2016年8月28日 (日)

続 唐津地区労での学習会 首長の同意権

News & Letters/516

講師は九州玄海訴訟団の弁護士吉野健三郎先生でした。
講演というのは必ずしも理路整然型で分かりやすく、さらに感激するようなもの、でなくともいいのだろう。
たどたどしい感じで分かりにくくても、人を考えさせるような問題提起型のものもかえっていいのであろう。

昨日の学習会はそんな感じのものであった。
私が考えさせられたのはいくつかあるが、その一つは、原発稼働について首長が不同意の場合、その同意を与えないということに何らかの効力があるのか、原発稼働について、地方首長には法的権限はないのではないか、ということである。

今日も鹿児島の三反園知事が川内原発の一時停止を求めたが、これの効力は?
その解答について私の考えがまとまった。その考えは、玄海町の東光寺の90歳超の和尚さんから本堂で今日の朝頂いたものだ。

同意(不同意)権は、法律以前の問題として、地方の首長は本来的に保有している。住民の命と健康を守ることを使命とする首長は原発であれ何であれ、住民の命の脅威になるようなものについてはこれの事業を拒否し、止めさせる権限を、根源的に保有している、ということである。

これは福井地裁樋口裁判長の判決文で原告住民が人格権をもとに稼働中の原発を拒絶し停止させる権限を有するという思想の必然的な副産物として認められるものである。
国政は国民主権によって行われなければならず、その主権の行使については代表者に委任されている。

委任はしているがそれは、安倍らが考えているような白紙委任ではない。国民の意思の貫徹は直接的か間接的かはともかく貫徹されねば国民主権とはならない。

憲法95条が、国が特定事業を特定の市町村で実施する場合に住民投票を義務付けているのは、その国民の同意権を認めているからである。

東洋町においても平成19年私が東洋町役場に入った時には、前町長からの応募書をもとにNUMOは経産省に調査実施の申請が認可され、第一段階の文献調査の実施中であった。
私は大いなる不安を抱きながら、応募撤回・調査中止の申請をした。すでに国の認可が出て実施中の事業が地元首長の応募撤回で覆るであろうか、首長に何の権限もないのではないかと。そう簡単に撤回要請は認められないと思い、施設建設をさせないための様々な抵抗作戦を考えていたのである。

しかし、経産省は撤回要請の数日後あっさりこちらの要請を飲み文献調査をあきらめ撤収した。強行はしなかった。

なぜか。
住民の、その意思を体現する首長の同意(不同意)権を認めていたからとしか考えられない。
しかし、辺野古の埋め立てをめぐる国と沖縄県の対決はではどう見る。
東洋町で示した国の論理と姿勢がなぜ沖縄では適用されなかったかはあきらかであり、沖縄を差別視しているからである。

沖縄県には本土での一般的な扱いはしなくてもよい、住民や首長が何を言おうが、暴力を行使してでも事業を実施するという植民地主義政治が続行中なのである。

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2016年8月26日 (金)

唐津地区労の学習会

News & Letters/515

8月26日の夜、唐津市民会館で、地区労の学習会に参加した。地元の弁護士が講師で玄海原発の裁判について話がありその後参加者から意見があった。

その中で唐津での反原発活動を永年やって来た男性の話では、本年4月27日づけの毎日新聞の岸本町長の例の高レベル放射性廃棄物受け入れ発言(すぐにあわあわと取り消した)の後、7月28日玄海町主催の高レベル放射性廃棄物地層最終処分についての説明会があり、九大大学院の出光教授が説明に登場したという。

そして、原発施設の数百メートル至近距離の対岸にある串崎(唐津市)という方面で九電及び業者が買収の話を仕掛けているという情報もあるということである。ここは10年前にもその話が持ち込まれたが住民に拒否されたということである。

まだ十分固まった話ではないが、①4月27日の新聞報道騒動、②7月28日の町主催の説明会(15人程度の住民出席)を考えるといよいよ、全国漫遊中のNUMO の狙いの照準が定まって来たという感をぬぐえない。

我々は、臨戦態勢を早急に組まなくてはならない。

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2016年8月24日 (水)

原環機構(NUMO)の説明会

News & Letters/514

8月20日佐賀市でNUMOの説明会に出席した。定員50名のところ半分程度の集まりで反対派が大半であった。
NUMOに会うのも久しぶりで、最終処分場立地のための絶望的な努力には敬意を表したい。日本が民主主義を守る限り、だれもプルトニウムの廃棄物を受け入れるところはないであろう。

火山帯や活断層などを適地ではないとの説明があった。東大の徳永とかいう先生の話では一つだけ地名が出たのは高知県の室戸半島で土地の隆起などが激しいので不適だとのことである。

そんなことは地震学者や地質学者であれば常識のイロハなはずであるのに、9年前その半島の根っこにある東洋町に高レベル放射性廃棄物を持ち込もうとしてエネ庁は調査をNUMOに認可したのである。科学的有望地も怪しい。

担当の職員を交えた小集会ではNUMOが実際に東洋町で調査を開始していたということも忘れていたようだ。

平成19年月に前町長が応募しそれをNUMOがエネ庁に申請しこれが認可された。と説明してもそんなことはない、などというので、私が応募を撤回の文書を作成してエネ庁やにゅーもに申し入れ1週間もたたない間で撤回が了解された、といって初めて分かったようである。

唯一教授の口から出た地名が室戸半島であったことは印象深い。その半島の東海岸数キロ沖には東洋町から室戸岬はるか遠くまで深い活断層が横たわっていて、その断層にホースを垂らして日本で初めて深層水をとれるのもそのおかげである。これが活断層であることは東大出版会の古典「日本の活断層」という本の図面にも赤々と印刻されている事実だ。

日本で最悪の条件のところでもやろうとしたのであるから、前科一犯であって、信用してはならない。

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設立趣意書

News & Letters/513

玄海原発再稼働反対!唐津事務所設立趣意書

                  平成28年8月20日

                                        発起人  (別紙)

唐津市・玄海町の皆さん、また玄海原発や川内原発の脅威の下で暮らしている全九州の皆さん、福島原発事故の再来を阻止し、とりわけ玄海原発の稼働を止めさせるため日夜尽力されていることに敬意を表します。

多くの国民の反対にかかわらず、また福井地裁や大津地裁の原発再稼働の差し止め判決にもかかわらず川内原発に続いて今月12日には伊方原発の再稼働が実行されました。
次はいよいよ玄海原発の再稼働が日程に上っています。

福島原発の収束処理が全く展望もなく、放射能汚染はますます深刻化し、多くの国民が故郷を追われ流浪の民化しているのに、政府や電力会社は何の反省もなく原子力産業の復活を推し進めようとしています。

玄海原発についても半世紀も前から先輩たちが反対運動を展開し、また現在私たちは脱原発の陳情を県庁や市町村に繰返したり稼働差し止めのいくつもの裁判を遂行してきていますが、一部の行政を除いてほとんどの市町村が推進方針を転換しようとはせず、また司法の壁も厚く明るい兆候はまだつかむに至っていません。

さらに、最近の新しい動きとして玄海町長が高レベル放射性廃棄物の最終処分場についてこれを受け入れるかのような発言をし出しており、一旦は撤回したようですが、この面でも油断ならない状況となっています。

玄海原発について危機が切迫しています。しかし住民側の反撃体制はきわめて不十分です。
何よりも、玄海町やその近隣市町村住民が原発の危険性に目覚め、反対運動に立ち上がり、市町村の議会や首長を動かし、原発稼働を認めないという住民の壁を構築することが最も肝要であり、それが近道です。そのためには党派を超え保守・革新などの境界を取っ払い、現地住民を核として広範な人々が団結しなければなりません。

そのためには、原発の危険性、核廃棄物の恐ろしさを住民全体に知らさなければなりません。民主主義の社会では宣伝戦で負けたのでは話になりません。住民の心の底は原発に反対しています。目覚めた人が交流を深め、的確な情報を共有し、全国の仲間と協力して住民の決起を促し前進しようではありませんか。

