2016年9月18日 (日)

沖縄の裁判

News & Letters/519

マルクス主義の国家論からすれば、国家は公共性を被った暴力装置である。
その暴力装置は、軍隊であり、警察であり、行政機関・・・・、監獄、そして裁判所だ。
裁判所は、三権分立で独立した法の番人であり裁判官は憲法と己の良心にのみに拘束されて
自由な判断を下すもの、という建前になっている。
普段は、そのような公正中立、公共への奉仕という仮面が、本当のようにふるまう。
裁判も時々そんな感じでいい判決が出るときもある。裁判官も漫画「家裁の人」のような立派な人がいるということは確かだ。

福井地裁や大津地裁の原発裁判の裁判官も健在だ。
しかし、場面が違えば、裁判所も国家権力の暴力装置であることの馬脚を現してくる。
私が知る限りその場面はおよそ3つある。沖縄であり、部落(狭山事件)であり、そして住民行政訴訟だ。

今回の福岡高裁那覇支部の裁判長の下した判決は、憲法に照らしてとか、法令に適合するかとかいう判断基準をかなぐり捨てて支配権力の政策の支持をあからさまに表明し、裁判所本来の国家の暴力性の発動の結果であった。

日米安保体制での日本における軍事基地は憲法(9条 外国兵を代替的に武装させ戦争行為をさせる)に適合するのか、その軍事基地の大半を沖縄に偏在させることの憲法(第14条など)上の正当性はあるのか、今回の辺野古への移転は環境等の法令・規則に適合しているのか、手続きは適法(前の知事の認可の取り消しが有効)か等が裁判官の判断の基準でなければならない。我々は何も裁判官に、歴代内閣の安保政策への支持表明を期待したわけではないし、普天間と辺野古の比較をしてくれといっているのではない。

今回の判決文の要旨を見ても、憲法第76条3項に定められた裁判官の姿、良心と、憲法と法律にだけ拘束される独立の存在という規定を完全に踏みにじっている。憲法違反の判決というべきである。

最高裁は今回の裁判に備えて、あらかじめ裁判官の入れ替えをやり、最高裁のエリートを今回の裁判に派遣したといわれる。
もはや司法は、日米政府の走狗になって、国辱裁判を恬として恥じない。

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2016年9月14日 (水)

玄海原発現地の様子

News & Letters/518

ここ唐津市は、玄海原発のある玄海町をあんこのようにして包み込んだまんじゅうのような形をしている。

原発5キロ圏内(PAZ)だけでも4000人を超える市民が暮らしている。
けれども反原発の市民運動は一部の熱心な活動家以外に目立った動きがない。
市執行部の姿勢もまるで危機感がなく、九電の話をうのみにしてのほほんとした感じである。

最近の市議会での執行部の質疑応答。社民党議員の質問に対して。

総務部長:

 「・・・九州電力によりまして、今回の地震被害等についての説明を受けたところでございます。その資料によりますと、熊本地震クラスの地震が本市近くで発生したとしても、原子力発電施設の耐震性に問題はないのではないかという説明を受けたところでございます。

総務部長:

「今回の地震(熊本地震)につきましては、震度の大きな地震が繰り返し発生している点が特徴的であるというふうにされております。基準地震動レベルの地震が繰り返し発生をいたしましても、原子力発電所の健全性には影響がないと、少ないという風に報告をされています。」

今回の熊本地震は4月14日益城町では、1580ガル、16日の2回目では1362ガルが記録されている。

玄海原発の基準地震動は620ガルに設定されているにすぎない。熊本地震レベルはもとより、福島第1原発2号機では550ガルで配管等がごちゃごちゃになりメルトダウンに至ったのであるから、600ガルを超える地震では、過酷事故が発生することは間違いないであろう。

玄海原発の近くまさに唐津湾などには活断層が幾本か走っていて東大の地震学者によればマグニチュード7・2クラスの地震が起こる可能性も指摘されているという。
熊本地震級(マグニチュード6・5)の地震の半分にも足らない基準地震動の設定で玄海原発や川内原発が持ちこたえるはずはないのである。

九電のでたらめな話をうのみにし、隣県の悲惨な災害の客観的なデータを自分のところの原発に当てはめることすらできない、しないのである。

従って、ここでの避難計画も橋や道路がめちゃくちゃになるという状況は全く想定せず、平常の道路や橋の状況の上にしか想定されていない。巨大な危険物のすぐ近くに住んでいながら、市役所自体が危機感の喪失態と化しているのである。

