもしれない。


だが、日本国憲法は革命運動は禁止していない。革命的行動も禁止されていない。暴力革命ですら否定されていない。
革命行動は基本的人権だと私は思っている。憲法前文で」では、「我々は平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去」する行動を奨励している。

橋本(下)らは心にもなく、形式的な民主主義的手続きの遵守をいうが、それよりも憲法9条を守ることが優先なのである。また橋下は、統一教会の問題は宗教の問題ではなく、トラブルメーカーの問題だともいう。

そうではない。宗教団体とわれわれ国民の問題なのである。統一教会だけではない。ごく一部を除いてほとんどの宗教団体は信者から金銭を巻き上げる行為を長年続けている。地獄だ極楽だ天国だとか、供養だ法要だとか嘘八百を並べて檀家から法外な金品を巻き上げてきた。

京都の祇園の通りではほろ酔い機嫌の坊主頭をよく見る。多くの僧侶は貧乏で清貧だが、民衆から巻き上げた金で酒池肉林の贅沢におぼれている者も存在する。

統一教会がやっているのは普通は線香や読経の煙幕・ベールに隠されている宗教団体の本性的悪行が露骨に出たものである。だから、統一教会をトラブル団体としてその宗教的神髄をはずすのは、ペテンそのものなのだ。

統一教会にまつわるこのトラブルは宗教の外皮をかぶり、その宗教的本性を露呈したものであって日本の神社や寺院の在り方も問われているのである。

民衆を食い物にし反動的政治勢力を応援してきた統一教会とその流れの宗教法人にこそ破防法の適用があるべきであって、名称変更等一切の法的手続きの対象としてはならないのである。

| | コメント (0)

2022年8月 7日 (日)

統一教会

安倍晋三の奈良における横死が大きな政治的波紋を起こしている。初めはテロの動機がわからなかったが、その動機には深いものがあった。

安倍を射殺した男の犯行動機は、統一教会と安倍晋三ら保守反動政治家とのかかわりを大きく映し出そうとしたものだった

テロで政治家を倒すのは邪道であるが、歴史上そのテロが社会変革の契機となりやむを得ないものとして正当化される場合がある。

奈良西大寺駅頭の事件が統一教会の反社会性とそれと結びついた自民党など反動勢力の姿をこれほど大きく揺さぶるとなると、安倍を襲撃した行為も評価しなおされる可能性がたかい。

安倍の死が安倍のしてきた反民主主義的行為の美化につながった面(デメリット)よりも、統一教会の反社会的カルト集団への国民的反発、政治家を操るそのカルト集団を利用して権力を維持してきた腐りきった反動勢力へ沸き起こった国民の怒りの大きさを衡量すれば、明らかに後者の方が大きい。

安倍の横死は、桜田門外の変の様に、歴史的に正当化されるであろう。国民の多くは、とった手段は支持しなくとも
犯人のもった動機、安倍の死んだ理由は正しいと思うだろう。安倍射殺の犯人が死刑にならないことを祈る。現代史の貴重な証人である。

| | コメント (0)

2022年8月 1日 (月)

右翼思想

左翼が混迷し国民の支持を失い国会等の議席を減らしている。それにくらべ、各種の右翼の政治勢力がうじょ、うじょとはびこっている。

日本の右翼思想は、教育や軍隊をはじめ政府中枢などに入りこみ、日本の超国家主義として日本国の支配的政治思想となった。

そしてその思想は強固な日本軍国主義体制を築き、日本を日中戦争から太平洋戦争に引きずり込み、日本の無条件降伏に導いた。

亡国の思想だ。無条件降伏というのは日本列島すべて失っても文句が言えないという屈辱なのである。
だが右翼の流れは消えず、保守党に食い込み、維新の会や参政党などの新しい独自の政党として台頭している。

右翼思想の核心は、第1にアジア侵略であり、第2に天皇中心の政体、第3に反民主主義だ。改革だとか、美しい日本だとか、神道だとか、新しい歴史教育だとかいうが、その核心は、侵略と天皇とファシズムだ。その何れもが無辜の民衆の血の犠牲を要求する.
右翼思想とは血なまぐさい残虐行為を美化する思想だ。

その一方で右翼思想を推進する連中は利権にまみれ権力に群がって専横をこととし、言論封殺、反体制派の大弾圧、国民の奴隷化体制を必然化する。

右翼思想に無関心であれば革新勢力だけでなく自由主義的な中道に立つ勢力もあっという間に葬られるであろう。
この日本伝統のカルト集団は、統一教会やオウムや。。。学会のように優しい姿と声で我々に近づいてくる。