このたび、玄海原発再稼働反対、高レベル放射性廃棄物の受け入れ反対の戦いと交流の場として唐津市内に事務所を構えました。私たち有志は、唐津市民や玄海町民の原発現地はもとより、全九州、全国の心ある人々が自由に出入りし、利用できる場としてこの事務所を使い、また使っていただきたいと思います。皆さんの反原発の熱意と、たとえわずかな浄財でもこの事務所にお寄せください。

西郷隆盛は、児孫に美田を残さず、と詩文に詠いましたが、美田はともかく、われわれは、児孫に、国土を廃滅させ人体に癌など深刻な病変をもたらす原発や核廃棄物を残してはならないのです。

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九州唐津にて

News & Letters/512

玄海原発現地の唐津市に現地闘争本部設営のため滞在しています。食中りに会い激しい下痢と発熱でダウンです。
しかし、必ず玄海原発を止める意思はいよいよ盛んである。設営は現地の人々がやってくれている。
秦の始皇帝を狙った壮士荊軻のごとく死地に入り志を遂げようと思う。

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2016年8月20日 (土)

鳥越の敗北

News & Letters/511

鳥越氏は急ごしらえで都知事選挙に惨敗した。
いろいろな敗因があるが、最大の問題は、これまでの都政に対する切り込みが欠如していたことだろう。

やはり、都議会自民党の腐敗ぶりを暴露しこれと対決するという姿勢が弱かった。
小池が成功したのは、都議会のドンをやり玉に挙げて、都議会の冒頭解散などをぶち上げた点である。

理由はともかく、また、実際何もできはしないかもしれないが、都議会自民党やそれを支える石原ら自民党と実際に対決姿勢を出したことは、小池の作戦勝ちであった。鳥越は、安保法制や原発、護憲など全般的な政治課題を表面に出したのはいいがそれだけでは、都知事選挙としては空中戦のうらみがあっただろう。

小池陣営が、都政を牛耳る自民党のボス議員や、都議会自体を攻撃したのは、選挙戦術として大成功であっただろう。

鳥越陣営には都政の腐敗に切り込み都民のうっ憤を晴らす材料がなかった。地方自治体の選挙では直接の課題の争点化を欠落しては住民の共感は得ずらい。

選挙戦での姿とは裏腹に小池はやがて都議会の自民党と結託し、安倍や橋下徹などとも結合して都政をこれまで以上の伏魔殿化することであろう。都民は、大阪府民のように、そんなことより、束の間であっても、既成権力を攻撃し、日ごろのうっ憤を晴らしてくれる政治家を好むのである。

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2016年8月16日 (火)

戦争への反省

News & Letters/510

8月15日、先の大戦の犠牲者、戦没者に対する慰霊祭が各地で行われ、戦争への反省が語られる。

だが、何を反省するのだ。数百万人の日本人の犠牲者、数千万人のアジア伊人民の犠牲を出したことを反省するという。

武力を盛った軍部の独走、外交の失敗・・・、いろいろな反省の弁がある。
だが、戦争を起こした原因について語られるのはほとんどない。

1、資本主義の帝国主義段階での必然の結果であり、帝国主義国の競合が武力解決をよんだというのは全般的には正しい。
 だが、それでも勝てるはずもない、中国や米英を相手にして日本の無謀な戦争の理由は説明しきれない。

2、明治初年から始まった日本政府内の江藤新平ら民権派が、明治6年の政変、佐賀の乱、西南戦争の過程で敗退し、王権派、大久保、伊藤、山縣らが勝利して、以後、天皇・軍部が議会・官僚を抑えて絶対主義的権力を行使する体制を築いたこと。

3、総理大臣でさえ戦争を回避することができなかった。天皇・軍部が日本を支配していた。これを打破することができなかった。天皇裕仁が実際に戦争を指導していたことは側近の残された日記から明瞭である。
 
安倍ら改憲・戦争推進派達が狙うのは、議会や国民から超絶した戦前型の政権の構築であり、天皇の利用はその核心である。最近の天皇の動きは、安倍らの動きに不安を感じ、天皇自身がこれを忌避しているのではないか。
天皇を元首にするという自民党らの憲法改悪の狙いが奈辺にあるか、天皇や皇后、周辺の者たちが気付かぬはずはない。

むしろ、天皇制を廃止しない限りこの不安は払しょくできない。天皇は退位し、皇室典範にのっとり現皇太子をもって皇統を途絶するべきであろう。明仁天皇が御陵(墓地)を縮小し、葬儀を簡略にするという真の願いは、天皇の真の人間化であり、平民化であろうと考えられる。

今の時代に天皇などという道教由来の尊称を僭称するのは滑稽だという想念がすでに天皇自身にあると考えられる。そして、今上天皇が、沖縄、南方方面の戦没者の慰霊の旅をつづけるのは、先のアジア太平洋戦争の大きな原因が、統帥権を持った天皇制の存在であったことを天皇家自身が気付いていることを示すものではないだろうか。

天皇が必死で反省していることを、我々国民が無反省でいいのであろうか。民主主義を根底から否定し、戦争遂行政府の核となる天皇制を廃止することを決心することが8月15日の国民行事である。

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2016年8月 4日 (木)

暴走内閣と北からのミサイル 累卵の危機

News & Letters/509

極右と知事が誕生し、防衛大臣に極右核武装論者の女性が就任した。
その日、北朝鮮からのミサイル一個が秋田沖に「落下」した。

北朝鮮は、日本列島に打ち込んだかもしれない。これを政府、新防衛相は「落下」という。
弾頭が「落下」という評価では初めから腰砕けである。日ごろ強硬、主戦派の連中が得たりやおうと北に向かって反撃的出撃に出る必要があったのではないか。?
それをしないために「落下」という認識にとどめた。日本には強大な武力があり、米軍もいる。
明らかな軍事的挑発、軍事的鏑矢に直面しても、実際には、戦端を開く度胸も根性もない。
日本としては、厳重に抗議し、国際社会にも訴えるという程度だという。

新防衛相は就任記者会見で北朝鮮の意図について聞かれて答えて曰く、
北朝鮮は「合理的説明」ができないのではないか、などと評論家のようなことをいった。寝とぼけているのか。

挑発行為の意図は、実際に戦争状態を作り出すことだ。北朝鮮はそれなりの勝算をもって行動に出た、とみるべきである。
日本海には原発がたくさんある。これを破壊すれば日本は立ち上がることができないほどの打撃を受ける。
日本は絶対的に戦争ができない国であることを北朝鮮は知っている。

北朝鮮のミサイルは次には確実に日本列島に打ち込まれるだろう。それが原発に当たる可能性もある。
累卵の危機とはこのことだ。

政府にはこの危機意識があるようには見えない。従ってこの危機を回避する方策を何も考えない。日本の水域にミサイルが打ち込まれても国防会議も召集されない。
しかし、この危機をもたらしたのは、金正恩だけのせいではない。
北朝鮮にこのような危険な軍事的挑発行為をさせているのは、安倍内閣、日本の政治そのものであろう。

日米米軍事体制の強化、安保法制の立法、沖縄基地の強化、オスプレイ全国展開、好戦極右政治家の登用・・・、これらは、すべて近隣アジア諸国への巨大な脅威であり、威嚇である。とりわけ中国や北朝鮮への圧迫は戦後頂点に達しつつある。
最近の中国の南シナ海への軍事的進出は、沖縄や台湾における日米の軍事的橋頭保の構築強化、日本や中国近海、南シナ海方面での米海軍の展開が大前提である。
今や、自分自身が作り出した近隣諸国との間が臨戦状況にあるという認識が日本政府のあほボンたちにはわかっていない。

近隣諸国の脅威とか緊張とか叫んで軍備増強に励んでいるが、その平和ボケは脳髄深くにありいざというとき何の役にも立たないだろう。ミサイルが陸にではなく沖合に「落下」したことを誰よりも喜び安どしているのは、安倍内閣であろう。