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2016年9月 1日 (木)

茶の本 岡倉天心

News & Letters/517

福島原発事故は、かつてリスボンの大地震がヨーロッパの思想界に与えたと同じ衝撃を
私たちに与えている。神学の予定調和からヒュウマニズムへの転換。
原発を頂点とする近代科学神話からヒュウマニズムへの転換が必要だ。
ただ単にエネルギー源の選択の問題だけに終わってはならない。

岡倉天心の「茶の本」は、茶道について宗教的・芸術的な説明がなされているが、その中に次のような一説がある。

「西洋人は、日本が平和な文芸にふけっている間は野蛮国とみなしていたのである。
しかるに、満州の戦場に大々的な殺戮を行い始めてから文明国と呼んでいる。
近頃武士道ーわが兵士に喜び勇んで身を捨てさせる死の術ーについて盛んに論評されてきた。
しかし、茶道にはほとんど注意がひかれていない。この道はわが生の道を多く説いているのであるが。

もし我々が文明国たるためには、血なまぐさい戦争の名誉によらなければならないとするならば、むしろいつまでも野蛮国に甘んじよう。我々はわが芸術及び理想に対して、しかるべき尊敬が払われる時期が来るのを喜んで待とう。」

我々が世界に対して誇れるのは、武器や強兵でもなく、大量生産大量消費、成長・成長の経済でもなく、平和な文芸にふける静かな世界であって、自然を愛し、上下差別なく人が交わる茶道の世界、岡倉が言う「野蛮国」なのである。

日本が日清日ロ戦争に沸き立ち、軍国主義にひた走る時代に、岡倉天心は堂々と反戦的文明批判を行っていた。

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2016年8月28日 (日)

続 唐津地区労での学習会 首長の同意権

News & Letters/516

講師は九州玄海訴訟団の弁護士吉野健三郎先生でした。
講演というのは必ずしも理路整然型で分かりやすく、さらに感激するようなもの、でなくともいいのだろう。
たどたどしい感じで分かりにくくても、人を考えさせるような問題提起型のものもかえっていいのであろう。

昨日の学習会はそんな感じのものであった。
私が考えさせられたのはいくつかあるが、その一つは、原発稼働について首長が不同意の場合、その同意を与えないということに何らかの効力があるのか、原発稼働について、地方首長には法的権限はないのではないか、ということである。

今日も鹿児島の三反園知事が川内原発の一時停止を求めたが、これの効力は?
その解答について私の考えがまとまった。その考えは、玄海町の東光寺の90歳超の和尚さんから本堂で今日の朝頂いたものだ。

同意(不同意)権は、法律以前の問題として、地方の首長は本来的に保有している。住民の命と健康を守ることを使命とする首長は原発であれ何であれ、住民の命の脅威になるようなものについてはこれの事業を拒否し、止めさせる権限を、根源的に保有している、ということである。

これは福井地裁樋口裁判長の判決文で原告住民が人格権をもとに稼働中の原発を拒絶し停止させる権限を有するという思想の必然的な副産物として認められるものである。
国政は国民主権によって行われなければならず、その主権の行使については代表者に委任されている。

委任はしているがそれは、安倍らが考えているような白紙委任ではない。国民の意思の貫徹は直接的か間接的かはともかく貫徹されねば国民主権とはならない。

憲法95条が、国が特定事業を特定の市町村で実施する場合に住民投票を義務付けているのは、その国民の同意権を認めているからである。

東洋町においても平成19年私が東洋町役場に入った時には、前町長からの応募書をもとにNUMOは経産省に調査実施の申請が認可され、第一段階の文献調査の実施中であった。
私は大いなる不安を抱きながら、応募撤回・調査中止の申請をした。すでに国の認可が出て実施中の事業が地元首長の応募撤回で覆るであろうか、首長に何の権限もないのではないかと。そう簡単に撤回要請は認められないと思い、施設建設をさせないための様々な抵抗作戦を考えていたのである。