オオカミが羊のぬいぐるみを被って世間を餌食を求めてうろついているのである。断じて加担をしてはならない。

| | コメント (0)

2022年7月25日 (月)

自民党補完勢力の台頭 参政党

今次の参院選挙ではいよいよ日本維新の会の勢力が定着し、中道、左翼勢力の凋落と安倍晋三の犠牲による反動勢力の台頭が明らかになってきた。

とりわけ、参政党なる新しい整理力の選挙演説を聞いても、日本のアジア侵略の歴史的事実を全面的に否定し、戦前軍部が掲げた大東亜圏とか八紘為宇などの侵略的用語まで使って天皇中心とした日本国のアジア支配の野望まで堂々と主張している。

コロナ対策のワクチンやマスクについても攻撃しているからほとんど狂気的集団と思われるが、この政党に参加しているのが一見まともそうな大人だからどうなっているのだと思う。ネットなどを通じてこれに賛同し熱中する若い者が多く出ているという。世も末だという感じだ。

私もワクチンは一切受けていないが、マスクや口の消毒は厳重にしている。戦後の歴史教育を選挙で公然と否定する団体は参政党だけだろう。

今ロシアがウクライナでやっている残虐なことをもっと大々的にアジアでやったのが日本なのである。
我々日本人は、100年たっても1000年たっても侵略の歴史的事実を忘れてはならない。それを否定する政治家にいかなる議席も与えてはならない。

それが最低限の日本人の良心だ。
我々は、誇らしい良い歴史も恥ずべき悪い歴史も、事実をありのまま認識し、反省すべきことは反省し、謝罪し、できる限り償いをしなければならない。

歴史的事実を認識することを自虐史観と言って非難する連中、自尊史観とか虚偽の歴史観を宣伝する連中の魂胆は、夢よもう一度で国粋主義的アジア侵略の思想を復活させようとするものであり、再び祖国を灰燼の中に引きずり込もうとする亡国の徒なのである。

「霊の御柱」などの荒唐無稽な平田派国学の流れの皇国史観を唱道する連中をいかなる政治的舞台にも挙げてはならない。権力に近づけてはならない。

それは侵略戦争と身分差別の根源であり、無辜の民の累々たる屍の上に咲くあだ花だ。

| | コメント (0)

2022年7月20日 (水)

安倍元副総理の国葬


安倍元副総理が奈良の駅頭で撃たれ横死したことによって、大きな政治的反動がもたらされた。

その存在自体が反動であったばかりかテロの被害者という事でその死が美化され一層大きな反動を引き起こしている。

今次の参院選挙の自民党の圧勝が第1の反動だが、無知と超ネオコン的反動思想を美化する国葬行事が第二の反動結果だ。国葬という途方もない美化は安倍元副総理には最もふさわしくない行事だ。

今回の奈良西大寺駅頭のテロは結果としては警察当局ら関係者らによる犯行誘導によるとの疑惑を抑えられない

誰が考えても、安陪の背後の道路の無警備は通常考えられないことであり、犯人が車で通りながら車から射撃してそのまま逃走することもできる絶好の状況であり、この現場の状況が語るものは、当局が意図しなかったとしても結果としては暗殺を誘導したと非難されても仕方がないものだ。

逆に暗殺⇒国葬強行まで考えるとしたら、奈良事件の犯行誘導の「警備」の疑惑の深行は避けられないだろう。

あくまで結果からの推定としてであるが、今回の奈良事件は日本のネオナチ的反動グループの起死回生的な企画実行であると評価されるべきだろう。

参院選勝利だけでなく国葬まで持ち込む美化運動は、決して偶発的なものとは考えられない。
今回の犯行の動機があくどい献金収奪の特定新興宗教団体への恨みに根差すもので理由なしとは言えないが、それでも、

いかなる反体制運動であっても、テロリズムは、民主主義の政治的手段にはなりえないのである。それは単に生命の尊重というだけでなく、その被害者への同情や不当な美化を止めるのが困難となるからである。

日本の歴史上その暗殺が許容されたのは桜田門外の変だけである。

| | コメント (0)

2022年7月11日 (月)

安倍元総理の死


痛ましい事件だ。政治的には保守反動の巨頭であり、今日の日本の政治的退廃に大きな責任のある立場であったが、このような卑劣な行為で横死するにいたったことは、胸が痛む。