現在の危険な状況を解消する方法はただ一つだ。北朝鮮や中国の挑発、アメリカの誘いに決して乗らず、一刻も早く日本の軍事態勢を解体し、憲法9条で武装して、日本政府の首脳が北朝鮮や中国に行き金正恩や習近平とひざ詰め談判をし、挑発行為をやめさせるべきだ。西郷隆盛が、朝鮮に死を賭して談判に行こうとした殉国の決意が、安倍や新大臣にあるはずはない。

むしろ、我々は中国や北朝鮮の脅威よりも米軍による沖縄や各地の基地の存在、オスプレイの配置などの現実的侵略を直視すべきだ。米軍はかつては戦勝国としての占領軍であったが、敗戦処理が終わっている今は端的に侵略軍である。

戦後の右翼というのは、ロッキードの児玉誉士夫のように、もともと権力欲と利権欲にまみれ、アメリカ大国属国主義、排外主義と差別主義の塊であり、その本質は売国奴だ。アメリカが没落すればやがて中国に尻尾を振るようになるだろう。

安倍内閣には何よりも現在の状況について危機意識がなく、戦争によっては何も解決できないどころか、亡国の運命を再び味わうことになりかねない状況を、「落下」という言葉でごまかそうとしている体たらくだ。

安倍内閣には、専守防衛でミサイルを打ち落とす力もなく、侵略軍に国土を提供し、国を守る気概は一つもない。

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2016年7月29日 (金)

警察手眼

News & Letters/508

差別虐殺の容疑者の名前が植松という。
植松という姓は全国各地にある。
私の知っている植松は室戸市佐喜浜町の旧家である。
明治初年、日本の近代警察の骨格を形成する上で重要な役割を果たしたという人が
この植松家からでた。さとこさんという高齢の女性が古い家を守っていて、私が行けば常に歓待してくれる。

その人の名前は植松直久といい、明治15年9月21日に37歳で没した。墓は近くの墓地にある。
その人の編著作の書が『警察手眼』だ。
この書は明治以降今日でも警察とは何か官人とは何か、肝に銘ずべき格言が詰まっている。
今回の相模原の前代未聞の差別襲撃事件に対する警察の対応ついて疑問があり、この書を開いてみた。

次のように書いてあった。

「警察要旨」

「行政警察は予防をもって本質とす。すなわち人民をして過ちなからしめ、罪に陥らざらしめ、損害を受けざらしめ、もって
公同の福利を増益するを要するになり。」

「探索心得」

「声なきに聞き形なきに見るが如き無声無形の際に感覚せざるを得ざるなり。」
「怪しきことは多く実なきものなり。決して心を動かすべからず、しかれども一度耳に入るものは未だその実を得ざるといえども又怠らざるは警察の要務なり。」

相模原では、容疑者は襲撃計画まで作っていて、その対象に今回の施設の名前を挙げていた、という。

それでも警察はほとんど何もしなかった。職務怠慢というような言葉で片づけることはできない。

その根因は、どこにあるか。驕慢な権力意識だとおもう。
事件があってもできたら動かずにことが収まるほうが良い。東洋町の海の駅の放火事件のようにもみ消す。
権力を自分らが持っていてこれが最大の利権だ。人民のために動かすのは最小限度でよい。
政権に関係する政治家の犯罪事件には介入しない。甘利らは守られ、福島原発の犯人らは放免された。

権力を握りその上に安座する。それが現代の警察・検察の姿だ。そういう意識だから、襲撃予告が宣言された

施設を防護する処置をとらないのは当然なのだ。実際に19人もの人間が殺されてびっくりしたようにふるまっている。

『警察手眼』に聞いてみよう。
「官員は元来公衆の膏血(こうけつ)をもって買われたる物品のごとし。故にその価に適当する効用をなさずんばあるべからず。もしこの効用なき者はその買主なる公衆に疎まれ又その物品中にもあやしまるる無論なり」
「それ官員は公衆の膏血をもって買われたる物品なれば、その価だけの効用なくんば人民に疾悪を受くるは言をまたざるべし。」

植松直久は、フランス流の人民を守る警察を日本に建設しようとした。
その思想の根幹には、警察や政府官員は人民によって買われた物品だという位置づけがあった。

人民主権の筋が通った警察を作ろうとしていたのである。いわく「警察官は人民の為には保傅(ほふ)の役なり」

室戸市佐喜浜の植松家は90才を超すおばあさんが元気でひっそりと守っている。おばあさんは正義感がきわめて強い

方で植松直久さんを大変大事にしている。近代日本警察を研究する学者がこれまでたくさんこの家を訪問してきたという。

またこの植松家から自由民権の有名な県会議員も出ている。
この『警察手眼』の本は、植松家にまだ幾冊かあり、分けてもらえるのではないかと思う。
この史跡を訪問したい方は私が案内します。素晴らしい史跡だが国も県も市もそのような指定はない。

100年を越えるこの古い家は地震が来れば倒壊するかもしれない。

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2016年7月27日 (水)

相模原障害者差別虐殺事件

News & Letters/507

恐るべき事件だ。世界が驚倒した。
ただの殺りく事件ではない。差別虐殺なのだ。
しかもこれを遂行したのは明らかに極右であり、安倍晋三、橋本徹、日本会議、小池百合子、在特会らにつながる連中だ。街頭やネットでヘイトスピーチをやるだけでなく、被差別者を社会から抹殺することを実行し始めたのである。

ただの狂人の行為ではない。極右の確信犯だ。「Beautiful Japan」などという書き込みが安倍らと同じ思想であることを示ししている。美しい日本のために、被差別者が根こそぎ殺される時代が始まった。

このような事態を惹起した責任はだれだ。
第一に弱者やアジア人民、被差別者に憎悪をむき出しにし、過去の侵略戦争を美化し、日本を戦争国家に引きずり込もうとする極右の台頭と、第二に解放同盟ら差別糾弾側の弱体化だ。

差別に対する火の出るような怒りの糾弾闘争が消えてから久しい。
闇にこもっていた差別者たちが、時をえ顔に白昼公然と差別言辞を吐きながら往還を歩いている。

私が、解放運動に武装闘争論を提起したのは、何よりも今回の相模原のような権力やそれにさおさす差別者たちによる差別虐殺に対する予防のためであった。被差別者は、差別虐殺に対して武装して戦わなければ、この地上に生きることができない。血の海に沈むのは無辜の被差別者か、陋劣な差別者か、どっちなのだ。それを今回の事件は突き付けている。

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戦いは続く

News & Letters/506

うその理事会名簿が功を奏し、1000万円の支払い命令を解除された東洋町長松延宏幸は差し戻された高裁でも、その嘘の効力を維持して成功を収めた。これはまだ上告審が残っている。

それとは別にすでによこしていた通り、新たな監査請求のお見舞いをくらうことになった。
野根漁協は1000万円の借財は正規の理事会や総会を通過していないとして支払いを拒否し続けてきた。

だから、1000万円の元金の返済はこれまで一銭もない。平成24年度から計算しても5年目である。
うその理事会名簿を押し通すというのであるから、それでは松延宏幸はそれらから1000万円を回収しなければならない。
その嘘の理事会は、滞納したら自分たちが法的責任を取られてもかまわない、という確約書を町に出している。

貸付金を回収する義務からは逃れられない。ここでは嘘は通らない。回収できなければ松延宏幸自身が支払わねばなるまい。

東洋町職員措置請求書
                  平成28年7月  日
東洋町監査委員殿
                  請求者 沢山保太郎
                   住所
                   氏名         職業
                   住所
                   氏名         職業
                   住所  
                   氏名         職業
                   住所
                   氏名         職業

(措置請求の趣旨)

東洋町は平成23年11月に野根漁協を介して特定漁家に対し1千万円の貸し付けを行ったが、現在において1銭の返済も受けていない。

1年間の据え置き期間を置きその後毎年200万円の返済を受けることになっているが、町長はこれまでその徴収を怠り、今後もそのまま放置する可能性がある。町長松延宏幸は、速やかに本件貸付金の回収をする義務があり、そうしないなら、松延宏幸自身がこれの全額賠償責任がある