しかし、経産省は撤回要請の数日後あっさりこちらの要請を飲み文献調査をあきらめ撤収した。強行はしなかった。

なぜか。
住民の、その意思を体現する首長の同意(不同意)権を認めていたからとしか考えられない。
しかし、辺野古の埋め立てをめぐる国と沖縄県の対決はではどう見る。
東洋町で示した国の論理と姿勢がなぜ沖縄では適用されなかったかはあきらかであり、沖縄を差別視しているからである。

沖縄県には本土での一般的な扱いはしなくてもよい、住民や首長が何を言おうが、暴力を行使してでも事業を実施するという植民地主義政治が続行中なのである。

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2016年8月26日 (金)

唐津地区労の学習会

News & Letters/515

8月26日の夜、唐津市民会館で、地区労の学習会に参加した。地元の弁護士が講師で玄海原発の裁判について話がありその後参加者から意見があった。

その中で唐津での反原発活動を永年やって来た男性の話では、本年4月27日づけの毎日新聞の岸本町長の例の高レベル放射性廃棄物受け入れ発言(すぐにあわあわと取り消した)の後、7月28日玄海町主催の高レベル放射性廃棄物地層最終処分についての説明会があり、九大大学院の出光教授が説明に登場したという。

そして、原発施設の数百メートル至近距離の対岸にある串崎(唐津市)という方面で九電及び業者が買収の話を仕掛けているという情報もあるということである。ここは10年前にもその話が持ち込まれたが住民に拒否されたということである。

まだ十分固まった話ではないが、①4月27日の新聞報道騒動、②7月28日の町主催の説明会(15人程度の住民出席)を考えるといよいよ、全国漫遊中のNUMO の狙いの照準が定まって来たという感をぬぐえない。

我々は、臨戦態勢を早急に組まなくてはならない。

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2016年8月24日 (水)

原環機構(NUMO)の説明会

News & Letters/514

8月20日佐賀市でNUMOの説明会に出席した。定員50名のところ半分程度の集まりで反対派が大半であった。
NUMOに会うのも久しぶりで、最終処分場立地のための絶望的な努力には敬意を表したい。日本が民主主義を守る限り、だれもプルトニウムの廃棄物を受け入れるところはないであろう。

火山帯や活断層などを適地ではないとの説明があった。東大の徳永とかいう先生の話では一つだけ地名が出たのは高知県の室戸半島で土地の隆起などが激しいので不適だとのことである。

そんなことは地震学者や地質学者であれば常識のイロハなはずであるのに、9年前その半島の根っこにある東洋町に高レベル放射性廃棄物を持ち込もうとしてエネ庁は調査をNUMOに認可したのである。科学的有望地も怪しい。

担当の職員を交えた小集会ではNUMOが実際に東洋町で調査を開始していたということも忘れていたようだ。

平成19年月に前町長が応募しそれをNUMOがエネ庁に申請しこれが認可された。と説明してもそんなことはない、などというので、私が応募を撤回の文書を作成してエネ庁やにゅーもに申し入れ1週間もたたない間で撤回が了解された、といって初めて分かったようである。

唯一教授の口から出た地名が室戸半島であったことは印象深い。その半島の東海岸数キロ沖には東洋町から室戸岬はるか遠くまで深い活断層が横たわっていて、その断層にホースを垂らして日本で初めて深層水をとれるのもそのおかげである。これが活断層であることは東大出版会の古典「日本の活断層」という本の図面にも赤々と印刻されている事実だ。

日本で最悪の条件のところでもやろうとしたのであるから、前科一犯であって、信用してはならない。

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設立趣意書

News & Letters/513

玄海原発再稼働反対!唐津事務所設立趣意書

                  平成28年8月20日

                                        発起人  (別紙)

唐津市・玄海町の皆さん、また玄海原発や川内原発の脅威の下で暮らしている全九州の皆さん、福島原発事故の再来を阻止し、とりわけ玄海原発の稼働を止めさせるため日夜尽力されていることに敬意を表します。

多くの国民の反対にかかわらず、また福井地裁や大津地裁の原発再稼働の差し止め判決にもかかわらず川内原発に続いて今月12日には伊方原発の再稼働が実行されました。
次はいよいよ玄海原発の再稼働が日程に上っています。

福島原発の収束処理が全く展望もなく、放射能汚染はますます深刻化し、多くの国民が故郷を追われ流浪の民化しているのに、政府や電力会社は何の反省もなく原子力産業の復活を推し進めようとしています。