我々が批判し求めていたのはあくまでも政治的思想的なな死であって肉体的抹殺ではない。このような蛮行によって相手を滅ぼすことはかえって殉教者として政治的に美化することになり日本全体の政治にとってマイナスとなる。政治的に勝利しても相手の命を奪ってはならないし、政治的勝利のために相手の肉体を抹殺しれはならない。

歴史上多くのテロが行われ政治を動かしてきた。
日本史上テロが肯定されるのは大老井伊直弼が殺された桜田門外の変ぐらいだろう。2・26など青年将校らによるテロは固より高知市帯屋町筋での尊攘派による改革派吉田東洋の暗殺も、簡単に容認されないだろう。

中核派と革マル派との「内ゲバ」で多数の有為の青年が殺された。私もこれに参加したが、殺し合いは間違った路線だった。党派闘争はあくまでも政治的思想的な闘争であるべきだ。

それにしても安倍元総理銃殺事件の現場警備のていたらくは目を覆うものがある。警備をしていたのか疑わしい。現場の最高指揮官は県警本部長であるが、この男はキャリアだ。部下に全部まかせっきりだっただろう。現場での警官の配置図までチェックはしていないだろう。

最近室戸市の市民(79歳男子)が貝取りで室戸岬の岩場で行方不明となった。
友人や親族の通報により、翌日から海上保安庁もヘリコプターや巡視船を出し捜索し、警察・消防も捜索に参加した。

しかし、肝心の室戸市長らは数日たった時点でも事件を知らなかった、マイク放送や報道機関への通知など対策は何も取らなかった。

市民の命がかかっている事件で他の機関が動いているのに我関せずで現場にもこちらがやいやい言わなければ、行こうともしない、親族ら関係者との対策会議もやらない、いまだに船も出さない。
市民の命を預かっているという当事者意識が全然ないのである。

奈良では、安倍元総理が目の前で銃撃されているのに安倍をそばに寄って防ごうという警察官もひとりもいないのである。
公務員が危機意識をもって仕事をするという職業意識もないのだろう。

高額の給料だけはしっかりいただくが仕事はまともにしないのである。

各政党は、候補者や要人の警固を国や自治体に頼るだけではなく、せめて選挙期間中は、独自のSPを編成して専門的な訓練を施しておくべきだ。

私は町長の折、認知症のお年寄りが行方不明になるなど行方不明者の捜索を数回行ったが、町長を長として役場職員で捜索隊を編成し、探し出した。

また、町長選挙の時ちょうど長崎市長が銃撃で死亡したときであったし、脅迫も受けていたから、雑誌や新聞紙をさらしに巻いて身体につけ防弾を厳重にし、数人の警護隊も編成してその人らにプラカードを持たせて候補者近くに武装させて行進した。誰も気が付かなかっただろう。

それでもこの前の選挙期間中に自宅が全焼されるという事件があったが、民主主義はこれを貫徹するには、暴力に対処し最低限の武装はしなくてはならないのである。

| | コメント (0)

2022年7月 3日 (日)

厳しい夏

今年の夏は、地球温暖化・気候変動の影響が厳しく襲い掛かってくる感じだ。

全人類がこの烈しい気候変動に向かって抜本的な対策を講じるために全力を挙げていなければならないのに、ロシアによるウクライナへの侵略戦争で大わらわだ。

戦争は、気候変動対策に大ブレーキとなるばかりか、戦争そのものが地球温暖化への寄与が甚大なのである。戦車は1リットルのガソリンで300mしか進まないという。航空機や車両を動かすだけではない、

ミサイルや爆弾や弾薬・兵器製造という無益な事業のために膨大なエネルギーを使い、甚大な二酸化炭素などを輩出するから、戦争は無辜の人民の命や財産を破滅させるのは固より気候変動の面から言ってもこれを大幅に進める。

戦争などをやっているばあいではない、私は、例の市民新聞を作って室戸市の隅々にそれを配っているが、これまでにない暑さを感じ足元がふらつく。

この夏の厳しい暑さを見ても人類が一致団結して気候変動に対処しなければ、このままだんだんと厳しくなっていくという筋書きとは別に、ある時突然ドラスチックな激変の時が来て、クーラーなど人為的な対策ではどうにもならないという事態が現出する可能性もある。

プーチンは直ちに戦争をやめよ。無辜の人類に向かって砲弾を打つのをやめよ。愚かな人類が自ら作ったこの気候変動に全力を挙げて対処することが
子供や子孫への償いなのである。

| | コメント (0)

«ウクライナ戦争と日本の安全保障