(請求の理由)
東洋町は、平成23年11月野根漁業協同組合に対し、特定漁家に対して又貸し資金として1千万円(無利子)を貸し付けた。返済は貸し付けた年度を除外して翌年から年に200万円となっていた。現在まで東洋町は貸付先関係者から1銭も返済金を徴収していない。
平成25年度から計算してもすでに4年目(24年度から計算して5年目)であり、このまま未回収では1千万円がまるごと町の損害金となる。この貸付金については現在の漁協は理事会、組合員総会で正規のものではないとして否認している。

しかし、貸付当時の漁協理事を名乗る者に責任があることは明らかであり、また、その理事の手による返済について滞納した場合法的措置を取られても構わないという「確約書」も東洋町は徴取している。

町長松延宏幸は貸付金のうち少なくとも3年度分の徴収を怠っていることは明らかであり、残る2年度分も徴収しない可能性がある。

東洋町は、すみやかに、又貸しを受けた漁家(その連帯保証人)又は当時の野根漁協理事を名乗る者らから本件1千万円の返済金を徴収するか、それともこの貸付を実行した町職員に弁済させるなど適切な措置を取る義務がある。

よって地方自治法第242条の規定に基づき、住民監査請求を行う。

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素掘りのトンネル三津坂

News & Letters/505

高知県の県道で改良の必要な道路50数個のうち、緊急性の高い順では3番目(交通量、危険度など)に位置するトンネル三津坂トンネルは、400メートルぐらいのほとんどが素掘りのままである。

素掘りのトンネルは、主要道路では極めて珍しい。山奥のどっかの小さなトンネルを探してもなかなか見つからないだろう。

しかも1年中、水がしたたり落ちて浸潤している。十数年前から陳情を繰り返し、県議会に請願書も上げたこともあるが、未だに改良工事がなされない。県庁は、設計屋に頼んで6つのルートの案を作り、トンネルの構造図も作り、予算の概算も計算して我々に示した。だが、何者かが邪魔をしているのか一向に前に進まない。

素掘りで水が浸潤している。トンネルの壁は泥岩だが、それはもともと泥が乾燥してできたものだ。南海地震が来る前にこのトンネルは自然と崩落する可能性すらある。高知・安芸・室戸方面から徳島方面→京阪神に行く車は、岬を回らず、もっぱらこの三津坂トンネルを抜ける。高知県勢浮上は東部が開かれなければ光が入ってこない。

生きている間にこの「青の洞門」を切り開かねばならない。数日前室戸土木事務所に市民と一緒に陳情を再開した。

素掘りの県道三津坂トンネル
改替についての陳情
                    平成28年7月20日
                    室戸市・東洋町有志一同

高知県知事殿私たちは、三津坂トンネル改替については、永年来要望し続けてきましたが、
どういうわけかいまだに実現していません。
高知県も私たちの要望に応えようとして、代替の路線候補、詳しい設計図の作成、経費の算定までやってくれました。平成18年には県議会にも上がっています。

三津坂トンネル改替の必要性は今更申し上げることもなく、貴殿もよくご存知であると思います。南海地震が切迫している現在、素掘りで常に浸潤した水がトンネル内に滴り落ちている、狭く暗いトンネルです。

これを通行する車両数は県道でも上位であり、地元住民の生活道であり、また、徳島・阪神方面へ抜ける主要道路となっています。

大型車両同士では行き違いができず、一方がトンネルを通過するまで入り口で待たねばならず、トレラーなどは狭い急坂では2車線を塞いで通行せねばなりません。

今時主要道路で素掘りのままという危険なトンネルは、全国的にも珍しいのではないかと思います。これだけ改替の陳情を繰り返しても善処せず、もしものことが起こった場合貴殿はどのような責任を取られるのでしょうか。

南海地震の災害対策の観点から取り組めば優先順序は明らかです。

要望事項

1、コースを確定し
三津坂トンネル改替工事を直ちに予算化し着工してください。

2、これまでの経緯、工事の計画など室戸市、東洋町の住民への説明会を開いてください。

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2016年7月24日 (日)

鳥越候補頑張れ

News & Letters/504

病態を押して都知事選に出た鳥越候補に期待している。
東京都を非核宣言都市にするという。しかもその非核には核兵器だけでなく原発も核だというのである。
これは素晴らしいことだ。

また、都政を都民に取り戻す をスローガンにしているのはなお素晴らしい。

前に何度か書いたが、憲法前文の

       国政は国民の厳粛な信託によるものであり・・・
  
という訳文は原文の趣旨を骨抜きにしたものであり、安倍晋三に都合の良い文章になっている。

現行の文章では、国政は、国民が政治家に信託したもので厳粛なものだ、という意味になる。

国民は、選挙で自民党に国政を託した、だから選挙が済んでからは、国政を託されたのであるから俺の思うとおりにやっていいのだ、それが嫌なら選挙でかえればいい。という狂的な驕慢政治家が出てくるのである。
ヒットラー以来今日の独裁者は多くがこの考えで民主主義体制から出て、横暴な独裁政治を行ってきた。

しかし、憲法の原文はそうではない。

   Government  is  a  sacred  trust of  the  people   

この英文の正確な翻訳は、 国政は人民の神聖な信託物であって、・・・ となる。
  trust は前に不定冠詞の a  がついているから普通名詞であって、信託された物 となる。

 of the people  の of は所属を表す前置詞であるから、この trust  は人民のもの ということになる。

だから、国政は国民が誰かに託すものではなく、何者か(sacred とあるから多分天からであろう)によって人民に信託されたもので、神聖なものだということなのである。ここに近代自然法の思想が入っているのである。
都政を都民に取り戻すというのは、鳥越さんに都政をお任せする、信託するというものであってはならない。

選挙の時はもとより、選挙が済んで日常的にあらゆる機会をとらえて都政を直接的に動かしていく努力が必要であり
間接的ではなく、直接民主主義体制をいかに構築するかという問題である。
鳥越さん一人が都政に入っても都民のこの努力がなければ、鳥越は圧倒的な行政官僚の海の中に飲まれてしまうだろう。

鳥越の私生活上にどのような古傷があろうとも、完全無欠という仙人のような人はいないのであるから、それを攻撃されてもじっと耐え忍んで国民の期待を実現してほしい。

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避難タワー上告理由書

News & Letters/503

平成28何(行サ)第5号
損害賠償請求上告提起事件
上告人 澤山保太郎
被上告人 東洋町長松延宏幸

   上告理由書

最高裁判所御中 
                   平成28年7月
                   上告人 澤山保太郎

【上告理由の要旨】

原判決には、建築確認がなされていない設計図で公共の建造物を建設したものであり、建築基準法第6条第1項に反する違法のほか、根拠もないのに数千万円の工事費の水増しや、また、予算の違法な繰越を行うなどの違法行為についてこれを容認するなど、法令適用、法令解釈の誤り、審理不尽・理由不備の判断が重畳しており看過することができないので上告するものである。

  【一】本件の概要及び経緯」

東洋町は、平成24年度事業として同町生見地区で津波避難タワーの建設工事を予算化したが、どういうわけかその実際の事業開始は24年度の年度末の平成25年3月以降となり、同年3月18日に指名競争入札を行い川村総合建設(これを単に川村と呼ぶ)と工事請負契約を締結した。

落札価格は7854万円であった。川村は同25年3月28日に着工した。
当然平成24年度内には完成することは不可能であったところ、さらに被上告人には工事請負契約が締結される前の3月15日に県庁から本件津波避難タワーの建築確認が下りないという通知を受けていた。

本件工事に係る設計書は設計業者「かめお設計」によって当初平成25年2月25日に作られていて入札は建築確認がされないその設計書に基づいてなされていた。
その後同平成25年8月にようやく県庁の建築確認がなされて、着工ということになったが、理由もなく延期を重ね、ようやく翌年平成26年3月になって完成されたというものである。しかし、県庁によって補正を求められた新たな変更設計は工事がほとんど完了した、平成26年3月5日に議会に提出され承認された。