玄海原発についても半世紀も前から先輩たちが反対運動を展開し、また現在私たちは脱原発の陳情を県庁や市町村に繰返したり稼働差し止めのいくつもの裁判を遂行してきていますが、一部の行政を除いてほとんどの市町村が推進方針を転換しようとはせず、また司法の壁も厚く明るい兆候はまだつかむに至っていません。

さらに、最近の新しい動きとして玄海町長が高レベル放射性廃棄物の最終処分場についてこれを受け入れるかのような発言をし出しており、一旦は撤回したようですが、この面でも油断ならない状況となっています。

玄海原発について危機が切迫しています。しかし住民側の反撃体制はきわめて不十分です。
何よりも、玄海町やその近隣市町村住民が原発の危険性に目覚め、反対運動に立ち上がり、市町村の議会や首長を動かし、原発稼働を認めないという住民の壁を構築することが最も肝要であり、それが近道です。そのためには党派を超え保守・革新などの境界を取っ払い、現地住民を核として広範な人々が団結しなければなりません。

そのためには、原発の危険性、核廃棄物の恐ろしさを住民全体に知らさなければなりません。民主主義の社会では宣伝戦で負けたのでは話になりません。住民の心の底は原発に反対しています。目覚めた人が交流を深め、的確な情報を共有し、全国の仲間と協力して住民の決起を促し前進しようではありませんか。

このたび、玄海原発再稼働反対、高レベル放射性廃棄物の受け入れ反対の戦いと交流の場として唐津市内に事務所を構えました。私たち有志は、唐津市民や玄海町民の原発現地はもとより、全九州、全国の心ある人々が自由に出入りし、利用できる場としてこの事務所を使い、また使っていただきたいと思います。皆さんの反原発の熱意と、たとえわずかな浄財でもこの事務所にお寄せください。

西郷隆盛は、児孫に美田を残さず、と詩文に詠いましたが、美田はともかく、われわれは、児孫に、国土を廃滅させ人体に癌など深刻な病変をもたらす原発や核廃棄物を残してはならないのです。

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九州唐津にて

News & Letters/512

玄海原発現地の唐津市に現地闘争本部設営のため滞在しています。食中りに会い激しい下痢と発熱でダウンです。
しかし、必ず玄海原発を止める意思はいよいよ盛んである。設営は現地の人々がやってくれている。
秦の始皇帝を狙った壮士荊軻のごとく死地に入り志を遂げようと思う。

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2016年8月20日 (土)

鳥越の敗北

News & Letters/511

鳥越氏は急ごしらえで都知事選挙に惨敗した。
いろいろな敗因があるが、最大の問題は、これまでの都政に対する切り込みが欠如していたことだろう。

やはり、都議会自民党の腐敗ぶりを暴露しこれと対決するという姿勢が弱かった。
小池が成功したのは、都議会のドンをやり玉に挙げて、都議会の冒頭解散などをぶち上げた点である。

理由はともかく、また、実際何もできはしないかもしれないが、都議会自民党やそれを支える石原ら自民党と実際に対決姿勢を出したことは、小池の作戦勝ちであった。鳥越は、安保法制や原発、護憲など全般的な政治課題を表面に出したのはいいがそれだけでは、都知事選挙としては空中戦のうらみがあっただろう。

小池陣営が、都政を牛耳る自民党のボス議員や、都議会自体を攻撃したのは、選挙戦術として大成功であっただろう。

鳥越陣営には都政の腐敗に切り込み都民のうっ憤を晴らす材料がなかった。地方自治体の選挙では直接の課題の争点化を欠落しては住民の共感は得ずらい。

選挙戦での姿とは裏腹に小池はやがて都議会の自民党と結託し、安倍や橋下徹などとも結合して都政をこれまで以上の伏魔殿化することであろう。都民は、大阪府民のように、そんなことより、束の間であっても、既成権力を攻撃し、日ごろのうっ憤を晴らしてくれる政治家を好むのである。

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2016年8月16日 (火)

戦争への反省

News & Letters/510

8月15日、先の大戦の犠牲者、戦没者に対する慰霊祭が各地で行われ、戦争への反省が語られる。

だが、何を反省するのだ。数百万人の日本人の犠牲者、数千万人のアジア伊人民の犠牲を出したことを反省するという。

武力を盛った軍部の独走、外交の失敗・・・、いろいろな反省の弁がある。
だが、戦争を起こした原因について語られるのはほとんどない。

1、資本主義の帝国主義段階での必然の結果であり、帝国主義国の競合が武力解決をよんだというのは全般的には正しい。
 だが、それでも勝てるはずもない、中国や米英を相手にして日本の無謀な戦争の理由は説明しきれない。