そうすると、建築確認後の工事においても変更設計書に基づいては本件工事は行われていなかったということが分かった。
そこで、上告人は、東洋町監査委員会に、本件建設工事は、建築確認がなされない設計書によるもので違法であり、工事内容も請負業者川村のいうままに工期を何度も遅延させ、川村自身は、ほとんどの工事に携わることなく一括して複数の下請け、孫請け業者に丸投げするのを放置し、実際には安く上がった杭打ち工事についてこれを逆に水増し追加予算を計上するなど業者のいいなりにしてやっと完成させたものであって、請負契約及び支出命令など財務会計行為が違法であるとして、変更された請負契約9300万円から実際の経費である5066万円を差し引いた残額を町の損害だとして返還を求めた。

監査請求は棄却され、住民訴訟となったが、第1審高知地裁は、以下の通り上告人の主張をことごとく否定し、被上告人の無法行為を容認して本件訴えを棄却した。

   【二】原判決の法令違反の判断

一、建築確認が下りない設計書

1、建築確認なしの設計図で請負契約

既述の通り、本件工事は正規の建築確認がされていない段階で工事請負の業者を決める指名競争入札が行われ、落札者と即日平成25年3月18日請負契約がなされた。
しかしこの時より3日前被上告人の所には高知県庁から建築確認ができない旨の通知が来ていた。原判決も「高知県建築主事は、同年3月15日付で、東洋町に対し、同建築確認の申請における構造図、避難棟電算等に対する指摘事項を挙げ、一次判定を保留するとして、建築基準法第6条1項の建築基準関係規定に適合するかどうかを決定することができないと通知し・・・・」という事実を認めた。

これは、被上告人が当初に作成した設計図(甲第8号証)が建築基準法に照らして不十分であり許認可に等しい建築確認を取れないということであって、この設計書で請負契約をし、発注することは違法な行為であることは明らかであった。
しかし被上告人はこの設計書で未だ確認申請書の補正がなされないうちに敢えて入札・契約を強行し、本件工事を発注した。それによって川村は同年3月28日に本件工事を着工したのである。この着工は数日後の4月1日に中止となったが、建築工事を始めたことは変わりがない。

この行為は建築基準法第6条第1項の規定に違反(建築確認なしの建築物の着工)し、同法第98条以下の罰条(懲役3年以下など)の対象になるものである。
地方自治法第2条第16項の「地方公共団体は、法令に違反してその事務を処理してはならない」という規定は鉄則であり、ひとり地方公共団体だけでなくあらゆる企業や個人の活動に当てはまることである。

だが、原判決は、本件工事を一時中止した、その間同年8月14日に建築確認が得られて、本件工事が完成した、だから「本件請負契約締結時点で建築確認がされていいなかったとしても、そのことをもって、本件支出命令が財務会計法規に違反してされたものとはいえない。」(第1審判決文10頁上段)といって被上告人の違法行為を容認した。
しかし、中止したとしても着工したのは事実であるし、第一、原判決は、本件請負契約そのものが違法、無効の性質をもつことについて審議を尽くしていない。
建築確認がされていない設計図で建築に関する契約を結ぶのは違法建築の契約締結であ
り、これは民法第90条(公序良俗違反)、民法第132条(不法条件を付した法律行為)に該当し、違法行為を契約する行為は無効となる。

本件請負契約(甲第4号証)第2条第2項では、請負業者は、「別冊の設計書」などに従い契約を履行する義務が定められている。「別冊の設計書」が建築確認がなされていない場合には、契約を履行することは不可能であり、してはならないのである。

2、建設業法の規定は訓示的

また、変更された設計書での変更契約について原判決(第1審判決文11頁下段)は
「変更設計書に基づく本件変更契約が締結されたのは平成26年2月14日の時点では、本件工事の主要な部分は終わっていたとの事実が認められる。
しかし、建設業法第18条は、「建設工事の請負契約の当事者は、各々の対等な立場における合意に基づいて公正な契約を締結し、信義に従って誠実にこれを履行しなければならない。」と規定するところ、上記の事実から、本件変更契約の締結が同条に違反しているとは言えないし、そもそも、同条は、訓示的な効果を有するにとどまるものと解され、同条に違反したからといって、本件変更契約が無効になるわけでもない。」という。
工事が終わってからその工事についての契約を締結する行為が、公正な契約と言えるだろうか。すでに実行され実現されたことについてこれから実現するぞという契約はふざけたものであって「信義」や「誠実」からはるかに離れたもので、むなしい虚盲の契約というべきである。実行不能な事柄についての契約は民法の規定では無効なものである。
 建設業法第18条の規定を「訓示的な効果を有するにとどまるもの」というが、信義則 
 に違反する行為は違法かつ無効であって、信義則は決して訓示的な法則ではない。
 原判決は、工事が終わってから契約したという事実(信義則違反)を認定していながら、
 建設業法第18条の信義則の規定の効力を否認して、本件変更契約を適法と判断する。原判決は、公序良俗に反する無効な契約を肯定するために、日本の有効な法律の効果を否定した。法律の効果を否定するこの法意識は特定の法令違反を超えて日本の法治主義の司法秩序を逸脱するものであって、裁判所のよって立つ根拠を否定するものである。到底承服できない。無論、無効な契約に基づく公金の支払いは違法である。

3、推認

8月14日の建築確認後工事が再開されたが変更設計書はできていなかった。変更設計書(甲第9号証)は翌年の2月26日に出来上がり議会で承認されたのは同年3月5日なのである。

地下十数メートルの杭打ち工事の変更を含む変更設計書が議会に提出されたときには、本件工事のほとんどが完成していた。川村は変更設計書なしに、建築確認前の設計書(甲第8号証)か、又は、設計書なしで本体工事を遂行したことになる。原判決はこれについて
「かめお設計が、平成25年2月25日、本件工事の実施設計書を作成したこと、高知県建築主事は、同年3月15日、かめお設計が作成した設計書に対して指摘事項を挙げて補正を求めたこと、かめお設計は、同年8月9日付で、高知県建築主事に対し、図面等を添えて追加説明書を提出し、指摘事項につき補正を行ったこと、高知県建築主事は、同月14日、本件工事について建築確認をしたこと、川村総合建設は、同月15日から工事に再着手したことは、上記認定事実の通りである。これらの事実によれば、本件工事は、かめお設計の作成した設計書に従って進められたものと推認されるのであって、本工事が資格ある建築士の手による設計書なしに進められたとの事実は認めるに足らない。」と判断した。

(下線部上告人)

工事がどのような設計書で遂行されたかというのは、最重要な判断で、客観的な資料に基づいて判断すべきであって「推認」でもって裁判をするような問題ではない。
本件工事についての設計書は甲第8号証と9号証だけであり、前者は建築確認未済のもので使い物にならず、後者は工事がほとんど完成してから出てきた設計書であるから本件工事とは無関係であって、この二つの書証しかない。

「かめお設計の作成した設計書」で本件工事を遂行したというのであれば、甲第8号証の設計書か、それとも他の第3の設計書(又は本件請負契約書第19条の設計変更の書面による通知など)を確認するべきであって、裁判官の「推認」でもってそれに代替するわけにはいかないはずである。

裁判官は本件工事遂行段階の設計書等が他にあると考えるのであれば職権でもって被上告人に釈明を求めることができた。必要な場面で釈明権の不行使は審理不尽の典型的な事例であって上告理由となるとする有力な学説がある。
本件訴訟の中核的な争点で釈明権を行使して証拠を確かめずに「推認」で判断を下すというのは審理不尽もはなはだしい。

二、工事終了後の変更設計による工事費の増額

1、 原判決は、「本件工事が着工直後に中断され、その後設計が変更されたことに伴い請負工事代金が増額されたとしても、それは、本件工事を落札した事業者に対して契約上の合意に従った取扱い・・・」であって、川村以外の業者が落札しても異なることはなかったから問題がないという。しかし、「設計が変更されたことに伴い請負工事代金が増額された」というが、その変更設計は本体工事がほとんど終わってから作成され議会で承認されたものであった。