2、明治初年から始まった日本政府内の江藤新平ら民権派が、明治6年の政変、佐賀の乱、西南戦争の過程で敗退し、王権派、大久保、伊藤、山縣らが勝利して、以後、天皇・軍部が議会・官僚を抑えて絶対主義的権力を行使する体制を築いたこと。

3、総理大臣でさえ戦争を回避することができなかった。天皇・軍部が日本を支配していた。これを打破することができなかった。天皇裕仁が実際に戦争を指導していたことは側近の残された日記から明瞭である。
 
安倍ら改憲・戦争推進派達が狙うのは、議会や国民から超絶した戦前型の政権の構築であり、天皇の利用はその核心である。最近の天皇の動きは、安倍らの動きに不安を感じ、天皇自身がこれを忌避しているのではないか。
天皇を元首にするという自民党らの憲法改悪の狙いが奈辺にあるか、天皇や皇后、周辺の者たちが気付かぬはずはない。

むしろ、天皇制を廃止しない限りこの不安は払しょくできない。天皇は退位し、皇室典範にのっとり現皇太子をもって皇統を途絶するべきであろう。明仁天皇が御陵(墓地)を縮小し、葬儀を簡略にするという真の願いは、天皇の真の人間化であり、平民化であろうと考えられる。

今の時代に天皇などという道教由来の尊称を僭称するのは滑稽だという想念がすでに天皇自身にあると考えられる。そして、今上天皇が、沖縄、南方方面の戦没者の慰霊の旅をつづけるのは、先のアジア太平洋戦争の大きな原因が、統帥権を持った天皇制の存在であったことを天皇家自身が気付いていることを示すものではないだろうか。

天皇が必死で反省していることを、我々国民が無反省でいいのであろうか。民主主義を根底から否定し、戦争遂行政府の核となる天皇制を廃止することを決心することが8月15日の国民行事である。

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2016年8月 4日 (木)

暴走内閣と北からのミサイル 累卵の危機

News & Letters/509

極右と知事が誕生し、防衛大臣に極右核武装論者の女性が就任した。
その日、北朝鮮からのミサイル一個が秋田沖に「落下」した。

北朝鮮は、日本列島に打ち込んだかもしれない。これを政府、新防衛相は「落下」という。
弾頭が「落下」という評価では初めから腰砕けである。日ごろ強硬、主戦派の連中が得たりやおうと北に向かって反撃的出撃に出る必要があったのではないか。?
それをしないために「落下」という認識にとどめた。日本には強大な武力があり、米軍もいる。
明らかな軍事的挑発、軍事的鏑矢に直面しても、実際には、戦端を開く度胸も根性もない。
日本としては、厳重に抗議し、国際社会にも訴えるという程度だという。

新防衛相は就任記者会見で北朝鮮の意図について聞かれて答えて曰く、
北朝鮮は「合理的説明」ができないのではないか、などと評論家のようなことをいった。寝とぼけているのか。

挑発行為の意図は、実際に戦争状態を作り出すことだ。北朝鮮はそれなりの勝算をもって行動に出た、とみるべきである。
日本海には原発がたくさんある。これを破壊すれば日本は立ち上がることができないほどの打撃を受ける。
日本は絶対的に戦争ができない国であることを北朝鮮は知っている。

北朝鮮のミサイルは次には確実に日本列島に打ち込まれるだろう。それが原発に当たる可能性もある。
累卵の危機とはこのことだ。

政府にはこの危機意識があるようには見えない。従ってこの危機を回避する方策を何も考えない。日本の水域にミサイルが打ち込まれても国防会議も召集されない。
しかし、この危機をもたらしたのは、金正恩だけのせいではない。
北朝鮮にこのような危険な軍事的挑発行為をさせているのは、安倍内閣、日本の政治そのものであろう。

日米米軍事体制の強化、安保法制の立法、沖縄基地の強化、オスプレイ全国展開、好戦極右政治家の登用・・・、これらは、すべて近隣アジア諸国への巨大な脅威であり、威嚇である。とりわけ中国や北朝鮮への圧迫は戦後頂点に達しつつある。
最近の中国の南シナ海への軍事的進出は、沖縄や台湾における日米の軍事的橋頭保の構築強化、日本や中国近海、南シナ海方面での米海軍の展開が大前提である。
今や、自分自身が作り出した近隣諸国との間が臨戦状況にあるという認識が日本政府のあほボンたちにはわかっていない。

近隣諸国の脅威とか緊張とか叫んで軍備増強に励んでいるが、その平和ボケは脳髄深くにありいざというとき何の役にも立たないだろう。ミサイルが陸にではなく沖合に「落下」したことを誰よりも喜び安どしているのは、安倍内閣であろう。

現在の危険な状況を解消する方法はただ一つだ。北朝鮮や中国の挑発、アメリカの誘いに決して乗らず、一刻も早く日本の軍事態勢を解体し、憲法9条で武装して、日本政府の首脳が北朝鮮や中国に行き金正恩や習近平とひざ詰め談判をし、挑発行為をやめさせるべきだ。西郷隆盛が、朝鮮に死を賭して談判に行こうとした殉国の決意が、安倍や新大臣にあるはずはない。

むしろ、我々は中国や北朝鮮の脅威よりも米軍による沖縄や各地の基地の存在、オスプレイの配置などの現実的侵略を直視すべきだ。米軍はかつては戦勝国としての占領軍であったが、敗戦処理が終わっている今は端的に侵略軍である。

戦後の右翼というのは、ロッキードの児玉誉士夫のように、もともと権力欲と利権欲にまみれ、アメリカ大国属国主義、排外主義と差別主義の塊であり、その本質は売国奴だ。アメリカが没落すればやがて中国に尻尾を振るようになるだろう。

安倍内閣には何よりも現在の状況について危機意識がなく、戦争によっては何も解決できないどころか、亡国の運命を再び味わうことになりかねない状況を、「落下」という言葉でごまかそうとしている体たらくだ。

安倍内閣には、専守防衛でミサイルを打ち落とす力もなく、侵略軍に国土を提供し、国を守る気概は一つもない。

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2016年7月29日 (金)

警察手眼

News & Letters/508

差別虐殺の容疑者の名前が植松という。
植松という姓は全国各地にある。
私の知っている植松は室戸市佐喜浜町の旧家である。
明治初年、日本の近代警察の骨格を形成する上で重要な役割を果たしたという人が
この植松家からでた。さとこさんという高齢の女性が古い家を守っていて、私が行けば常に歓待してくれる。

その人の名前は植松直久といい、明治15年9月21日に37歳で没した。墓は近くの墓地にある。
その人の編著作の書が『警察手眼』だ。
この書は明治以降今日でも警察とは何か官人とは何か、肝に銘ずべき格言が詰まっている。
今回の相模原の前代未聞の差別襲撃事件に対する警察の対応ついて疑問があり、この書を開いてみた。

次のように書いてあった。

「警察要旨」

「行政警察は予防をもって本質とす。すなわち人民をして過ちなからしめ、罪に陥らざらしめ、損害を受けざらしめ、もって
公同の福利を増益するを要するになり。」

「探索心得」

「声なきに聞き形なきに見るが如き無声無形の際に感覚せざるを得ざるなり。」
「怪しきことは多く実なきものなり。決して心を動かすべからず、しかれども一度耳に入るものは未だその実を得ざるといえども又怠らざるは警察の要務なり。」

相模原では、容疑者は襲撃計画まで作っていて、その対象に今回の施設の名前を挙げていた、という。

それでも警察はほとんど何もしなかった。職務怠慢というような言葉で片づけることはできない。

その根因は、どこにあるか。驕慢な権力意識だとおもう。
事件があってもできたら動かずにことが収まるほうが良い。東洋町の海の駅の放火事件のようにもみ消す。
権力を自分らが持っていてこれが最大の利権だ。人民のために動かすのは最小限度でよい。
政権に関係する政治家の犯罪事件には介入しない。甘利らは守られ、福島原発の犯人らは放免された。