上述のように原判決も変更設計が出てきたのは本件工事の主要な部分が終わってからであったと認定した。しかしここの文章では、設計が変更されて工事代金が増額となって工事がなされたようになっている。原判決は事実の経過、工事遂行→変更設計を正しく認定していながら、肝腎な争点にかかると、変更設計→工事遂行という実際とは逆の経過を想定してそれに基づいて判断をする。変更設計→工事遂行の経過は通常あるべき姿であるが、実際は逆のことが行われたというのが本件の特徴なのである。

原判決は事実と理念とを取り違えた。何故このような取り違えが合理的なのか理由が明らかでなく理由不備のそしりを免れない。川村は設計書も工事変更の通知もなしに勝手に工事をし、後から値上げを言い出したというのが事実に基づく推認であろう。

2、その工事代金の増額も全く根拠がない。主な設計変更は鋼管杭打ちを→生コンクリ―ト打ち込み方式に替えたというものである。しかし、上告人が原審や控訴理由書で明らかにしたように、川村は本体工事から付帯工事までの全ての工事を下請けにやらせたのであるが、その下請けの工事費の総額は、五千数百万円程度であり、元の契約金7800万円でもほとんど何もしなかった川村にはいながら数千万円の利益となるものであった。杭打ち工事だけを見ても当初の見積もり額よりも少ない金額で下請けにやらせていたことが明らかであって、そのことは上告人の訴状の段階で証拠をもって立証していた。

 原判決は、「かめお設計が平成25年2月25日に作成した実施設計書においては、本件工事の杭打ち工事(回転圧入工法)の工事費は1194万2000円とされていたこと、かめお設計が平成26年2月14日に作成した第1回変更設計書においては、本件工事の杭打ち工事(オールケーシング広報、分解型全集回転方式)の工事費は2754万1540円とされていたことが認められる。この点につき、原告は、鋼管杭打ちを場所打コンクリート杭打ちに変更した場合、金額は安くなるはずであると主張するが、この主張を裏付ける証拠は何ら提出されていないから、原告の主張を採用することはできない。」という。(下線部上告人)

 この工事代金の増額は、訴訟の重要な争点であり、生コン杭打ちの方が安くなるという上告人の原審での主張は証拠(下請けが実際遂行した本件工事の杭打ち工事費は1155万円 甲第7号証)をもって証明していた。この証拠は被上告人が開示した資料である。 鋼管杭打ちと生コン打ち込みとの工事費の差額は一般的な評価ではなく実際の費用でもって証明したのである。原判決は、判決に直結する決定的な証拠の評価について審理不尽を露呈していて、提出された証拠を確認せず、増額する必要のない工事費の不当な水増しを容認したのである。

三、下請けへの丸投げ

原判決は「上記認定事実(10)によれば、川村総合建設は、工事ごとに下請け先を選定しており、本件工事を一括して他人に請け負わせてはおらず、また、川村総合建設が本件工事の大部分を一業者に下請けさせたと認めるに足りる証拠もないから、建設業法第22条1項に違反するとする原告の主張を採用することはできない。」という。そしてその「認定事実(10)」には次のように記載されている。

「川村総合建設は、鉄骨工事につき有限会社高南製作所との間で杭地業工事につき有限会社ベイシス高知との間で、ユニット及びその他工事につき林電設との間で、鉄筋工事につき安岡工業との間で、防水工事につき仙頭防水との間で、それぞれ下請け契約を締結した(甲7,11の1~5)。」

甲第7号証の「工事作業所災害防止協議会兼施工体系図」によれば、本件工事は、①杭工事、②鉄筋工事、③鉄骨工事、④ユニット及びその他工事、⑤防水工事の 5つの工事があったが、その全部が下請けに出されたことを原判決は認めた。
建設業法第22条第1項の規定は、
「建設業者は、その請け負った建設工事を、いかなる方法をもってするかを問わず、一括して他人に請け負わせてはならない。」となっている。
原判決は、下請け業者が一つではなく複数であるから、この法律の適用はないと判断したと考えられる。

しかし、この規定で、「一括して他人に請け負わせる」という「他人」とは、必ずしも単数企業に限定しているとは読めない。国交省の通達(甲第23号証)でも、元請け業者がその業務の全てを分割して他人に請け負わせる場合も含むと解説されている。すなわち、
「いかなる方法をもってするかを問わず」とは、契約を分割したり、あるいは他人の名義を用いるなどのことが行われても、その実態が一括下請けに該当するものは一切禁止するということです。」
請け負った元請け業者が基本的に責任をもって工事を遂行するという法律の趣旨からして、この通達は当然の解釈である。

原判決は建設業法第22条の1項の規定と、同条第2項の規定を一緒にして解釈しているのかもしれない。同条第2項の規定は建設業者は一括して工事を下請けしてはならないというものであり、第1項の規定と2項の規定を合体すれば原判決の様な狭い解釈となるであろう。別箇の法律の規定を勝手に合体させて悪徳業者に有利に捻じ曲げることは許されないだろう。

現実には、原判決は請け負った工事の全てを分割して下請けをさせればこの建設業法の規定を免れるという脱法的な考えを助長することになる。業者がそのような脱法目的をもつことはあり得るが裁判所がそのような脱法行為を容認することは法令解釈の誤りというよりも裁判所の倫理性が問われる事態であろう。

原判決は、建設業法第22条第1項の法律の解釈において立法者側の意図するところを性格に捉え、法律の趣旨を貫徹するという点で、審理不尽・理由不備に陥っている。

四、繰越明許の手続き

 地方自治法第208条では、「各会計年度における歳出は、その年度の歳入をもって、これに充てなければならない。」という会計年度独立の鉄則が定められている。
よほどの理由がなければ予算を翌年度に繰り越して事業を行うことは許されていない。
しかし、地方自治法第213条において二つの要件を定めて、予算の翌年度繰り越し執行を認めてる。それによると、歳出予算の経費のうち①「性質上」 ②「予算成立後の事由」により、年度内にその支出を終わらない見込みのあるものについて翌年度に予算の繰り越しを認めている。ここで避難タワー建設事業ではその「性質上」というのは全く論外であるから、予算成立後の事由の有無とその内容が吟味されねばならない。

本件事業は平成24年度の分であって、平成25年3月末日までに支出(事業)を終わらせなければならなかった。少なくとも支出負担行為決議書は24年度内にしなければならなかった。しかるに、甲第18号証の1の支出負担行為決議書の日付は平成25年4月1日付になっている。繰越明許費は、年度内に予算を執行しようとしたが何かの事故など特別な事情があって執行できなかったという予算に限定されている。しかし、本件事業については、年度の終末の3月下旬にアリバイ的に入札や請負契約を結んだが、肝腎の支出負担行為を年度内にせず、はじめから翌年度に支出するということになっていた。支出負担行為の決議は予算執行(支出命令)の財務会計行為で最重要な事務手続きであり、その年度内に予算を執行するという意思表示である。

甲第18号証1の証拠は、被上告人が、本件事業を平成24年度に完遂しようという意思がはじめからなかったことを証するものである。原判決は、第1審判決13頁の下段で、県庁から避難タワー建設の手引書の発行の予定があったなど予算成立後の取るに足りない事情を縷々述べているが、その事情は、支出負担行為の決議を年度内にしなかったということまで弁護することにはならない。

又この当時には高知県下太平洋沿岸の市町村で多くの避難タワー建設がすすめられたが、県庁の手引書発行を理由として工事が滞ったという事例は1件も報告されていない。
年度末になって設計書を作成したり、建築確認申請をしたり、請負契約の入札をしたり、あまつさえ支出負担行為の決議を翌年度にするなどというのは、はじめから年度を超えての予算執行を目論んでいた証拠であるから、繰越明許の制度を使うことは理由がなかったのである。

原判決は、甲第18号証1の書証の意味を理解せず、地方自治法第213条の繰越明許の規定の意味を吟味せず、特段の理由もないのに本件予算の繰越明許を認めたものであって、法令適用、法令解釈において審理不尽・理由不備を来している。
繰越明許が不法行為であり無効となれば、本件支出の財源が消え、支出命令の根拠を失う。
   