権力を握りその上に安座する。それが現代の警察・検察の姿だ。そういう意識だから、襲撃予告が宣言された

施設を防護する処置をとらないのは当然なのだ。実際に19人もの人間が殺されてびっくりしたようにふるまっている。

『警察手眼』に聞いてみよう。
「官員は元来公衆の膏血(こうけつ)をもって買われたる物品のごとし。故にその価に適当する効用をなさずんばあるべからず。もしこの効用なき者はその買主なる公衆に疎まれ又その物品中にもあやしまるる無論なり」
「それ官員は公衆の膏血をもって買われたる物品なれば、その価だけの効用なくんば人民に疾悪を受くるは言をまたざるべし。」

植松直久は、フランス流の人民を守る警察を日本に建設しようとした。
その思想の根幹には、警察や政府官員は人民によって買われた物品だという位置づけがあった。

人民主権の筋が通った警察を作ろうとしていたのである。いわく「警察官は人民の為には保傅(ほふ)の役なり」

室戸市佐喜浜の植松家は90才を超すおばあさんが元気でひっそりと守っている。おばあさんは正義感がきわめて強い

方で植松直久さんを大変大事にしている。近代日本警察を研究する学者がこれまでたくさんこの家を訪問してきたという。

またこの植松家から自由民権の有名な県会議員も出ている。
この『警察手眼』の本は、植松家にまだ幾冊かあり、分けてもらえるのではないかと思う。
この史跡を訪問したい方は私が案内します。素晴らしい史跡だが国も県も市もそのような指定はない。

100年を越えるこの古い家は地震が来れば倒壊するかもしれない。

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2016年7月27日 (水)

相模原障害者差別虐殺事件

News & Letters/507

恐るべき事件だ。世界が驚倒した。
ただの殺りく事件ではない。差別虐殺なのだ。
しかもこれを遂行したのは明らかに極右であり、安倍晋三、橋本徹、日本会議、小池百合子、在特会らにつながる連中だ。街頭やネットでヘイトスピーチをやるだけでなく、被差別者を社会から抹殺することを実行し始めたのである。

ただの狂人の行為ではない。極右の確信犯だ。「Beautiful Japan」などという書き込みが安倍らと同じ思想であることを示ししている。美しい日本のために、被差別者が根こそぎ殺される時代が始まった。

このような事態を惹起した責任はだれだ。
第一に弱者やアジア人民、被差別者に憎悪をむき出しにし、過去の侵略戦争を美化し、日本を戦争国家に引きずり込もうとする極右の台頭と、第二に解放同盟ら差別糾弾側の弱体化だ。

差別に対する火の出るような怒りの糾弾闘争が消えてから久しい。
闇にこもっていた差別者たちが、時をえ顔に白昼公然と差別言辞を吐きながら往還を歩いている。

私が、解放運動に武装闘争論を提起したのは、何よりも今回の相模原のような権力やそれにさおさす差別者たちによる差別虐殺に対する予防のためであった。被差別者は、差別虐殺に対して武装して戦わなければ、この地上に生きることができない。血の海に沈むのは無辜の被差別者か、陋劣な差別者か、どっちなのだ。それを今回の事件は突き付けている。

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戦いは続く

News & Letters/506

うその理事会名簿が功を奏し、1000万円の支払い命令を解除された東洋町長松延宏幸は差し戻された高裁でも、その嘘の効力を維持して成功を収めた。これはまだ上告審が残っている。

それとは別にすでによこしていた通り、新たな監査請求のお見舞いをくらうことになった。
野根漁協は1000万円の借財は正規の理事会や総会を通過していないとして支払いを拒否し続けてきた。

だから、1000万円の元金の返済はこれまで一銭もない。平成24年度から計算しても5年目である。
うその理事会名簿を押し通すというのであるから、それでは松延宏幸はそれらから1000万円を回収しなければならない。
その嘘の理事会は、滞納したら自分たちが法的責任を取られてもかまわない、という確約書を町に出している。

貸付金を回収する義務からは逃れられない。ここでは嘘は通らない。回収できなければ松延宏幸自身が支払わねばなるまい。

東洋町職員措置請求書
                  平成28年7月  日
東洋町監査委員殿
                  請求者 沢山保太郎
                   住所
                   氏名         職業
                   住所
                   氏名         職業
                   住所  
                   氏名         職業
                   住所
                   氏名         職業

(措置請求の趣旨)

東洋町は平成23年11月に野根漁協を介して特定漁家に対し1千万円の貸し付けを行ったが、現在において1銭の返済も受けていない。

1年間の据え置き期間を置きその後毎年200万円の返済を受けることになっているが、町長はこれまでその徴収を怠り、今後もそのまま放置する可能性がある。町長松延宏幸は、速やかに本件貸付金の回収をする義務があり、そうしないなら、松延宏幸自身がこれの全額賠償責任がある

(請求の理由)
東洋町は、平成23年11月野根漁業協同組合に対し、特定漁家に対して又貸し資金として1千万円(無利子)を貸し付けた。返済は貸し付けた年度を除外して翌年から年に200万円となっていた。現在まで東洋町は貸付先関係者から1銭も返済金を徴収していない。
平成25年度から計算してもすでに4年目(24年度から計算して5年目)であり、このまま未回収では1千万円がまるごと町の損害金となる。この貸付金については現在の漁協は理事会、組合員総会で正規のものではないとして否認している。

しかし、貸付当時の漁協理事を名乗る者に責任があることは明らかであり、また、その理事の手による返済について滞納した場合法的措置を取られても構わないという「確約書」も東洋町は徴取している。

町長松延宏幸は貸付金のうち少なくとも3年度分の徴収を怠っていることは明らかであり、残る2年度分も徴収しない可能性がある。

東洋町は、すみやかに、又貸しを受けた漁家(その連帯保証人)又は当時の野根漁協理事を名乗る者らから本件1千万円の返済金を徴収するか、それともこの貸付を実行した町職員に弁済させるなど適切な措置を取る義務がある。

よって地方自治法第242条の規定に基づき、住民監査請求を行う。

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素掘りのトンネル三津坂

News & Letters/505

高知県の県道で改良の必要な道路50数個のうち、緊急性の高い順では3番目(交通量、危険度など)に位置するトンネル三津坂トンネルは、400メートルぐらいのほとんどが素掘りのままである。

素掘りのトンネルは、主要道路では極めて珍しい。山奥のどっかの小さなトンネルを探してもなかなか見つからないだろう。

しかも1年中、水がしたたり落ちて浸潤している。十数年前から陳情を繰り返し、県議会に請願書も上げたこともあるが、未だに改良工事がなされない。県庁は、設計屋に頼んで6つのルートの案を作り、トンネルの構造図も作り、予算の概算も計算して我々に示した。だが、何者かが邪魔をしているのか一向に前に進まない。

素掘りで水が浸潤している。トンネルの壁は泥岩だが、それはもともと泥が乾燥してできたものだ。南海地震が来る前にこのトンネルは自然と崩落する可能性すらある。高知・安芸・室戸方面から徳島方面→京阪神に行く車は、岬を回らず、もっぱらこの三津坂トンネルを抜ける。高知県勢浮上は東部が開かれなければ光が入ってこない。

生きている間にこの「青の洞門」を切り開かねばならない。数日前室戸土木事務所に市民と一緒に陳情を再開した。

素掘りの県道三津坂トンネル
改替についての陳情
                    平成28年7月20日
                    室戸市・東洋町有志一同

高知県知事殿私たちは、三津坂トンネル改替については、永年来要望し続けてきましたが、
どういうわけかいまだに実現していません。
高知県も私たちの要望に応えようとして、代替の路線候補、詳しい設計図の作成、経費の算定までやってくれました。平成18年には県議会にも上がっています。

三津坂トンネル改替の必要性は今更申し上げることもなく、貴殿もよくご存知であると思います。南海地震が切迫している現在、素掘りで常に浸潤した水がトンネル内に滴り落ちている、狭く暗いトンネルです。

これを通行する車両数は県道でも上位であり、地元住民の生活道であり、また、徳島・阪神方面へ抜ける主要道路となっています。

大型車両同士では行き違いができず、一方がトンネルを通過するまで入り口で待たねばならず、トレラーなどは狭い急坂では2車線を塞いで通行せねばなりません。

今時主要道路で素掘りのままという危険なトンネルは、全国的にも珍しいのではないかと思います。これだけ改替の陳情を繰り返しても善処せず、もしものことが起こった場合貴殿はどのような責任を取られるのでしょうか。

南海地震の災害対策の観点から取り組めば優先順序は明らかです。

要望事項

1、コースを確定し
三津坂トンネル改替工事を直ちに予算化し着工してください。

2、これまでの経緯、工事の計画など室戸市、東洋町の住民への説明会を開いてください。

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