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ヘリポート上告理由

News & Letters/502

平成28年(行サ)第4号
損害賠償請求行政上告提起事件
上告人 澤山保太郎
被上告人 東洋町長松延宏幸
上告理由書
                    平成28年7月  日
最高裁判所 御中
                    高知県安芸郡東洋町川内405番地1
                    上告人 澤山保太郎                
   【上告理由の要旨】

上告人は、第1審、第2審が本件について理由なく門前払い扱いで審理しなかったことは、憲法で許された国民の裁判権をないがしろにするものであり、また、その判断がこれまでの住民監査請求の期間についての最高裁判例の大勢の流れを全く無視するものであり、また、原判決には判決に影響のある重要な判断で審理不尽・理由不備があり、到底受け入れることができないので上告する。

本件第1審、第2審の判決内容は、これまで積み重ねられてきた以下の最高裁判例に著しく背反している。

①昭和53年6月23日最高裁第3小法廷判決(昭和52年行ツ第84号)
②平成14年7月2日最高裁第3小法廷判決(平成12年行ヒ第51号)
③平成14年7月18日最高裁第1小法廷判決(平成12年行ヒ第76号、85号 )
④平成14年10月3日最高裁第1小法廷判決(平成9年行ツ第62号)
また、
⑤平成9年1月28日最高裁第3小法廷判決(平成6年行ツ206号) 
等に違背するものである。

      【上告の理由】

【一】本件の概要   
  
東洋町は、平成25年6月に町議会で防災施設整備事業の予算を提案可決して2筆の山地を購入し、その土地上に平成26年11月に整備事業を完成させた。
上告人は、翌平成27年5月8日に購入した2筆の土地のうち本件整備事業で全く利用されなかった土地について監査請求を行った。整備事業終了後約半年が経過しただけであった。東洋町の監査委員会では、監査請求は請求期間を徒過しているとして却下したので、住民訴訟に及んだが、1審、2審とも請求期間を徒過しているとして却下又棄却した。
いづれも、防災施設整備事業の中で土地購入の財務会計行為を独立(継続的なものではなく「一時的」なもの)したものとして土地購入時点(平成25年7月)を起算点として判断したものである。

【二】原判決の最高裁判例違反及び法令適用の誤り

一、 しかし、第一に、上告人は、特定目的のための土地購入は、その目的の事業と切
り離すことは不自然であり、土地購入→施設建設は一連の継続事業であることは明らかであり、その土地購入の適否の評価は購入目的である施設建設抜きには不可能であって、継続事業として一体的に捉えられるべきであると考える。事業が継続中にその事業の一環としての土地購入の適否について監査請求はできない。この主張は上告人独自の見解ではない。上告人の主張は、平成9年1月28日の最高裁判例(平成6年行ツ第206号)の趣旨に合致するものであり原判決はこれに違背するものである。

すなわち、最高裁判例は
「財務会計上の行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実とする住民監査請求において、右請求権が右財務会計上の行為のされた時点においては未だ発生しておらず、又はこれを行使することができない場合には、右実体法上の請求権が発生し、これを行使することができることになった日を基準として同項の規定を適用するべきものと解するのが相当である。」という。

 従って仮に原判決が言うように本件監査請求がいわゆる不真性怠る事実に係る請求であったとしても上に引用の最高裁判例が該当する。土地を購入した時点では、土地の利活用の有無は判断できず、その上の施設建設の完了を待たなければ、財産管理の不正について監査請求はできない。上告人の監査請求書に「不正な支出」とあるのはあくまでも施設建設後の土地利用の状況から遡及して判断したものであることは明らかであろう。

 本件土地購入の平成25年6月~翌26年11月が本件整備事業の継続的な期間であり、それが終結した平成26年11月を起算点として監査請求期間を算定するべきであるから、それより半年後の本件監査請求は適法であると考える。

二、また、第二に、本件監査請求では、土地代金が法外に高額であり、ただ同然の山地を坪数百万円で購入しているが、請求自体は、本件整備事業で使用されなかった土地に限定しており、その代金を不正支出であるとして地主に土地を返し、その分の土地代の返済を求めることを請求したものであって、土地の購入代金が不当に高額だとか、本件支出命令が違法だとかという追求は第二義的なものにすぎない。

本件監査請求は明らかに、購入した土地という不動産の管理についての請求であって、活用されない土地についての処分(土地の返還と代金の返還の請求)を問題にしている。
原判決が言うように、「特定の財務会計上の行為を違法であるとし、当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としている・・」(いわゆる不真性怠る事実)などというものとは全く事案を異にしている。土地という財産購入そのものについてではなく、購入した土地の活用の在り方から本件請求はなされている。

原判決は、昭和62年2月20日の最高裁判例を誤って適用しているといわざるを得ず、本件が地方自治法第242条第1項の、違法に財産の管理を怠る事実(真正怠る事実)についての監査請求であることを見ず、法令適用の明らかな誤りを犯したものというべきであって、昭和53年6月23日最高裁第3小法廷判決(昭和52年行ツ第84号)に反する。すなわち、

この最高裁判例は、「当該規定による怠る事実に係る請求については、同条2項の適用はないとと解すべきものであるから、被上告人らの本件監査請求については所論の期間徒過の違法はない。」とした。「当該規定」というのは地方自治法第242条第1項の規定である。

三、またさらに、

  原判決は、購入したが全く使用しなかった「本件土地1」(高知県安芸郡東洋町河内字大野部1436番14)を含む「それ以外の部分」について、元々この土地上には防災施設をはじめから建てる予定がなかったものであると認定した。すなわち、
「本件土地のうち、実際に防災拠点施設等が建設されるのは本件各土地のごく一部であることや、本件各土地のうちそれ以外の部分については、防災拠点施設等が建設することが予定されていなかったことも知ることができたといえる。」(第1審判決9頁)という。
本件防災拠点施設が建設されたのは「本件土地2」(東洋町河内字大野部1436番1)16町歩の一部(約5反)ほどであり、もう1筆の「本件土地2」の上には全く何も建てられなかった。

「本件土地2」も「本件土地1」も町議会では別箇の議案としてそれぞれ防災拠点施設建設の名目で購入が提案されて、可決したものであるが、曲がりなりにも前者の土地のごく一部上には防災施設が建てられたが、後者「本件土地1」上にははじめから施設建設が予定されていなかった、それは誰でもわかることであった、と原判決は言うのである。
だれでも知ることができたのかどうかは別として、使用しない土地であることがはじめからわかっていて、それでもなおこの土地(地元土建業者所有)を相場の数十倍の値で購入したという行為は、背任の罪に該当することは明らかである。

購入したが結果として利用しなかったというのではなく、原判決は、はじめから利用する計画はなかったというのであるから、犯意は明瞭であろう。

このような職員の背任など不法行為に原因する損害に係る監査請求では、本件行為が、財務会計行為の違法によるかどうかの判断に基づく期間の計算による制限(地方自治法第242条第2項規定)は該当せず、いわゆる真正怠る事実の違法(本件の場合刑法に係る不法行為による損害についての請求権)についての監査請求期間(期間制限なし)でもって判断されるべきである。これは上告人の独自の判断ではなく、平成14年7月2日最高裁第3小法廷判決(平成12年行ヒ第51号)の判示するところである。

すなわち、
「本件監査請求について監査委員が監査を遂げるためには、県の財務会計行為である請負契約の締結の事実やその代金額が不当に高いものであったか否かを検討せざるを得ないが、Xらの行為が不法行為法上違法の評価を受けること、これにより県に損害が発生したことなどを確定しさえすれば足り、県の契約締結やその代金額の決定が財務会計法規に違反する違法なものであるか否かを判断しなければならない関係にないから、本件監査請求には本件規定は適用されない。」

適用されない「本件規定」というのは地方自治法第242条2項の監査請求期間1年以内という規定のことである
本件の場合も、土地代金の法外な高さを指摘したり、不要となった土地の代金についてこれを「不正な支出」と断定し財務会計行為の違法性を追求せざるを得ないが、その不正の内容は、財務会計行為上の不正だけでなく背任という不法行為であり、背任行為としての評価を理由に不要な土地の返還と代金の回収を求めていることは明らかである。
上に引用した最高裁判決の趣旨は、平成14年7月18日最高裁第1小法廷判決(行ヒ第76号ないし第85号)、さらに平成14年10月3日最高裁第第1小法廷(平成9年行ツ第62号)のそれぞれにおいて繰り返し引き継がれている。

四、被上告人は、2筆の各土地について町議会で別々に防災拠点施設建設用地として提案
理由説明(甲第3号証1,2)を行った。その当時一般町民がその提案理由説明を疑うこと
ができたであろうか。原判決のいうように「本件各土地のうちそれ以外の部分について
は、防災拠点施設等が建設することが予定されていなかったことも知ることができたと
いえる。」という。購入した2筆は合わせると21町歩であり、利用したのはそのうちわ
ずか5反ほどであった。丸まる1筆6町ほどを合わせ残り20町5反について何も利用
する計画がないなどという東洋町側の説明は町議会でも町の広報誌でも何にも知らされ
ていない。

 議会での土地購入議案の説明では、2筆の土地に防災拠点施設を作るというものであった。被上告人やその一部の部下以外に、提案理由説明以外の意図(土地は購入するが利用するわけではない)を誰が見抜けたであろうか。
特定の目的に使わないということが一般に分かるのは、その特定目的の事業が完了してからであって、数年度にわたるその事業中では分からない。

 従って上告人の監査請求は、土地購入して施設建設が行われた平成25年~27年11月までは、土地代が高額だとか、支出命令が違法だとかいう監査請求はできるが、購入した土地が購入目的に適っているかどうかについての財産管理にかかる監査請求はできない。早くても平成27年度の当初予算(平成27年3月下旬に議会に上程される)にその土地上に施設建設の追加予算計上があるかどうかを確認してから監査請求するのが関の山であろう。上告人は平成27年3月議会終了の1カ月後に本件監査請求をした。

 首長が当初から利用する計画がないのに、あたかも一定時期に利用するかのように議会や町民を偽って財産を購入した場合、それが一部は本当だが大半は偽りであるということは分からないから、いよいよ利用する計画がないという事実を確認してからでないと監査請求はできない。このように事件が隠されたり、住民をだましたりして行
われた事件の場合には地方自治法第242条第2項で請求期間を超過する監査請求であ
っても「正当な理由」があればこれを認めることになっている。

最高裁第1小法廷平成14年9月12日の判決(平成10年行ツ第69号)は、
 「法242条2項本文は、普通地方公共団体の執行機関、職員の財務会計上の行為は、たとえそれが違法、不当なものであったとしても、いつまでも監査請求ないし住民訴訟の対象となり得るものとして置くことは法的安定性を損ない好ましくないとして、監査請求の期間を定めている。しかし、当該行為が普通地方公共団体の住民に隠れて秘密裏にされ、1年を経過してから初めて明らかになった場合等にもその趣旨を貫くのが相当でないことから、同項ただし書きは「正当な理由」があるときは、例外として、当該行為のあった日又は終わった日から1年を経過した後であっても、普通地方公共団体の住民が監査請求をすることができるようにしているのである。」という。

 原判決は、既述の通りはじめから全く利用しないとして少なくとも1筆の土地を購入したというのであり、住民をだました事実を実質的に認めたのである。本件土地購入には一部は防災拠点施設建設用地に供するという計画以外に隠された意図があったの
でありこの場合、地方自治法第242条第2項の「正当な理由」の規定を適用するべき
であって、原判決はこの適用を誤ったものである。

三、原判決の審理不尽又は理由不備

1、原判決は、本件監査請求について「本件各土地に係る売買契約及び支出命令が違法であるとし、当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としたもの」(第1審判決10頁下段)であると認定して本件訴えを棄却した。

しかし、第1審判決8頁上段「カ 本件監査請求の趣旨の記載は、次の通りである。」として(ア)、(イ)の二項に分けて認定しているが、その内容は明らかに判決が言うようなものではない。

(ア)も(イ)も両方の請求内容は、「不正な支出」を追及するものであるが、主眼は不要である土地について「相手地主に土地を返し代金を返還」してもらうことを請求するものである。原判決、第1審判決もその記載を認めている。それは本件購入土地のうち、利用されなかった土地についての監査請求であり、売買契約や支出命令が違法であるかどうかについてではない。

不要となった土地の地主への返還、代金の回収を求める請求は、売買契約や支出命令を前提にしている。公金の「不正支出」の指摘の記載があるからといって、本件請求の趣旨が支出命令等の違反に限局されることはない。購入した土地の利用、財産の処分についての監査請求であることは(ア)、(カ)に分けて認定された通りであり、原判決は本件監査請求について認定した事実(真正怠る事実)と棄却(却下)した理由(不真性怠る事実)との間で大きな乖離があり、審理不尽か理由不備のそしりを免れない。もし、原判決が言う通りであれば、「当該行為の違法、無効」として本件整備事業のうち全ての土地代金をまな板に載せる必要があり訴訟の請求金額が大きく相違しなければならない。本件は、利用する予定のない土地についての監査請求であり、予定がなかったことについては知り得ないことであった。

2、第1審(原)判決は、9頁下段で、「本件土地のうち、実際に防災拠点施設等が建設されるのは本件各土地のごく一部であることや、本件各土地のうちそれ以外の部分については、防災拠点施設等が建設することが予定されていなかったことも知ることができたと言える。」(下線上告人)と判断したが、どうして「知ることができた」と言えるのか理由が何も記載されていない。本件について町民が知ることができるのは議会議事録や町の広報誌などごく限られたものであり、それらから、購入した土地のごく1部しか使用しない、という計画を知ることは全く不可能であろう。被上告人は議会で、「本件土地1」の上にも防災施設を作るという提案理由説明を議会でしたが、議員も住民もこれをウソであると断定することは不可能である。

仮に資料の開示請求をして当年の事業の規模を知ることができても、次年度以降の計画の有無は分からないから、議会議決字はもとより施設建設中に、購入した土地がついには無用の長物になると推定することは極めて困難であろう。「本件土地1」を含む購入した土地の大部分を利用するかどうかについて、利用しないということを、知ることができたのか、知ることができなかったのか、は本件監査請求について明暗を分ける重要な判断であるから、これについて原判決が明確な根拠を何も示さないというのは、理由不備もはなはだしい。

3、原判決は、上掲の通り、本件購入土地約21町歩のうちごく一部(約5反ほど)しか使用せず大部分が使用予定がないということを分かって購入したことを認めた。
 このことは、地方自治法第2条第14項(最小の経費で最大の効果)や地方財政法第4条(必要且つ最少限度の支出)の規定に違反するだけでなく、町に対して明らかに背任行為であることを認めたものと考えられる。「本件土地1」の所有者は地元土建業者であって、その業者の利益を図って無用であると分かっている土地を購入したということになる。原判決は、不法行為の実質を認定していながら、その不法行為による東洋町の損害について、又その損害についての監査請求を認めない。財務会計行為上の不法行為とは関係のない不法行為による損害についての監査請求は請求期間の制限は受けないというのは上掲最高裁判例である。

 背任の事実を認定して、それによる損害についての監査請求を否認するのは、前提と結論が齟齬を来していて、原判決は重要な判断において理由齟齬、理由不備であるといわねばならない。

4、使用しない、予定にない、ということを知っていながら土地や物件を買う行為について原判決は、まさか裁判官がそれを当然のことと考えている訳はないと考えるが、これを不法行為であると認定しなかった。
これは、本件事案において中核的な事実であり、これの不法性を認定しないのは重大な判断の脱漏であって、判決を左右する審理不尽である。最高裁判例では審理不尽は上告理由として通用している。
また、上告人は、第1審、2審において、本件整備事業のうち、資機材格納倉庫の工事ついては、前年度の予算が基本的に流用されており予算の繰越明許の手続きを経ていない違法なものであると主張してきたが、これについては工事の完成は平成26年11月であるから請求期間1年以内の監査請求であった。原判決はこれについても判断を脱漏しており、数千万円に上る重要な支出についての違法性を理由なく没却したものであって、到底納得できない。

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